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つれづれ日記

写真で綴る 七十路の旅

句碑を訪ねる

2015-07-04 08:38:23 | 温故知新

   葛飾や桃の籬も水田べり     - 水原秋櫻子 -


 水田を表現しているのであろう、、、、と。

句に詠まれた当時は田園風景だったのであろう、江戸川土手も無かったのでは。

江戸川の対岸は里見城のあった国府台公園である、時代を想像すれば国府台も高台に見えたものと。


銅像を訪ねる

2015-03-09 08:32:02 | 温故知新

   楠正成像


修学旅行での記憶を思い出して、皇居外苑の観光バスの駐車場に来てみれば観光バスが入れ替わりに。

我が家の本棚の本に「古典を見る」の中にも楠正成が登場、改めて銅像を訪問する事に。

古典を見る事によって何故ここに、その理由も理解する事が出来ました。

韓国か中国の観光客なのであろう、銅像の前で記念写真を撮っている。

、、、、、之も歴史散歩になるのであろうか。


歌碑を訪ねる

2015-03-01 06:14:36 | 温故知新

   井上 正鉄   


 

足立の史話の中に、井上正鉄の遺詠碑が新明神社に残っている。

明治27年に門人たちが、建てたものである、、、、と。

井上正鉄は天保5年(1834)京都神祇伯白河資延から神道の奥義を授けられ、初めて禊教を開いたとの事。教えに従う者、時の老中松平乗寛以下数百人に及ぶ。一方貧者病疾者の救済にも当たったと言う。

足立の史話より

 神明神社

 歌 

幕府は、信徒の結集をおそれてか、「異言衆を惑す」として投獄し、天保14年三宅島へ流罪に処してしまった。在島7年、嘉永2年(1849)島で没。60歳であった。                    足立の史話より

、、、、、「知るは楽しみなり」、、、、、歴史散歩の収穫となりました。


城を訪ねる

2014-12-17 08:10:55 | 温故知新

   川越城


川越城は石垣の無い土塁の城と聞いて居たが、最近その土塁の濠が発見されたとの事である。

車の中からあれがと指を指されたその先を見れば、土塁の濠が車道からも見る事が出来た。

 本丸御殿の入り口に紅葉が秋の訪れにお化粧を。

 本丸御殿

本丸御殿の玄関を入り左手に入門証の発行、入場料を支払左周りで見学。

庭園、柳沢吉保殿もこの景観を眺めたのであろう、、、と。 

外廊下を進んで行けば小さいが庭園が広がる、又、部屋で談議の等身大の家老三人。

柳沢吉保は江戸城の家老であったと聞く、その事から考えると家老の部屋が目に着くのであった。

、、、、、、、400年の歴史を今に訪ね、平和の有難さを実感する。