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松ちゃんの『やりっ放し やられっ放し』

あなたが気になりだしてから 世界が息づいてる(松任谷由実『緑の町に舞い降りて』より)

「文藝春秋」で芥川賞作品を読む理由

2012-02-15 00:00:00 | books
こんばんわ。

少し前に話題をさらった田中慎弥さんの芥川賞受賞作『共喰い』を読んでみた。
それも、単行本でなく、初めて文学雑誌?「文藝春秋」で。

今までは[読むなら、ちゃんとした製本(単行本、文庫)]と拘っていた。
読んだ本も後にカタチで残る事への執着だったのでしょう。
アホらしい、と思いまして。

同紙の今月号では、特に同時受賞の円城塔さんの『道化師の蝶』も収録され、
はっきり云って、お得だ!2作品を単行本で、となれば2000円以上もします。
勿論、その2作品だけでなく受賞者インタビューと、
他の記事も読めるし、で

それで1000円しないのだから
安いっ!
安すぎるっ!
セコいっ!
ただ、そこっ!

実は崇高な理由など無くて、
ただ、お安いからなのです!
別にここで読書感想など述べません。
皆さんも御存知だと思いますが、今回の受賞後インタビューにおいて
田中さんの応答はあらゆるメディア等で物議を醸した。
当時、未熟だった僕はといえば

話題になっている事と、
そのインタビュー時の田中さんをネタにモノマネして笑いを取ろうとした?映像を
YouTube上でたまたま見てしまったために
そういう、ネタにされてもしょうがない人なのだ、と思い込んだものです。
それで、実際のインタビューの映像を視てみると、普通の人なのです。

田中さんは普通に笑いを取ろうとした?ユーモアを含めた?応答なのに
それを自分の笑いのネタにするアホな輩がいるんですよ。
ネタにならないのが分からんのか!と罵りたいっ☆
人の笑いをまた笑いにしてどうすんねん。

まぁ、最初からインタビューの映像を視てなかった自分のせいなのですが…。
今更ながらインタビューを聞いて、今更ながらに作品読んで、
もう鮮度を失った話題を掘り起こして今更ながらブログに綴るという、この愚挙っ!

まぁ…自己批判は十分したことだし、よう考えたら僕は何にも悪くないのですから(汗)
どうでもいいが、とにかく今月の『文藝春秋』はお得だってのっ!

買い物ベタな若妻さんへ まずこういうのを買って《お買い得》の何たるかを知りましょう。

昭和天皇

2012-02-14 03:55:20 | books
こんばんわ。

今、中公新書のキャンペーンをしてまして、
出版社とか大手書店とか

そういうところのじゃなくて…
僕個人の中のキャンペーンなのです、
「中公新書を読もうキャンペーン」。

最近の読んだ本で、
中公新書の古川隆久著の『昭和天皇 「理性の君主」の孤独』は
とても面白かった。
その本を手にとった理由は、

僕自身の【天皇】への性的な興味は勿論だが、
400ページという、新書にしては読みごたえどころか、
挫折さえしそうな重厚さ。
さらに、帯にバンっと載った「サントリー学芸大賞受賞」の文字も
権威主義的で、長いものに巻かれがちの僕には、もはや殺し文句。

(だから、'09同賞受賞の『伊藤博文』も要チェックなのだ)
読み終えた感想として、
もっと昭和天皇を知りたいっ、知らなければっ、と思いました。
僕は昭和59年生まれでして、
4年という短い時間しか同じにしてないので、よく知らなかった。
終戦の日の回顧番組と、

終戦の決断、玉音放送、人間宣言、戦争責任という教科書的なイメージ、
あと、時たま目にする、行幸されている当時の写真など、
イメージは、あって無いような程度だった。
殆どの若い人にとっても、その程度なのではないだろうか?
しかし!
日本国民の皆さん、それでは駄目なのです!駄目だったのです!
日本国民たるもの、まず昭和天皇の事を知るべきだと、僕は感じました。

明治34(1901)年から1989年の存命で、
まさに20世紀の子なのです。
昭和天皇という一人の人間の歴史を追う事で
20世紀の日本の歩みも勉強できるのです。
特に今回の新書は、その恰好のアイテムかと。
批評ではなく、節目々々で昭和天皇が何をどう考えられておられたか、を

側近の日記や他の研究書を引用から推理して紹介する内容で
場面々々の反省を指摘しつつも
中立的なスタンスで、
一人の人間としての昭和天皇がいかに昭和天皇たろうと、
もがいたその姿が描かれています。

昨日、今上天皇が手術を決断された、というニュースがありました。
他にも、女性天皇論・皇室典範改正などが問題になっている昨今、
皆さんは、こういった皇室の問題が議論の俎上に上がる度に何を考えますか?
ヒダリとかミギとか関係なく、

皇室に対しての無知が問題なのではなく
無思慮が問題なのです。
思慮を得るためには、まず知らなければなりません。

天皇家は日本が世界に誇るべき財産です。
その天皇家を途絶えさせず護ってきた国の風土・文化も財産なのだ。

国政に絶望し、世界で漂流している日本の国民の心はバラバラです。

そんなバラバラな、国民の心を一つにするのが
天皇や皇室の存在なのだと、

僕は今回『昭和天皇』の事を本を読むことで少なからず知識を得、
興味をさらに深めた事で
そう、感じます。

今、福田和也著の『昭和天皇』(文春文庫)を読んでいますが、これは
周りに・同時代にどんな人が居たのか、という外堀の知識も埋めてくれ、早速面白い!

我々は結束してこの停滞を打破しなければ!(昭和天皇)への理解は必ずその一助となります!

「薩長同盟に大政奉還、ありゃあ、みんな**がやったことさ」

2007-06-13 23:07:51 | books
自分が読む本のジャンルとして歴史に関する書籍というのは多いのですが

特に幕末に関する本は、心底「読みたい!」という、生理的な欲求から手に取ってしまうのである。
そこで

加治将一という人が書いた
『あやつられた龍馬 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』(祥伝社)
という本は、さっき読み終えたのですが、ヤバいね。ヤベぇヤベぇ...。

内容はここでは勿論書きませんけど
僕なんか、『お~い!竜馬』をはじめとした様々な著作に触れ
それによって
坂本龍馬だけでなく、彼に関係した人物(高杉晋作、西郷隆盛、勝海舟....etc)に

色々と興味をもって調べたり、読んだり、訪れたりして
自分の中で
幕末、明治維新、明治、大正、昭和、太平洋戦争とそれぞれ
自分なりのイメージを持ってきたのですが
それが覆るような激震がありました、今日。

大体、坂本龍馬に関する本を読んでいれば
龍馬を英雄視するような記述が殆どで
そういうものだけを取り込んで、それだけの情報で確立した考えやイメージしたものは
当然龍馬は英雄であり、その生き方や考え方、発言に爽快さを感じて、確かに気持ちいい。

けど、見方に拠れば、甘っちょろく、温いイメージでもある。
事実、僕自身の考え・イメージもそうのようなものだったから、それだけに
この本に書かれてある事が事実だとしたら、怖いね。明治維新って何だったんだろうと思う。

でも、だからと言って坂本龍馬に対して失望などもしないし。
結局「各人がそれぞれ自由に考え・想像するもの」というのが歴史の捉え方なんだと思う。

古い、幕末や明治時代の古写真を何枚見ても「ほんとかぁ?」って、未だに信じられないし。

『トゥルーマンショー』的な考え??になるけど、自分の意識以前の事なんて嘘かもしんないし…。
で、本文の後には必ず宣伝があって『紫禁城の黄昏』という本が紹介されていた。

ナニナニ【「東京裁判」と「岩波文庫」が封殺した歴史の真実!】というコピー。
何とも読んでみたいじゃない。こんな宣伝じみた事書いて…

出版社の広報部か!俺は。

西北

2007-06-04 04:18:47 | books
読んでいる物語の中に、自分に馴染みの地名が出てくると、それだけで嬉しくなる。

ただ単に嬉しく感じると同時に
イメージが具体的になる。

主人公が、【大正・昭和初期】と昔だけれど
例えば天六から南森町まで歩いた、というのを読んだだけで
世相とか風景が今と全く違ってるとしても

天六から南森町のあの区間を歩いてるんだ...と
感慨深いイメージが湧く。
というのも
今日本屋で

『西北バー物語』という本を見つけた。(著者忘れました↓)
ただ、見かけただけだが、西北はちゃんと、西北でした。
開くと、「阪急西宮北口駅周辺に関する~」というような注釈もちゃんとあった。

我等には必読。というか、有利?というか、我等が読むと面白いだろうと思う。
因みにこの周辺を舞台にした物語で遠藤周作著の『白い人・黄色い人』の「黄色い人」という物語は

生温い物語では全くなく、結構人間の内面を抉られる深い話なのであるが、

【仁川】、【甲東園】、【関西学院】等々お馴染みの固有名詞が出てくるので
良かったら是非♪

頑張れ関西。

古写真

2007-06-02 08:23:01 | books
書店で歴史に関する書籍のコーナーはよく訪れるのですが

写真集など
長時間、結構感慨深く眺めて見ることがあるのです。

幕末期の市井の風俗や、風景の写真。
戦争期。
昭和初期に大阪の場景等々。

全て勿論白黒写真なのですが
僕は、それらの写真から当時の情景をイメージするという時に
そのイメージの色というのは、自分のそれにも関わらず、白黒以外には描けないのである。
当時のリアルな町の模様を知る端緒がそれら白黒の古写真だけに

僕は、色彩豊かな昔というのは有り得ない。
昔、『色』はあったのかとさえ疑うほど。
というか、『昔』の昔さ加減、嘘なんじゃないかと思う、閑散とした街道や寺社のものを見ると。

幕末の写真で、当時の志士オールスター集合とされている写真があるが
絶対嘘だ、あんなもの。どっかの道場の集合写真に違いない。

とかくも、昔の写真を見るのは僕にとっては楽しく、あれだけで8時間9時間当たり前である。

『女の一生 一部・キクの場合』を読んで(続)

2007-02-01 11:11:17 | books
でもさ…

僕がさっき、宗教の「布教」を「おせっかい」と呼べるのは…
多分、自分が神を信じなきゃ、やってられないような生活水準にないからで…

多分、そうなんだよね…
当時の「隠れキリシタン」っていわれる人は、みんな生活に困窮した農民であった…
で、弾圧した側は、別に、生活に困らない役人で…

キリスト教を信仰する農民と、弾圧する人との乖離は
生活が豊かか、そうでないかということも一因をして数えられよう…
江戸時代の役人、又は明治初期の役人は、高級官僚で無い限り、それほど裕福でなかった
が、神を信じる程まで困窮はしてなかった。今の日本人もそうだと思う。

だから、そういう人にとって、お上が定める邪教(キリスト教)を信仰し、事を荒立てるのは
ただ、彼等が、秩序を乱しているとしか見えないからだろう。
僕自身が「宗教は…こうだ!」とか「神なんて…」って無責任な事を口にしてしまうことがあるが

それは、ただ自分が、神を信じなければどうしようもない、救いようがない…
そして、拠りどころがないような境遇に、たまたま…そう、たまたま立ってないだけなのかも。

そう考えると…

比較的恵まれた境遇ってだけで、神や、それを真摯に信じる人を
とやかく言ったり、冷ややかに見る自分が馬鹿らしくなってきた…

(勝手な奴だな)って…
あの人たちは、そう。
それを信じなければ死んでしまう…そんな境遇だったのだと…

そして、そういう境遇に偶然居ないってだけの自分を、分からなければならないと思う。そしたら…
神を信じる人、違う神を信じる人の事だって、愛せると思う…。

そんで、違う考えの人の事さえも、愛していけるのだろうなって思う…。

『女の一生 一部・キクの場合』を読んで

2007-01-31 10:00:46 | books
皆様は「浦上四番崩れ」をご存知でしょうか。

さぞ、皆様の頭の中の「明治」というある一時代に対してのイメージは
「近代化」という言葉で華やかに彩られている。

しかし、今の(仮)経済大国・ニッポンの源流でもあるのは、否定できないのも確かである。
中学・高校の日本史(又は社会)の教科書内の明治に関する記述の大半は
徳川時代という旧体制からの脱却、近代国家への発進

具体的には、「富国強兵・殖産興業」をテーマにした新政策の諸々である。
が、そのような、いかにも煌びやかな表舞台の外で
陽の当たらない、酷い、凄惨な現状は、あったのです。

それが、江戸末期から明治六年までに起こった長崎・浦上地方の隠れキリシタン弾圧であり
とりわけ、俗に言う「浦上四番崩れ」です。
是非、遠藤周作著の「女の一生・一部(キクの場合)」を読んでみてください。
ネタばれは私自身、されると嫌なので、勿論ここでもしませんが…

今回も、読んでる中で、自分の心は結構揺り動かされました。
キリスト・マリアを強く信仰する弱者達(農民より)
なぜか、秩序を保つためにそれを弾圧する側の方が、「分かる」とも思えたり
弾圧する強者(役人)の中でも、迷いがあるある役人の事に親近感さえ覚えたり…

隠れキリシタン達に共感を覚えなかったのは
私自身が、キリスト教を
特に「布教」について認めていないからあろうか。
だから、物語の中に出てくる宣教師・司教に対して、腹立つことさえあった。
ある信仰を(たまたま知ってしまって)信じることは、良いというか、しょうがないが

信仰を人に教えたり、「布教」したりするのは、やはり、解せない。
それは、苦しい生活や、悩みに見かねた上の、善意からくる行為だとしても
僕には、キリスト教司教の布教活動や、その言動を「おせっかい」としか思えなった。
そもそも、生活の全てに浸透した信仰って、どうなんだ?と思ったりした。

何かを信じるのはいいが、それで恵まれれば「おかげ」とありがたる。
しかし、恵まれなかったら、裏切られたとして、信仰の対象を恨んだりもしてしまうのではないか。
それは、それで自分勝手である。

何を書いているか分からなくなってきたが
先に紹介した著書を読んで今回書こうと思ったのは、新時代の陰に潜む事実の発見と

「信仰(の布教)」とは何かという、自問から、考えるところがあったからである。

あと、信仰の布教や、それを実施している宣教師に対して
当時の長崎奉行と同じように、上記の如く疑問を抱いている自分は

どんな人間なのか、とか...ね。

ぉ~い…お~い!お~~~~い『お~い!竜馬』

2006-06-16 02:59:16 | books
人生を変えた本がある。

人生と呼べる程永くはまだ生きていないのだけど
でも。私の人生に明らかに大きな影響を及ぼした本がある。

武田鉄矢原作・小山ゆう著の『お~い!竜馬』である。
漫画である。
だから私は漫画を否定できないのである。

小学5年生の時だったろうか
隣に住む同級生の家に遊びに行った時に
その友達の本棚の中に、それの第1巻だけが紛れていた。
私は読んだが、ただ面白いし、その先を読みたいと思っただけで、まだ感銘は受けていない。

しかし、半年後ぐらいには
私は15巻くらいまでは集めていた。
漫画を読んでいく内に
勿論・坂本竜馬に引き込まれ
調べるようになる。

自分が関心をもった事柄に対しては徹底的に調べつくす、そんな性格!ダメみたい…
否。ええねんええねん。
時たま、その時にしなければならない事を疎かにしてまで
そんなことをしていることがあるのだが
そういう性格は自分でも悪くは思っていない。

対象は竜馬から、彼の周辺の志士達に移り
例えば高杉晋作、吉田松陰、西郷隆盛、桐野利秋、武市半平太、岡田以蔵、陸奥宗光、板垣退助…
また、勝海舟やジョン万次郎といった同じ時代に生きた人々にまで関心は及び
次に、時代の考察、幕末という時代の考察
その時代の中の土佐や薩摩長州等の藩について…

いつの間にか【歴史】が得意に、そして好きになっていた。
本屋で「坂本竜馬」だとか「幕末」といった言葉が目に入ると
かならず立ち止まってしまう。
今でこそ法学部生として学んでいるが

当初は文学部の史学科志望でしたが、野暮な事情がありまして変更に至った訳で…
旅行する時もかならず【歴史】という要素は絡んでくる、というか絡めている。
東京まで主婦仕様のチャリでいった横断も『お~い!竜馬』を読んでいなければ、やっていなかった。

なぜ歴史にわたしは引き込まれていったのだろうと考える。また…
今のなぜ引き込まれ続けているのだろうと考える。その時に、なぜ坂本竜馬なのだろうと考える。
それは『お~い!竜馬』を読んだからである。それが原点である。ただその漫画を楽しむだけでなく

私の目を幕末・明治の世界に向けさせてくれた点で感謝感激雨あらr否…嵐である。
坂本竜馬という人間、資料も色々あるにせよ、その本当の姿は分からないけど

少なくとも、『お~い!竜馬』の中の坂本は好きである。しかも、もの凄く。

『破戒』(映画)を観て。

2006-06-10 17:57:44 | books
批評2~名著の映画化作品『破戒』~

つい先日、学校の図書館ライブラリで映画でも観ようかと思って
(まぁビデオだけど…DVDね。)

何観ようと、迷ったのは5分と無く
手に取ったのは
島崎藤村原作 市村昆監督 市川雷蔵主演の『破戒』だった。

断っておきますが、結構古い映画でして、勿論白黒です。
最初雷蔵氏演じる丑松が父親が営む山小屋を訪ねる場面などは
その信州の山の夜の暗さを表すためにしても「これでもよいのか」と
疑わざるをえないくらい画面いっぱいが黒く、殆ど分からないのである。

私は勿論小説でも「破戒」は読んだし
その上でどのように映画作品として作っているかと思い
今回観るに及んだのですが
鑑賞後の鑑賞として
あの長編小説を2時間弱という尺に収めるというのは、無謀と感じた。

それは、既にベストセラー作品の映画化に対する不信感の再確認であるし、それは、ますます増した。
丑松が下宿から出て行き、最後のテキサスに向かう場面までを描くには2時間という時間は短すぎる。
友達も土屋銀之助の他にもう一人居たはずだし
テニスである思いで仙太と組んで、負けて、校長をはじめ他の子ども達の嘲笑の渦の中に居た場面も
何気ないエピソードが、著者の言いたいメッセージのモチーフとなっていることもある。
(まぁ、僕の読み間違えかもしれませんが。)

また、猪子蓮太郎の遭難場面も事後的に描かれており
襲われるにしても、その理由というか、襲った側にとって猪子の思想が如何に危険か
というのが希薄で、場面の繋がりが何となくでしか分からないようになっている。
映画から何を伝えたいのかが分からなかったと共に
『破戒』が、藤村が描きたい伝えたい事は何なのかということを私は考え始めた。
私が考えるに、タイトル通り「破戒」なのか
当時の差別問題なのか。

勿論後者のはずである。
仮に前者だとしても、父親の戒めを破ることに対する激しさは全然強調されていないし
同じく丑松に破戒を律しようとする叔父との接触も、劇中でも冒頭部分しかない。
もし、これを映画の中でしっかり描ける事ができたなら
後者の問題というメッセージの強調にも助けることができるのではないか。
今、気付いた!!!

市村監督が小説から汲み取り、描きたかったのは
「猪子蓮太郎を尻目に、オモテで生きている民である自分の処世術に対する苦悩・葛藤」なのでは。
それを観るわたしたちが何を考える事ができるであろうか。
私が一番印象的な場面は、暗い部屋の中で刃で腕を切り込、流れくる血の色を見て
「五体、五臓六腑、血の色すべて同じではないか。他に何が違って蔑まされるのか」

といったような台詞で雷蔵が悶えている景色である。
根幹はそこであり、それは差別という問題の究極的な問いではないだろうか。
これは民でない者にとってもの、またそうで無い者にとってもの問いである。
そして、民でない者にとってもう1つ究極的な問いがある。

「その人と一生添い遂げられるか」
である。
これが、私が島崎藤村の『破戒』を読んで考え始めた事である。

今回映画を観て、既存小説の映画化に対して懐疑的になり、また、するにしても
その著作のメッセージと、それを効果的に見せるための方法を考えなければならないし

それが明確であれば、監督が汲み取ったメッセージがずれてても、それは監督の個性なのである。

相変わらず、市川雷蔵は男の私にとっても素敵な役者である。
本映画でも、丑松の苦悩をよく演じていたように私は、感じました。

(丑松の苦悩する暗すぎる青年が、小学生に人気であるのが不安だったが…)
世間体などを気にせず、丑松の中身人間性をとことん信じ、愛すお志保と、その姿は
僕にとって理想的な異性の姿になり

それを演じる島村志保はとても合っているように思えた。
要するに

お志保も島村志保も素敵なのである。

ほ、星の王子さま

2006-05-06 23:55:23 | books
さて、ついさっきだったか

サン・テグジュペリ著の『星の王子さま』という本を読み終えたのですが
とても感動しました。

そもそも、これは課された作文を書くべく
その材料としてこの名著とされている本を選んだのであるが
やっと買ったのが、今日の午後5時くらいだったか、西北のアクタ・ジュンク堂にて。

様々な出版社から発行されており
またJ.D.サリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』みたく
様々な方が日本語訳されている。
だから読み比べとうものをしてみようかと思っているのであるが

(『ライ麦で~』関して言えば未だ一冊も読了しておらず…あとちょっと!!
 #81君とも話したが、読んでいて非常にしんどくなる、ある種代物である。)
兎に角、まず今回私が選んだのは、中公文庫(中央公論新社)の小島俊明訳のものです。
全ページカラー、150pほどですぐ読めます。(味わって読むべきものだが。)
幾点かの挿絵もあり(それら挿絵が重要なっていくのですが。)

「ほぉ~~~~~~…」と、とても感嘆したことは幾度と。
本の題名から想像して私は幼児向けの物語絵本として認識してたが
決してそれだけに留まらない内容である。
子どもだけが読んでいればいいというような事は絶対無い

僕たち俺たち私たちあなたたち大人も必ず一回は読んでみるべき本であると確信しました。
私も一回読んだだけで、著者の伝えたいことなどを完璧に把握できてないのは勿論であり
これから先何度も読み返していくのだろう…

この本、今日まで内容は全く知らなかったまでも、広く世間では名著とされていることは知ってて
唯、それだけ。卒業コンパで#52さんにこの本を贈ったのですが(読んだのであろうか?)

内容も知らず人に勧めるのは、今から思えばとても無責任な話と、今私は気が重いです。