つらつら日暮らし

江戸時代の僧侶は幕府からの規制をどう思っていたのか?

石田瑞麿先生の『女犯』(ちくま学芸文庫)でも繰り返し指摘されているように、江戸時代は僧侶の女性問題について、幕府はそれなりに規制を行い、実際に取り締まられた事例もあったようである。そこで、今回は或る一節から、幕府の規制について現場の僧侶がどう思っていたのかを見ておきたい。

第三不貪婬 〈中略〉此の戒、在家の菩薩は、正婬を開して邪婬を制す。出家は開なく男女の色共に堅く禁ず。もとも僧に女犯あらば、官制にも許さず。女犯肉食却盗は、僧の三条罪とて、世・出世共に立がたし。
 凡そ此の戒は、老弱共に甚だ慎むべし。溺れやすきは愛欲の境なり。いはゆる行婬のとき、三学共に不成。戒すでに破るが故に、定慧共にならず。婬を行じて禅定を修し、智慧を明かにせんとするは、沙を蒸して飯となすがごとし。労して功なし。然れば修行人第一の公案なり。容易にすることなかれ。
 此の戒を護持するには、縁を避るにしくはなし。仏の誡め玉ふに、室を隔て、是れ男女とふんべつすることなかれとなり。もとも沙門は独り行脚すべからず。在家男女へ親近すべからず。遊処戯場に徘徊すべからず。我心碍りなしとて、わざと男女に昵近し、悪処徘徊すると、大悪見なり。
    三洲白龍禅師『禅戒游刃』下巻


これは、いわゆる婬戒に因む説示である。この説示は菩薩戒が出家・在家共通して授けられるところから初めて問題となり、結局出家と在家で「婬戒」の護持の方法が違うことを述べている。

例えば、在家の菩薩については、「正婬(配偶者との性行為)」については「開(認める)」となり、「邪婬(配偶者以外との性行為、不倫や買春など)」については「制(認めず)」となる。しかし、出家の場合、婬については「開なく」とある通りで、一切認められないというのである。

そして、気になるのは、僧の「女犯」については、「官制にも許さず」とあって、仏戒としても認められないが、幕府からの規制もされているとするのである。そして、同様の罪に、「三条罪」とあって、「女犯・肉食・却盗(盗難)」の3つを挙げており、この辺が現場に於いて規制の対象として考えられていたらしい。

さて、更にその後半を見ていくけれども、婬戒については、老僧も若輩も、ともに慎むべきであるという。特に愛欲は溺れやすく、もし、婬を行ってしまうと、戒定慧の三学が成立せず、特に戒が破られているために、禅定も智慧も発現しないという。よって、婬戒を破らないというのは、「修行人第一の公案なり」とまで述べるのである。

それでは、実践的にこの戒を護持する方法には、どのようなことがあるのだろうか。

上記一節では、「縁を避る」としている。これは、有り体に言えば自分にとって性的な関心を引き起こす相手に近寄らないことを意味する。そして、沙門たる者、1人で行脚すべきではないといい(自らを制する気持ちが弱まるため)、しかも、在家者には近付くべきではなく、盛り場などにも徘徊するべきではなく、自分では「性的な関心は無い」とでもいって、わざと性的な関心を得やすい相手に近付いたり、盛り場を歩くことは許されないとしているのである。

又、唐国にも、愚痴僧ありて、願志を立するに云く、生生世世、ながく女人をみることなからん。この願、なにの法にかよる。世法によるか、仏法によるか、外道の法によるか、天魔の法によるか。女人なにのとがかある、男子なにの徳かある。悪人は、男子も悪人なるあり、善人は、女人も善人なるあり。聞法をねがひ、出離をもとむること、かならず男子・女人によらず。もし未断惑のときは、男子・女人おなじく未断惑なり。断惑証理のときは、男子・女人、簡別さらにあらず。又、ながく女人をみじと願せば、衆生無辺誓願度のときも、女人をばすつべきか。捨てば菩薩にあらず、仏慈悲と云はんや。ただこれ声聞の酒にえふことふかきによりて、酔狂の言語なり。人天、これをまことと信ずべからず。
    道元禅師『正法眼蔵』「礼拝得髄」巻


とはいえ、以上のようなことを道元禅師が指摘していることもあり、この辺はとても難しい。確かに、女性に近付くべきでは無いというと、では男性僧侶からすれば、導く対象であるはずの女性を見捨てるのか?という話になる。つまりは、菩薩が菩薩戒の婬戒を破っても、最終的には戻れるというのは、様々な問題があった上で模索された方法だったのだろうと思うのである。

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