
焼き芋みたいな
エッセイ・シリーズ (27)
『10円玉10枚 』
僕の父は46歳で亡くなった。「まだ若いのにねぇ」葬儀の時に親戚などが
そう言っているのを聞いて、当時まだ子供だった僕はピンと来なかった。
僕から見る父はそれなりに年取ったオジサンだった。
だけど今、僕がその年代になってみると46歳なんて本当にまだ若かったんだなぁと思う。
父との思い出はそれほど多くない。大手製薬会社に勤めていた父は、
当時はまだ珍しかったテニスなどに熱中するスポーツマンだった。
しかし、僕が小学校に入学する頃、流行りの病に倒れた。
当時やっかいな病気とされた結核だった。
僕は2日おきくらいに、小学校の帰りに父の病室へ見舞いに寄った。
そして時々、半ズボンのポケットから10円玉3枚ほどを父に差し出して、
「父さん、これ100円玉と交換して」と言った。
父はいつもニッコリ笑いながら「おっ、いいぞ」と言って、
10円玉3枚と100円玉を交換してくれたものだ。
実は以前、同じ様な事があった。
まだ小学2年だった我が息子が、貯金箱から10円玉を10枚、
何度も数え直して確かめた後、僕の所に来て言った。
「お父さん、これ100円玉と交換して」
その時僕は何だか不思議な気持ちになった。
「おっ、いいぞ!」
そう言って僕は、ワクワクした顔で両手を差し出し立っている息子に
100円玉を渡してあげた。
「ありがとう!」
そう言って息子は、銀色に光る100円玉を嬉しそうに握りしめ外へ遊びに出かけた。
あの時の父の気持ちも、きっとこんなふうだったのだろうか。
いや、ちょっと違うか。今こうして元気で息子と接している父親の僕と、
長い病に伏して病室で息子を見ていた父では、やはり思いは違うのだろうな。
学校からそのままランドセルを背負って無邪気に見舞いにやって来る息子を、
父はいつもどんな思いで見ていたのだろう。それを思うとせつなくなる。優しい父だった。
小さな子供にとって、親がいつも元気でいる事が何より一番だ。
親にとっても、子供が元気でいてくれる事が何よりだ。
昔、「わんぱくでもいい。たくましく育って欲しい」というCMがあったけれど、
全くその通りだなあと思う。
しかし、待てよ。
僕は父にいつも、10円玉3枚をちゃっかり100円にしてもらっていたんだ。
ちゃんと10円玉10枚を持って来た息子に比べて・・恥ずかしいだろ。いやはや。
星空Cafe、それじゃまた。
皆さん、お元気で!

ありがとうございます.. ^^
仲良く並んでの食事風景(おしり姿)、いいですね!
最近、こんな状況の中で、益々猫や犬達の動画に癒されます。
乙女猫日記での動画、もっとup願います!(^^)
自分の子供たちともとうに10年を越えて、あたり前のように一緒に生活してますが、これってとても幸せな事なんですね。
当たり前のように思うけど、本当に感謝すべきことです。
自分が育ってくる時にも経験した事に遭遇することがあり 感慨深いものがありますね
なんか ほっこりしました。ありがとさんな〜も!
それで良いんでしょうね。
それが良いんでしょうね、きっと。
なもえりさん、ありがとうございます。(^^)