やぶにらみの生態学/HFMエコロジーニュース

サル・クマ・森林保護に関する博物学的生態学的エッセイ・権威をきらうへそまがりの独り言

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HFMエコロジーニュース111(268)

2014-05-28 11:19:47 | ニュース
鳥獣保護法改定-個体数管理では解決しない野生生物の保全
 2014年5月23日に鳥獣保護法が一部改正された。
今後は「改正法案では、集中的に頭数を管理する必要があるシカやイノシシなどの鳥獣を環境相が指定、都道府県や国が捕獲事業を実施し」、
「都道府県知事が、安全管理体制や、ハンターの技能・知識が一定水準である法人を「鳥獣捕獲等事業者」として認定。法人の新規参入を促す。一定の条件で森林での夜間の銃捕獲や、居住地域での麻酔銃による捕獲を認める」(毎日新聞Web版)。 
 なぜこのような方針転換がなされたのかというと、「ハンターの高齢化や天敵がいなくなったことなどから、シカやイノシシなどの野生鳥獣は爆発的に増えている。環境省によると、全国のニホンジカの推定頭数は、この20年で9倍近くに増え、2011年度に261万頭となった。
このままでは25年度に500万頭に達するとされる。南アルプスでは希少な高山植物群落が食べ尽くされ、絶滅したケースも出ている。
シカやイノシシなどの野生鳥獣による農作物被害は全国で229億円(12年度)に上る」(毎日新聞Web版)からだという。
20年前と比べてシカやイノシシが増えているというのは事実であろう。
しかしなぜこのように増えたかという原因(背景)を、ハンターや天敵の減少に求めるのは違うのではないかと思う。
この問題を考えるためには、個体数管理ではなく、過去の林業政策や農業政策もっと言えば社会構造の変化に伴う野生鳥獣や生物多様性への視点を持ってこそ解決の糸口が見つかるに違いない。
多様性の喪失をもたらす大面積皆伐とそれに続く拡大造林政策による森林破壊や電源開発などの要求によるダム建設や治山治水に名を借りた砂防ダム、コンクリート護岸による河川の循環機能破壊、エネルギー革命や産業構造の変化に伴う農山村の土地利用形態の変化が特定生物の個体数増加を引き起こすもととなるなど、今日の野生鳥獣とヒトとの確執は根の深い問題である。
 増えているのは、特定の種であり、特定の地域でのことであろう。
野生動物の生息域内の分布偏位も検討すべき課題である。
 そんな視点で現状を見ると、やはりクマは少なくなっているような気がする、いやそうに違いない。
これまで特定鳥獣(ツキノワグマ)保護管理計画策定のための過去3回の個体数調査では、個体数減少という結果はえられていない。
むしろ中央値だけを見れば、増加傾向ということになっており、世間一般にもそう受け取られている。ただし、その個体数調査そのものにも問題というか限界があって、必ずしも実態を正確に反映しているかどうか疑問がつきまとうのである。調査は再捕獲方(注:標識個体の数(M)/全個体数(N)=再捕獲された標識個体の数(R)/再捕獲された個体数(C)
N=MC/R)を用いているのだが、それには、
*標識個体は放獣後、母集団に均一に混じり込む。
*標識個体と非標識個体の捕獲率に差がない。
*調査期間中に母集団内に個体の加入、消失(出生、死亡、移出入)がない。
*標識の脱落がない
といったいくつかの仮定が必要となる。つまりどれも実態とかけ離れた仮定の下に導かれる結果を参考資料として個体数を推定し(ベイリー法によって計算(標識再捕獲法の修正式))、保護管理を行うのである。

 つまり、科学的管理を目指しているものの、現実はまだまだ科学的(生態学的)というにはまだまだ不十分な状況なのである。しかし、だからといってこの調査が無意味といって切って捨てるわけにも行かない。
実際それに変わりうる有効な方法が見いだせていないのが現実なのである。とにもかくにも
1998-99年度  278-679頭(中央値=478頭)
2004-05年度 301-735頭(中央値=518頭)
2009-10年度 450-1280頭(中央値=870頭)(概数)
という推定値をベースに議論する必要があることは認めるが、それはあくまで保護管理計画の足がかり程度のものとして、限界を知っておくことが肝要だ。
さらに言えば、保護管理は個体数管理ばかりでは達成できないということをしっかり認識し、生息地の保全を含めたクマの暮らしという視点からの諸政策が必要だという当たり前のことを議論する必要がある。個体数管理ばかりが議論となる現状を打破することが求められるのだが、これについては予算やマンパワー、そして行政の縦割りと政治家の自然保護に対する認識不足が大きな壁となって立ちふさがっている。
ともかく、こうした数値が公表されると、西中国山地スキノワグマ個体群は増加傾向にあるという言説がメディアを通じて一部の研究者や世間に定着していくこととなる。
それは、クマの生息域の広がりからも推定できるということのようだが、現実にクマの動向を直に観察しているフィールドワーカーの目からすると、この生息域拡という現象は、個体群の拡大の結果ではなく、絶滅前の個体群の分散による拡散の結果ではないかと思える。
 次のグラフは2002年から2013年までの広島・島根・山口三県でのツキノワグマの除去数を示している。
2000年以降、西中国山地(広島・島根・山口)では隔年でクマの集落への異常(?)出没が続き、捕獲、駆除されている(捕獲された個体の内、放獣された個体を除いた数を除去数と読んでいる)。
こうした隔年大量出没の原因はよくわかっていないのだが、堅果類や液果類の豊凶がその背景にあるとの見方が根強くあるのも事実である。
 しかしことはそう簡単ではない。2013年の細見谷地域と苅尾山域では、ブナ、イヌブナ、ミズナラ、コナラ、クリなどの堅果類もウラジロノキやアズキナシ、ミズキ、クマノミズキ、サルナシなどクマが好む液果類も豊作とはいえない状況にであった。
ただ、ミズナラやクリ、ミズキなどは点々と食痕があり、わずかに実った果実を探して食べ歩いている様子が見てとれた。
ただこうした痕跡からは多くの個体が実りを享受しているとは見えなかった。
このような不作の年であれば、これまでの通説からすれば、集落周辺に多くのクマが出没するはずであるが、現実はそうではなかった。
クマが頼るべき実りもなく、それでもなお、集落への出没が少ないという事実をどう説明すればいいのだろうか。
最も単純に考えれば、出てくるべきクマが居ないということである。
 そこでもう一度グラフをよく見てみると、2004年以後、隔年大量出没というパタンが崩れつつあるのが見えてくる。
広島と島根では周期のずれがあり、山口はそもそも隔年大量出没という現象すら見えてこない。
これらの現象をうまく説明する確たる証拠は集まっていないが、奥山から集落周辺の二次林へ個体群全体が移動しつつあることを考えると案外うまく説明ができそうである。
これは奥山と二次林の利用可能な食糧生産量の逆転がもたらす現象である。
人間の収奪がなくなった二次林の生産力は野生動物が利用できる資源となる一方で、奥山の生産陵は相対的に減少している。
こうしたことが個体群の集落周辺への分散(拡散)を促し、集落周辺の二次林での生息密度がたかまった。
集落周辺では秋になると堅果類や栽培果実などがクマの主たる食糧資源となるが、ここで野生植物の不作や凶作が重なると安定した栽培種への依存度がたかまる。
そうして里への出没が引き起こされるが、大量捕獲された後は集落周辺での生息密度は低下し、奥山からの分散が始まる。
ただし、これには数年のタイムラグが生じる。
奥山にある程度の個体数が棲息していれば、比較的早く集落周辺への定着が進むであろうが、奥山の生息密度が度低下していれば、個体移動による分散には長い時間がかかる。
このグラフはそうした事情を反映しているように見える。そうだとすれば西中国山地のツキノワグマ個体群は、採捕獲調査の結果とはうらはらに、かなり危機的状況にさしかかっているのではないだろうか。
実態を把握するためには、きめ細かい生態調査が必要である。
個体数管理の限界を認め、生息地の生物多様性を回復させ、生物量の再生を基軸とした保全(保護)策への転換が求められる。
その意味で今回の鳥獣保護法の改定は道を誤っているに違いない。
このままでは自然を反故にしかねない。手遅れにならないうちに自然反故から自然保護への転換を強く望む.
Photo
グラフは広島・島根・山口各県の年度ごとのツキノワグマ除去数を示しています。右端が切れていて申し訳ありません。


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HFMエコロジーニュース110(267)

2013-06-13 14:56:24 | ニュース
チンパンジー観察記@キバレ&カリンズ

ウガンダエコツアーの目玉は、なんと言ってもマウンテンゴリラとチンパンジーという大型類人猿の観察にある。
これまで霊長類学を専攻してきたものとしては、これらグレイトエイプ(大型類人猿)の生息地にきて、観察せずにすますということはできない。
しかし絶滅の恐れのある大型類人猿の観察はそう簡単ではない。
ここウガンダでは両種とも棲息して入るものの、生息地である国立公園内への立ち入りは自由ではない。
カンパラにある野生生物保護局(UWA)へ申請し、許可受けなければならない。
これが結構面倒だし高額の許可料がいるのだ。
旅行会社に手配を頼めばそれなりに楽はできるが、仲介手数料なども馬鹿にならないし、こちらの希望が伝わりにくい。
今回は、現地に在住している甥のQ君の助けを借りて直接交渉することにした。
その甲斐あって、マウンテンゴリラはこちらの希望がかなう形で許可が取れた(この辺の事情は後日)。
 とにもかくにも許可をもらいに行く。許可というのは要するに観察許可料のことである。当然のことながら、生息数の少ないマウンテンゴリラの場合はずっと厳しい制限が課せられている。
しかしチンパンジーの場合には、一人1500ドル支払えばほぼいつでも許可は得られるようだ。
さらに言えば、カリンズの森のように必ずしも政府の許可を得る必要のない施設もある。
ただし、ここでは地元のNGOがガイド料をとることになっている。
これはエコツアーを森林伐採に代わる現金収入となる産業として育成する意味もある。
今回はカリンズではなくキバレを観察値とすることにしたのだが、それには理由がある。
キバレはチンパンジー生息密度も高く、観察するには大変良いフィールドであるということ。
そして、もう一つの候補地であるカリンズの森を前回(3ヶ月前)に下見を下結果、教えられてきたほどには期待できそうになかったという理由がある。
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 今回のウガンダツアーに先立ち、2011年の12月~12年1月にかけてこのエコツアーの下見をしたのだが、そのときはクイーンエリザベス国立公園(QENP)にほど近いカリンズの森でチンパンジーウオッチングを実施するつもりでいた。
というのもここは京都大学霊長類研究所のスタッフがフィールワークを行っており、エコツアーの開発にも力を入れていると聞いていたし、カリンズの森で調査経験を持つ知人のすすめもあったからだ。
話を聞く限り、まさに理想的な場所であるように思えたからである。もしこのツアーがそうした地元の経済活動の一助になるならという思いもあった。
 私たちがここを訪れたのは2011年12月31日、大晦日であった。朝、ムエヤロッジ(QENP)を出発して約1時間弱走って小さな集落を抜けたところで、写真の様な看板が見えてきた。
ここは以前、製材所があったところを利用して、チンパンジー研究の基地として、あるいはエコツアーの基地として再生利用している。
とはいえ、車を降りても古びた建物以外にそれらしい施設は見当たらない。
近くにいた人に用向きを伝えると、ちょっと待てという。今、ガイドを連れてくるという。手続きはここでOKだという。オフィスというには少々無理があるような、暗い部屋に行って申し込みをする。
利用料(ガイド料)は確か一人100000ウガンダシリング(約3500円)だったと記憶しているが、記憶が定かではない。
しばらくすると、若い女性のガイド(森林局職員?)がやってきて、さっそく観察のためのブリーフィングが始まった。使い古したパネルを使って、カリンズに暮らす霊長類の種類やここの森の特徴を教えてくれる。
がそれもガイドブックに記されている程度のことだ。
ここは少し高いところにあるとはいえ林内はぬかるんでいる。足下を確認して森へ入る。
ガイド氏は携帯電話を使って、チンパンジーの集団がいる位置を確認している。頻繁に連絡をしているが、端から見ていてもいらだった様子が見える。
どうやらチンパンジーとの遭遇はあまり期待が持てない雰囲気である。
結局、チンパンジーの集団に遭遇することはできず、2時間ほど森を歩いてこのツアーは終了した。
森を抜けると茶畑が広がっていたが、その日射しの中をゆるゆると歩く足取りは徒労感も手伝って重かった。
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 この徒労感は何?チンパンジーとの遭遇が果たせなかったからではない。
私も経験上、目指す動物に出会えないことは何遍もあるし、当たり前のこととして覚悟の上である。
しかしである。であれば、出会えないときにどう対応するか、それがガイドの力量というものである。
森の中に素材はごろごろ転がっている。
それをその時々の状況の中で取捨選択し、瞬時に教材化する能力がエコツアーガイドには必須である。
つまり、ガイドは常に研究者でもなければならない。
既知の事実に関する情報を伝達するだけではダメなのだ。
自分自身の自然観、分析力などを陶冶しなければならない。
その点で、カリンズではまだまだ課題が残っている。
というかすでにこのプロジェクトが始まって10年以上が経過しているのだから、人材育成や運営体制など本質的な問題があるのかも知れない。
 というわけで、今回のチンパンジートレッキングはカリンズではなく涙をのんでキバレということにした
 キバレでのチンパンジートレッキングは、カンパラでのパーミット取得が条件となるが、前回の下見時に、1500米ドル/人を支払って獲得しているので問題はない。
キバレでの料金はカリンズの$42(当時のレートで3500円)と比べると約4倍もの高額だが、それはそれなりの理由があった。
チンパンジーの群れの動向の把握やレンジャーたちの練度の高さなど、カリンズとは雲泥の差がある。
お金はないが何日も自由な時間がとれるという、学生のような身分であれば、カリンズのような場所がおすすめだが、自由な時間も少なく、日程をやりくりして遠い日本からやってくる人たちには、確実にチンパンジーに出会えるキバレのほうがおすすめである。
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 朝7:00、朝靄の残るCVKを出発し、30分ほどのドライブでキバレ国立公園のヘッドオフィスへ到着。
チンパンジートレッキングは、午前と午後に1回ずつ実施され、どちらも6名1組でそれぞれにガイドが付き添う2-3時間ほどのトレッキングである。
8:00から観察のためのブリーフィングが始まる。参加者は欧米人が多く、スパニッシュ系のおばさんの団体も元気に参加している。
ということで、英語とスペイン語との2カ国語ということで少し時間が掛かるが、そこはアフリカ、「ポレポレ(ゆっくり)」の精神で行くのがよろしい。
ブリーフィングの内容は特別変わったものではなく、この施設の沿革であるとか、どんな霊長類が棲息しているかとか、ここが以下にチンパンジーの生息密度が高いかとか、観察に際して守るべきこと(たとえば7m以上近づきすぎないとか)などなど。
特に餌(食べ物)を与えるという行為は絶対してはならない行為である。
 かつて日本ではニホンザルの研究のために、餌付けという「食べ物」を介してサルと接触することが、当たり前に行われていた。その結果、過度に人間依存をもたらし、サル本来の暮らしを見極めることができなくなったり、際限のない個体数増加といった弊害が大きく、大型ほ乳類の生態学的研究に「餌付け」とう手法はあり得ないという評価が定着している。
それに変わって、「人付け(ハビチュエーション)」という手法が確立された。
その最初の成功例がヴィルンガ火山群に棲息するマウンテンゴリラであった。
時間を掛けて人間の存在になれてもらうという接近方法であるが、ここのチンパンジーも人の存在に対して馴れてもらう、つまりチンパンジーが文字通り「傍若無人」に振る舞う環境を大事にするということである。
そのために対象となるチンプやゴリラに過度の負担を掛けないように、時間と人数の制限をするということである。
 20分ほどの講義が終わると、いよいよ出発だ。 チンパンジーの群れがいる位置は、現場のレンジャーやトラッカーが把握しており、どの方向へ向かえば良いか、逐次無線で連絡が入ることになっているようだ。
我々の班はは女性のガイドと共にジープで少し南下して、そこから群れのいるところへアプローチする。5分ほど林内に伸びる悪路を走り、チンパンジーが休息していると思しき森の近くで位置で下車する。
それにしてもアフリカの熱帯雨林はアジアのそれと比べて重量感と多様性が乏しい様な気がする。
重量感がないということはどういうことなのかと言えば、いわゆる巨木や突出木が少なく、林床が比較的明るいというところに原因があるのだろう。
アフリカの森はほとんどが切り尽くされて商品作物(バナナ、コーヒー、茶、綿花など)のプランテーションとなっている。
わずかに残った国立公園のような保護林だけが残されているに過ぎない。
それもかつてはかなり利用された二次林であろう。
そして多様性の貧弱さは過去の氷河期(乾燥期)の影響によるもので、そうした極端な乾燥化による森林の減退が人類進化の要因の一つであろう。灌木がまばらに生える林内をしばらく歩くと、突然、あまりにも突然にチンパンジーと遭遇した。
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チンパンジーの雄の年寄り連中が三々五々林床でくつろいでいる。
それはあまりにあっけないものだった。
 灌木がまばらに生える林床に数頭のチンパンジーが寝転んでいる。
すでに先客がいてカメラを構えて撮影に余念がない。
1組6名という制限を設けているにも拘わらず、すべてのグループが同じチンパンジーを観察することになってしまったようだ。
 この群れは最大120頭ほどの規模だと言うが、チンパンジーの場合、ニホンザルとは異なり、群れのメンバーがいつも一緒にいるというわけではない。
同じ群れの中にサブグループと呼ばれる小集団が離合集散しながら時として大きな群れになる。
ここでもそうだが、おそらく老齢オス個体のサブグループが観察しやすいところにいたというだけのことであろう。おそらく近くに別のサブグループもいるに違いない。
あとでわかったことだが、別のグループに入ったNさんによれば、最初、ヘッドオフィッスから徒歩で出発したものの、途中で呼び戻され車でここへ来たという。
おそらく別のサブグループを見に行こうとしたが、そのグループが遠ざかるような動きをしたか、私たちの見ているグループに接近するような動きを見せていたので、こちらへ来たということのようだ。
つまり、そう遠くないところにも別のサブグループがいるということである。
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 道ばたの林床に寝転んでくつろぐ個体やグルーミングに興じている個体など6-7頭のオスの老チンプの集団である。
老齢個体ばかりだから活発さはない。
のんびりと時間を費やしているばかりで、まさに老人の暇つぶしである。
中には、鼻くそをほじって暇つぶしをしているものもいる。
その仕草を見ていると本当に人間くさい霊長類であることを痛感するが、ほじるのに使っているのが薬指というのがおもしろい。

ガイド氏によるとここに集まっている老齢個体はどれも40才を超えているという。
確かに前頭部ははげ上がっているし、腰のあたりも白髪に鳴ってきている。老人としての特徴がはっきり見て取れる。
とはいえ、足腰はかくしゃくとしており、まだまだ日常生活に支障を来すようなこともなく、生活に必要な体力は持ち合わせているようだ。これもこの森に大型の捕食者が少なく、食糧の調達も比較的容易であるという環境のなせる業か。
 さあ、どのくらい時間が経過しただろうか。写真を撮るのに夢中になって時間の経過を忘れていた。
老齢個体集団のなかに、そろそろ移動しようかという雰囲気が見て取れる。少しずつ他個体の動きを注視し、その動きにつられて動き出しては止まる。そして軽くグルーミングを行っては、また移動するといった動きが見えてきた。と、ある時を境に集団での移動が始まった、どの方向へ向かうかはどの個体もすでに了解済みといった動きでずんずんと森の緩斜面を下っていく。
乾期のせいか林床は乾いており熟成した森の林床は比較的すかすかで歩きやすい。
しばらくついて行くとそこにはメスやコドモ、アカンボウを含む集団がイチジクの木に登って採食していた。
時折、<ヒャーヒャー、ホワッ>というやや興奮気味の声が聞こえてくる。
どうやら、イチジクの果実を採食しているらしい。頭の上からぼとっぼとっとチンパンジーの食べくさした実が落ちてくる。
 果実の周辺部分を食べた(しがんだ)だけで後は捨ててしまう。ニホンザルにも見られるが、雑で贅沢な食べ方である。
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 約1時間、チンパンジーの行動や生活スタイルを十分見たというわけではないが、まあまあ充実した観察ができた。アカンボウを持つチンパンジー母子もいたり、群れの一端に触れただけではあったが、ガイドの練度も高く、こちらの質問にもかなりの部分こたえてくれたりで、充実した時間を過ごすことができた。これで$1500は納得がいく。ということで、午前の観察を終えて、CVKへ戻り、しばしの休息を楽しむことに…。


 ここに棲息するチンパンジーはPan troglodytes shweinfruthi で、中央-東アフリカ(タンガニーカ湖畔-ウガンダ-コンゴ民主共和国)の森林帯に分布するP.troglodytesの亜種である。
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HFMエコロジーニュース105(262)

2012-10-25 15:46:59 | ニュース
ウガンダ紀行4
<いざ、サファリツアーへ>
 さて、無事買い物を終えホテル(Shngri-La Hotel)に宿泊した一行はよく3月24日午前9時カンパラを発って、最初の目的地キバレ(Kibale)へとむかった。このサファリツアーは8泊9日間の日程で、ウガンダのサバンナ、湿地、森林で野生動物をじっくり観察するツアーである。カンパラで3泊し、行き帰りの飛行機の中で2泊するので、日本からは13泊14日の長丁場となる。
 日程はおおむね以下の通りである。
1日目 カンパラからキバレへ。宿泊地はCVK(Creater Valley Kibale)
http://www.traveluganda.co.ug/cvk/index.html
2日目 午前 チンパンジーの観察  午後 湿地の観察
3日目 キバレを発ちフォートポータルを経由してMweya Safari Lodge(クイーンエリザベス国立公園)へ。イブニングサファリ。
4日目 午前 モーニングサファリ 午後 カジンガチャネル ボートサファリ
5日目 ムエヤを発ち、途中、木登りライオンの観察をしながらブホマ(Buhoma)へ。
6日目 ヴィレッジウォーク@Buhoma
7日目 ゴリラトレッキング
8日目 ブホマをたってミヒンゴ国立公園(Mihingo)へ
9日目 朝、ホースライディングサファリを楽しんで、カンパラへ戻る
 このように書いてしまえば、ごくごく普通のサファリツアーであるが、さて、どんなツアーになったのか、道中見聞録の始まり始まり。
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 カンパラからキバレへは西へ260km、5-6時間のドライブ。
午前9時少し前、2台のワゴン車がホテルへ到着した。
約束をきっちり守っているのに感心する。
ともすればアフリカ時間で約束した時間から大きく遅れることも覚悟しなくてはならない場合も多いが、契約したARCは、その辺はきちんとしている。
ドライバーは前回下見したときのデウス君である。今回はこれに加えて、荷物専用車も準備しなければならなかった。大型のサファリカー持たない会社なのでそれもやむを得ない。
車2台を連ねてのサファリツアーである。高台にあるカンパラのコロロ地区をでて湿地の広がる郊外へ出てると、市街地とは異なる風景が開ける。
首都カンパラの中心部は官庁やビジネスの街として庶民の生活のにおいが少ない、ややすました一面を持っているが、こうした高級住宅街を抜けて郊外へ出てくると、一転してバイタリティにあふれた庶民の街となる。
街道(国道)にそって、露天か簡単な小屋がけ風の商店が軒を連ねるマーケットに多くの庶民が群がっている。そこではあらゆる物が売られている。靴、鞄(かばん)、ドレス、携帯電話、鶏、バナナ(マトケ=蒸して食べる、芋やカボチャのような味)、豆類、ジャックフルーツやマンゴーなどのフルーツ、炭、肉や野菜などの食料品など何でもそろっている。
旅の醍醐味はこうした現地のマーケット(市場)へ出かけてみることにあるのだが、とはいえぽっと出の旅行者がこうした市場へ足を踏み入れるにはかなりの覚悟がいるというか、無事に出てこられるかどうかわからない。現地のヒトと一緒でなければまず無理のようだ。
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 このマーケットの話はまた別の機会に譲ることにして先を急ぐ。
西へ西へと車はひたすら走る。
下町の喧噪を離れて更に西へ進むと、パピルスが繁茂する湿地の中を国道が貫いて走っている。
パピルスは言わずと知れた紙(ペーパーの)語源となったカヤツリグサ科の植物である。遠目には1mほどの草のように見えたが、実際には3mほどの高さになる。パピルスの茎を薄くそいで乾燥させ、板状になったパピルスを編んで衝立やカーペットに加工するのだが、ここでは天日での乾燥させている過程を見ることができる。
 ウガンダは地球の裂け目として知られた東西の大地溝帯に挟まれた、巨大な盆地状の地域にあって、湖沼が点在する水の豊かな国である。

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西地溝帯の西側はコンゴ共和国との国境をなすルエンゾリ山系がそびえており西へ行くにつれ乾燥して赤茶けた大地へと変化してくる。
沼地に群生するパピルスは姿を消し、森林(疎林)を焼き払った畑に料理用バナナの畑(プランテーション)が点在するようになる。
民家の周辺には日干し煉瓦を積んだ四角い塔のようなものが散見できる。
この煉瓦は建築現場でも、赤土を掘って練り、天日で乾燥した後に火入れして作るこもののようだ。新築家屋の軒先で煉瓦造りをしているらしい光景も見受けられる。
街道沿いの家々はどれも小さく、簡単な作りのものだが、入り口のドアは鉄製の頑丈な作りになっている。
この玄関ドアは規格品であるらしく、ドアだけを道ばたに並べて売っている店をよく見かけた。
ウガンダでは商品はみんな道ばたに並べて売っているのが当たり前で、大きなベッドなどの家具もそうして売られている。
雨が降ったりほこりをかぶったりすることは気にならないのだろうか。
何でもかんでもピカピカにして、傷一つない品質を求める日本人の感覚では理解できない光景である。
しかし、そんなきれい好きというか、完璧主義的消費者は世界中探してもそういないのではないかとも思う。
あまり完璧を求めることは高コスト社会となり、無駄が多くて合理的でもなさそうだ。
これから向かうであろう貧乏時代に向けて、少し傷だらけの人生を楽しんでも良いのではないかと、暑いアフリカで考えた。
 さて、先を急ごう。
 カンパラを出発して2時間半、車はほとんど人家のない道を走り続けている。
時折、小さな集落があり、人々が集まっている。そして何もない道ばたにプラスチック製タンクを持った子供たちの集団を見つけた。
どうやら水くみに来ているようだ。集落の外れに共同の井戸をもつ集落もあるが、そうした井戸さえない集落も珍しくはない。
数キロの道のりを徒歩や自転車で水をくみに来るのは子供たちの仕事らしい。ちょうどトイレ休憩(ブッシュトイレット)もしたくなった頃でもあり、球形がてら子供たちの集まる水場を見学させてもらうことにした。

 水が湧き出ているということで、すんだ水を汲んでいるのだとばかり思っていたが、この道路脇の窪地に水がわき出て貯まっている水は緑茶色に濁っていた。湧き出した水ではあるが決して澄み切ってはいない。これでも貴重な飲料水なのだ。日本国内であれば、どこへ行ってもすんだ水を求めるのにそれほど苦労することはない。したがって水は空気のようにごく当たり前に手に入るものと思いがちである。特に水道の蛇口をひねれば、水もお湯も流れ出るという文明は実にありがたいものだが、そのありがたさはなかなか実感できないくらい当たり前になっている。しかし世界の多くの地域はそうではない。水は生きるために必須のものだが、それを入手するために、どれだけの努力をしてきているか知ることさえ困難な時代である。21世紀はこの淡水資源を巡る紛争が更に激化するであろうことは、多くの人たちの共通認識となりつつあるのに、ふだんその実感さえ持てない状況に身を置いていることは、極めて危険でもあるし不幸なことであろう。
Kampcvk3Kampcvk5
 この水場周辺は乾燥して荒涼とした草地になっているが、彩りに乏しい褐色の荒れ地にピンポン球ほどの黄色い果実をつけた植物を見つけた。紫色の小さな花も咲いている。
花と果実の形から、どうやらナス科の植物らしいと見当をつけたが、何という植物かわからない。
海外での観察ツアーでの楽しみはこうした植物との出会いである。とはいえ、多くの場合図鑑というものが手に入らないので検索することもままならない。黄色の果実はフォックスフェイス(角ナスSolanum mammosum)を彷彿とさせるが、角はなく球形にナスのヘタがついているといった案配だ。
したがって黄色いイヌホウズキに似ている。 該当するのかも知れないが、確信は持てない。 
 集落周辺は多少の起伏があって、その 丘の斜面の森(ブッシュ)は切り払われ他後に火が入れられ、バナナ畑へと変わりつつある。
Kampcvk4Kampcvk6
ナス科ナス属の一年草で、学名は Solanum intergrifolium。英名は Chinese scarlet egg plant, Ruffled tomatoに
ウガンダでは主食としてバナナを蒸してつぶした餅(マトケという)?のような物を食べる。ここで栽培されたバナナは、自家消費分もあるが多くは近くの町に集められ、首都カンパラの市場へと送られる。重要な収入源となっているのだそうだ。
やっと、サファリに出かけてきたが、まだ昼飯にもならないうちに紙面が尽きた。
この続きは、また。

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HFMエコロジー・ニュース104(261)

2012-06-25 13:03:49 | ニュース

ウガンダ紀行ー人と自然ーその3
カンパラへ
 エンテベを出発したマイクロバスは、午後5近くにカンパラ市内へ到着した。
赤道直下の東経32.5度に位置するカンパラは、太陽の南中時刻はおよそ午後1時頃で、3月23日は春分の日を過ぎたばかりなので日没は午後7時過ぎとなる。
午後5時前だとまだ夕方という感じはしない。ただ市内中心部ではそろそろ夕方のラッシュが始まっていた。
今日は、明日以降のサファリツアー用品の買い出しをしてホテルへ入るだけだから、多少のラッシュもいい経験と思える。
このカンパラという街は平坦な土地に作られた都市ではない。いくつもの丘があってその丘の集合体のような構造となっている。従って丘陵の等高線にそってできた道路は大小の楕円の輪(馬蹄形といった方が実態に近いかも)と丘と丘をつなぐ道路で大変複雑でかつ方向感覚を保つのはきわめて難しい。丘と丘をつなぐ道路の交差点は前号で紹介したようにロータリー形式となっている。
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図示した地図はカンパラ中心部というか官庁街を描いたものだが、実際の街はもっとずっと広い。
 カンパラには大きな市場はあるものの、後で紹介するように旅行者がちょっと立ち寄って自由に買い物ができるような場所ではない。
とりあえず何も知らない旅行者にとって簡単に買い物ができる場所は、ショッピングモールである。
カンパラには3カ所ほどある。いずれのショッピングモールも近接しているが、ガーデンシティ(地図の右、中央少ししたに四角で囲ってある)が専門店も入店していて便利である。
価格の点では少し離れたゲーム(Game)がいいかもしれない。
ガーテンシティのすぐ隣のオアシス(Oasis)はやや高級な専門店があり、それぞれ特徴的でおもしろい。
 さて買い物だが、明日からのツアーで一番大事なものは「ミネラルウォーター」だ。旅行先でも買えないことはないが、持って行くのが一番確実で安全だ。
これは、すでにQ君が準備してくれているので今回は買わずにパス。
今回の買い物の目的は、長靴、ゴム長である。もちろん、日本から持って行ってもかまわないのだが、こちらでも山歩きに使える長靴が手に入ることは調査済みだったので、少しでも荷物を少なくしたい人にとっては、現地で購入するのがいい。
でも、なぜ長靴?たいていはトレッキングシューズでと考えるのだが、乾期であれば、それでもかまわない。
しかし3月下旬は、雨期の入り口にあたり、いつスコールにあうかわかったもんではない。
ケニアやタンザニアのサヴァンナでのサファリツアーであれば、車から降りて歩くこともないので、トレッキングシューズで十分だ。
しかしこのたびのウガンダツアーは、アフリカの熱帯降雨林に生息するマウンテンゴリラの観察が目当てである。
最悪の場合、延々と道なき道を切り開きながら山を越え谷を越えなければならないかもしれないのだ。
そんなドロドロの斜面を歩くには、長靴は必須アイテムなのである。
そしてもう一つは安全上の問題から、山の中を歩く際には長靴を着用することにしている。
これは日本国内でも同じである。最近では調査には長靴というスタイルが常識となっている。
毒ヘビや危険な動物から足下を守るにはこの長靴は大変便利である。というわけで、参加者の何人かは長靴を調達する必要があった。
 何とかラッシュを抜けてカンパラ最大のショッピングモール「ガーデンシティ」へ到着。
パーキングに入る前に、セキュリティチェックを受ける。来店する車両はすべてチェックを受けなければならない。
日本では考えられないことだが、比較的治安はいいとはいえ、これが現実なのだ。
無事チェックを通過してショッピングモール二階の靴屋へ向かう。
ゴム長靴を買うには少し場違いな店構えであるが、前回の下見で在庫を確認しているので迷わず店内へ。
カラフルな履き物に混じって展示されている黒い長靴を手にとって品定めをする。
なかなか丈夫そうでしかも柔らかそうな製品がそろっている。
ただ問題は、サイズである。ウガンダの人たちは概して大柄だから、どれも日本人には少し大きいような気がする。
大柄なIさんにはぴったりなサイズだが、日本人の小さな足に合う物が女性用では少ない。
子供用の物でも大きすぎて合わない。
結局、もし雨に降られたらそのときのことと覚悟を決めて、女性陣は購入を見送ることに。
靴屋での買い物を終えると、店の前のコミュニティ広場に人が集まりだした。突然ビートのきいた音楽が鳴り始め、一斉にダンスが始まった。
その後もダンスの輪に加わる若者が集まってくる。
みんな楽しそうに踊っているが、そのリズム感、躍動感はアフリカを感じさせるに十分な迫力がある。
残念だが、ちょっとまねできない。欧米から来た観光客たちも、このサプライズにみんな驚きの表情を顔に浮かべで見物している。
このところのウガンダ経済の勢いを感じさせる一コマである。
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 長靴を買った後は、明日からのサファリに使う、図鑑類を調達することに。
最低限必要なのは、ほ乳類と鳥類図鑑、ウガンダ国内地図。あればいいかなと思える図鑑は、樹木図鑑であるが、実際にこの図鑑で樹木を検索し同定するだけの時間的余裕はない。
旅行のあとで確認するのにはあった方がツアーの記録がより豊かにはなるだろうが、結構高価(99000UGX)なので、B/Cを考えて購入の是非を決めるのがいいだろう。ということで、皆さん、コンパクトなほ乳類図鑑(写真下の右端49000UGX)、鳥類図鑑(同上の右端 49000UGX)、地図(同下の右から2番目 26000UGX)を購入した。私はといえば、かなり前からアフリカ行きを夢見て、多くのほ乳類図鑑と鳥類図鑑をそろえていたが、コンパクトな図鑑は前回の下見時に見本として購入しておいた。
 UGXとはウガンダシリングのことなのだが、ちょうどいい機会だからここでちょっと寄り道してウガンダの通貨について話しておくことにしよう。
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 ウガンダシリングの為替レートは、$1=2400 UGXほどだ。
ほどというのは、このところUGXは変動が激しく、日々値上がりの傾向にあるという。
つまりこのレートは2012年3月26日現在のものである。
この時期円ドルレートは $1=¥80 ほどだから ¥1≒30 UGXとなる。ただし、円から直接UGXへ両替することは難しい。
カンパラに1軒だけ両替できるところが有るが、レートはかなり悪い。
日本円からウガンダシリングへ両替するにはドルを経由して、つまり2度の手数料を払って両替するのが一般的であるし、確実なのだ。
それだったら、国際通貨であるドルで決済するかクレジットカードで決済するかすればいいと思うかもしれないが、そうは問屋が卸さないのである。
ウガンダ国内では旅行会社や大きなホテルなど一部を除いては、ドルは通用しない。
カードもほとんど使えないので、ウガンダシリングの持ち合わせがないと買い物一つできないのだ。
今回のツアーの面々はどこでどのようにウガンダシリングを手に入れたのだろうか。
ここが広島フィールドミュージアムのツアーのいいところである。
抜かりはない。参加者一人あたり10000円分を前もってUGXに両替しておいたのである。
至れり尽くせりではないか。
しかも手数料なし。
だから皆さん、カンパラに到着してそのまま買い物をすることができたのである。
ちなみに、コンパクト図鑑(ほ乳類と野鳥)49000UGXはおよそ1640円、地図は870円、樹木図鑑は3300円ほどになる。
長靴は記憶がはっきりしていないが、25000UGX(840円ほど)くらいだったような気がする。
$100も両替すると240000UGXにもなるので、財布も膨らみ金持ちになった気分を味わえるが、支払時には偉い金額にびっくりするのは、やはり貧乏性が抜けないのかもしれない。
 ここで老婆心ながら、両替についての注意点を。
カンパラ市内の大きなショッピングモールには、どこでも両替所があるのでその点は心配はいらない。
ただ、米ドルからウガンダシリングへ両替するときには、高額米ドル紙幣($50以上)を使った方がいいようだ。
20ドル紙幣などの小額紙幣では両替レートが悪い。
できれば100ドル単位で両替するのがいいのではないかと思う。また、古い紙幣(2002年以前の米ドル紙幣)は偽札発見機能がなく、使用不能なので要注意。円高時に日本国内で高額紙幣に両替して持って行くのがいいようだ。
 ということで買い物を済ませて、いざラッシュアワーの街をホテルは向かうことになる。
買い物についてはまだまだ報告すべきこともあるが、それについては次回以降ということで今回はここまでとしよう。




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ウガンダ紀行ー人と自然ーその2 HFMニュース103

2012-06-07 16:23:10 | ニュース
ウガンダ紀行ー人と自然ーその2

カンパラ見聞録
 大半の乗客をアジスアベバで降ろし、空席が目立つエアバスはヴィクトリア湖畔のエンテベ空港に無事着陸した。
エンテベ空港は国際空港とはいえ、こじんまりとした簡素な空港で、ターミナルビルの規模は広島空港のそれとさして変わらない。
空港特有の無機質な感じとはほど遠く、のんびりとした空気が漂い気が休まる雰囲気を持つ空港である。
到着したのが3月23日午後3時過ぎ。
ボーディングブリッジを通って、入国審査へむかう。
入国カードに必要事項を記入し、VISAと書かれた通路に並ぶ。入国に必要なvisaは$50支払えば空港でとることができる。
審査は至って簡単である。全員無事に入国審査をパスできた。さて問題はこれからだ。
 このツアーの参加者はガイドの私を含めて総勢7名。
今日の予定は、カンパラで明日からのサファリツアーに必要な物資の買い出しをして、ホテルへ入ることくらいだから、さして急ぐものではない。
とはいえ、ここからカンパラまでは車で1時間半ほど(夕方のラッシュが始まれば2時間)かかる。
ここで利用できる「交通機関はタクシーかレンタカーしかないが、事前に予約しておいたマイクロバスは本当に迎えに来ているかどうか、ちょっと不安な気持ちになる。
今回は顔見知りの出迎えがないのも不安材料だが、ロビーはそれほど混雑してもいないし、広くもないので出迎えのプラカードを見つけるのはそれほど難しいことではない。
程なくしてMr.KANAIZUKAの看板を持つ女性を見つけた。名乗り出て、初見の挨拶を交わしながら、駐車場へと向かう。
 駐車場の一番奥に日本製のマイクロバスが止まっているのを見て、安心した。というのも当初は空港からのピックアップ用に、14人乗りのタクシーを予約していたのだが、よくよく考えてみれば、14人乗りとはいってもそれはウガンダでの話。
日本では8人乗りのワゴン車に過ぎない。
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これではとても荷物を積んでカンパラまでの道のりには耐えられないとわかり、急遽マイクロバスへ予約変更しておいたのだが、本当にマイクロバスの手配ができているかどうかは、当日になってみないとわからない不安があったのだ。
2週間のツアーであるから、荷物はそれなりの量になる。しかし皆さんへの前宣伝が効いたようで、荷物はきわめてコンパクトにまとめられている。
それに反して私の荷物は2人分ほどになった。
これは、カンパラに住む甥のQ君への生活物資の運び屋を頼まれていたからに他ならない。
エミレーツ航空の荷物は30kgまでと他の航空会社と比べかなりの余裕がある。
しかし、少しでもオーバーすれば高額な別送運賃を請求される。
前回ドバイの空港でチェックインしたときは正確な数値は忘れたがかなり高額な運賃を請求され、慌てて荷物を整理してオーバー分を機内持ち込みとして難局を切り抜けた。
しかし今回は、皆さんのおかげで余裕をもって計量をパスしたのである。
 強い日射しの中、ドライバー君が奮闘し、後部座席に7人分の荷物を積み込んでくれ、一同漢字で「自動扉」と書かれた入り口からバスに乗り込む。午後3時半を過ぎていた。
この時間だとカンパラに着く頃にはラッシュにさしかかっているかもしれない。急ごう。
 
 バスはエンテベから北へ北へとカンパラ市内を目指す。
途中、オレンジ色のバスとすれ違った。
???んっ!!!。
はて、ウガンダに路線バスは走っていたっけ?少なくとも市内を網の目のように走るバス路線はない。
しかしよくよく思い出してみると、日本製のバス(おそらく国際路線などの長距離バス)を見たことは間違いない。
「あのバスは、ルワンダの大虐殺があったときに難民輸送の手段として日本政府が寄贈したものだ」とドライバーのデウスが教えてくれたことを思い出した。
 市民の移動手段はもっぱら乗り合いタクシーだが、ハイヤーや白タクのようなものもある。
しかしバスも鉄道もない。正確には旅客鉄道はないというべきか。
ウガンダ国内の鉄道はすべて貨物専用で現在は旅客輸送はしていないという。
というわけで、言葉(主に英語)に不自由な旅人や地理に不案内な人にとっては、移動手段を確保するのにかなり苦労する。というわけで交通手段の確保という点からも私たちのアフリカツアーはカンパラ在住のQ君の協力なしでは実現不可能だったのである。
 話を戻そう。
見慣れないオレンジ色のバスはその名も「オレンジバス」だという。
ごく最近、実施された社会実験のようだ。
住民たちも路線バスの利用には馴れていないに違いない。
真新しいバスはなかなかオシャレなスタイルだが「メイドインチャイナ」だから長持ちしないだろうと噂されているとか。
この点も、住民から信頼されない一因かもしれない。
ウガンダを走る自動車のうち大型のトラックやトレーラーを除いて(大型トラックやトレーラーは、ドイツのダイムラーベンツ社
かいんどのタタ社製が多い)はそのほとんどが日本車(中古)であることが驚きである。 
 どうしてこうも日本車があふれているのだろうか。
それには大きく二つの理由がありそうだ。まず、ウガンダの車両通行帯が日本と同じ左側であることがあげられよう。
右ハンドルの日本車はその点好都合なのだ。
これはウガンダがかつてイギリスの植民地だったので、交通体系も宗主国イギリスと同じなのは当然である。
隣接する東アフリカのケニアもタンザニアも同じく左側通行であるが、かつてベルギー領だったルワンダは右側通行なのだという。
そのため、国境を越えるとそこで通行帯がクロスすることになる。
あいにくルワンダへは足を伸ばさなかったのでその様子は想像するしかない。

 そしてもう一つの理由は日本車の性能の良さである。故障しないし、したとしても、中古車の流通量が多い分、部品の調達が比較的容易である。
乗用車も小型トラック、商用車もほとんどが日本製である。
それも日本語の文字が残っているものが喜ばれるという。写真の小型トラックには、「水口商店」というロゴが残っていた。
そのほかにも「丸久」だとか「○○森林組合」「東京塗装○○」といったものが電話番号まで残った形でウガンダで現役の働きをしている。Japanesecar1
カンパラ郊外には、こうした中古車市場があって、日本製の中古車がプールされている。
中には怪しげな漢字もどきのロゴを見ることがあるが、これは現地で日本語らしい文字を再現して日本製であることをPRし、ブランド力を付加する偽装だそうである。
なんと涙ぐましいではないか。
 ではこの中古車、いったい日本でどのくらい走ったものなのだろうか。
どうも日本の中古車感覚とは一桁走行距離に開きがあるようだ。
日本の中古車市場のカタログを見ると、人気の高い車種でも十万キロまでがほとんどで、おおかたは10000~70000Kmの範囲に収まるようだ。
Kampara01Kampara04
3~5年程度で車検を機に手放すのものと推測される。
しかし、タクシーなどは1年間で10万キロほど走り、5年~8年でお役御免になるそうだが、これでも海外へ中古車として輸出されているという。
これまでのわずかな経験からでも、タイやウガンダでは、30万~50万キロ走った車が普通に活躍している。
ただ、さすがに排気ガスは決してクリーンではない。
 カンパラでも経験したが、エアコンの効かない車が多く、やむを得ず窓を全開にして走るのだが、排気ガスの刺激臭には心底閉口したものである。
Kampara02
特に夕方のラッシュアワーは、市内中心部では、大気が薄紫色にかすむほどに深刻である。カンパラの町には公共交通機関らしいものは乗り合いタクシーしかなく、通勤や買い物に自家用車が市内に集中するためにラッシュアワーは起こる。ただ、車の数が多いのも確かだが、交通渋滞の原因はそれだけではない。
むしろこの程度の車両数であれば、それほど深刻な渋滞は防ぐことができると感じた。
 大きな原因は、交通信号や道路標識などの基盤整備の遅れ、そして何より車社会に対するリテラシーが不足していることではないだろうか。
カンパラ市内の幹線道路の交差点はロータリー形式になっているところが大半で、交通信号は市内に2-3カ所しかない。
これらは日本からの援助で設置されたものだというが、あまりうまく機能していないようだ。
ドライバーたちに信号遵守の意識がまだ育っていないのかもしれない。
 車社会が未成熟のままモータリゼイションが進み、交差点ではどちらが優先かということとは無関係に割り込んでくる車がほとんどである。
そのため、二進も三進もいかず不要な渋滞が生じてしまうのである。ここでは気の小さい人は車の運転はできないに違いない。
 夕方、日が傾いてくる頃になると渋滞が始まる。
そのことも排ガスによる大気汚染に拍車をかけることになる。
乾期には車が巻き上げる土埃と排ガスと人々の熱気で、アフリカの真珠と謳われたカンパラも雑踏の街と化す。
 車を持たない人は、市場の一角にあるタクシーのたまり場から乗り合いタクシーを利用することになる。
このタクシーは国から営業許可を得たドライバーが営業車を借りて運行していると聞いている。
トヨタのハイエースのようなワゴン車を改造して14名定員となっている。
燃料代は自前のようだ。
そこでドライバーはなるべく定員一杯の客を運ぶために、待合をしているのだ。
同じ方向へ行く人を集め、定員に達し次第出発ということになる。
中には客集めのために流しをしているドライバーもいるが、この渋滞の中では効率は悪いに違いない。
 ついウガンダの交通事情に首を突っ込んでしまったので、カンパラへはなかなか到着しない。
次回は何とか首都カンパラの様子を紹介できるようにしよう。
続く

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