
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
新年の到来は私達に希望をもたらしてくれるものです。
私は目の前に広がるこの新年に思いを馳せながら今喜びに満たされています。
今年が皆様にとって、昨年よりも素晴らしい良い年になりますようにと切に願い、又、お祈りを致しております。
さて、私達はこのように新年を迎えました。
目の前には「明日」と呼ばれる新しい日々が広がっています。
これらの日々を私達はどのように心を備えてこれから過ごしていけば良いのでしょうか?
聖書は「明日」と呼ばれる新しい日々の過ごし方について、幾つかの事を教えております。
第一は「明日のことを思いわずらってはならない」ということです。
私達の人生を時の流れで区別すると、過去と現在と未来とに分けることができます。
振り返れば過去はそうでしたが、私達の人生は思い煩いで満ちていました。
現在も又、色々な悩みがあり、恐れが満ちています。
残念ですが、これから迎える明日という未来も同じくそうなるだろうと思われます。
しかし、どうぞ知って下さい。
実は、私達の一日一日は神様が私達のために造られており、全ては神様の御手の中にあるのです。
ですから、私達は神様を離れて明日の事をくよくよと心配したり、思い煩うべきではありません。
神様を第一にして生きてまいりましょう。
そうすれば神様は必要な全てを備えてあなたを祝福してくださいます。
もし今、悩みの中にあったとしても解決の道を備えてくださいます。
イエス・キリストの言葉
「明日のことを思いわずらうな。
明日のことは明日自身が思いわずらうであろう」(マタイ6章34節)
第二は「明日のことを誇ってはならない」ということです。
私達は新年を迎えて明日をどのように生きるか?と真剣に考えています。
そして様々な計画をすることでしょう。
次に、自分以上に頼れるものは無いのですから、自分の全力を注いで行動をすることでしょう。
その結果、私達は満足な結果を獲得し、自信を持って力強く生きていけると確信することでしょう。
しかし、私達が全力で物事を計画し、実行したからと言って、いつでも満足できる結果が起こるわけではありません。
例え、明日のことを立派に予測できたとしても、確実にその通りに全てが実現するわけではありません。
私達の明日の人生は不確かなのです。
私達の未来は自分の手の内にはありません。
ですから、自分の知恵や力で何事でもできるかのように思って生きることは現実的に正しい道ではありません。
私達の人生を確かなものにしてくださるのは神様だけです。
故に、私達は自分を誇って生きてはならないのです。
旧約聖書 ソロモンの箴言
「明日の事を誇ってはならない。
一日のうちに何が起こるかを知ることができないからだ」(箴言27章1節)
第三は「明日の為に備えなさい」と言うことです。
聖書に「あなた方は明日のこともわからぬ身なのだ」(ヤコブ4章14節)とありますが、正直なところ、誰も私達の明日に何が起こり、明日がどうなるのか知りません。
確実なことは、私達はこの世に裸で生まれてきたように、やがて裸でこの世を去らねばならない日がやってくると言うことです。
全ての事に始めがあれば終わりがあるように、人生に始まりの日があれば、やがて終わりの日も確実に来るのです。
ですから、
私達は人生の終わりという「明日の日への備え」をしなければなりません。
私達の未来の全ては神様の御手の中にあります。
ですから、神様を信じて歩むことが最も必要なのです。
「人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。
たといその人が倒れても全く打ち伏せられることは無い。
主がその手をささえられるからである」(詩篇37編23~24節)