つらつら日暮らし

続々々・或る彼岸の句について

前回の記事については、【続々・或る彼岸の句について】を参照いただきたい。それで、先の記事は、松尾芭蕉が詠んだことにされてしまった「今日彼岸 菩提の種を まく日かな」という俳句について、実は松尾芭蕉のものではない、ということを言いたかったのであった。

それで、或るブログの記事を読んでいたら、この作者は江戸時代中期の俳人・馬場存義(ばばぞんぎ、1703~1782)という人のものだという指摘があった。拙僧自身、この馬場という人のことを良く知らないので、今後、改めて調査したいと思っているが、このご指摘があったということのみ、記録しておきたい。なお、馬場自身は第2代・前田青峨の門人で、与謝蕪村とも交流があったという。更に、正岡子規がこの人の俳句を採り上げて全集(第11巻)に編入されているけれども、残念ながらこの彼岸の句を見ることは出来なかった。

そこで、今回は或る僧侶が指摘している、彼岸の句について採り上げておきたい。

昔の句に「善き種を蒔きて置きたき彼岸かな」又「仏説も花より団子の彼岸かな」などと云ふのがあります。
    道重信教上人「御彼岸会の因縁」、『人一代の修養』(中央出版社・昭和3年)174頁


何故この句を採り上げたかといえば、特に前者の句を見ていただければ分かるけれども、芭蕉に仮託されている「今日彼岸 菩提の種を まく日かな」に類似しているためである。「菩提の種」と「善き種」という言い方こそ違えど、結果として得ようと思っている事柄は同じであると言って良い。

それで、拙僧的に気になるのは、この道重信教上人(1856~1934)が紹介しようとしている句の作者などである。上人自身は、「昔の句」としているから、上人自身の作では無いことは明らかである。この道重上人は、かの元モーニング娘。の道重さゆみさんの曾祖父の弟であったらしい。浄土宗の碩徳で、浄土宗学本校(後の仏教大学)教授や大本山増上寺法主などを歴任し、著作も多数残されている。

さておき、その人よりも前の時代ということで、現代であれば複数の俳句データベースも存在しているので、色々と調べてみた。だが、こちらもまた、作者は良く分からないようである。ついでに、後者の「団子」の句についても、分からなかった。

ということで、拙僧にはまた、課題が増えた、という結論で終わるのであった。とはいえ、これこそが研究の醍醐味ではあるから、1つ分かって10箇分からなくなるというのは、有り難くも感じている。

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