ディZ2ーランド。
犬の障害物レースXXX(トリプルエックス)の放送のための大型移動中継車。
この中には、(ほんのわずかではあるが)未来を変えることができる爆弾が隠されている。
その爆弾を最も効果的に用いるには、車内に狼頭皇がいる必要がある。
今、狼は外にいて、力づくで車内に押し込むためヂェットを先頭に戦っている。
爆弾で変えられる未来、それに紐付いて変えられる過去は本当に微量。
また、この様な方法で世界を変えるなど史上始めて。
理論のみで実績は無い。
考えうる最善でのぞみたい。
”これでだめなら、何をやってもだめ”と言って諦めが付く、これ以上無いやりかた。
狼頭王は宇宙警備隊最強の戦士ヂェットに翻弄されている。
拳を突き出せばヂェットの腕に巻き取られ、膝で胃を蹴り上げられる。
蹴りを繰り出せば、避けざまに軸足を蹴り刈られる。
捕まえんと手を伸ばせば裏拳で払い落とされ、逆の拳を鼻面に入れられる。
体制を崩したところに、”じぃ”ことギュンター・エールラーの強烈なパンチ。
狼の体が宙を舞う。
明らかに劣勢なのだが、テー家の騎士たちは黙って見ているのみ。
慌てて助けに来る様子は無い。
かといって狼の不甲斐なさに落胆する表情も無い。
逆に焦りの表情が見えるのはヂェット。
ヂェット「く・・」
狼の体から立ち昇る湯気。
狼頭王「待たせたな。」
ヂェット「待ってなどいるものか。こうなる前に仕留めたかった。」
狼頭王は特殊体質であり、その体は異常な高温に耐える。
オーバーヒートすること無く、無双の力を出力する。
狼頭王「この体は温まるのに時間がかかっていかぬ。」
そう言って拳を握るとその衝撃で空気が震え、像が揺らいで見えた。
ヂェット「エールラー。ちょっと厄介になったぞ。」
無造作に拳を突き出す狼。
ヂェットが腕を伸ばし、狼の拳を巻き取ろうとする。
バチイッ!!!!
ヂェット「ぬあああっっ!!」
拳の周囲で荒れ狂う衝撃波に弾き飛ばされた。
狼頭王「もらったぞ。」
絶対なる力を秘めた拳がヂェットを襲う。
じぃ「ちっ!」
ヂェットを守るため、狼の拳を全力のパンチで迎撃。
バギン!!
じぃ「ぬうっ」
軽く弾き返された。
しかし、これは想定の範囲内。
諦めずに2発、3発と狼の拳を殴りつづけるエールラー。
努力の甲斐あり、狼の拳を止めることこそかなわなかったが、ヂェットが体勢を立て直し逃げる時間は作り出せた。
ヂェット「助かった。ありがとう。」
じぃ「・・・」
複雑な気持ちだ。
一撃必殺、パワー自慢のブルファイターが拳の数で勝負。
首尾良く助けたはいいが、プライドはズタズタだ。
そこにぴろウきがやってくる。
じぃに代われという。
作戦は既に聞いている。
その内容に納得して頷いたのだから従う。
ああ、ヂェットのサポート役はぴろウきに任せて、中継車に行くさ。
自分の役目を果たしにね。
だが、狼に背を向けると後ろ髪をひかれる。
奴とまだ戦いたい。
いや・・違うんだ・・手なんか抜いていない・・全力で戦っていたさ。
そして・・歯が立たなかったさ。
そうさ。
でも、まだ・・
でも、まだそれでも、自分の全てを見せていない気がする。
自分でも知らない”何か”を。
きっとこの体のどこかにあって、引き出されるのを待っている。
そしてその”何か”を始めて見たとき俺は驚くが、なぜかそれをどうすれば良いのか知っていて、当たり前のように使いこなす。
そうだ。
そのはずだ。
確かな予感がする。
狼との戦いは、可能性に満ちている。
もっと、狼に向かってこの拳を打ち込みたかった。
ぴろウきを出迎えるヂェット。
ヂェット「悪いタイミングで交代したな。」
げ!と顔をしかめるCEO。
狼の全身からしゅうしゅうと湯気が立ち昇り、その姿は陽炎の中に揺らいで見える。
ぴろウき「なんだありゃあ!」
見るからにただごとではない。
力の限り指差す気持ち、よく判る。
ぴろウき「おい!」
ヂェット「なんだ?」
ぴろウき「勝つとか負けるとかよ!それ以前に、触って大丈夫なんかあれ!?シューシューいってるぞ!?シューシュー!!」
ヂェット「試してみればよかろう。」
ぴろウき「ちなにゃい?(死なない)」
ヂェット「暗黒星雲人の血を引くお前が、簡単に死ねるのか?」
ぴろウき「暗黒星雲人はな、強くて脆い生き物なんだぞぅ。」
ヂェット「この体が動く時間はあと30秒弱。バカを言っている暇は無いぞ。」
彼の本体はゲル状の寄生生物。
戦うときは専用のパフォーマンスボディーを使う。
それは高い戦闘力を有するが、非常に短い時間しか稼働できない。
シュルシュル・・
空中を何か飛んでくる。
棒だ。
文月なな愛用の超合金68B09製の棒。
空気を読み、ななが投げてよこした。
受け取るヂェット。
ぴろウき「お前、(棒術を)使えるのか?」
ヂェット「ななに棒を教えたのは私だ。」
構えると一部の隙もない。
その姿に、ぬぅとうなる狼。
いよいよ歩を進め、拳を振り上げる狼頭王。
ぽんとCEOの背を押すヂェット。
ぴろウき「な、ななな、なんだ?」
ヂェット「この一撃だけ受けてくれ。」
ぴろウき「んだとおぉぉっっ!!」
狼の拳はすぐ目の前。
唸りを上げ、荒れ狂う衝撃波をまとう見た目からして凶悪な拳。
拳より先に攻撃目標であるCEOに到着した衝撃波がバリバリと血肉を引き裂く。
ぴろウき「いっでぇええっっ!!」
まともに受けてはいられない。
何とか・・この威力に逆らわずにできるだけ受け流そう。
ヂェット「その拳を受けきってくれ!」
ぴろウき「んだとぉ~っ!?」
こんなもんまともに食らったら、即戦闘不能、下手したら死ぬだろう?
・・いや、百戦錬磨の戦士が言うのだ。
何か策があるのだろう。
しかし、この恐ろしい様子の拳の前に立ちつづけるのは、ちと勇気がいる。
ぴろウき「・・・」
奥歯を噛み締める。
暗黒星雲人は悪党の一族だった。
特に地球に対する蛮行は筆舌に尽くし難い。
宇宙警備隊が常駐する前の地球は、ワクチンソフトをインストールしていないパソコンのようなものだった。
地球外からの攻撃には無力。
暗黒星雲人にやりたい放題をされていたのだが、結局は暗黒星雲人がその罪を償うことになる。
宇宙警備隊最強の戦士、ヂェットが赴任してきたのだ。
ぴろウきはその過去を変えたい。
人にひどいことをし、自らもひどい目にあった、暗黒星雲人の最低な過去を無かったことにしたい。
しかし、やっと見出した過去を変える方法では全ての暗黒星雲人を救うことは不可能だ。
それならば、できるだけ多くの暗黒星雲人を救いたい。
暗黒星雲人は多くの星々で悪事を働いたが、地球での悪行が最も多い。
地球が有する問題の多くを解決し、過去にあった不幸の多くを無かったことにすれば、暗黒星雲人の悪行も多くが無かったことになる。
暗黒星雲人と地球人が手を取り合い、共に繁栄する歴史に作り替えることができるかもしれない。
地球人の血と暗黒星雲人の血で生かされている自分のように、地球人と暗黒星雲人の友情の歴史を・・
ぴろウきCEOは地球人を救うことで、この地球に暗黒星雲人のよき歴史を作るつもりなのだ。
激しい戦闘により暗黒星雲はいまや存在しないが、地球に暗黒星雲人の住める土地と正しき生き方があれば、宇宙に散らばり嫌われながら命をつないでいる同胞を受け入れることができる。
彼らに嫌われない生き方を教えてあげられる。
そのためならこの命、惜しいはずが無い。
心を決めた。
ぴろウき「この命惜しくは無いが、無駄にはすんじゃねぇぞ。」
狼の拳に立ち向かう。