今日は事情により劇団の練習がオフになり、ちょうどいいから大学の方に行って任されていた仕事を片付けに行った。
前回行ったときは夏休みだったけど、今日はもう新学期が始まっていて、履修申告をしなきゃいけない学生たちでごったがえしていた。
さすがに、もう僕の知っている人はほとんどいない。
でも毎年見ていた光景だ。僕らは毎年収穫されるリンゴのようなものだ。
入れ物が一緒で、時期も一緒で、ただし中身だけ毎年消耗されてゆく。
そんなちょっとセンチな気分になってるところに知り合いが一人いた。
「髪切った?」僕は彼女に聞いた。髪型を変えた女の子には敏感に。男の基本らしい。
「夏のはじめくらいかな。」彼女は答えた。「長谷川京子の髪型にしてくださいって言ったの。」
まあ1メートルほど離れて見ればそう見えなくもなかった。
彼女は学生相手のコンサルタントの机に座って、僕を見ていた。彼女の新しい髪形と変わらない物静かな目を見て、僕はふと彼女に会うために学校に来たような錯覚を覚えた。
「久しぶりね。ずいぶんになるんじゃない?」
彼女は言った。
「そうだね。半年ぶりとかじゃないかな。」僕は彼女と最後に会ったときを思い出しながら言った。たしか7月のはじめあたり。やだなあ、たった三ヶ月くらいじゃないか。
夏休みのあいだ、僕は一度だけ彼女と連絡しようとしたことがある。
連絡は取れなかった。旅行に行ってたか、僕が何かして嫌われたかのどちらかと思っていた。
劇団の演出の鈴木君は十中八九後者だと言ってたけど。
僕は自分の席に戻ってパソコンを前にし、冷たくて硬い椅子にどっかりと深く沈みこんだ。
震えを感じる。
最近気づいたことだけれども、僕は自分が興味のある人間と話すとき、自分の内面が面白いくらい変わる。好き嫌いではなく、その人それぞれの持つ特性に僕は敏感に反応してしまうのだ。
小さい子供のように、思慮深い人間のように、思春期の少年のように、僕の心は震え、変化する。
時には相手の首を絞めたくなるほど強烈なアドレナリンが噴出されるのを感じたり。
そういうとき、僕はすごく嬉しくなる。僕が唯一自分が役者に向いてると思える瞬間だからかもしれない。
彼女と話すとき、僕はいつも奇妙に落ち着いた心の震えを感じる。
ドラッグでハイになって一晩中続いたトリップが終わったときに広がる無限の沼地のような静けさが、彼女と対話する僕の心を支配しているのを感じる。
まだ僕が大学に通っていたころ、おかしな話だけど僕はよく彼女と結婚した自分を思い浮かべていた。
僕は結婚なんてしたくなかったし、彼女のことをそこまでよく知ってたわけじゃないけど、第三者の目から見た光景として、僕はそれを明確に思い浮かべることができた。
僕はぎこちない笑顔を浮かべている。自分がなぜそこにいるのか分からない、とでもいうような。彼女は僕のその顔を見て見透かしたような表情をするのだ。
僕と彼女との間に小窓からの光が、透明だけど分厚い壁のように差し込んでる。
それで僕は、また静かな沼地にずぶずぶと入り込んでいく。暖かいなあ。
僕はパソコンを前にして、彼女のその心地よい奇妙な暖かみを反芻していた。
「僕はもう帰るつもりだけど、一緒に帰らないか?」
僕は聞いてみた。
「今日はバスで来てるの?」
「うん、雨だからね。今日も自転車?」
「まさか。雨なのよ。」
「じゃあ、もうちょっとそこらへんで待ってるよ。」
彼女と一緒に図書館から外に出たら、雨の匂いがした。
じっとりと湿った布が、鼻の奥へひきずられて心地よく脳の外側にまとわりついてくる。今度僕が「雨」という台詞を言うとき、この感覚を思い出すようにしよう。
10月の雨は僕に砂漠を潤す雨を思わせ、僕はまるでずっと濡れるのを待っていた布切れのように本能的に雫を求めて全身の毛穴で呼吸する。
秋に収穫されるリンゴ達も、この雨に心を震わせているだろう。
前回行ったときは夏休みだったけど、今日はもう新学期が始まっていて、履修申告をしなきゃいけない学生たちでごったがえしていた。
さすがに、もう僕の知っている人はほとんどいない。
でも毎年見ていた光景だ。僕らは毎年収穫されるリンゴのようなものだ。
入れ物が一緒で、時期も一緒で、ただし中身だけ毎年消耗されてゆく。
そんなちょっとセンチな気分になってるところに知り合いが一人いた。
「髪切った?」僕は彼女に聞いた。髪型を変えた女の子には敏感に。男の基本らしい。
「夏のはじめくらいかな。」彼女は答えた。「長谷川京子の髪型にしてくださいって言ったの。」
まあ1メートルほど離れて見ればそう見えなくもなかった。
彼女は学生相手のコンサルタントの机に座って、僕を見ていた。彼女の新しい髪形と変わらない物静かな目を見て、僕はふと彼女に会うために学校に来たような錯覚を覚えた。
「久しぶりね。ずいぶんになるんじゃない?」
彼女は言った。
「そうだね。半年ぶりとかじゃないかな。」僕は彼女と最後に会ったときを思い出しながら言った。たしか7月のはじめあたり。やだなあ、たった三ヶ月くらいじゃないか。
夏休みのあいだ、僕は一度だけ彼女と連絡しようとしたことがある。
連絡は取れなかった。旅行に行ってたか、僕が何かして嫌われたかのどちらかと思っていた。
劇団の演出の鈴木君は十中八九後者だと言ってたけど。
僕は自分の席に戻ってパソコンを前にし、冷たくて硬い椅子にどっかりと深く沈みこんだ。
震えを感じる。
最近気づいたことだけれども、僕は自分が興味のある人間と話すとき、自分の内面が面白いくらい変わる。好き嫌いではなく、その人それぞれの持つ特性に僕は敏感に反応してしまうのだ。
小さい子供のように、思慮深い人間のように、思春期の少年のように、僕の心は震え、変化する。
時には相手の首を絞めたくなるほど強烈なアドレナリンが噴出されるのを感じたり。
そういうとき、僕はすごく嬉しくなる。僕が唯一自分が役者に向いてると思える瞬間だからかもしれない。
彼女と話すとき、僕はいつも奇妙に落ち着いた心の震えを感じる。
ドラッグでハイになって一晩中続いたトリップが終わったときに広がる無限の沼地のような静けさが、彼女と対話する僕の心を支配しているのを感じる。
まだ僕が大学に通っていたころ、おかしな話だけど僕はよく彼女と結婚した自分を思い浮かべていた。
僕は結婚なんてしたくなかったし、彼女のことをそこまでよく知ってたわけじゃないけど、第三者の目から見た光景として、僕はそれを明確に思い浮かべることができた。
僕はぎこちない笑顔を浮かべている。自分がなぜそこにいるのか分からない、とでもいうような。彼女は僕のその顔を見て見透かしたような表情をするのだ。
僕と彼女との間に小窓からの光が、透明だけど分厚い壁のように差し込んでる。
それで僕は、また静かな沼地にずぶずぶと入り込んでいく。暖かいなあ。
僕はパソコンを前にして、彼女のその心地よい奇妙な暖かみを反芻していた。
「僕はもう帰るつもりだけど、一緒に帰らないか?」
僕は聞いてみた。
「今日はバスで来てるの?」
「うん、雨だからね。今日も自転車?」
「まさか。雨なのよ。」
「じゃあ、もうちょっとそこらへんで待ってるよ。」
彼女と一緒に図書館から外に出たら、雨の匂いがした。
じっとりと湿った布が、鼻の奥へひきずられて心地よく脳の外側にまとわりついてくる。今度僕が「雨」という台詞を言うとき、この感覚を思い出すようにしよう。
10月の雨は僕に砂漠を潤す雨を思わせ、僕はまるでずっと濡れるのを待っていた布切れのように本能的に雫を求めて全身の毛穴で呼吸する。
秋に収穫されるリンゴ達も、この雨に心を震わせているだろう。