夏の始めの頃の話。
夕飯の大きめサイズの牛タンが、噛んで噛んでも、嚙みちぎれない。噛むのにも疲れて、思い切って飲み込んだところ、あろうことか喉に詰まった!
咳払いをしてみたり、胸や首を叩いてみたりしたが、牛タンはピクリとも動かない。台所へ行って水を飲んでみたら、喉が詰まっているので水は口からあふれ出ただけ。
席に戻って、どうしたら良いんだろうと考えている内に、目の前が暗くなってきた。頭がガンガンしてきた。そこで初めて気が付いた、息してないじゃん!息は鼻からも口からも吸えるのに、どうして喉は一つなんだろう。鼻から吸った息は、別の管を通って肺に行ってくれれば良いのに。
向かいで食事をしている夫は、こちらの異変に全く気付かず、黙々と牛タンを噛んでいる。呼ぼうにも声が出ない。コロナ禍でしゃべらない食卓になってしまった結果が、これか。もはや、これまでか!
「牛タンを喉に詰まらせ死亡…いつもは学童児たちに、ふざけながら食べていると喉に詰まらせると注意している学童支援員が、夕飯の牛タンを喉に詰まらせ死亡していたことがわかった」そんなニュースが脳裏に浮かぶ。駄目だ、それだけは避けたい!
朦朧としながら口の中に指を入れると、喉の奥に微かに牛タンの端が触れた。渾身の力を込めて、人差し指と中指で引きずり出した。ずるずるずるっと、20センチ程に細長くなった牛タンが出てきた。助かった。良かった。
給食のパンを喉に詰まらせて亡くなった男子の気持ちが、痛い程わかった。びっくりしたよね。どうしたら良いかわからなかったよね。状況を伝えたかったけど声が出なかったよね。ふざけていたわけじゃないよね。いつもより口に入れる量が多かっただけ、飲み込むタイミングが悪かっただけ…
人間、いつ何が起こるかわからない。自分の喉を過信しすぎないように。子どもは静かに溺れる…と言われるが、人間は静かに窒息もするのである。
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