つらつら日暮らし

懐奘禅師による『正法眼蔵』「嗣書」巻の書写について

備忘録的に記事にしておきたい。現在、道元禅師の『正法眼蔵』「嗣書」巻には「草案本」「修訂本」の2系統があると知られている。ほとんどの内容は一緒だが、例えば個人的にその違いに注目している一節がある。

・いまわが洞山門下に嗣書をかけるは、臨済等にかけるにはことなり。 「修訂本」
・いまわが洞山宗門にかける、臨済等にかけるにことなり。 「草案本」


前者であれば、法系としての洞山門下を強調しているように見えるが、後者は「洞山宗門」とあって、どこか「洞山宗」というべき宗派意識の表出のように感じてしまうのである。もちろん、「仏道」巻などで、曹洞宗を含めた全ての宗派名の名のりを批判することはよく知られているから、違うという意見もあると思うが、道元禅師は『正法眼蔵』各巻で第一とする発想が異なるので、宗門と名乗っても問題無いように思っているが、これは本筋から外れるため、ここまで。

さて、それでは奥書を見ておきたいと思うが、現状、複数の系統になる諸本の奥書を集めた形で見られる。まずは、「草案本」系統を見ておきたい(以下、各文章には便宜的に丸数字を振る)。

①于時仁治二年歳次辛丑三月廿七日、観音導利興聖宝林寺 沙門道元記
②仁治二年辛丑十二月十二日子時書          学人是法受持


以上の通りであるが、まずは①から、道元禅師が仁治2年(1241)3月27日に「嗣書」巻の草案本著したことが理解出来る。そして、その後、②のように、同年12月12日に書写されたようなのだが、これが懐奘禅師によるものかどうかは分からない。特に「学人是法受持」は、「学人、是の法を受持」と採るべきか、学人だった「是法」師が「嗣書」巻を受持していたという意味なのか、良く分からない(少なくとも、本巻以外に、「是法」という僧侶がいた記録は見たことが無い)。

その上で、「修訂本」系統は以下の通りである。

③于時日本仁治二年歳次辛丑三月七日、観音導利興聖宝林寺、入宋伝法沙門道元記
④仁治癸卯二月廿五日、書写之於侍者寮頭、侍者恵上
⑤寛元癸卯九月二十四日、掛錫於越前吉田県吉峰古寺草庵〈華押〉
⑥寛元元年十月廿三日、以越州御書御本交之云云


ここで、良く分からないことがある。①で見た通り、「草案本」系統は元々、仁治2年の「三月廿七日」に書かれたとされるが、③のように、「修訂本」の一般的な写本では「三月七日」となっている。もちろん、「修訂本」が「草案本」より前に書かれることは無いため、おそらくはどちらかが写誤である。「草案本」を読むと、先に引いた一節以外にも、もう1箇所で「仁治二年辛丑春三月二十七日書」とも書かれているので、おそらくは「修訂本」系統の写本に間違いがあると考えるのが自然であろう。

それから、上記の様子を見る限り、④から、「仁治癸卯二月廿五日」に懐奘(恵上)禅師が、侍者寮で書写されたという。仁治癸卯とは1243年のことで、2月26日に寛元に改元されているので、改元の前日に書写されたことが分かる。なお、【7月16日 道元禅師が越前への移転を開始】の記事で書いたように、同年7月に道元禅師は越前への移転を開始されるため、懐奘禅師は興聖寺で同巻を書写されたものと拝察される。

また、⑤が意味することは不明だが、少なくとも、寛元癸卯(寛元元年、1243年)九月二十四日に、越前吉田県の吉峰寺に掛錫したというが、これは道元禅師が越前にいたことを明確に示すとのみ拝しておきたい。その上で、問題は⑥である。これは、寛元元年十月廿三日に、「越州の御書御本を以て、之を交す、云云」とある。つまり、おそらくは懐奘禅師の手によって、同日に越州にて書かれた「嗣書」巻(恐らくは「修訂本」)で、「草案本」系統の写本を、校合したことを意味していよう。

よって、⑥より前に「修訂本」が成立していなくてはならないので、本文の意味は不明ながら、⑤を「修訂本」成立時期だと考えるわけである。また、⑥の記述から、懐奘禅師は道元禅師が「草案本」から「修訂本」へと書き換えたことを踏まえ、御自身のお手元で記録していた写本を書き換えたと思われるのである。

このような献身的な書写行があったからこそ、『正法眼蔵』は後代にまで遺されたのである。今日8月24日は旧暦の日付で、懐奘禅師が御遷化された日である。南無永平懐奘大和尚。

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