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縄文時代の人現代を生きる!

タイヤ小売業を20年営む経験を縄文人に見立てて解説! タイヤに携わる人必見です。
ノウハウと言えるものかどうか? 

今まで普通にあっのが無くなって知るありがたさ!

2010-10-02 12:08:49 | 日記
先月末15年お付き合いしたお弁当屋さんが事業の継続を断念された、これは経営的に問題があったわけでなく商売そのものは順調であったけれど家族に介護を要する事情ができたということと承りました。


毎日当たり前のように届くお弁当が無くなって今月から自己調達を厳命しました。
私は昨日は銀行に出かけたついでにコンビニで調達 今日は近くのバローで調達してきました。


社内でも普通にあったことが無くなって少しあたふたしているようです。


小売・サービス業である店を運営する私たちはなかなか決まった時間に食事も取れません 忙しければ食事時間5分と言うのも当たりまえです。
ですから買いに行ったりして店を離れることが出来ないという理由で 一部会社負担で支給することにしたのは15年も昔のことです。
その後入社した人には最初から当たり前のようにお弁当が支給されているという事実だけが記憶にあるはずで 不便になったと感じる機会になりました。


なぜそういう制度が導入されたのか? 無くなって解かる「ありがたさ」に今一度原点に帰って見直す時期なのです。

新しい時代というような表現は 威勢もよく聞こえ栄えもするのですが 実はマンネリになったり疎かにされたり もてなしの姿勢を失った商売をしているのかも知れないからです。
そういった事実を認識することも無く 新しい店を作るから新しい時代が始まると言っても浮ついた店しか出来ません。

商売の姿勢を見直せ!  四季彩さん(弁当屋)の遺言です。
ちょと考えるだけでここおかしいと感じるもの出ます。
8時まで営業なのに 7時半から仕舞いに掛かるのは? 社長が速めにしまうから良いのでしょうか? 


当たり前になって隠れてしまっている「大切なこと」 運営部で議論する事柄です。


そういった議論が進んで「見直し」することが浮かび上がれば またお弁当は復活してもよいと考えています。

水辺に生える草=菅 菅生という地名!

2010-10-01 18:28:37 | 日記
菅原道真の菅 菅総理の菅 菅生の菅 タイヤ・キーパーイマージンスゴウ店のある地名は岐阜市菅生です。

菅=水辺に生える草 それで作るのが菅笠や畳 イメージとしては結びつけるというような語感を抱くのはこじつけでしょうか?
水辺=水=洗車=キーパーコーティングとタイヤが結びついて新しい価値を生み出すという土地です。

タイヤ販売に変革の必要性というとかっこよいのですが 当初開業したスゴウ店はタイヤ専門店でした。 しかし非繁忙期に暇をもてあまし閑疲れするスタッフになんだか申し訳ない気持ちがわき 時間があるなら洗車を導入してみよかと軽い気持ちで始まった極上手洗い洗車でした。 その後スタッフの努力で「キーパー」「クリスタルキーパー」「ダイヤモンドキーパー」「アクアキーパー」とメニューを徐々に増やしました。

タイヤ販売に新しい価値を付帯したタイヤ・キーパーイマージンスゴウ店に変身した流れです。

この土地が 土地の意味が「タイヤ」と「キーパー」の結びつけをもたらしてくれたに違いありません。

菅生で生まれ江添で大河に乗っていく 新キーパープロショップは岐阜市江添に建設されます。

「偶然のこじ付け」ととるか「必然の計らい」ととるか 私は後者をとります。
何か大きな力と計らいを感じずにはおれません ついてるね~のってるね~ありがたいね~


大きな他力に身を委ね 舵は自力で流れ任せの人生になってきました。
「キーパー」の智恵をお借りして 「タイヤ販売」に結びつける。
コロンブスの卵です。

良樹細根!

2010-09-30 18:12:40 | 日記
枝振りの良い木には細かな根がしっかり支えているという意味です。
細かな根は目には見えませんが必ず地中に張り巡らされています。

タイヤ専門店=根っ子=運営部という考え方を噛み砕いてみます。
ベテランの個人技において専門店を運営する意味の裏には 若者が育つ環境には今はないという事実が横たわっています。これは車について共通する話題が見つけられない(車に興味を抱かない環境)という一面があるからだと思います。

「それならベテランだけで運営すればよい 取り付け作業において信頼できるアルバイトさんを繁忙時だけ来ていただける仕組みを考えればよい」とする割り切りを決断することで 「育てる」「育てなければ」という呪縛からホドケます。
この考え方だけでは タイヤ専門店の範囲では縮小均衡策にも捉えられます。

しかし隣にキーパープロショップを連結することでまた違った形が見えます。
ベテラン=運営部がキーパープロショップの縁の下(土中)の役割りを果たす=細根となる発想です。 タイヤ販売の非繁忙期におけるキーパープロショップ立ち上げの際に活躍の場が出来ることになります。 キーパープロショップの主役は若者です 彼らは次々に広がっていく葉っぱです 葉には茎と根があるわけで 「キーパープロショップ」という葉っぱには「タイヤ専門店」=運営部という根っ子かしっかり張っているという最高の環境が実現するわけです。


主役=「キレイ」ちゃん=若者=葉っぱ 脇役=「安全」君=べテラン=根っ子という関係性が成り立ち これが「タイヤ」と「キーパー」を連結する運営上のメリットです。
それなら茎はというと 弊社ではタイヤ・キーパーコラボのスゴウ店がその役割りを果たしてくれました。
空間の世界では 根・茎・葉の関係性は 植物のように繋がっていませんが 考え方の世界では根・茎・葉としっかり順序良く進行しています。

根っ子の働きが運営部の仕事 弊社の運営部を構成する人たちは素晴らしいです。勿論茎や葉の役割りを果たす若者も素晴らしいです。


はやくこいこい「キレイ」チャン 開業の日が結婚式です。




キーパー風が吹けばタイヤ屋が儲かる「楽しさ」の追及!

2010-09-23 15:00:54 | 日記
かつて自動車をおもちゃのように取り回し せっかく付けた新品タイヤをたった一日ですり減らしてしまうような「楽しい」人たちがいっぱいいました また精一杯オシャレを車に施す楽しい人もいっぱいいて そういう楽しいお客さんに煽られるタイヤショップの仕事も毎日が楽しい時を過せました。

時はうつろい 不況の波が押し寄せると「エコ「地球環境」といった正論が世の中を覆いつくしタイヤショップも「楽しさ」を見失ったというのが私の見立てです。

タイヤショップに必要な物事は「楽しさ」の追求であるというのが持論になりました。
専門店としての有様は「正しい」は当たり前です。 キチンとした正確な作業・求められるものをお値打ちな価格で提供する こういうものは当たり前です。 それらがなければ専門店であろうはずがありません。


ならば未来のタイヤショップ繁盛の処方箋も「楽しさ」を追求する以外ありません。
「理屈を言えば角が立ち 情に竿させば流される」とかくこの世は住みにくい・・・・
ならば「楽しさ」を最優先に考えるとした方針が立つわけです。


「楽しさ」とは 楽しく会話が出来る接客業ですから 黙々と作業をする「正しさ」に和気藹々な会話をはさめば「楽しさ」が浮かび上がってきますから 毎日「楽しく」やろう みんなで何か楽しい会話をしようと意識するだけで取り組むことが出来ます。
そしてもうひとつ流れを考えて見ると・・・・・男ばかりの環境では?

女性が働いてくれたら楽しいだろうな~と思うから女性を採用しましょうとなって~女性が働いてくれるためには女性専用トイレがあるといいな~
女性専用トイレをつくるためにはキーパープロショップの本格的な店をつくろ~すると女性に魅かれるお客さんが集まってくる~すると働く女性にかっこいい所を見せようと男性スタッフも妙にがんばりだす~するとキーパープロショップに隣接するタイヤ屋も儲かる。


「楽しさ」をキーワードにして キーパーという風を呼び込むとタイヤ屋さんも「楽しさ」のおすそ分け随分享受できそうですね!


いまタイヤショップを取り巻く環境も厳しさが増しています みなさん真剣にどうしようと思案をなさっておられますが 「楽しさ」を追い求めることが「正しさ」を追い求めるより良いと思うわけです。


「キーパー風が吹けばタイヤ屋が儲かりまっせ!」これをやろうとしているのです。
物事(タイヤ屋の未来)を真正面から取り組むより 裏口から女性を眺める取り組みの方が「楽しいです」・・・・・・スケベオヤジの私が考えそうなことです。

スケベオヤジが考える一石二鳥の「楽しさ」です。



構想の段階から いよいよ実現の段階に時は進みます。
「楽しい」ですね「楽しい」ですよ「楽しく」働きましょうね!



まっええかええ加減で!

2010-09-17 18:33:54 | 日記
一年に四季があって春夏秋冬を繰り返しますが 二十年という長期スパンでもやっぱり春の時・夏の時・秋の時・冬の時があるように感じます。 
十年一昔といいますがおよそ5年で変わっていく長期の流れのようです。

9月のこの時期タイヤ販売はまったりの時です 夏秋と一年のサイクルでも非繁忙期と呼ぶ時期なのです。
商売をしているとこの時期に焦りや不安を感じやすいものですが ここはどっしりと構える腹を練る時期です。右往左往してはなりません 知識・見識・胆識の胆 自分を信じきることが要求されていると思って・・・・・。

ところがオロオロとしてしまう自分にもやっぱり出会ってしまいます。


自分を信じる自分とオロオロする二人の自分 はたして自分とはいかなるものでしょうか?
調子が良いと行け行けドンドン 成績が芳しくないとオロオロ 人間らしいといえば人間らしいものです。

一体全体「自分」とは 外部の出来事で変わってしまうカメレオンなのでしょうか?
疑問がわきますから 「道」を求めます。
坐禅を組んだり 師匠に尋ねたり あるいは教えを請うたりして・・・・。
ようするに迷っているわけです。


するとまっええかと投げやりな気持ちが湧いて来て 突然迷いがどこかに消えてしまうことを何度か体験しました。
どうしようこしようと考えあぐねた結果 どうでもええじゃんとなると不思議にすっきりするのですから 簡単な気分転換法です。

何度もそれを体験するうちに 心のメカニズムのようなものがあることに気がつきました。
商売人にとって売れない=不安・恐れをしっかり心で掴んでいるのです 当たり前のことですが経費もまかなわなければなりませんし支払いもしなければなりません給料も届けなければ・・・・・こんな面に心を縛ってしまうのです。

それをまあええか何とかなるやろと放してしまうとすっきりして やっぱり何とかなってきた二十年です。



毎年のようにそういう心境を繰り返すと 気持ちの持ちようを良い方へ良い方へうっちゃる名人になります。
するとこのような時期=冬の時(四季とは違い売り枯れの時期を指します)があるお陰で肝っ玉も太くなったのかなと思えてくるから不思議です。

商売にとって売れない時は 考えようによっては「困った」ことです。
まずそれに縛られます しかし困ったと思っている限り思考は堂々巡りに入ります すると考えることもめんどくさくなりまあええかと投げ出してしまいます すると妙に吹っ切れて新しい風景が見えてくる。 考えようによってはそれを通り越えることが必要必然であり実は「ありがたいこと」です。

売れない時=ありがたいことにたどりつくまで私は二十年掛かりましたが そのお陰で見えている風景は全く変わってしまいました。



さてここからが本題となるのですが 一体全体二十年で変わったものとは何でしょうか?
タイヤ商売にとって一番押さえなければいけないと思われるものは「お客様の車に対する思い」ではないかと考えています。
私達のとって良いお客様はかつて「車をおもちゃとする人たちでした」タイヤを速くすり減らし タイヤが速く磨り減るパーツを好んで付けて それを自慢げにして語らう仲間がいてという人たちでした。 かつてはそういう人たちもある年齢に到達すると興味が自動車一辺倒から女性に変わっても次の世代が主役になってまた同じようにおもちゃにしてくれたのですが 今世紀に入ってそういう人たちがいなくなりました。

社会の変化です。ゼロヨン族・峠族・暴走族は死語となったようです。
タイヤ商売の背景がこれだけ変わっても 私達はなかなか変わることが出来ずにいて「売れない・競争が厳しい・雪が降らない」と 商売の不振を外部に求めて苦しんでいました。

でも良く見るとタイヤ=消耗するという事実は変わらず町を走っている車の数もそんなに減っているわけではないようです。


そうです私達の商売が対象とするお客様をしっかり見ていない結果ですし そのような変化には小手先の対応では難しいものでもあります。
だから「ここぞという時」=現在進行中ですが 社運をかけるような挑戦が必要だと思うわけです。


二十年もやらしてもらえば それだけ変わっているという当たり前のことです。
「顧客の創造」は自らが変わることによって実現できる・・・・・と。

売れない時期はしっかり外の世界を観る時期だと思って まっええかええ加減です。