カオスの世紀

カオスとは「混沌」、そしてこの21世紀に生きる自分の混沌とした日常を気ままに書き綴っていきます。

おかげさまで

2006-09-23 | 日常の出来事
「”おかげさま”のメガネを掛けたら見えないものが見えてくる」。講師の方が若い頃にお世話になった大先輩が、ご自宅のあちこちに掛けてある”お札”の事を聞くとこういう言葉が返ってきたそうです。
食事の時にその大先輩は「君の食べているそのお米は誰が作ってると思う?」と聞かれて、講師の方は訝しげに「お百姓さんですよね?」と答えると、「違うよ。神様が作ったものだよ。お百姓さんは神様から恵まされたお米を私たちが食べられるように、お米の字のように八十八の手順でこの形に作り上げてくださったものだよ」
う~ん!実に含蓄のある答え。大先輩曰く「自然界の全てのものは何一つ人間が作ったもの何か無いよ。人間が作ったように見えるこの建物だって、もっと言えば街とか国とかだって、神様がもたらしたものを人間が仕上げているに過ぎない。」

そこで「おかげさまで」である。物事が当然のようにある、あるのが当たり前と思うと、それが無かったり、自分の意に反するものだったりすると、不平・不満が出てくる。
だから、物事は神様がもたらしてくれたもので、人はその恩恵を受けているに過ぎないと考えれば、何事にも感謝の心が生まれるという事です。何もキリスト教とか仏教とかの特別な宗教家では無く、普通の人の話です。
でも、そういういろんな宗教家、思想家が説いて来た事の基本も全ては同じ。
人間は宇宙の法則に従って生かされている。その事に感謝すれば幸せな気持ちにいつでもなれる
いやその通りだと思います。天文部だった高校生の頃、星空を見上げて自分が感じた事はこれに近かった気がします。

講師の方が涙を流して、あるテレビ番組で見た光景の事を話されてました。
アフガニスタンはもう半世紀以上も内戦が続き、200万人とも言う難民がいます。
あるテレビ局の取材者が、難民キャンプの小さな女の子に、何気にこう質問しました。
「いま、お金があったら何が買いたい?」
日本の恵まれた環境の中に居る、そのレポーターは次のその女の子の言葉に絶句しました。

お金があったら平和を買いたい

今、日本人が当たり前のように思っている平和。その中でも不平・不満を言っては、ただ嘆いている自分が恥ずかしい。
講師の方はこう言って、「だから”おかげさまで”を忘れないようにしたい」と言って講演を結びました。
僕もそう思って生けて行ければと思います。

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