見るだけで運気アップパワースポット巡り

科学オタクです。
今は、原付で旅したパワースポットをめぐりを書いてます

原付旅 元伊勢一覧!二人の姫達の足跡を辿るの巻

2024-06-29 00:26:00 | 旅行

連続大河ブログ 原付旅

レイラインポイントコンプリートの旅

古都奈良編


元伊勢一覧!二人の姫達の足跡を辿るの巻


さて、前回は奈良にある、最初の伊勢!檜原神社!なぜ内陸なのに磯?なぜ奈良なのに伊勢?って勝手に考察してみました。そして、伊勢の名前の由来。そして、そして!新たに繋がるレイライン!高まる浪漫!深まる謎!まだまだ楽しめそうですね!


元伊勢一覧!二人の姫達の足跡を辿るの巻


さてさて、今回は最初のゴール檜原神社からスタートどのような道筋で現在の伊勢神宮までたどり着いたのか?豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)と倭姫命(やまとひめ)の足跡を辿ってみましょう!目的地に向かう途中一時的に祀られた伝承のある場所、実際に今も神社のある場所など含め何と94箇所もあるんです♪

はじまり!はじまり〜!





大和の檜原神社に祀られました。実はこの最初の地も檜原神社の他にも3箇所伝承の地があるそうです。再び永遠に鎮座する地を探して豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)と天照大神の旅が始まります。まずは摂津国!今の大阪府吹田市、現在は吉志部神社(きしべじんじゃ)が建っています。滞在年数は不明。

そこから再び大和に戻ります。そして最初の檜原神社と摂津を合わせて33年間!ココも4か所伝承の地があります。

そして、丹波の地で4年間!第2次原付旅で第一ゴール京都福知山の「元伊勢皇大神社」と天橋立の元伊勢籠神社の奥宮「真名井神社」!元伊勢って検索するとこの2社がヒットします!元伊勢of元伊勢!元伊勢の中の元伊勢!

大和に戻り8年間!次に紀伊國に3年、今の和歌山県ですね。ココの近所には数少ないアマテラス系では無い神宮が2つもあります。2つ合わせて「日前宮」またこの話は別の機会に!

吉備国に3年!伝承地は6件あります。ちなみにその前の紀伊国も吉備国の聞き違いって説もあります。諸説あり!吉備国の桃太郎のモデル吉備津彦記事も良かったら

原付旅 桃太郎伝説を調べて考えるの巻 - 


その後再び、大和の地に戻り2年間。ココで倭姫にバトンタッチ!豊鍬入姫命は単純計算で約54年の旅を終えます。お疲れ様でした。

ココからヤマトヒメとアマテラスの旅が始まります。大和と候補地を行ったり来たりする豊鍬入姫命に対し倭姫命は西へ東へ移動しますが、ほぼ一筆書きで今の伊勢神宮の地を目指します。





大和の国内で4〜5年間で2回ないし3回移動し、伊賀国で3か所、8年間!近江国で6年間、美濃国で4年間、尾張国年数不明、そして伊勢国突入です!桑名、亀山、津、松坂、多気を経て、今の伊勢神宮の地に約90年かけて、ようやく永遠に鎮座出来る場所に辿り着くわけです。ヤマトヒメお疲れ様でした。

今後もレイラインに連なる土地や名だたる神社、元伊勢にも立ち寄って行きますが、それはまた別のお話


次回 そうめんと赤玉が出たら打ち止めの巻

ここまで読んでくださった方の願い事が叶います様に


レイラインポイントコンプリートの旅


原付旅 元祖元伊勢の憑代!磯城神籬(しきひもろぎ)と伊勢の巻

2024-06-16 20:42:00 | 旅行

連続大河ブログ 原付旅

レイラインポイントコンプリートの旅

古都奈良編


元祖元伊勢の憑代!磯城神籬(しきひもろぎ)と伊勢の巻


さて、前回は大神神社から山辺の道を北に最初の伊勢!天照大神と豊鍬入姫命の長い旅の始まりの最初のゴールである檜原神社!今でも伊勢神宮との繋がりがあり、鳥居は伊勢神宮のお下がりって話でした。


元祖元伊勢の憑代!磯城神籬(しきひもろぎ)と伊勢の巻


さてさて、今回のタイトルにもある「磯城神籬(しきひもろぎ)」ですが、何だかわかりますか?そもそも磯の城と書いて「しき」そして神籬「ひもろぎ」読めませんよね!石上神宮も「いそのかみ」!大神神社「おおみわ」!大和川の仏教伝来の地、海柘榴市「つばいち」!読めない上に海の無い奈良なのに「海」とか「磯」とか不思議ですよね!




それはさておき、神籬「ひもろぎ」って何?解説しよ!神籬「ひもろぎ」とは!神道において神社や神棚以外で臨時に神を迎えるための依り代となるものである!磐座(いわくら)や巨木に注連縄(しめなわ)で神聖を保ち、神を招く憑代(よりしろ)で「ひ」は神、「もろ」は天下るの意味の「あもる」、「き」は木の意とされ、神霊が天下る木、神の依り代となる木の意味だそうです。諸説あり!

現在でも建築工事などにあたって、工事の無事を祈願するための儀式「地鎮祭」で用いられています。

ひもろぎもさておき、さっきさておいた「磯」とか「海」とかです。

この檜原神社の辺を今でも式島、敷島、磯城島(しきしま)と言い島だったのかな?

ココからは私の妄想です。昔この海の無い奈良は「ヤマト」つまり山に囲われた周りから川が流れ込み飲み水に困らない台風、津波などから守られた土地!「山都」だったんだと思います。難波の記事や山辺の道の記事でも書いたように大阪は巨大な入江、奈良は巨大な湿地だったそうです。琵琶湖などの淡水の湖を「淡海」って言うところから奈良の広大な湿地帯も海と表現されていたんじゃ無いかなって、そして、「磯」って言うのは石で固められた大地の事で後の記事に書く予定の「飛鳥宮跡」みたいな何かしらの石で作った施設だったんじゃないかな?そして、京都の山奥の福知山の元伊勢皇大神社の記事にも書きましたが、私の実家である伊勢市と同じ地名がちらほら!




海の無いヤマトに磯や海の表現、「磯城」「石上(いそのかみ)」「イソ」って言うのが伊勢の語源だそうです。(ウィキ)伊勢は今の伊勢に来る以前にすでにイソで伊勢だった!にかな?

ハイ!そこで伊勢の原点、三輪山と現在の伊勢神宮!そして淡路島の神々の父イザナギの祀られている伊弉諾神宮!ほぼ同緯度!つまり太陽のライン!レイライン!春分秋分線なのです!く〜!また繋がった!!

もはや、偶然と片付けるのは難しい!

神様なんて信じない化学オタクで出不精で筆不精な私を、神様超大好きで年1で原付で野宿旅に出て家を一週間以上空け濃ゆいブログを書く奴になってしまいました。笑


次回 元伊勢一覧!二人の姫達の足跡を辿るの巻


ここまで読んでくださった方の願い事が叶います様に


レイラインポイントコンプリートの旅