つらつら日暮らし

今日は釈尊降誕会(令和6年度版)

本日4月8日は三仏忌の一、釈尊降誕会(灌仏会・浴仏会・仏生会・花まつり)である。お釈迦様のお誕生日である。なお、江戸時代の様子については既に【4月の和名「卯月」に関する雑考】でも示したが、更に以下の一節も紹介しておきたい。

〔八日〕釈迦誕生灌仏会賑ふ、寺院しるしつくしがたし、△諸人、門戸へ卯の花を挿す、薺草を行灯に掛て虫除とし、又蛇よけの歌を厠へ貼る、歌は諸人のしる所也、
    三田村鳶魚先生『江戸年中行事』中公文庫、380頁


やはり、「卯の花」を門戸に挿すことは、江戸時代の流行だったことが分かる。その上で、虫除けや蛇除けをしたそうだが、後者の蛇除けが「厠(トイレ)」であることが、当時の現実を示しているように思う。釈尊の降誕会に、虫除けや蛇除けが行われた経緯が知りたいが、今のところは良く分からない。

その上で、今年は簡潔に『永平広録』の上堂を紹介していきたいが、道元禅師は以下の年に降誕会の上堂を実施されている。

仁治2年(1241) 1-42
仁治3年(1242) 1-75
仁治4年(1243) 1-98
寛元4年(1246) 2-155
宝治元年(1247) 3-236
宝治2年(1248) 3-256
建長元年(1249) 4-320
建長3年(1251) 6-427
建長4年(1252) 7-495


このように、ほぼ毎年のことであることが理解出来よう。それで、今年は建長3年の上堂を採り上げたい。

 浴仏の上堂、
 衆生、父を得て家業を領す。
 聖者、師を見て快哉なるべし。
 蟄類、須く忻ぶべし、今の慶幸。
 春闌ては弥愛す、一声の雷。
 誰か言う「兜率陀天より下る」と。豈、但、摩耶を聖胎と為せんや。一切恒河沙福智、大千界の上に優曇開けたり。
 這箇の道理、恁麼なりと雖も、衲僧家、作麼生。
 良久して云く、空を摧き有を破す無窮の利、●杖を弄し来る尚一枝、と。
    『永平広録』巻6-427上堂


まさに、釈尊の生まれとは智慧の成就だが、それは摩耶夫人から生まれたことでありながら、同時に一声の雷であり、大千界の上に開く優曇華である。このような話を単純に「たとえ話」と理解することは出来ない。むしろ、「そのように見えた」という経験として把握することが肝心だし、またはたとえ話としても、本来関係のない事象をつなげていくというのは容易なことではない。

ましてや、たとえ話とは、この場合で言うならば、釈尊が摩耶夫人から生まれたことと、兜率天から下りてきたというイメージとに、媒介するような第三項が存在しないことを意味している。しかし、密着しているわけでもなく、別のイメージになっていても構わない。ただ、今回は、摩耶夫人と兜率天とをつなげていくという行為でもって初めて意味が生まれ、そこにいわゆるの釈尊伝が固有の領域を形成していくと見ることが出来る。しかし、この領域とは絶対的ではない。物語の伝承が無くては、たちどころに無くなってしまうようなものである。

要するに物語であっても作動することによって存在する領域を前提にすれば、道元禅師が指摘する「空を摧き有を破す無窮の利」というイメージに非常に近いものである。

今日は釈尊降誕会だから、拙僧的には坐禅して報恩したい。また、当ブログをご覧の皆さまにおかれましては、近隣の御寺院さまにて「誕生仏に甘茶をかける」といったお祝いをされることをオススメしたい。とりあえず、皆さまそれぞれにお持ちの菩提寺に足を運ばれては如何だろうか?

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