わいんとともに:一日の終わりにコップ一杯のワインを飲みながら、つぶやくあれこれ。

残り時間を気にする此の頃、せめては、ささやかな足跡を残しておきたい。

桜。さくら。

2018-03-29 23:13:51 | 日記
 桜が満開である。どこも、ここも。一斉に咲いた。
毎年、他の桜より一週間位早く咲く小学校の桜も、今年は一緒に咲いている。
昨日、市内循環バスで、公園の桜を見にいった。見事に咲いていた。春休みだからだろう、子供たちが多く、アスレチックが賑やかで楽しい歓声が上がっていた。
なんとも長閑であった。
 園内のお寺に参った。今まで気が付かなかったのだが、「太子堂」の字は聖徳太子が書かれた字を拾ったもの、と解説があり、しみじみ眺めれば、なんとも素晴らしい字のように思えてくる。襟を正したくなるような字であった。
 帰って、しばらく持たなかった筆をもってみた。
いいものを見ることはいい。と、改めて実感したことであった。
桜。まだ、しばらく楽しめることだろう。今日は美容院に行った帰りに、小学校の桜並木を見にいった。夕日に映えて、穏やかないい桜であった。
明日は、近所のお寺の桜を見に行ってみよう。しばらく、桜三昧である。

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彼岸参り

2018-03-24 00:20:39 | 日記
 一人で自分の身内の彼岸参りに行った。
58歳で亡くなった長姉と、54歳で亡くなった義兄と、もう父母のいない実家である。
母は70歳で亡くなり、父は88歳で亡くなった。
もう一人昨年亡くなった姉の所にも行きたかったが、車を乗らなくなった今は無理である。
車で行けば何処も一時間以内で行けるところなのだが、今回は、バスと電車を乗り継いで、姉の所で自転車も借りて、3か所回った。朝9時に家を出て、帰ってきたのが、午後の6時であった。それでも、バスと電車を使えば行かれることが解って、満足である。
ちょっとした小旅行のような気分で、何とも心地良い。自分で車の運転をしなくなってからは、主人を頼っていたのだが、出不精な主人に無理に頼んでの彼岸参りは、気が進まなかったのだ。主人がゴルフに出かけたので、一人で行くことにしたのだ。
 時間があるのだから、自分で出来ることは自分でしよう。主人にも、もう限られた時間。不本意な時間を過ごしたくないのだろう。そんなわがままは、お互いに認めあった方がいいような気がする。自分が使いたいことに、時間を使う。最近、思うことだ。
 ここ一か月の間に、知り合いを3人亡くした。癌を患って10年の闘病の末、という66歳の友人。お風呂場で突然に、という同世代の知人。それに、突然に脱水症状で、という知人のご主人。「何時どうなるか分からないね」と、いうのが、此の頃の合言葉のようになってしまった。
 姉のお墓に参って、心は今までにないほど穏やかであった。あれもこれもすべては物語。川の流れのように過ぎてゆく。必死であった時代が嘘のように、穏やかに。

 今夜は紅茶にたっぷりのブランデーを注いで、心豊かに、これを書いているつもりなのに、それなのに、何故か涙が止まらないのである。これを春愁というのであろう。
今しばらく、クロードチアリのギター演奏でも聴いてやすむことにしよう。

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言葉 ことば コトバ

2018-03-15 09:45:28 | 日記
 先日、朗読会を聞きに行った。
8人のグループで、代わる代わる読むのであった。

迫真の演技で、山本周五郎の「糸車」には泣いてしまった。
宮部みゆきの「まいごのしるべ」も良かった。
昼過ぎの朗読会だったので、眠たがり屋の私は、睡魔が襲って来たらどうしようと心配していたのだが、そんな心配は無用であった。それらしく服装を整え、表情をつけての朗読であったが、動きのない言葉だけで伝える凄さを感じた。
 40人程の句会に出席した。大体同じメンバーでの月例の句会である。披講を終わって主宰から、点盛りの名前の言い方についての注意があった。他人の名前を言うときには、失礼のないように、愛情を持って言うように、と、いうことであった。細やかな気配りに驚いた。と、いうより、私は考えてもみないことであった。披講の仕方については、誰でも気が付く。披講の仕方によって、句会の楽しさが全然違うのである。さわやかに、解りやすく句が読み上げられ、スムーズに進行すれば、句会は程よい緊張の内に心地よく進む。
 言葉、は難しい。そして、大切だ。
俳句に携わり、言葉を一番考えなければならないのに、毎日、ぞんざいに扱っているように思う。もっと、日々の言葉を考えよう。たった一言が一人の人生を変えてしまうことさえあるのだから。
 そんなことを考えさせられた、朗読会と、句会であった。



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畑仕事が始まった。

2018-03-06 16:14:07 | 日記
 急に春めいて、今年もまた、ミニ菜園の畑仕事が始まった。
畑は私が十何年か前に始めたのだが、主人が時間ができ、今は主人主導での畑仕事となった。私は専ら、草取りが主である。冬草となった草を取り、耕す準備をした。春の土は、柔らかく、しっとりと、いかにも春の土である。
秋遅くに蒔いておいた、さやえんどうは皆鳥に食べられてしまい、また、蒔きなおした。芽がでることを願う。
主人が耕耘機で耕し、ジャガイモを植える準備もした。
 私が管理する花壇の分も草を取った。チュウリップの芽はもう2~3センチに伸びている。アップルミントも葉を伸ばし始めた。早速摘んで初物のハーブティーを楽しんだ。
 さあ、これから又、忙しい季節がやってくる。やっぱり、春はいいな!!

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