
mixiで『開陽台』のコミュを発見しちゃった!
開陽台とは北海道中標津にある小高い丘の名称で、80年代初頭にJALがTVコマーシャルで紹介した事から徐々に有名になった場所だ。
そこは、日本でも数少ない360度の地平線が見える場所。
天気がよいと東側にはロシアの国後島まで見える。
当時は、今にも倒壊しそうな展望台と手洗い場、そして電気の通ってない汲み取りトイレしか無かった。
本格的な観光開発が始まった時期と相まって、道路開発が進み、それまで徒歩で旅するスタイルが中心だった北海道もオートバイの時代へ入ってゆく。
彼らにとって、開陽台が聖地と呼ばれる場所になるのも時間の問題だった。
電気がない。
当然街灯もないので夜は月と星の明かりだけだ。
設備が何もないから観光客もほとんど来ない。
そして景観は最高(当時日本で唯一の360度展望と言われていた)。
実はコレ最高のロケーションなんだよね。
いつかは開陽台へ!
これがライダー達の合い言葉にさえなっていました。
第2次バイクブームも手伝って、ますます開陽台はメジャーになってゆく。
その勢いを中標津がだまって見てるはずもなく、観光の目玉にしちゃったんです。
80年代後半には電気がきて、売店が出来て、観光バスの指定ルートにもなってきました。
でもね、基本的には何も無い丘。
満天の星空と360度の地平線しかない。
さらに観光シーズンの天候は基本的に悪いときてる。
一般の観光客には、その良さを理解することはできないでしょうね。
やはりココでは天気待ちでテント生活しないと100%の良さは伝わらないだろうね。
えっと…
開発が進む前の開陽台を実に忠実に表現してる小説がある。
mixiで開陽台コミュを見つけて無性に読みたくなった。
佐々木譲の「振り返れば地平線」。
この本を読むと初めて訪れた夏の北海道の風を感じるんだよね。
長くなったので本の内容は後日って事で(^^;)
開陽台とは北海道中標津にある小高い丘の名称で、80年代初頭にJALがTVコマーシャルで紹介した事から徐々に有名になった場所だ。
そこは、日本でも数少ない360度の地平線が見える場所。
天気がよいと東側にはロシアの国後島まで見える。
当時は、今にも倒壊しそうな展望台と手洗い場、そして電気の通ってない汲み取りトイレしか無かった。
本格的な観光開発が始まった時期と相まって、道路開発が進み、それまで徒歩で旅するスタイルが中心だった北海道もオートバイの時代へ入ってゆく。
彼らにとって、開陽台が聖地と呼ばれる場所になるのも時間の問題だった。
電気がない。
当然街灯もないので夜は月と星の明かりだけだ。
設備が何もないから観光客もほとんど来ない。
そして景観は最高(当時日本で唯一の360度展望と言われていた)。
実はコレ最高のロケーションなんだよね。
いつかは開陽台へ!
これがライダー達の合い言葉にさえなっていました。
第2次バイクブームも手伝って、ますます開陽台はメジャーになってゆく。
その勢いを中標津がだまって見てるはずもなく、観光の目玉にしちゃったんです。
80年代後半には電気がきて、売店が出来て、観光バスの指定ルートにもなってきました。
でもね、基本的には何も無い丘。
満天の星空と360度の地平線しかない。
さらに観光シーズンの天候は基本的に悪いときてる。
一般の観光客には、その良さを理解することはできないでしょうね。
やはりココでは天気待ちでテント生活しないと100%の良さは伝わらないだろうね。
えっと…
開発が進む前の開陽台を実に忠実に表現してる小説がある。
mixiで開陽台コミュを見つけて無性に読みたくなった。
佐々木譲の「振り返れば地平線」。
この本を読むと初めて訪れた夏の北海道の風を感じるんだよね。
長くなったので本の内容は後日って事で(^^;)
![]() | 振り返れば地平線CBS・ソニー出版このアイテムの詳細を見る |
mixi「開陽台」管理者のj_u_nです。
振り返れば地平線の内容、是非とも教えてください!
どんな内容なんだろう・・・
行きましたかー
できれば何も知らずに夜にたどり着いてテントをはる。
天気の良い翌朝に目覚めることができればド肝抜かれるところなんだよね。
ぜひ家族でキャンプしてみて(^_-)vブイブイッ
>ジュン サラー
管理人様、昨夜偶然見つけまして^^
すっかり夜更かししちゃいました(^^;)
道産子ライダーなんですね!
もう10年も北海道へ行ってませんが、来年は計画してますので久しぶりに開陽台を訪れてみたいと思います。
本の内容は…
新規で紹介しますね。
しばしお待ちを。
以後、どうぞよろしくお願いします。
「振り返れば地平線」、読みました読みました。懐かしいです。それから”風”の「地平線の見える街」も中標津を歌った曲でしたね。
僕が初めて訪れた82年はトイレと水場のある テントを張るにはもってこいの場所でした。何の制約もなかったのですが、テントを張っているライダーが自主的にゴミを片づけたり、清掃をしていました。みんな大人だったんだなぁ。
82年は2週間、83年は3週間ほど開陽台でテント生活をしましたが、学生時代のとてもいい思い出です。
僕とRZ250のことは ホームページの“Love Bike”のところにちょっぴり書いてあります。
いまだに“かっこいいバイクだなぁ!”と思っています。
ではでは、また遊びに来させてもらいますぅ。
書き込みありがとうございます^^
風の「地平線の見える街」は聞いたこと無いかもしれません(^^;)
今度DLして聞かなくちゃ。
中標津が舞台の映画もありましたよね!
「遙かなる山の呼び声」(主演:高倉健 監督:山田洋次)
開陽台もちらっと出てきます。
今でもあるのかな?
徒歩の宿「ミルクロード」のおやじさんは、旅の途中で中標津が好きになり住み着いちゃったって言ってました。
その映画にもエキストラで出演されてるとか…
開陽台でのその連泊ぶりは凄いなぁ
郵便屋の配達も届く人だったのでしょうね(笑)
充実した学生時代って一生の宝物ですよね。
いつまでも色あせない、いつでも記憶を呼び起こせる財産だと思います。
HP拝見しました。
以前RZのページ見ましたね! ググってたどり着き、拝見した記憶があります。
これも縁、これからもよろしくお願いします。
学生は時間はあるけど、お金はなし。
テント暮らしはお金がかからなくて助かりました。
HPをご覧いただき、ありがとうございます。
最近はブログばかりで HPの更新もサボりっぱなし。なんともお恥ずかしいです。
開陽台で連泊中に会社へ辞表を送った若者いましたよ。
その時に辞表の書き方を教えたのが数ヶ月連泊してる方でしたね(笑)
今でも長期滞在してる人っているのでしょうかね~