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デイドリームをつかまえて

裕樹の日記PART?

ポンチョム

2004年12月21日 00時53分58秒 | 短編
知ってのとおり、ポンチョムとは雨の日にしか現れない動物で、僕が最後に彼ら(二匹連れ添って歩いていた)の姿を見たのも一年ほど前のやはり雨の日だった。
僕が銀色の傘を差してさらさらと雨風に揺れる砂漠のような麦畑を横切っている最中のことだったと記憶している。麦畑の中で僕の足首から膝までの程度の背丈しかないポンチョムの姿をはっきり見定めることは至難の業だったけれども、僕は一応ポンチョムに関しては小さいころから度々目撃していたこともあり、なんとか彼らのそわそわした二本の尻尾の動きを認めることができた。

僕がポンチョムに関して供述できることは少ないが、彼らの姿は僕に足の短いイギリスの老紳士を思わせる。それに彼らは往々にして黒い毛皮と短い足でひょこひょこ移動する。ポンチョムがなぜ雨の日にしか出現しないのかは謎で、いくつかの頼りない説があり、現在でも多くの学者の論争の的となっている。僕個人としては昔ポンチョムの銀色の斑点の付いた尻尾を婚礼の儀式に好んで使っていたインディアンの部族が存在したため、という説を信じている。ポンチョムの尻尾はものもちが非常に悪い上に、迷信深いこのインディアンの部族は雨の日に婚礼の儀式は行わないからである。

そんなわけで僕が再びポンチョムのすがたを見かけたのは、つい先週の金曜日のことだった。僕はちょうどある女の子と渋谷の町を歩いており(僕は夜にある秘密の会合までの時間つぶしだったし彼女は夕方の彼氏とのデートのリハーサルだった)、小さなイギリス人の紳士は彼女の足から数えて7,8本目の足の間にちらちらと姿を見せていた。

「あれ、ポンチョムじゃない?」僕はためしに彼女に訊いてみた。
「ポンチョムって?」彼女は不思議そうな顔をした。
やれやれ、僕が彼女にポンチョムについて講義している間に奴がどこかに行ってしまうかもしれないじゃないか。
「ポンチョムはポンチョムさ。映画にもなっただろ?なんていったっけ、あの少年アベベと雨の日にしか出現しない動物の話、、、」僕は彼らの姿を見失わないようにしどろもどろになりながら言った。
「知らないわ。あなたが見たのはきっとイギリス人の紳士よ。」
「まさか。」
僕がポンチョムと老紳士を間違えるだって?馬鹿げている。仮に僕が見たのがイギリス人の紳士だったにせよ、それはポンチョムが現れた重大な証拠だ。渋谷の町のいったいどこにイギリス人の老紳士なんかがいる?もしも誰かが渋谷の町でイギリス人の老紳士らしいものを見かけたとすれば、それは十中八九ポンチョムだろう。

「とにかく、」僕は行った。「僕はポンチョムを確認する義務がある。」

僕は彼女をその場に残してポンチョムの後を追った。僕は不思議の国のアリスを思い出した。白兎の道の先には歪められた幻想が待っていたが、僕の知る限りポンチョムの後を追った人間なんていない。ポンチョムは窓の外の鳥でさえも関心を怠る動物であるのだ。誰も雨の日の動物になんて気にも留めない。

ポンチョムは鉄橋の下を潜り抜け、眼鏡屋さんの店の中を通って、電気屋さんの裏で止まった。僕もヒーターの後ろに隠れて止まった。

「私をつけているんだろう?」ポンチョムは言った。

僕はまさか彼が語りかけてくるなんて思っていなかったし、それにあまりにも落ち着いた物腰だったので正直ものすごくびっくりした。ポンチョムの銀色の毛の生えた尻尾は神経質そうに上下に動いていた。

「ポンチョム、だよね?」僕は恐る恐る訊いた。彼女を置いてきてよかった。僕がこんなに小心者だなんて知られたくないからね。

「だとしたら?サインでも欲しいかね?」彼は冷たく返した。まるで私にかまわないでくれ、とでも言っているようだった。少年アベベの物語はおそらく随分と脚色されたものに違いない。

「いえ、僕はあなたに訊きたいことがあって来たんだ。」僕は言った。
「質問によっては答えよう。」彼は慎重に答えた。「人生に何故矛盾が多いのかなんて私は知らんがね。」

「いえいえそういうことじゃないんです。」僕はあわてて言った。機嫌の悪いときのポンチョムときたら、それはそれはものすごく冷たいのだ。たしかに渋谷の雑踏の中を16ブロックも後をつけられたポンチョムが機嫌のいいわけがない。そのくらい僕にもわかる。

「カモとカモメ戦争において、ポンチョムが果たした役割について伺いたいんです。」僕の質問に彼の表情が急に明るくなった。プライドの高いポンチョムの自尊心をくすぐるには充分な質問だった。

「それは良い質問だな。カモとカモメ戦争の長い歴史の中でポンチョムの果たした役割というのは羊たちに比べると軽視されがちであるのだが、ポンチョムという動物は実に諜報能力に優れた動物であり、マヤッチョの…」傘を持っていない僕は彼に聞かれないようにため息をついた。僕の質問はいささか雨の日には長すぎたようだ。

「…というわけで、イヌワシの勢力は激減し、それで羊たちは自分たちの背丈よりも深い穴を掘れなくなってしまったのだ。あとの流れはもちろん知っておるね?」

「はい。もちろんです。」僕は答えた。実はカモとカモメ戦争の終結について僕はあまり詳しくは知らないのだが、それは今度長老に訊いてみることにしよう。

「じゃ、もうよかろう。私はこれで。」ポンチョムはくるっと後ろを向いた。
「あ、最後に訊ねていいですか?」僕は帰りかけたポンチョムの背中に語りかけた。

「なんじゃ?」

「なぜ、ポンチョムは雨の日にしか活動しないのですか?」僕は肝心な質問を投げかけた。

ポンチョムは立ち止まって振り返った。黒く短い毛は路地裏の雨にぬれて雫がこぼれ落ちていた。
「誰が雨の日にしか活動しない動物を気にする?」

ポンチョムの去ったあとには何も残らなかった。ポンチョムの影は限りなく幻想に近く、白兎の走り去るそれに似ていなくもなかった。

デジャ・ビュ

2004年10月05日 03時23分45秒 | 短編
全知全能の神が創りしこの世の中には様々な病気がある。私の知る限り今世界に出回っている病気の種類を把握することは東京ドームに収容された人々の中から自分の親戚を数えるのと同じくらい手間がかかるという。その症状も多種多様で、呼吸ができなくなるという限りなく絶望的なものから、真実が言えなくなるというどうにも罪な病気すら存在する。世界には実にひとりひとりのために病気が用意されているのだ。


昼ごはんにナスを食べたがために、10秒に一回デジャ・ビュに陥ってしまうという非常に珍しい病気にかかってしまった。医者いわく、彼の長いキャリアのなかで実物を見たのは初めてだそうだ。

「ナスみたいな何の栄養も無いモノを食べるからいけないんだよ。俗に言うだろう、百害あって一利ナス、なんちって。」
医者が長々とくだらないジョークを交えながら病気の説明をしているあいだも私は160回くらいのデジャ・ビュと戦い続けていた。「それで、どうすれば治るんですか?」私は訊いた。女の子に会うたびに「君にはどこかで会ったような気がするんだ」なんて言ってたら、私の硬派なイメージが台無しになってしまう。

「ふーむ。現在の医学会でこの病気は非常に問題となっていてな、治療法どころかその存在ですら認めるかどうか議論が飛び交っているのじゃ。医者の立場からしてみれば、ぜひ君に次の学会での貴重な例として出て欲しいのだが。」医者はカルテにすらすらと冗談みたいな文字を書きながらその冗談の延長のように平然として言った。
「冗談じゃない!」私は怒鳴った。そんな悪い冗談みたいなモルモットなんてごめんだ。
「皆さん、彼は十秒に一回、そう今この瞬間もめくるめくデジャ・ビュを楽しむ、まさに十秒毎の重病、なんちって。」
私が断ったことが彼にとって非常に心外たったようで、医者は心底がっかりしたような顔をした。私は少し気の毒になった。「じゃあ、医学会で認められていないその治療法とはいったい何なんですか?」


私は相模大野にある広島風お好み焼きのお店にいた。医者は言った。「ソース焼きそばを食べるのじゃ。日清の焼きそばソースがデジャ・ビュ時における脳からの分泌成分を抑える、と一部の医者が主張しているのだ。」ちなみにその医者は、現在カタツムリの血管をネコの毛細血管に移植する実験に挑戦しているという。
「そば、五玉、トッピングにニラを入れてください。」私はカウンターに座って注文した。店には珍しく私のほかには誰もいなかった。「紅しょうがなしでマヨネーズ多めに」
そのときお店を仕切っていたお姉さんはすごく大雑把に焼きそばとキャベツを焼き始めた。キャベツは3分の1くらいに小さくなり、豚肉の焼けるいい匂いがしてきた。

「おっとちょっと待ってくれ、僕は紅しょうがは入れないでくれって言ったはずだよ。」お姉さんは“しまった”という顔をしたので僕は少し安心した。もしかしたらまたデジャ・ビュの産物かと思ったのだ。私は生姜ほど口に合わないものはない。もしも薬として生姜を処方されていたら、私は軟派な生き方を選んでいただろう。ちなみに生姜を食べて発病する病気は今のところ医学会では発表されていないという。お姉さんはおわびにマヨネーズを本当にたっぷり入れてくれた。医者から処方箋を受け取っていたのか彼女の趣味なのかどうか分からないが、私がうんざりするくらいソースを濃く作ってくれた。

五人分もの焼きそばを食べたせいで私の胃はかなり悲鳴をあげていたが、これでしばらくデジャ・ビュの心配は無いだろう。帰るついでにコンビニに寄って念のため日清のソース焼きそばを2袋買っておいた。


もしも私があなたと話している最中にはっと時間が止まったような動作をしたり、「はて?どこかでお会いしたような気がするのですが…」なんて言い出したりしたら、何て軟派な方なのでしょうなどと敬遠したりせずに(それでなくとも友達はトキの仲間のように少ないのだ)、「ははーん、さては焼きそばが切れてるのね」なんて思って聞き流して欲しい。
少なくとも機能的な視点で見たら、良くも悪くもデジャ・ビュなんて社会的に何の影響力もないのだ。