古都散策

京都・奈良、全国の古都を散策し鑑賞した文化・建築等紹介し、咲く花の美しさや魅力を画像に収めたり想いを綴っています。

壬生寺②一夜天神堂

2008-09-30 17:54:16 | Weblog
表門の右に一夜天神堂が有ります。
菅原道真が筑紫に流される前に、この地の親戚を尋ね、一夜を明かしたと言う。
隣には夜泣地蔵が建てられて、さらに阿弥陀堂へと続きます。
この堂は、鎌倉時代に平宗平の発願により創建されたとか。
本尊は阿弥陀如来で、焼失の後、江戸時代に前川五郎左衛門の尽力で再建されました。

壬生寺①表門

2008-09-29 17:58:15 | Weblog
壬生寺は律宗に属し、本尊は地蔵菩薩立像です。
寺伝によれば、991年に三井寺の快賢僧都が創建しました。
古くは名を地蔵院、宝憧三味寺などと呼ばれていましたが、1213年には、現在地に伽藍を建立していたと伝わります。
その後、1300年に円覚上人によって壬生狂言が創始されました。
江戸時代には、新撰組の大砲・剣術・馬術などの訓練場所になっていました。
地下の資料室には、平安時代の仏像や新撰組ゆかりの資料が展示されています。

大石神社

2008-09-28 09:09:14 | Weblog
前回までご紹介した岩屋寺の北隣には、大石神社が建立されています。
境内には大石桜と名付けた桜が植栽され、春には境内は桜色に染めて、忠臣蔵の忠士を弔います。

岩屋寺④毘沙門堂

2008-09-27 08:34:39 | Weblog
本堂の左には毘沙門堂が建てられています。
ここには赤穂四十七士の位牌木像が祀られています。
主君のあだ討ちを果たした心中、それに至る苦労などは、今は思い測るすべも無いですが・・・。
寺の雰囲気が何となく、もの悲しさを感じるのは何故だろうかと考えます。

岩屋寺②本堂

2008-09-25 17:58:07 | Weblog
山門をくぐると正面に本堂があります。
本尊と浅野内匠頭の位牌や大石良雄の羽織・茶道具などの遺品が安置されています。
亡き浅野内匠頭の位牌は「人情松の廊下」の人情無念を偲ばせ、また見事に主君のあだ討ちを果たした忠臣蔵の世界が漂っています。

岩屋寺①山門

2008-09-24 17:59:22 | Weblog
岩屋寺の創建は平安時代で、山科神社の神宮寺であったとか。
その後、長い年月の間、興亡を繰り返しましたが、江戸時代に赤穂浪士 大石内蔵助の住いでありました。
現在は、曹洞宗永平寺派の末寺で、本尊・不動明王は智証大師の作と伝えられ、忠臣蔵で名高い、大石内蔵助(良雄)の念持仏であったと言う。
赤穂城明け渡しの後、ここに3年間住み、事なってからは、全てを岩屋寺に寄進しました。
その後、衰えましたが、嘉永年間(1848~1854)に堅譲尼が再興しました。
12月14日の義士忌にはゆかりの品々を公開して供養が行われます。

伏見稲荷大社⑥神楽殿

2008-09-23 08:49:24 | Weblog
さらに石段を上ると、写真の神楽殿から奥社に入ります。
ここから奥社参拝所まで徒歩5分。一の峰(山頂)まで約1.5kmで徒歩30分。
稲荷山御神蹟を巡行する、お山巡りでは約4km、2時間余りで数十の社をお参りすることになります。
古くから京都の人々の信仰を集めてきており、いつもお参りする人が絶えません。

伏見稲荷大社⑤重文・お茶屋

2008-09-22 17:45:36 | Weblog
前回紹介しました東丸神社の右には重文・お茶屋があります。
仙洞御所から移築されたもので、御所の名残りを今に伝える御茶屋と歯、どのような建物か、ぜひとも鑑賞したかったのですが、非公開だったのは残念でした。
しかし、門から見得る概観だけでも宮廷の雰囲気が味わえます。

伏見稲荷大社④東丸神社

2008-09-21 09:24:15 | Weblog
外拝殿の右に東丸神社があります。
この社は勉学向上・受験合格のご利益があることで有名です。
代々、正官御殿職を務めた荷田氏が祀られていて、毎年12月13日には祭が執り行われます。