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和紙を作る家に嫁いだ嫁のブログ

親子五代に渡り受け継がれた和紙作りの伝統を守るべく今日も奮闘する『和紙を作る家』に嫁いだ嫁のブログ

最近の母。

2019-10-01 14:11:00 | 母のこと
ここのところ忙しくて、なかなか母のところへ行けずにいます…(._.)

先月、施設での敬老式典と祝賀会があり、

行かせてもらうつもりで楽しみにしていたのですが、当日、どうにも手が外せず

ちょうど仕事の休みだった娘が代わりに出席してくれました。





米寿、白寿、百歳以上の方々へのお祝い品の贈呈があり、

余興では、太鼓の披露などもあったようです。


式典のあとは、各ユニットで祝賀会食。



ビールをひとくちだけ頂いた母は、酔いがまわったか?(と言ってもノンアルコール笑)食事を食べ終わったら、イスに座ったまま爆睡していたようです。

かわいい孫に来てもらって、母は大満足したことでしょうね。


そうそう、先日は、ユニットのお仲間さんと職員さんとで、回転寿司にも連れていってもらったそうです。

施設に居ても、家に居た時と変わらない生活が送れることに、感謝の気持ちでいっぱいです。



納涼パーティーへ…

2019-07-28 14:00:12 | 母のこと
昨日、母がお世話になっている施設の『納涼パーティー』があり参加してきました!

ステージでの出し物、屋台での美味しいお寿司やたこ焼き…
母と一緒に楽しいひとときを過ごしました。





一番盛り上がったのは、母と一緒にした輪投げ!






丹後産の小玉スイカ、石鹸などなど、豪華商品をゲットしました



終始、良い笑顔を見せていた母に、私も元気を分けてもらいました。

走り回っておられた職員の皆さん、お疲れさまでしたm(_ _)m

母にずっと元気で居てもらって、来年も再来年もぜひ参加させて頂きたいです

あ~、それにしても、私の二の腕の太さ&ツートンカラーよ~~(T_T)




家族交流会。

2019-06-16 22:43:33 | 母のこと




昨日は、母の居る施設の『家族会総会』&『家族交流会』でした。


総会のあと、母と一緒にお昼ご飯

遅ればせながら、今度は次男からも母の日のプレゼントを貰い、嬉しそうにしていました。

お昼ご飯と一緒に、母は焼酎のお湯割りをチビ~っと

若くて元気やった頃、お友達と時々飲んでいた事を知られた職員さんの計らいで、久しぶりに飲ませて頂きました。

懐かしいお酒の味は、少しは母の脳への刺激になったでしょうか…

食事が終わった頃から、舟を漕ぎ出し、ベッドに横になった瞬間に爆睡していた母でした。

母と楽しいひとときを過ごす事が出来て、私も嬉しかったです。



母のフォトフレーム。

2019-03-22 12:00:00 | 母のこと





出来上がった~ヽ(´▽`)/

母のフォトフレーム

母の部屋に飾ってもらおうと思って作りました。

母に見せたら

『まぁ、可愛い』とニコニコ笑顔。


おっ!父や孫の顔を思い出したか~と喜んでいたら、

母は、白い枠の部分をナデナデ…( ̄▽ ̄;)

写真じゃなくて、枠のほうか~い!Σ\(゚Д゚;)

まっ、いいです。

何かを見て、可愛いと思える感情がまだ残っている事は嬉しい事ですから


母のお世話になっている施設のブログのなかで、母の良い笑顔を見つけました。





本当に良い笑顔です。私まで嬉しく笑顔になります。

母のこの笑顔がず~っと続きますように…

(ブログからの写真流用、フォトフレームに写真を勝手に使わせてもらった母のお友達の皆さん、ゴメンナサイ)



母の穏やかな笑顔。

2019-03-10 08:00:00 | 母のこと
インフルエンザの猛威もおさまり、ようやく春本番ですね。

これからは、私の苦手な花粉の季節の到来です


二月の終わりごろ、母の施設からも面会制限が解かれる旨の通知が届いていました。

なのに…風邪をひき、咳がしつこく続いていた私は、なかなか面会に行けず…

先日、ようやく母の顔を見に行くことが出来ました。

久しぶりに会う母は、

私のことが娘と わからなくても、私の顔が見えた瞬間からニコニコと終始 笑顔で、とても穏やかで良い表情をしていました。

これまでの無表情な母と違って、会話の内容こそ成り立ちませんが、

少し会わないうちに、言葉のやりとりが出来るようになっていました。

今の施設に移ってきてからは、職員の皆さんが、

母の 人としての尊厳をとても大切にして介護にあたって下さっている事が、母の変わりようから感じて取れました。


先月、ケアマネージャーさんや担当の介護士さん、看護師さん、作業療法士さん方との会議がありました。

母の施設での様子、今後のケアプランなどについても詳しく説明して下さり、

その中でも、

『長期的な目標として、○○さんのご体調の良い時を見て、福井県のご生家にも一度お連れしたいと思っています。』

と、仰って下さったことには、私も驚き、そんなことまで考えて下さっているのか!と、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。


若くで認知症を発症してしまった母の事を、私は、これまでなかなか受け入れる事が出来ませんでした。

あんなにシッカリしていた母なのに…

自分の事よりも、子供の事や、まわりの人の事をいつも思いやってきた母なのに、なんで母が?…

前の施設では、入れ歯が失くなり、骨折をし、そして発熱を繰り返し、何かが起こるたびにどんどん落ちていく母の姿を目の当たりにし、

認知症になってしまったら、人が人らしく過ごす事の出来る尊厳などなくなってしまうのか…と、

母のことが可哀想でみじめで仕方ありませんでした。

そして、私は、その施設の事が許せずにいました。

そんな、私の心の中を見透かされたんでしょうね、作業療法士さんが仰いました。

『前の施設で骨折をされていなくても、お母さんは元々パニック障害を発症されているので、不安から筋緊張が起こり、足の拘縮は起こっていたかもしれません。

今、お母さんは、とても良い顔をして毎日過ごされていますよ。

娘さんからしたら「私の顔や名前も忘れてしまって…」とお辛いでしょうから、こんな事を言うのは申し訳ないのですが、

ご自分の事や娘さんの事がまだ分かられた頃は、逆に不安や寂しさも感じておられて、お母さん自身 お辛かったと思います。

でも、今はなんの不安を感じることもなく、お母さんはお幸せと思いますよ。それが表情に出ておられるんです。』

と。


そうか…。

なんか、胸に溜まっていた何かがスーっと流れて行く感じがしました。

そりゃ、認知症になんてならずに、ずっと元気で居てくれる事に越したことはないです。

でも、なってしまった事は仕方ない…

だから、あの時こうだったから、ああだったから…と、うしろばかりを振り返るのは、もうやめました。

今、母は幸せなんですもんね。

人生の長い 短い、認知症になる ならない、人それぞれ色んな違いはあったとしても、これはたぶん誰もが行く道なんです。

これからは、残された母と時間を大切に、前を向いて進んで行こうと思います。