プロローグ
--お聞きいただいたのはRADWIMPSで「前前前世」でした。いやぁ、例の映画が公開されてから1年以上経つというのに、この曲の人気は衰えないですねぇ。おっと、もうこんな時間ですか。リスナーの皆さま、お別れの時間のようです。今日はプロ野球のドラフト会議ということで、多くの若者の人生が決まる日なんですよね。どのような結果になろうとも、球児たちには自分らしさを忘れずにこれからも励んでもらいたいと思います。ということで、最後はこの曲でお別れです。SUPER BEAVERで「らしさ」。
♪ 自分らしさって何だ? "人とは違う"で差をつけろ コンビニの雑誌コーナー 表紙に太字で書いてあった --
私らしさって何だろう。
自分でいうのもなんだけど、私ってすごく普通の女子高生だと思うんだよなあ。
自他ともに認める凡人っていうか。
大体人から褒められるときは「器用だね、なんでもそつなくこなすよね」って言われるけど、それって器用貧乏ってことだろうし。
これといって苦手なことがないのは確かだけど、他人に誇れることなんて何もないし。
就活のこととか考えたら、履歴書に書けるように今のうちから部活とかもっと頑張ったほうがいいのかな。
あぁ、私もプロ野球選手になれたらなぁ…
教室にはやわらかい朝の光が差し込んでいる。私はいつも通り始業のチャイムが鳴るまでお気に入りのラジオ番組を聞きながら机に突っ伏してうつらうつらしていた。隣の机では仲の良い友人が数人集まってたわいもない話を繰り広げている。いつも通りの光景、いつも通りの日常。退屈なんだけど、どこか心地よくって、もうこのままでいいやって思ってしまう、きっとどこの誰にでもある日常。こういう当たり前の日常が実は貴重で大切なんだってよく言うけど、そう感じれる日が私にもいつか来るのかな。来てほしいような、来なくていいような。
あぁ、もう面倒くさい。
今日はぽかぽかしてほんとに気持ちがいい。始業までまだ10数分あるし、少し寝ようかな。
そう思っていたときだった。
「-ね、-やね、彩音ってば、ちょっと聞いてる?」
「ん、ごめん。寝てたかも…」
寝ぼけまなこをこすりながら、私は隣の席に座っている言葉の主の方を見た。
彼女の名前は原田彩矢、私の親友だ。その周りには二人の少女、一応友人なんだけど、どちらかといえば彩矢の友人だから仲良くしてるってのが本音。もちろん仲良いんだよ。でも心の底から友人とは言えないし、彩矢抜きで話すときとかはちょっと気まずくなったりする。高校生の付き合いも結構大変なんだよなぁ。
「それで、何の話してたの?」私は訊ねた。
「中田よ、中田」
「ヒデがどうかしたの?」
「その中田じゃないわよ、中田翔のことよ!ほんとにあんた道民?野球よりサッカー好きなんて信じられないわ」彩矢はプリプリしながら言った。
前言撤回。私にも人と違うところが一つあったみたいだ。私は野球ももちろん好きなんだけど、それよりもサッカーが好きである。
北海道にだってコンサドーレ札幌っていうサッカークラブがあるんだから私みたいな人間がいてもいいと思うんだけどなあ。
「翔さんがどうしたの?」
「FAするのかなって。私としては残留してほしいんだけどね」
「翔さん年俸高くてコスパ悪いからね、今日のドラフト次第では球団は強く引き留めないんじゃないかな」
「う~ん、打てなくてもファンはみんな翔さんの味方なはずなんだよ~」彩矢は頭を抱えてうんうん唸っている。
「ウチのお父さんなんて、翔さん見るたびに『中田はだめだ、ファイターズの4番はセギノールやないとあかん』って言うんだよ。あり得ないよね」モブ少女Aが言った。
言えない。私も日本一になったときのビッグバン打線が好きなんて言えない。ひちょり、賢介、小笠原、セギノール、稲葉、SHINJO、そして恐怖の9番打者金子誠。当時私は小学校に入る前だったけどあの新庄劇場を鮮明に覚えている。確かにあの頃は良かった。私まだ17歳なんだけどね。
「あー、もうこの話はおしまい!切り替えよう。今は清宮よ、清宮!彼が来てくれれば万事解決なんだから!」そう言うと彩矢は立ち上がって伸びをした。
「それよりもさ、みんな今週末プール行かない?」
こいつはキチガイか。もう10月も終わりだぞ。札幌の10月をなめているのか。襟裳沖に沈めるぞ。
私のしかめっ面を見て彩矢はこう続けた。
「言いたいことはわかるよ。でも安心して、屋内の温水プールだから。こんな時期だからさ、ガトキンのプールに安く入れるんだよ。温泉も同じ値段で入れるしさ。泳いで、温泉入って、ケーキ食べてこようよ!」
なるほど、彩矢の提案にしては良い案だ。クローゼットの奥から水着を引っ張りだしてくる必要はあるけど、その苦労を差し引いても充実した休日になりそうだ。
「いいね、行こう!」モブ少女Bが言葉を弾ませた。
「そうだね、楽しそう!」モ女Aはすでにユラユラ揺れるプールの水面に思いを馳せているようだ。
「今年は海にもプールにも行ってないしいいかもね」かく言う私も恥ずかしながら興奮を隠しきれていない。
「よーし、今週末は遅めのバケーションだぁー!」
「「「おぉー!」」」
このとき私はまだ知らなかった。
ガトキンのプールであの人物に出会うことになるとは、いつも通りの日常が一気に崩れることになるとは。
始業のチャイムが鳴り響き、生徒たちの騒がしい声と足音が廊下を駆け回って、それぞれの教室に収まっていく。
晩秋の太陽は何も知らないように、あるいはすべてを知っているかのように教室を優しく照らしていた。
--お聞きいただいたのはRADWIMPSで「前前前世」でした。いやぁ、例の映画が公開されてから1年以上経つというのに、この曲の人気は衰えないですねぇ。おっと、もうこんな時間ですか。リスナーの皆さま、お別れの時間のようです。今日はプロ野球のドラフト会議ということで、多くの若者の人生が決まる日なんですよね。どのような結果になろうとも、球児たちには自分らしさを忘れずにこれからも励んでもらいたいと思います。ということで、最後はこの曲でお別れです。SUPER BEAVERで「らしさ」。
♪ 自分らしさって何だ? "人とは違う"で差をつけろ コンビニの雑誌コーナー 表紙に太字で書いてあった --
私らしさって何だろう。
自分でいうのもなんだけど、私ってすごく普通の女子高生だと思うんだよなあ。
自他ともに認める凡人っていうか。
大体人から褒められるときは「器用だね、なんでもそつなくこなすよね」って言われるけど、それって器用貧乏ってことだろうし。
これといって苦手なことがないのは確かだけど、他人に誇れることなんて何もないし。
就活のこととか考えたら、履歴書に書けるように今のうちから部活とかもっと頑張ったほうがいいのかな。
あぁ、私もプロ野球選手になれたらなぁ…
教室にはやわらかい朝の光が差し込んでいる。私はいつも通り始業のチャイムが鳴るまでお気に入りのラジオ番組を聞きながら机に突っ伏してうつらうつらしていた。隣の机では仲の良い友人が数人集まってたわいもない話を繰り広げている。いつも通りの光景、いつも通りの日常。退屈なんだけど、どこか心地よくって、もうこのままでいいやって思ってしまう、きっとどこの誰にでもある日常。こういう当たり前の日常が実は貴重で大切なんだってよく言うけど、そう感じれる日が私にもいつか来るのかな。来てほしいような、来なくていいような。
あぁ、もう面倒くさい。
今日はぽかぽかしてほんとに気持ちがいい。始業までまだ10数分あるし、少し寝ようかな。
そう思っていたときだった。
「-ね、-やね、彩音ってば、ちょっと聞いてる?」
「ん、ごめん。寝てたかも…」
寝ぼけまなこをこすりながら、私は隣の席に座っている言葉の主の方を見た。
彼女の名前は原田彩矢、私の親友だ。その周りには二人の少女、一応友人なんだけど、どちらかといえば彩矢の友人だから仲良くしてるってのが本音。もちろん仲良いんだよ。でも心の底から友人とは言えないし、彩矢抜きで話すときとかはちょっと気まずくなったりする。高校生の付き合いも結構大変なんだよなぁ。
「それで、何の話してたの?」私は訊ねた。
「中田よ、中田」
「ヒデがどうかしたの?」
「その中田じゃないわよ、中田翔のことよ!ほんとにあんた道民?野球よりサッカー好きなんて信じられないわ」彩矢はプリプリしながら言った。
前言撤回。私にも人と違うところが一つあったみたいだ。私は野球ももちろん好きなんだけど、それよりもサッカーが好きである。
北海道にだってコンサドーレ札幌っていうサッカークラブがあるんだから私みたいな人間がいてもいいと思うんだけどなあ。
「翔さんがどうしたの?」
「FAするのかなって。私としては残留してほしいんだけどね」
「翔さん年俸高くてコスパ悪いからね、今日のドラフト次第では球団は強く引き留めないんじゃないかな」
「う~ん、打てなくてもファンはみんな翔さんの味方なはずなんだよ~」彩矢は頭を抱えてうんうん唸っている。
「ウチのお父さんなんて、翔さん見るたびに『中田はだめだ、ファイターズの4番はセギノールやないとあかん』って言うんだよ。あり得ないよね」モブ少女Aが言った。
言えない。私も日本一になったときのビッグバン打線が好きなんて言えない。ひちょり、賢介、小笠原、セギノール、稲葉、SHINJO、そして恐怖の9番打者金子誠。当時私は小学校に入る前だったけどあの新庄劇場を鮮明に覚えている。確かにあの頃は良かった。私まだ17歳なんだけどね。
「あー、もうこの話はおしまい!切り替えよう。今は清宮よ、清宮!彼が来てくれれば万事解決なんだから!」そう言うと彩矢は立ち上がって伸びをした。
「それよりもさ、みんな今週末プール行かない?」
こいつはキチガイか。もう10月も終わりだぞ。札幌の10月をなめているのか。襟裳沖に沈めるぞ。
私のしかめっ面を見て彩矢はこう続けた。
「言いたいことはわかるよ。でも安心して、屋内の温水プールだから。こんな時期だからさ、ガトキンのプールに安く入れるんだよ。温泉も同じ値段で入れるしさ。泳いで、温泉入って、ケーキ食べてこようよ!」
なるほど、彩矢の提案にしては良い案だ。クローゼットの奥から水着を引っ張りだしてくる必要はあるけど、その苦労を差し引いても充実した休日になりそうだ。
「いいね、行こう!」モブ少女Bが言葉を弾ませた。
「そうだね、楽しそう!」モ女Aはすでにユラユラ揺れるプールの水面に思いを馳せているようだ。
「今年は海にもプールにも行ってないしいいかもね」かく言う私も恥ずかしながら興奮を隠しきれていない。
「よーし、今週末は遅めのバケーションだぁー!」
「「「おぉー!」」」
このとき私はまだ知らなかった。
ガトキンのプールであの人物に出会うことになるとは、いつも通りの日常が一気に崩れることになるとは。
始業のチャイムが鳴り響き、生徒たちの騒がしい声と足音が廊下を駆け回って、それぞれの教室に収まっていく。
晩秋の太陽は何も知らないように、あるいはすべてを知っているかのように教室を優しく照らしていた。