古都散策

京都・奈良、全国の古都を散策し鑑賞した文化・建築等紹介し、咲く花の美しさや魅力を画像に収めたり想いを綴っています。

宝塔寺②四脚門

2007-10-31 20:11:23 | Weblog
仁王門から石段を上ると四脚門があります。
室町時代に建てられたもので、重文になっています。

宝塔寺①仁王門

2007-10-29 18:01:03 | Weblog
宝塔寺は、かっては極楽寺と称し、899年、藤原時平が亡き父、基常公の遺志を継ぎ建立したお寺で「源氏物語」に登場する古刹です。
かっては日蓮宗のお寺であった時、法孫日像が京都に通る七つの街道に建てた石塔婆の一つを祭祀したことにより、寺名を宝塔寺と改称しました。
境内は広く、七面山まで諸堂・塔頭が続きます。
また室町・桃山期の重文など多数の寺宝を有しています。
写真の仁王門は、1670年に建てられました。
天井には、赤・白の鮮やかな牡丹の絵が百以上も、はめ込まれたように描かれ鮮やかさに満ちています。

石峰寺②石仏群

2007-10-28 09:43:38 | Weblog
境内の竹藪の中に江戸時代の画家、伊藤若沖(じゃくちゅう)のデザインによる石造釈迦如来を中心に五百羅漢があります。
釈迦の誕生から入滅までを物語風に表したものです。
寛政年間に、画家伊藤若沖が寺内に草庵を結び、若沖自身の下絵を下に、10年余りをかけて石工に彫らせたものです。
長年の風雨により丸みを帯び、苔や風化により趣を持つものになっています。
またあちらこちらに、表情豊かな石仏があり、仏の世界が広がります。

石峰寺①山門

2007-10-27 15:45:47 | Weblog
石峰寺は1704~11年、中国・清から渡来した黄檗宗万福寺の僧、千呆(せんかい)が創建しました。
写真のように山門は赤壁の竜宮造りで中国風です。
寛政年間に、画家 伊藤若沖が寺内に草庵を結び、10年余りをかけて裏山に、五百羅漢を作っています。
若沖の下絵を下に、石工に彫らせたもので、長年の風雨により丸みを帯び、苔や風化により趣を持つものになっています。
門前に古井戸があります。「茶わん子の水」と呼ばれる名水で、茶の湯に愛好されたとのことです。

泉涌寺⑥霊明殿

2007-10-26 17:56:29 | Weblog
霊明殿の中には天智天皇以来の歴代天皇の尊碑を祀っています。
現存の霊明殿は、明治天皇により再建されたものです。
檜皮葺きに宸殿風の建物で、正面に後西天皇の勅額「霊明」が掲げられ格調の高い雰囲気を醸し出しています。

泉涌寺⑤御座所の庭

2007-10-25 18:02:49 | Weblog
御座所は、豪壮かつ優雅なもので、京都御所から移築したものです。
皇族の間、勅使の間などがあります。
御殿西の御車寄に続く一棟は六室に分れ、南東には天皇の座られる玉座があります。
東北の部屋は皇后お産の間でありました。
また庭園は、写真のように後ろの山を借景し自然を生かし、一体となった風景は、見事な美しさをかもし出しています。

泉涌寺④仏殿・舎利殿

2007-10-24 18:06:48 | Weblog
仏殿は、宋様の見事な建物で、重文に指定されています。
1668年に徳川家綱により再建されたもので、運慶作の三尊仏像、天井には狩野探幽が描いた龍の図、白衣観音像が収められています。
また、縦16m、横8mという日本一の大涅槃図が祀られてあり、3月14日から16日に公開されます。
隣の舎利殿には、中の仏舎利を鬼が盗もうとしたが、韋駄天が取り返したという「太平記」の説話が残されています。

泉涌寺③楊貴妃観音堂

2007-10-23 18:11:59 | Weblog
山門をくぐり左には、楊貴妃観音堂があります。
中国・唐の玄宗皇帝が楊貴妃の死を悼んで、妃生き写しの観音様を彫った観音を、1255年、湛海が持ち帰ったとか。
世界三大美女の像を見るのは貴重なものです。
この寺が名刹であること、代々の天皇ゆかりの所以でしょうか。
また、お堂の前には、心照殿があり、薬師如来像や曼荼羅などが収められています。

泉涌寺②大門

2007-10-22 17:51:20 | Weblog
参道を上りきった所に大門があります。
名のとおり威風堂々として、見る人を圧倒します。
御所から下賜された四脚門で、重文に指定されています。

泉涌寺①参道

2007-10-21 10:04:23 | Weblog
泉涌寺は弘法大師空海の草庵、法輪寺(後の仙遊寺)のあとを鎌倉時代(1218年)に、中国・宋から帰国した日輪大師(俊芿(しゅんじょう))が再興しました。
その時、境内に泉が湧き止まなかったので、寺名の由来となったとか。
1242年に四条天皇が、この寺に葬られて以来、歴代天皇の山陵が営まれ、以後、歴代天皇の菩提所として栄えて来ました。
広い境内に仏殿、開山堂、舎利殿、御座所、霊明殿など多くの伽藍が建立されています。
また文化財も多く有します。
さらに1月15日には七福神参りが行われ、多くの人で賑わいます。
写真の参道を上がった所に、即成院があり、源平・屋島の戦で見事、矢で扇を射た那須与一の墓があります。