やぶにらみの生態学/HFMエコロジーニュース

サル・クマ・森林保護に関する博物学的生態学的エッセイ・権威をきらうへそまがりの独り言

HFM・エコロジーニュース91(248)

2009-06-23 11:57:04 | ニュース

   宮島のシカ管理計画策定について余計な一言

 6月22日付け中国新聞に「宮島シカ生息地を分散」と題する記事が掲載された。廿日市市が策定した管理計画についてのものだが、どうも「動物のことを知らない素人考え」から脱却できていないように思う。
 傍聴していなかったので、詳しい内容はよくわからないのだが、紙面から得られる情報からの見解なのであるいは、誤解があるかもしれない。しかし、これまでの議論の流れからすると大きな誤解は無いものと推察する。

 記事の内容を要約すると
2013年度までの5年間で、市街地(桟橋、厳島神社、紅葉谷公園など)のシカを100頭に減らすことを目標とする。
そのために、
異物を食べて衰弱したシカの保護に取り組む。約5000㎡の市有地に柵を設けて飼育する。
餌場となる芝草地の創出を検討する。
包ケ浦では肥料をやって生育を促す。藤ケ浦も候補地として検討。
観光客向けに餌やり禁止やゴミの管理徹底を呼びかける。
ゴミ箱は地下にゴミを落とすシューター式への変更を検討。
観光客向けにシカの現状を説明する看板を新設する。
といった施策を計画に盛り込んだと記事にある。
注目すべきは、マイクロカプセルをシカの皮下に埋め込む避妊処置については、計画に盛り込まれていないという点である。
全体としてみれば、いい方向へと向かいつつあるという印象ではあるが、しかし、これで成果が上がるとは思えない。

まず、市街地のシカを100頭に減らすことの科学的生態学的な意味がわからない。100頭にすることで何がどう変わるのか?保護管理計画というと、必ず出てくる「頭数制限」の話だが、これほど無意味な議論はない。数に還元してみれば、一見科学的と見えなくもないが、市街地の環境を考えれば、とうてい100頭ものシカが暮らしていけるとは思えない。
そのためだろうか、芝草地の創出案が検討されている。実はこれこそが、この目標を台無しにする危険性をはらむ計画なのだ。
芝草地の創出は、おそらく市街地で餌をもらえなくなったシカが分散していくと決定的な餌不足が生じ、餓死するシカが出てくるから、それを防ぐための措置であろうと推測する。併せて、市街地から草地へシカを誘導しようという目論見もあるのかもしれない。
現在、市街地を歩いて調べてみればわかるが、食べられるものは全て食べ尽くしている。これで餌やり禁止が徹底されれば、シカは分散して行かざるを得ない。その受け皿を作ろうというのであれば、ある意味一定の効果は期待できる。多くのシカは山へ向かわず、芝草地へ集中するであろう。
芝草地が新たな集中と定着地となり、そこで繁殖したシカはどうなるか。
いくつかの可能性が考えられる。
シバの生産量を上回ってシカが消費する様な状態となれば、芝草地は裸地化するであろうが、その前に草地周辺の山林はシカの過剰利用で再生が困難となる。樹木が一掃され陽光があたる裸地にはシバが進入し芝草地が広がる。集中し定着した地域の周辺では、リョウブ、ヤブツバキ、コバンモチなどの樹皮食いが顕著になっていることは、これまでの調査で明らかになっている(佐合2006、2008)。 芝草地を核に個体数増加が顕著になれば、周辺森林に大きなダメージを与えることになりかねない。
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Img_3138_edited あるいは、集中と定着が続けば、芝草地は不毛の裸地へと変化する可能性もある。増殖したシカが森を蚕食しつつ裸地を広げていく可能性もある。
宮城県金華山島では、増加したシカによって林床植生が壊滅的なダメージを受けている。原生的自然を残す渓畔林として知られている京都府下の京都大学芦生演習林(写真下)でも、シカの進入によって同じく林床植生は壊滅状態にある。
シカによる植生破壊の例は、全国各地に見られる。
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照葉樹林に覆われた宮島は、もともと草地がほとんど無く(あっても沿岸部の湿地)、シカの個体数はそれほど多くはなかったと私は考えている。いわゆる照葉樹林に暮らすシカは、大きな集団を作らず、単独かせいぜい親子に分散して様々な食べ物を拾い歩く暮らしをしてきた。
そうした環境に、草地を創出し、個体数増加の機会を与えたらどうなるか、大きな禍根を残すことになる可能性が高い。
ましてや、施肥をして草の生産量を上げるとは、ほとほと困った発想といわねばならない。外部から資源を投入するということは、本来の環境収容力を超えて、シカの増加を手助けすることになり、増加要因をセットしておきながら個体数調節など出来るわけがない。
肝心な点は、シカが宮島という島の中でシカの力で生きていくということ、その環境を保証するということにつきる。
ついでだから、一つ指摘しておくが、包ケ浦で施肥をすれば今以上にシカの集中と定着が予想されるが、その糞尿や肥料が海を汚染するという危険性が考慮されていないことに驚きを感じている。
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また、本来の海浜植生も完全に失われてしまうことをどのように考えているのだろうか?
移殖をすればいいとでも考えているのであれば、それはそれで大問題だ。
小さな親切大きなお世話的、保護管理柵は百害あって一利なしということである。
全体として、いい方向性を出しつつも、それを反故にしてしまいかねない決定的欠陥を持つのがこのたびの管理計画である。


HFM・エコロジーニュース90(247)

2009-06-12 17:13:08 | ニュース

オシドリの雛、クマのアカンボウ、そしてマミジロ!! この春の収穫

 PNファンドの助成をうけた「絶滅の危機が迫りつつある西中国山地のツキノワグマ個体群保護に資する研究と教育普及事業」もいよいよ終盤である。現在、後期事業の柱、「渓畔林にくらすツキノワグマの暮らし」を紹介するパンフ作りに取り組んでいるところである。
 最近では生物多様性という言葉を聞かない日がないほど、この言葉は世間に広まっているが、内容はといえば、きわめてお寒いというかお粗末な状況はあい変わずである。
世を挙げてのエコブームであるが、本当に多様性を保全、回復しようとする活動はこうした流れに押されて表に出られない。企業やマスコミの宣伝にのってとりあえずエコらしいことがはやっているだけで、行政もジャーナリズムも本当の意味がわかっているとは思えない行動をとっている。そういう意味では保護活動はきわめてやりにくい状況になりつつある。
「悪貨は良貨を駆逐する」とはよく言ったもので、何事もブームを作り出して本質をかくすという手口は昔も今も有効なのである。
先日、さる集会で、最近の状況は政・官・業・報・学 のペンタゴン構造が事態をさらに悪化させているとの指摘があったが、事実である。自然保護活動はこうした似而非保護活動(反故活動)とも戦わねばならない、そういう意味で厳しい状況なのである。

 それはさておき、兎にも角にもムダな公共事業の代表格、大規模林道問題を完全に中止に追い込むまでもう少しのところまで来た。今、手綱をゆるめるわけには行かない。というわけで、6月7日も調査に出かけた。

†オシドリの雛
例年だと、ツキノワグマはこの時期はオタカラコウ(キク科)、シシウド(セリ科)、ナルコユリ(ユリ科)の草本類を食べている。
488号線(大型車両通行困難)を毎年食痕が見つかる現場へと向かう。その途中のことだ。中津谷川に沿って走る狭い国道をゆるゆると走っていると、左前方の路肩の茂みをヒヨコの一段が動いているのが見えた。
ヒヨコたちは、車が来たことに驚いたようで、ややパニック状態に陥った。
車を止め、静かに現場へ戻るとあちこちでヒヨコがピヨピヨ鳴きながら右往左往している。
残念ながら、草の茂みに隠れて姿は見えない。
しかし鳴き声と草の揺れで5-6羽のヒヨコがいることがわかる。ヤマドリだろうか、いや、もしかするとオシドリかもと思って観察していると、やや大きく草が揺れて親鳥が姿を現した。
紛れもなく「オシドリ」である。
目の周りから後ろに伸びる白い勾玉様の白線が目立つ。
一瞬目が合うが動じる気配はない。
しばらくするとちりぢりになっていたヒヨコの声がだんだんこのメスの周りに集まってきた。
頃合いを見計らってメスはゆっくりと斜面を登り始めた。するとその後を一列に並んでヒヨコたちがいて行くのが茂みの隙間越じに見えた。
 なにぶん藪の中の出来事で、写真に記録することが出来なかったが、オシドリの確実な繁殖を確認した瞬間である。
この中津谷から細見谷はオシドリの繁殖地であることを示す断片的な証拠が得られていたが、とうとう雛の確認という段階まできた。
かつて吉和村はオシドリの繁殖地としてよく知られていたが、ここ十数年、繁殖の確認が取れていなかったのだ。
大規模林道事業でのアセスでもオシドリの生息は確認されていたものの、繁殖は未確認であった。
中津谷川沿いの国道はアセス対象外とはいえ、細見谷渓畔林およびその周辺地域でもオシドリの生息と繁殖可能性が指摘されている以上、まとまった生息地として厳重な保全が必要となろう。
生物多様性条約が求めているのは、まさに個体群が維持できるだけの生息地の保全であり、狭い地域での個体保護ではない。
 というのも、細見谷川支流での自動撮影調査でもオシドリのペアが生息していることが判明していた。
ここ最近の調査で、本流、支流そして中津谷川とかなり広い範囲でオシドリが繁殖していることが見えてきた。
これはなだらかな渓流と広い氾濫原を有する特異的な景観である細見谷を中心とする太田川源流域が、オシドリにとって重要な生息地であることを示している。
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†マミジロも繁殖か
 
  全身黒色で目の上に白い模様(眉班)が特徴のツグミの仲間だという。
これまでにも何度か、声を聞いたことがある(教えられてそれと認識)。
本州中部以北の山地で繁殖し、中国地方では春と秋の渡りの途中で見るという。
広島県内(もしかして中国地方)ではまだ繁殖の記録が無いという。
 5月24日にセットしたカメラに25日26日の二日間にわたって写っていた。
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26日は連続して20コマも写っていて、カメラのストロボにも動じることなく、ほぼ同じ位置で写っている。
36枚撮りフィルムであるから、ここで終わっているのだが、もし無限にとれるフィルムだったらと思うと悔しい。
それにしても、物怖じしないというかのんびりしたマミジロである。
カメラの直前にたち、移動した姿は3枚しかない。羽繕いをしているものもある。
で、よく見るとどうも巣立ち直後の若鳥に見えてくる。
なにやら羽毛が産毛混じりの様に見えるのは写真のせいかもしれませんが…。
もし仮にマミジロが繁殖しているとすれば、また一つ細見谷川水系に広がる森林帯(渓畔林も含む)の重要性が増すことになる。このように調べれば調べるだけ、この地域の重要性は増すばかりである。

†ツキノワグマの幼獣も
 さて、本題のツキノワグマであるが、初夏の食性については次回に回すとして、今回は自動撮影装置がとらえたクマの幼獣の紹介にとどめておこう。
 今年は一年を通じてクマが河川をどのように利用しているかについて、自動撮影装置を使って調べることにした。
これまで、陸生哺乳類の研究は河川のもつ意義を低く見過ぎていた嫌いがあるようだとの反省にたち、河川生態系とクマの関係を見直してみようと思い立ったのである。
越冬を控えた秋の食糧資源として河川生物の意味は割合早くから認識してきたが、一歩進めて、一年を通じたクマの暮らしとの関係も把握しておく必要があると遅ればせながら、気がついた次第である。
 川は動物質の食料を求めるには格好の場所である。もちろん、ハチやアリ、アブなどの社会性昆虫の重要性はいうまでもない。
しかし近年、どうもこうした昆虫類が激減している幼に感じている。河川生物だって悪化の一途をたどっているようではあるが、それでもサワガニやサンショウウオなど流れの緩い浅い河川では得られるものも少なくはないだろう。
カエルだって馬鹿にならない。とにかく、調べてみることにしたのだ。
すると、早速結果が現れた。
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クマが写っているコマの一つに、今年生まれの幼獣らしい個体が正面から移っているではないか。頭と体幹の比率をみればわかるように、このクマは明らかに頭でっかちである。
つまり、幼い個体だ。その大きさだが、クマの右に移っている折れた枝の長さが80cmでカメラからの距離も1mほどしかない。つまりクマの体長は60-70cmほどということになる。
顔面はあまりに近すぎてピンぼけになっている。母親の後を大急ぎで追いかけている場面らしい。次のコマには景色だけしか写っていなかった。急いで通りすぎたためである。
 今年もこの谷はクマの出入りが多いかもしれない。その様子をじっくり観察してみようと思う。


HFM・エコロジーニュース89(246)

2009-06-10 15:23:28 | ニュース

宮島にイノシシ進入

 宮島に生息する中・大型哺乳類は、ニホンジカ、ニホンザル、アナグマ、タヌキ、テン、イタチ(タイリクイタチ)である。そしてイノシシは昭和20年代に絶滅したといわれている。
 これらのケモノのうち、宮島が島となって本土から切り離された時代から生き続けてきた、つまり在来のケモノはニホンジカ、アナグマ、イノシシであるが、前述したようにイノシシはすでに絶滅してしまった。タヌキにしても、イタチ、テンなどは一時的に渡来したが、現在も生息し続けているかどうか不明である。
 ニホンザルは、1962年に香川県小豆島から移殖された47頭がオリジンである。現在は飼育されている野生動物という位置づけがなされ、5年計画で全頭捕獲を目標とする計画が実施されている。しかし、その目的を達成するのはきわめて困難であることも事実であるから、目的達成までは、事故が起こらぬよう、かつ公益にかなう利用につとめることが重要である。
 その問題は別の機会に譲るとして、今回はイノシシの話題である。

 今年に入って、どうやらイノシシがいるらしいとの情報が複数寄せられた。馬耕と呼ばれる地面をひっくり返した採食痕や樹木への身体をこすりつけた痕(写真:吉村)。
Miyajimasus1宮島は大野瀬戸を挟んで本州と向かい合っているが、干潮時には2-300mほどしか離れておらず、海というより大きな川で隔てられているという方がイメージしやすいであろう。
 Hfm893フェリーが行き交う瀬戸でも、1.7Km ほどしかなく、シカもサルも泳いで渡ることはそれほど苦ではない。かつて、本土から渡ってきたサルが再び海を渡って帰って行くのが目撃されている。
 シカはしばしば海を渡り、対岸に姿を見せる。私の住む団地にもやってきたことがある。ということを考えれば、イノシシが宮島へ進入してくるのも当然のことで、なんの不思議もない。今は島の南西部を中心に動いているようだが、今後全島に分布を広げる可能性はあるのだろうか。
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 まず、進入してきたイノシシは繁殖個体群(つまりはオスとメスを含む)かどうかが問題である。オスだけ、もしくはメスだけであれば当然、寿命が尽きればそれまでということになる。
誰かが意図的に持ち込んだのでないとすれば、この可能性が高いように思う。しかしたとえ一度に繁殖個体群を形成することが無くとも、次々に個体が進入するケースがあれば、やがて繁殖個体群を形成することもあり得る。対岸の廿日市市大野地区は、今でもイノシシの生息密度が高いところである。永慶寺川を下ってそのまま海に入れば、宮島は目と鼻の先。イノシシの痕跡があるのもこの周辺に多いとも聞く。
 とはいえ、生息の実態把握はまだまだ出来ていない。かりに繁殖個体群を形成することが出来たとして、さてイノシシはどれだけ増えることができるだろうか?
 宮島のカシ類を中心とする照葉樹林は意外に乾燥がきつく、下層食性も貧弱で腐葉土層はあまり発達せず、ミミズなどの土壌動物は多くはない。またイネ科の草本類が繁茂していた海辺の湿地もほとんど埋め立てられてなくなり、カエル、ヘビもそれほど多くはない。耕作地も限られているしイノシシにとっては、シカ同様あまり快適な環境ではなさそうだ。
ただ一定量の食糧さえ確保できれば、温暖な宮島であるから、ある程度の個体数は維持できようが、それほど大きな個体群とはならないだろうと推測する。餌付けなど決してしないことだ。シカの餌付けも早急に止めること、そして海岸周辺のカキ殻捨て場や産業廃棄物、ゴミ類の徹底処理を実行すれば、問題はない。
イノシシが自力で分布拡大を果たしたのであれば、野生動物として尊重すべきである。