ワールドミュージック的門外漢

音楽やオーディオの門外漢が、そこはかとなしに綴る、
    まことしやかな謬見ときどき真実なブログ。

非日常週間

2018-03-21 00:01:34 | 日記
年末から私の心を悩ませてきた重しが近頃ようやく取り除かれて気分がやや平静を取り戻した感じがしている昨日今日です。まあその件は仕事上のことなのでここに詳しく書き記す訳にもいきませんが、それにしてもここ一、二週間の内に普段あまり経験することのないイベントが次々にやってきたなあ、というのが今の感慨です。
イベントと呼ぶのは軽々しいかも知れませんが、まずやって来たのが父親の死であります。それが間の悪いことに、その翌日にはのっぴきならない仕事上の取引が控えていたので相手方をすっぽかして欠席というわけにもいきません。長兄に電話で話すのも気が引けたので、次兄にすぐ行けない旨の事情を説明したところ、いまさら慌てて来なくても大丈夫だからとの了解を得て、通夜に間に合うように帰郷することとなりました。
思い返しても反抗期からこちら父親とは大して親密な会話を交わしたという記憶もなく、死に際しても真っすぐ駆けつけるわけでもない不肖の息子であったわけですが、老境に入った父は私に会うたび「デカくなったなあ」と不思議そうな面持ちで見つめるのが常でした。というのも私が高1のとき、両親は長兄とともに商売の関係で私を叔父の家に預けたなり他県へと移り住んでしまったという経緯があり、それを負い目と感じていた父の記憶の中に刻み込まれていた私の面影というのは、相変わらず高1の子供のままだったのではなかっただろうかと思っています。
この両親と長兄の移住については今でも次兄が笑い話のように語るのですが、当時東京で大学に通っていた次兄が里帰りしたところ家の鍵は締まっているし、裏木戸から入ったら家はもぬけの殻で、一体我が家に何事があったのかとすっかり途方に暮れたという一幕があったようです。今のように携帯電話もない時代とはいえ、そんな重大事があったにもかかわらず一言の連絡もよこさないとは何たる家族だと。まあ、私の一家とはそんなアバウト極まりない家族だったということなのでしょう。
良く言えば「不言実行」、悪く言えばコミュニケーション能力を著しく欠いた一族の為せる技、ということになります。唯一血のつながりだけで寄り集まっているというだけで、父子の絆とか融和とかいったドラマチックで求心力のある家族の概念からは程遠い次元で生きてきた私たちではありましたが、まあそれは恐らく遺伝子の中に組み込まれた家族形態の表れであって、対話によって相互理解を深化させる今日的な家族の在り方とは縁遠い、感覚的に、あるいは雰囲気によって互いを許容しあう前近代的な家族であったと言えるでしょう。
そして今では遠隔地に生活基盤を移して久しい私自身が父の死に際して抱くのは肉親に対する喪失感というより、ひとつの時代が終焉を迎えたという哀惜の情、もしくは安堵感のようなものだったのではないかという気がします。さらに言えば、父と衝突しながらも常にその傍に寄り添って生きてきた長兄が喪主挨拶で涙に声を詰まらせる姿の方が私にとっては遥かにつらく感じてしまったのは事実です。

さて通夜と葬儀でたらふく坊さんの読経を耳に詰め込まれ、鼻腔には抹香の微粒子が粘着して離れないまま帰宅した翌日は再び取引先との打ち合わせがあり、かみさんと連れ立って車で2時間ほど離れた他県へと赴くことになりました。その話はどうでもいいのですが、次のイベントはその帰りの道中で起こりました。
片側2車線の道路で渋滞に巻き込まれ、進んでは止まり、止まっては進むの連続です。そんな道を20分くらい走ったでしょうか、ブレーキをかけてふとバックミラーを見ると後ろの車が減速もせず突っ込んでくるのがまざまざと見えるではありませんか。その間わずかに1秒か2秒くらいでしたが、ああ、こいつ当たって来るなあ、という思いが頭を過ったかと思うと、その直後、車に衝撃が走りました。
まさかなあ、こんな他県で追突を食らうとは思いもしなかったわい、と思いつつ車を歩道に移動させてから降りてみたところ、後ろの車から出てきたのは若い女の子で、ボンネットには初心者マークが貼られています。
てめえ、一体どこに目ぇつけてやがんでえ!と口角泡を飛ばして吠え立てるほど野卑な人間ではありませんので、相手の無事を確認したところで、一体どうしたん?と、おじさんはひたすらやさしく怒気を含んだ口ぶりで問い掛けてみたところ、本人は頭真っ白なのか返事もできない様子です。スマホでも見てたん?と訊くとこれにはきっぱり「見てません」というお利口なお返事。
その後、警察が到着し、女の子の事情聴取を傍で聞いていると、なんとまあ「前を向いたらぶつかってました」と言ってのけるではありませんか。これにはおまわりさんも絶句するしかありません。いったい近頃の自動車教習所では前を見ないで運転することを推奨してでもいるのでしょうか、と疑いたくなるような一言でした。
かくして後輪の片側がゆがんでしまった愛車は車載車で里帰りすることとなり、私たち夫婦は娘の一大事に駆け付けたご両親の車で最寄駅まで送ってもらい、電車で家路をたどることを余儀なくされたという顛末です。
さてその翌日にはかみさんは病院に診察を受けに行き、おじさんは「この社会 あなたの税で生きている」とかいう税務署へと確定申告に行くなど、近年稀に見る多忙な日々とは相成ってしまいました。

何はともあれ心を大きく領していた懸念材料が一つ減ったということで、その週末はなぜか数年ぶりにNajwa Karamが聴きたくなって、ぶっ通し2時間ばかり彼女の節回しに聴き入ってしまいました。おじさんはイスラム世界の熱気がたまらなく恋しい感じがしたのですよ、なぜだか。

https://www.youtube.com/watch?v=wv5JSveieuE


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