Kjelstrup, K. B., Solstad, T., Brun, V. H., Hafting, T., Leutgeb, S., Witter, M. P., Moser, E. I. and Moser, M. B. : Finite scale of spatial representation in the hippocampus. Science, Vol.321, No.5885, 140-143, 2008
Abstract (日本語抄録)
海馬における空間表現の有限のスケール
抄録:空間的スケールが海馬の細胞集団にどのように表現されるかを明らかにするため、ラットが18 mの直線走路を往復走行しているときに海馬の長軸方向に沿った複数のレベルで神経活動を記録した。すべてのレベルで、CA3の細胞ははっきりとした場所フィールドを有していた。場所表現のスケールは、背側極の1 m以下から腹側極の約10 mまで直線的に増加した。本結果より、場所細胞マップは海馬全体に広がっており、環境はトポグラフィカルには段階的であるが有限の連続したスケールで海馬に表現されていることが示唆された。
感想:
海馬の場所細胞の活動フィールド(場所フィールド)は海馬の背側では狭く腹側に行くにしたがって広くなることはすでに知られていた事実であるが(Jung et al 1994; Maurer et al. 2005)、これまでの研究ではあまり広い空間を用いて調べられていなかったので、腹側(側頭)極に近い部位の細胞に関する知見は乏しかった。その点で、18mという極めて長い直線走路を用いることにより腹側極に近い部位の細胞がとても広い場所フィールドを有していることを世界に先駆けて明らかにした研究として意味がある。ねずみのhome rangeが30~50mと推定されているので、こうした大きなスケールでの場所応答性を調べることは、生態学的側面でも重要であろう。
背尾側内側内嗅皮質(dorsocaudal medial entorhinal cortex)にも格子状の活動領域を持つグリッド細胞があり、やはり背側から腹側にかけて、そのスペーシングが大きくなっていくことが知られている(Hafting 2005)。また、内側内嗅皮質の背側は背側海馬へ、腹側は腹側海馬へ投射しているので(Fyhn et al. 2004)、これらの事実を今回の結果はよく一致するものである。
細かい点として、直線走路の場所フィールドの検出を、走行方向(右と左)別々に行っていた(つまり、各々の方向で最大放電頻度を示すピクセルの20%以上のピクセルが連続5ピクセル以上続いたところを場所フィールドと定義)。これだと、右方向と左方向で、スパイク1発あたりの持つ空間情報に解析による不釣合いが入ってしまう危険性があるような気がする。
個々の細胞の場所フィールドのサイズ以外に、位相前進(phase precession)や集団としての細胞の活動性から求めた活動領域幅を用い、背側から腹側へ掛けてのスケーリングの変化を多角的に検証している点で説得力がある。
位相前進現象が、小さな場所フィールドを有する細胞では急峻に、また大きな場所フィールドを有する細胞ではわずかずつ起こるというのは興味深い知見である。
また、小さな場所フィールドを有する細胞では一方向性(走路上の同一場所でも走っている方向により場所応答が会ったりなかったりすること)、大きな場所フィールドを有する細胞では両方向性である点も、いわゆる場所という概念や空間的文脈(例えば異なる部屋)という点から面白みがある。