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久しぶりにCDを「購入」したのでそのレビューでも書きたいと思います。
昨年発売した中村一義の新譜「対音楽」です。
既にレンタルでは旧作かもしれませんが笑
全部で9曲+ライブ音源1曲という形。
先の9曲は全てベートーヴェンのシンフォニーと対応して創られた曲ということで、中村一義の本気さを垣間見ることができるような作品になっていると思います。
巨匠の曲を自分の作品に取り込むってかなりハードル高いですもんね。
しかもベートーヴェンを選ぶ辺り、中村一義の意気込みを感じます。
1.ウソを暴け! -ALBUM ver.-
2.黒男
3.きみてらす
4.おまじない
5.運命 -ALBUM ver.-
6.流れるものに -ALBUM ver.-
7.銀河鉄道より
8.愛すべき天使たちへ
9.歓喜のうた
10.僕らにできて、したいこと -Live at 100st. 2011/06/23-
さて、名作曲家を取り込むことの是非についてはさておき。
アルバム単体での出来はというと、ひいき目なしでかなりイイです。
特に4曲目の「おまじない」はもうめちゃめちゃテンション上がりますね!
ベートーヴェンの第4交響曲を聞いたことがないのでどこにオマージュがあったのかはわからないのですが、この曲だけ旋律がやたらとクラシック調でした。
ある意味原曲を忠実にトレースした曲なのかもしれないです。
オマージュがわかりやすいのは7番と9番かな?
第7交響曲は「のだめカンタービレ」で有名ですね。
第九はご存じの通り。
作品の中ではテノールのソロのメロディーを中心に引用されていたような印象。
他にも第6番の歌詞で「田園」というワードが用いられていたりと、細かいところまで注意して聞くと面白いですね。
さて、「対音楽」とは何ぞ、という問題ですが。
彼の造語「対音楽」を聞いて、多くの人が思うのは「対位法」なんじゃないですかね。
少なくともぼくはそうでした笑(異論は認める)
音楽のジャンルで「体」って感じを見たら、少し音楽をかじったことがある人なら「対位法」を想像「せざるをえない」と思うんですよ。
で、対位法の手法を考えた時、そこにはある種中村一義の傲慢さも透けて見えてくるような気もします。
彼の言う「対音楽」に「対位法」の意味が包含されていたとした場合。
彼はベートーヴェンと自分の音楽がほぼ対等であると述べているようなものなのです。
バッハが確立したとされる「対位法」ですが、これは複数の旋律を互いに調和させるという作曲手法のことで、その関係性は等しいとされています。
リーフレットの中では、「(第X交響曲)対(自分の楽曲)」という文字を刻んでいるので、ある意味自分の音楽はベートーヴェンの音楽と張り合えるという主張を少なヵらずもしているのかもしれませんね。
真意は全くわからないですけど笑
とりあえず、私見ではそのようなことを感じました。
以前はビートルズにオマージュを重ねていたようですし、割と彼の中でメソッドの一つとして確立しつつあるのかもしれませんね。
とりあえず、音楽としては非常に素晴らしいものばかりですので。
よろしければ、ぜひ。
hona-☆
昨年発売した中村一義の新譜「対音楽」です。
既にレンタルでは旧作かもしれませんが笑
全部で9曲+ライブ音源1曲という形。
先の9曲は全てベートーヴェンのシンフォニーと対応して創られた曲ということで、中村一義の本気さを垣間見ることができるような作品になっていると思います。
巨匠の曲を自分の作品に取り込むってかなりハードル高いですもんね。
しかもベートーヴェンを選ぶ辺り、中村一義の意気込みを感じます。
1.ウソを暴け! -ALBUM ver.-
2.黒男
3.きみてらす
4.おまじない
5.運命 -ALBUM ver.-
6.流れるものに -ALBUM ver.-
7.銀河鉄道より
8.愛すべき天使たちへ
9.歓喜のうた
10.僕らにできて、したいこと -Live at 100st. 2011/06/23-
さて、名作曲家を取り込むことの是非についてはさておき。
アルバム単体での出来はというと、ひいき目なしでかなりイイです。
特に4曲目の「おまじない」はもうめちゃめちゃテンション上がりますね!
ベートーヴェンの第4交響曲を聞いたことがないのでどこにオマージュがあったのかはわからないのですが、この曲だけ旋律がやたらとクラシック調でした。
ある意味原曲を忠実にトレースした曲なのかもしれないです。
オマージュがわかりやすいのは7番と9番かな?
第7交響曲は「のだめカンタービレ」で有名ですね。
第九はご存じの通り。
作品の中ではテノールのソロのメロディーを中心に引用されていたような印象。
他にも第6番の歌詞で「田園」というワードが用いられていたりと、細かいところまで注意して聞くと面白いですね。
さて、「対音楽」とは何ぞ、という問題ですが。
彼の造語「対音楽」を聞いて、多くの人が思うのは「対位法」なんじゃないですかね。
少なくともぼくはそうでした笑(異論は認める)
音楽のジャンルで「体」って感じを見たら、少し音楽をかじったことがある人なら「対位法」を想像「せざるをえない」と思うんですよ。
で、対位法の手法を考えた時、そこにはある種中村一義の傲慢さも透けて見えてくるような気もします。
彼の言う「対音楽」に「対位法」の意味が包含されていたとした場合。
彼はベートーヴェンと自分の音楽がほぼ対等であると述べているようなものなのです。
バッハが確立したとされる「対位法」ですが、これは複数の旋律を互いに調和させるという作曲手法のことで、その関係性は等しいとされています。
リーフレットの中では、「(第X交響曲)対(自分の楽曲)」という文字を刻んでいるので、ある意味自分の音楽はベートーヴェンの音楽と張り合えるという主張を少なヵらずもしているのかもしれませんね。
真意は全くわからないですけど笑
とりあえず、私見ではそのようなことを感じました。
以前はビートルズにオマージュを重ねていたようですし、割と彼の中でメソッドの一つとして確立しつつあるのかもしれませんね。
とりあえず、音楽としては非常に素晴らしいものばかりですので。
よろしければ、ぜひ。
hona-☆
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