ものづくりの現場で改善活動を行う時にまずすることが工程分析です。
例えば製鉄所で言えば、石炭と鉄鉱石から始まり最終的にはいろんな形状の鉄になるまで、転炉、連続鋳造、圧延などなど、出荷までに多くのプロセスがあります。
そのプロセス上でボトルネックとなっている工程を発見し、リードタイムを短縮すると同時に上工程からのすり合わせを行い、あらゆるムダを減らして生産性を極限まで高めています。このような愚直な改善活動の結果、今日本の鉄鋼メーカーは中国特需もあり、最高益を更新するなどバブル以来再び好景気を迎えています。
さて、同じようにスピーチも工程分析をしてみたいと思います。
といっても、ここでは細かい作業は割愛して、単純に大きく3つの工程に分けます。
まず、自分の心
次に、スピーチという文章
最後に、オーディエンスの心
まず、自分の心の中の気持ちですが、これがもっとも重要かつ不可欠な要素です。最終的にはこの気持ちをオーディエンスに理解もしくは共感してもらわなければなりません。
そもそもスピーチの目的は『自分の言いたいことをオーディエンスに伝えたい』ことであると思うので、自分の心の中の感情をオーディエンスに届けるんだ、ということを忘れてはいけません。
自分の心の中の感情というのは、人によってさまざまです。怒り、悲しみ、喜び、許せない、あきれた・・・等々いろいろあるでしょう。そういう感情は言葉で説明できません。そう感じるとき、自分の頭の中に映画の字幕みたいにテロップが流れているわけではないので、その時点では非論理的であり、自らの感性で感じる場合が多いでしょう。
その感情を何も仲介せずオーディエンスの心に届けば何も苦労しないのですが、人の心を説得するときは言語化し、論理的に説得しなければなりません。
スピーチの場合、オーディエンスの心を説得する役目を果たすのが、みなさんがやっているスピーチです。7分間、およそ7~800字でオーディエンスの心を説得するのです。説得するためには、論理的である必要があり、理性を働かせなければなりません。Social/Value関係なく、論理的である必要があります。
そう考えるとスピーチを書くということは、自分の心の中の感情を言語化しスピーチに変換する作業だということができます。言い換えると、『感情という非言語情報の束を言語に変換する作業』だといえます。
オープン大会に進めない人の多くのスピーチには、変換されるべき感情が抜け落ちていることが非常に多く見られます。あるいはこの変換の作業がうまくできていないため、感情がうまくスピーチに伝わっていないことが多いのです。そしてこの陥穽に気づいていない人がまた非常に多いと思われます。
そのような悪い傾向はPHCSフォーマットでスピーチを作ろうとする団体に顕著です。もちろん全員がそうではないのですが、彼らの多くはトピック本位でスピーチを書こうとしていて、そもそもスピーチ作りはまず感情から入らなければならないということをあまり理解していないのです。PHCSはあくまで説得するための方法の一つであり、最終的にオーディエンスの心を説得できるのであればどのようなやり方でスピーチを書いても構わないのです。先日たまたま現役生のブレストを手伝う機会があったのですが、未だにPHCSを用いていてそれをストレッチしてスピーチを完成させようとする人が多くいて、いささか落胆してしまいました。
逆に、Suggestionの部分がしっかりしていなくても、根本にある感情の部分がしっかりしていたら、その人のスピーチはものすごく可能性を秘めたスピーチだといえます。なぜなら、伝えたい感情がはっきりとしているので、説得の方法が無限に考えられるからです。その人の英語力次第でオープン大会優勝も夢ではないでしょう。
長々と述べてきましたが、気をつけてほしいのは、トピック本位でスピーチを書こうとするのではなく、自分の感情をしっかりさせてから、扱うテーマのリサーチなりスピーチのフローなりを考えてみて下さい。そして、非言語情報の束を言語化するプロセスにおいて、できるだけ自分の感情を残すよう心掛けてみて下さい。ValueにしろといっているのではなくSocialの場合も、それは自分の感情を伝える上で有用なデータなのか、このパラグラフは自分の感情を伝えるのに必要だろうか、などといった観点で見てはどうでしょうか?もちろん、無機的な言葉を発する時にVerbal Deliveryに工夫を凝らすことも重要になるでしょう。
過去スピーチの研究や、ロジック演習、パラグラフライティングなど言語化されたスピーチの分析に躍起になるよりも、そのスピーチの裏側にある、書いた人の感情面の分析にもっとアプローチしてみてはいかがでしょうか?
最終的にはスピーカーの気持ちが聴衆に共感してもらえるかどうかなのですから。
例えば製鉄所で言えば、石炭と鉄鉱石から始まり最終的にはいろんな形状の鉄になるまで、転炉、連続鋳造、圧延などなど、出荷までに多くのプロセスがあります。
そのプロセス上でボトルネックとなっている工程を発見し、リードタイムを短縮すると同時に上工程からのすり合わせを行い、あらゆるムダを減らして生産性を極限まで高めています。このような愚直な改善活動の結果、今日本の鉄鋼メーカーは中国特需もあり、最高益を更新するなどバブル以来再び好景気を迎えています。
さて、同じようにスピーチも工程分析をしてみたいと思います。
といっても、ここでは細かい作業は割愛して、単純に大きく3つの工程に分けます。
まず、自分の心
次に、スピーチという文章
最後に、オーディエンスの心
まず、自分の心の中の気持ちですが、これがもっとも重要かつ不可欠な要素です。最終的にはこの気持ちをオーディエンスに理解もしくは共感してもらわなければなりません。
そもそもスピーチの目的は『自分の言いたいことをオーディエンスに伝えたい』ことであると思うので、自分の心の中の感情をオーディエンスに届けるんだ、ということを忘れてはいけません。
自分の心の中の感情というのは、人によってさまざまです。怒り、悲しみ、喜び、許せない、あきれた・・・等々いろいろあるでしょう。そういう感情は言葉で説明できません。そう感じるとき、自分の頭の中に映画の字幕みたいにテロップが流れているわけではないので、その時点では非論理的であり、自らの感性で感じる場合が多いでしょう。
その感情を何も仲介せずオーディエンスの心に届けば何も苦労しないのですが、人の心を説得するときは言語化し、論理的に説得しなければなりません。
スピーチの場合、オーディエンスの心を説得する役目を果たすのが、みなさんがやっているスピーチです。7分間、およそ7~800字でオーディエンスの心を説得するのです。説得するためには、論理的である必要があり、理性を働かせなければなりません。Social/Value関係なく、論理的である必要があります。
そう考えるとスピーチを書くということは、自分の心の中の感情を言語化しスピーチに変換する作業だということができます。言い換えると、『感情という非言語情報の束を言語に変換する作業』だといえます。
オープン大会に進めない人の多くのスピーチには、変換されるべき感情が抜け落ちていることが非常に多く見られます。あるいはこの変換の作業がうまくできていないため、感情がうまくスピーチに伝わっていないことが多いのです。そしてこの陥穽に気づいていない人がまた非常に多いと思われます。
そのような悪い傾向はPHCSフォーマットでスピーチを作ろうとする団体に顕著です。もちろん全員がそうではないのですが、彼らの多くはトピック本位でスピーチを書こうとしていて、そもそもスピーチ作りはまず感情から入らなければならないということをあまり理解していないのです。PHCSはあくまで説得するための方法の一つであり、最終的にオーディエンスの心を説得できるのであればどのようなやり方でスピーチを書いても構わないのです。先日たまたま現役生のブレストを手伝う機会があったのですが、未だにPHCSを用いていてそれをストレッチしてスピーチを完成させようとする人が多くいて、いささか落胆してしまいました。
逆に、Suggestionの部分がしっかりしていなくても、根本にある感情の部分がしっかりしていたら、その人のスピーチはものすごく可能性を秘めたスピーチだといえます。なぜなら、伝えたい感情がはっきりとしているので、説得の方法が無限に考えられるからです。その人の英語力次第でオープン大会優勝も夢ではないでしょう。
長々と述べてきましたが、気をつけてほしいのは、トピック本位でスピーチを書こうとするのではなく、自分の感情をしっかりさせてから、扱うテーマのリサーチなりスピーチのフローなりを考えてみて下さい。そして、非言語情報の束を言語化するプロセスにおいて、できるだけ自分の感情を残すよう心掛けてみて下さい。ValueにしろといっているのではなくSocialの場合も、それは自分の感情を伝える上で有用なデータなのか、このパラグラフは自分の感情を伝えるのに必要だろうか、などといった観点で見てはどうでしょうか?もちろん、無機的な言葉を発する時にVerbal Deliveryに工夫を凝らすことも重要になるでしょう。
過去スピーチの研究や、ロジック演習、パラグラフライティングなど言語化されたスピーチの分析に躍起になるよりも、そのスピーチの裏側にある、書いた人の感情面の分析にもっとアプローチしてみてはいかがでしょうか?
最終的にはスピーカーの気持ちが聴衆に共感してもらえるかどうかなのですから。