亡き祖母の先祖である雑賀三緘(カン)について、和歌山県立文書館より入手した家譜「紀州家中系譜並びに親類書
書上げ」を基に調査・検証したことを今迄報告をしてきた。
しかし、先祖から引き継いできた書類・手紙・刀剣等の武具など貴重な史料と言うべきものが、生活の困窮から
人手に渡ってしまった現在では家譜に頼るしかないのが現状である。
購入して頂いた方は父親から聞かされているので分かっているが、調査したいので資料を見せて頂きたいと
申し出ても、数十年も前の話なので戦争で焼けたとか、分からないとか言われるのが関の山である。
織田信長・豊臣秀吉等と十年以上に及ぶ戦を遣り抜いた雑賀関連の残された史料は数が少ないと言われているよ
うで、中々専門家でもよくわからない分野のようである。石山本願寺(一向衆)との戦いがなければ、織田信長はも
っと早く全国所制覇が出来たはずである。非常に重要な事案にも拘わらず歴史的史料が少ないという。 司馬 遼
太郎が「尻啖え孫市」という小説を書いているが、あとは津本 陽が雑賀を題材にした小説は書いているくらいで
ある。
和歌山市立博物館の学芸員によれば家譜に記載ある事項は藩に自分の家の「はく」をつけるために、それらしき
武功を記載する事例がよく見受けられるとのことである。
しかし、そうは云うものの孫である私としては納得出来ず、自分で家譜の記載内容を分かる範囲で調査して見よう
と思いついたのは上記の理由に他ならない。
調査はインターネットで雑賀関連を検索し、検索した事柄を国立国会図書館・国立公文書館等に出向き調べた。
調査した史料のなかには、明治になり保管するために新たに写し書きした史料などがあった。この部類になると
なんとか何割かは判読は出来たが、江戸時代に書かれた史料(複製)は所々は分かるが、殆ど判読ができなっかった。
そこで、再度入手した史料を見直しを始めたり、古文書を読むには「くずし字」が読めなくてはならないために、
六十の手習いとやらで「くずし字」を勉強することに決めた。
「くずし字」を何処でどのように勉強すれば良いのか分からなくインターネットで検索をして何件か実際に授業に
参加させて頂いた。
出版会社主催の教室や色々な教室に参加したが、資料はくずし字のコピーでそれに付随する資料等はなく
淡々と進行するのみである。初心者には書類などで手元に置き勉強したいのだが、残念ながら資料らしきもの
は頂けなかった。
仕方なく色々探し通信教育をしようと考え国営放送であることが分かり手配し勉強することにした。
通信教育は資料を基に勉強するために、当然資料は残るのである。書店で彼是探したが中々レベルニ合ったものが
無かったが通信教育の資料は自分のレベルにあわせた資料のために役にたっている。
只今勉強中。しかし難しい。でも解読できたときはとてもうれしい。六十七の手習いである。
同時に家譜の内容の見直しも進行中。中々奥深いものを感じる。歴史が面白くなってきた。学校で習わない内容が
家譜の中に含まれていることが分かってきた。
書上げ」を基に調査・検証したことを今迄報告をしてきた。
しかし、先祖から引き継いできた書類・手紙・刀剣等の武具など貴重な史料と言うべきものが、生活の困窮から
人手に渡ってしまった現在では家譜に頼るしかないのが現状である。
購入して頂いた方は父親から聞かされているので分かっているが、調査したいので資料を見せて頂きたいと
申し出ても、数十年も前の話なので戦争で焼けたとか、分からないとか言われるのが関の山である。
織田信長・豊臣秀吉等と十年以上に及ぶ戦を遣り抜いた雑賀関連の残された史料は数が少ないと言われているよ
うで、中々専門家でもよくわからない分野のようである。石山本願寺(一向衆)との戦いがなければ、織田信長はも
っと早く全国所制覇が出来たはずである。非常に重要な事案にも拘わらず歴史的史料が少ないという。 司馬 遼
太郎が「尻啖え孫市」という小説を書いているが、あとは津本 陽が雑賀を題材にした小説は書いているくらいで
ある。
和歌山市立博物館の学芸員によれば家譜に記載ある事項は藩に自分の家の「はく」をつけるために、それらしき
武功を記載する事例がよく見受けられるとのことである。
しかし、そうは云うものの孫である私としては納得出来ず、自分で家譜の記載内容を分かる範囲で調査して見よう
と思いついたのは上記の理由に他ならない。
調査はインターネットで雑賀関連を検索し、検索した事柄を国立国会図書館・国立公文書館等に出向き調べた。
調査した史料のなかには、明治になり保管するために新たに写し書きした史料などがあった。この部類になると
なんとか何割かは判読は出来たが、江戸時代に書かれた史料(複製)は所々は分かるが、殆ど判読ができなっかった。
そこで、再度入手した史料を見直しを始めたり、古文書を読むには「くずし字」が読めなくてはならないために、
六十の手習いとやらで「くずし字」を勉強することに決めた。
「くずし字」を何処でどのように勉強すれば良いのか分からなくインターネットで検索をして何件か実際に授業に
参加させて頂いた。
出版会社主催の教室や色々な教室に参加したが、資料はくずし字のコピーでそれに付随する資料等はなく
淡々と進行するのみである。初心者には書類などで手元に置き勉強したいのだが、残念ながら資料らしきもの
は頂けなかった。
仕方なく色々探し通信教育をしようと考え国営放送であることが分かり手配し勉強することにした。
通信教育は資料を基に勉強するために、当然資料は残るのである。書店で彼是探したが中々レベルニ合ったものが
無かったが通信教育の資料は自分のレベルにあわせた資料のために役にたっている。
只今勉強中。しかし難しい。でも解読できたときはとてもうれしい。六十七の手習いである。
同時に家譜の内容の見直しも進行中。中々奥深いものを感じる。歴史が面白くなってきた。学校で習わない内容が
家譜の中に含まれていることが分かってきた。