「22歳、飛び降り自殺未遂の女性 Dさん」(K病院にて)
もう、20年近く前になる。
オフィスで、診療をしていると、知人の病院から電話が入った。
「顔面骨折のクランケ(患者)がいるので、来て欲しい。」
わたしは、
「はいわかりました。きょう、診療終わったら、伺います」
幸い、土曜であった。
5時に診療を、終わり、その病院へ車をとばす。
3時間はかかる。
患者は22歳、5階建てのビルからの
飛び降り自殺未遂だった。
患者を診るなり、
状態がわかった。
患者は、「気管内挿管」をしていた。
「顔面、下2/3 多発性骨折」であった。
顔は、全体に腫れあがり、よく見ると、
骨折部の骨のところだけ、
出っ張っている。
歯などは、2・3本残り、すべて、とんでいた。
患者は、動かせないので、レントゲン写真は、CTのみ。
わたしは、主治医に言った。
「これは、ジグソー・パズルのように、折れていますよ。
元の顔には、たぶん、もどらないですよ。」
などなど・・・・。
実際、下あごの骨以外は、顔面の骨は、うすっぺらい・・・・。
と、患者が、少し動く。
患者は、ひょっとして、意識があるのでは?
「Dさん、わかりますか?」
Dさんは、少し、うなずいた。
もちろん、気管に、管が入っている、
しゃべれない。
意識、あるんだ!、
今までの話全部きいていたんだ。
わたしは、あおくなり、
患者さんに話す。冷や汗をかきながら。
「大丈夫、ですよ。
なんとかするからね。
がんばってね!」
患者は、また、うなずいた。
今だったら、「形成外科」が、
手術を、するだろう。
そのころは、形成外科は、あまりなかった。
口腔外科が、前頭骨を除く
顔面骨すべてを、手術していた。
時には、眼窩壁の、骨折の整復もしていた。
それは、「咬み合わせ」が、
その治療の主体を占めていたからである。
上アゴが折れたら、下アゴに、上アゴを固定する。
下アゴが折れたら、上アゴに、下アゴを固定する。
両方折れたら、まず、骨の太い下アゴを、
開いて整復固定、それに、上アゴを、固定するのである。
その際基準となるのが、歯なのである。
いまでも、わたしは、上・下アゴの骨は、
「口腔外科」のほうが、うまいと、確信している。
さてその、「Dさん」。
ビル5階からの、飛び降り自殺。
普通は、というか、ほとんどは、死ぬ。
彼女の場合、飛び降りて、まず、
足を、折り、(足の骨も折れていた。)
そして、前のめりに、
顔面を、強打したと考えられる。
さらにいうと、少しでも、横を向いて強打していたら、
脳が、傷害を受け、死んでいただろう。
顔面が、クッションの機能を、果たしたのだ。
さらにいうと、外傷はやはり「打ちどころ」である。
「打ちどころ」が悪ければ、ころんでも、
命はないのである。
さて、それから、わたしは、「某大学口腔外科」を、
訪れ、助教授(今は、N大学教授)に、協力を、お願いした。
1回話しただけで、承知してくれた。
大学の先生も、手術してみたいのである。
実際、そのころ、大学の病院には、そんな大きな損傷の例は、
まわってこなかった。
さて、手術。
このDさんの場合、歯が、ほとんど、折れてなかった。
「咬みあわせ」がない。
困難を極めた。
12時間ぐらいかかった。
何とか、手術を終え、抜糸まで、
たどりついた。
が、どれくらい、前の顔にもどったかは、不明。
受傷まえの顔を、知らないのである。
これには、後日談がある。
それから、半年ぐらいが、過ぎた。
また、K病院の、担当医から、電話があった。
「例の患者ですが、顔が、非対称で、
直してくれといってるんですが・・・・・」
「あれほどの、骨折ですから、
非対称はしょうがないと、思いますが・・・・・・。
でも、一度、伺います。」
と、返事した。
今度は、急がない。
日時を、決め、K病院にいく。
病院の暇な午後、「脳外科外来」で、Dさんを待つ。
と、窓の外、遠くにDさんが、見えた。
お母さんらしいひとと、一緒。
やせて歩き方が、明らかに、変。
すると、看護師さんが、
「あの子、拒食症なの。ああやって、いつも、食べているの。」
ハッとした。
精神的問題があるのだ。
前、先輩が、いっていたことを、おもいだした。
「あの、患者、飛び降り自殺で、アゴ折って、
なおしてやったのに、結局、また、飛び降りて、死んでしまいやがった。」
こういう患者さんは、精神的問題をかかえている。
おかあさんと、Dさんがみえた。
Dさんは、ひどく、やせていた。
髪の毛は、ボサボサ。
化粧はもちろんしていない。
話を聞く。
「元の顔には、戻らなくてもよいから、
顔の、非対称をなおしてほしい」
とのことだった。
今度は、急がないし、患者は、動けるので、
近くの病院の「口腔外科」を、紹介しようとして電話する。
ところが、精神科的なことをはなすと、
断られた。
(わたしの病院は、遠すぎる。)
担当医も、にげていることが、明らか・・・・。
どうしようもない。
Dさんと、お母さんの話を聞く。
お母さんが話す。
どうも、「統合失調症」のよう。
@「拒食症」で、いっぱい食べるが、はいてしまうこと。
@「精神科」に、Dさんが、行くことを拒否していること。
@Dさんを、ご主人と、力を合わせ、車に押し込もうとしたが、無理だったこと。
@Dさんに内緒で、「精神科」に行って、薬をもらってきたこと。
@薬をを、ご飯に混ぜたりして、飲まそうとしたこと。
などなど・・・・・。
すると、Dさんが、お母さんに、反論。
そのうち、Dさんと、おかあさんが、ケンカしだした。
大声で、怒鳴り合いとなった。
わたしは、じっと、聞いているより他なかった。
どのくらいたっただろうか。
2人が、黙ってしまった。
わたしは、Dさんに・・・・・。
「困ってるんだろ?」
Dさんは、だまって、うなずく。
わたしは、夢中で説明した
@精神科というと、日本では、
「狂った人」のための病院のようにいわれるが、そうではないこと。
@むしろ、自分がちょっとヘンだと、
認識した人(=普通の人)が行くこと。
@精神科へいくことは、恥ずかしいことではないこと。
@わたしの友達も行っていること。
などを、伝えた。
そして、近くの精神科病院にいくよう進めた。
すると、Dさんは、
納得してくれた。
精神科への紹介状と、
精神科治療後の、「口腔外科」への紹介状を書いた。
おかあさんも、お礼の言葉を述べられたが、
何もしていない、わたしは、
その言葉に、なお、恐縮した。
そして、Dさんに、
「がんばれよ」・・・・・。
2人を、見送る。
わたしも帰る。
アッ、「出張料」もらうの、わすれた!
その後、少し、気になっていたが、
ほとんど、わすれていた。
そのまた、半年後ぐらいのち。
その病院にいったとき、看護師さんが、
「アッ、先生、Dさんねー、
あのあと、M精神科病院へ行って、
口腔外科にも行って、手術したそうよ。
先生に、お礼いっといてね
といってらっしゃったわよ!」