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シドニーの風

シドニー駐在サラリーマンの生活日記です。
心に映るよしなしごとをそこはかとなく書き綴ります…祖国への思いを風に載せて。

携帯電話のはなし

2008-09-24 08:36:07 | シドニー生活
 日本ではオサイフとしても使えて便利になる一方の携帯電話は、日本の若者の間ではメールだけでなくネット端末としてパソコン以上に利用が進んでいますが、この傾向は世界的にも益々加速しそうです。
 先般、アップルが世界各地でiPhoneを発売し話題を呼びましたが、今度はグーグルが、米・携帯事業者大手のTモバイルと組んで、グーグルの無償ソフト群アンドロイドを搭載した携帯電話機G1を、先ずは10月に米国で価格179ドルで(11月には欧州で、価格未定)発売すると、昨日、発表しました。これは基本ソフトやネット閲覧ソフトなどをセットにしたアンドロイドを採用した初の製品で、タッチパネル機能のほかキーボードも備え、アマゾンの音楽配信サービスも利用可能と言いますから、最近、話題の500ドル・ノートパソコン(所謂ミニ・ノートPC)の上を行く(下を行く?)、まさにミニミニ・パソコン。グーグル創業者ラリー・ペイジは、発表の席で、数年前のパソコン並みの能力があり、携帯ネット利用の普及に繋がると強調しました。コンテンツ側から出てきた端末だという点で、iPhoneと言うよりiPodと同じ系列にあり、注目されます。
 携帯電話が如何に生活に入り込んでいるかという点では、日本に劣らず、イスラム社会のマレーシアでも同じです。マレーシア(セランゴール州)では、なんと喜捨(ザカート)が出来る携帯電話が登場したというニュースがありました。サービスを提供するのはセルコムという携帯事業者で、このラマダン(断食)期間中、セランゴール州のイスラム教徒の契約者は、SMS(Short Message Service)であるメッセージを打ち込んで特定番号に送信すればよく、公式の領収書も、ラマダン期間中であれば、ウェブサイトでダウンロード出来る仕組みだそうです。
 ペナンにいた頃、髪にトゥドゥンをまとったムスリムの若い女性たちが携帯電話で快活に話をする姿が、なんとも新鮮に映ったものでしたが、如何に情報社会が進展すれども、人の営みは変わらないものだと、無宗教の日本人の私は、静かな感動と安心感に浸ったものでした。

アンティークの楽しみ

2008-09-23 09:27:28 | シドニー生活
 アンティーク・ショップと言えば、日本で言うところの骨董屋と言えるほどの格式がありそうなところも勿論ありますが、およそ、アメリカにいた当初、車で遠出すれば立寄るような街外れのアンティーク・ショップは、ショバ代もかからないだけに、よくぞこんなものをいつまでも残していたと感心するような、ただ古いだけが取り柄のガラクタ市といった趣でした。
 そういったガラクタの中からお宝を見つけるのが楽しい。勿論、私は目利きではありませんので、お宝と言っても、ただの思い込みに過ぎません。ある日、広重の版画が、日焼けしてすっかり色褪せながら、そういったガラクタで一杯の部屋の片隅にひっそりと息づいているのを見つけ、その版画がホンモノであろうとニセモノであろうと、はるばる日本からアメリカ東海岸の田舎町に辿り着いた数奇な運命に思いを馳せてしばし幸せでした。またある時は、1600年代の契約書が、仰々しく額に飾られていました。借金の証文かもしれない。30年経っただけならただの紙クズが、300年経てば有難がるのがなんとも不思議です。あるいはケネディがマサチューセッツ州知事に立候補した時の選挙戦で配られたバッチがあります。いずれも捨てられずに残っていただけなのに、長い時を経て、タイムカプセルを開いて覗き見るようなもの珍しさがあります。
 こうしたアンティーク・ショップは、土地柄を反映します。アメリカ東海岸には、ヨーロッパからの移民が持ち込んだと思われる、あるいは如何にも裕福な人々の持ち物と思われる良い品が多々見られましたが、西海岸では、これは・・・と目を見張るようなモノは見当たりませんでした。東海岸には成功した人たちが残り、そうではない人たちが更に西へと移動した歴史を反映しているのか、西海岸(フロンティア)を目指す野心的な人たちはそもそもモノへの関心や執着が薄いのか。
 ここシドニーは、ボストンの面影を感じる通り、アンティーク・ショップにも高級そうなモノが見られます。近所の店で、アール・ヌーボー調の約30cmくらいの彫像を見つけ、しばしうっとり眺めて、ふと値段を見ると二万ドル! どうりで店主が先ほどからじっと私の挙動を目で追っていた訳です。隣の、もう少し庶民的な店にそそくさと移動すると、ほっとするような値段の小品が並んでいました。我が家のティー・セットと同じ意匠の、柿右衛門仕様のウエッジウッドの一輪差しを見つけて、モノへの執着が薄い家内からはまた煙たがられるなあと思いながら、買いたい病が疼き始めました。だから我が家はモノが減らないのですね。。。

Bondi Beach

2008-09-20 17:50:03 | シドニー生活
 つい数日前まではコートを羽織っていたほどでしたが、今日のシドニーは春を通り越して初夏の陽気で、街行く人は、待ちかねたように、Tシャツやタンクトップに半ズボン、ビーチサンダルをひっかけた人も多く、既に夏の装いでした。
 ボンダイ・ビーチに行ってみました。ちょっと歩くだけで汗ばむほど。ビキニに半ズボンの若い女性や、上半身裸の若い男性が、海を目指します。
 このビーチの青さが余りにきれいだったことから、アップルが今からちょうど10年前に発売したスタイリッシュなパソコン、iMacの初代機のカラーに取り入れられ、ボンダイ・ブルーと名づけられたことでも有名です。その後、グレープ、タンジェリン、ライム、ストロベリー、ブルーベリーと5色のiMacが登場しますが、初代のボンダイブルーカラーが、やはりiMacには一番似合っていました。
 今日は、ちょっと春霞のような空で、アップルの技術者を魅了したボンダイ・ブルーには届かないかも。
 iMacボンダイブルーは以下のサイトから。
http://apple.ism.excite.co.jp/page/iMac/%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC.html

自然の恵みと言うけれど

2008-09-19 08:11:06 | シドニー生活
 近所の無農薬野菜の店で買った苺が甘い。日本では当たり前に思うことが、そうではないところが外国なので、ちょっとした感動でした。
 先日、小麦や大麦、カノーラなどの冬作物の収穫量予測が下方修正されました。これは、8月を中心に冬場の雨が少なかったせいで、冬の降水量は作物の春の成長度合いに影響を与えるのだそうです。昨年は春が乾燥していたため、最終的な収穫量が予想を下回った経緯があり、今年はその前年を上回りそうですが、土壌に十分な水分が保たれていないことから、生産水準を維持するためには春の雨が不可欠だと期待する声があがっていました。
 かつてボストンに住んでいた頃、今年の紅葉は、夏に雨が少なかったので、あまりキレイじゃないかもね・・・なんて会話をよく耳にしたのを思い出しました。
 ことほど左様に、自然の恵みとは言っても、日照りもあれば大雨もあり、一定しないのが自然です。その中で作物の品質を一定に維持するのは並大抵ではなく、そこに日本の農家の強み(可能性)があるように思います。アメリカの果物は大味で素っ気ないものでしたし、マレーシアのキャメロンハイランド産ですら大して美味しいと思えなかったのですが、大して手をかけていたようには思われません。そこに行くと、Product of Australiaにこだわるオーストラリアは、プロセスにもこだわりがあるのかも知れません。
 企業社会でも成果主義と言われますが、プロセスをしっかり管理しなければ成果に繋がりません。見えないところで種を蒔き、水や肥料を与えることが、やがて大きな甘い果実となって報われるものだということは、自戒するところです。
 イチロー選手が8年連続200本安打以上の大リーグ記録に並びました。いくらイチロー選手が天才的だとしても、天才を活かせないで歴史の舞台から消えた人も多いはずで、コンスタントに結果を出し続けるには、常日頃の鍛錬だけでなく食事を含む心身のケアによって体調を維持することが欠かせません。イチロー選手の努力も含めていくつかの条件が揃った幸運とも言うべきもので、100年以上も並ぶものがなかった(ファウルをストライクにカウントするといった近代野球のルールが確立されてからは、事実上、初めて)というところに、その偉大さが表れています。

「料理の鉄人」~日豪テレビ事情

2008-09-17 20:57:50 | シドニー生活
 以前、SBS(World News Channel: 33チャンネル)が、一日に4回、各30分ほどNHKのニュースを2~3時間遅れで流していると話したことがありますが、同系列(3チャンネル)で、土曜日夜8時半から、「料理の鉄人」が流れているのを見ました。10年以上前の番組なのに、今頃なんだと思いますが、鹿賀丈史さんの声だけは日本語のままで、英語の字幕が入り、それ以外の料理(俄か)評論家諸氏及び(こうるさい)突撃レポーターは、声質が似ている人を選んで英語の吹き替えにしているあたりは、相当、本腰が入っていると言えそうです。
 オーストラリアのテレビは、チャネル数が少ない上に、今の季節はラグビーの試合を延々流していたり、昔のハリウッド映画やMTVやニュース解説など、ちょっと退屈します。朝のニュースでは、ハリウッド・ゴシップというコーナーがあり、ちょっとオカマっぽいお兄さんが、ハリウッドの新作やスターのゴシップを紹介するといった具合いで、映画や芸能は専らアメリカ頼みの状況です。
 その中で、我が家が楽しんでいるのは、「Wipe out」という、「筋肉番付」もどきの視聴者参加番組が火曜日夜7時半のゴールデンタイムにあり、「Dancing with the Stars」という、うんなんのダンスレッスン番組をパクッたかのような、ダンスのプロと芸能人(女優やお笑いやラグビー選手やオリンピック・メダリスト)を組にして、練習風景を交えながら、競技ダンスさせる番組が、日曜日夜7時半のゴールデンタイムを2時間も占拠しているほか、スーパーモデルを目指す番組や、コーラスのコンテスト番組があったりと、なにかと競争する番組が目立ち、「料理の鉄人」もその系列に属すのでしょうが、これは移民社会における競争社会たる所以でしょうか。こうした競争をタネにした番組以外に、オーストラリア・オリジナルの番組が少ないと感じるのは私だけではないはずです。
 そう考えると、日本のテレビ番組の意外な側面が見えて来ます。
 アメリカには、ソープ・オペラという、お決まりの喜劇ドラマ番組がありますが、日本のクイズ番組を含むバラエティ番組のバラエティ振りは、日本国内だけで内輪受けしているだけとは言え、特筆すべきものがあります。また、所謂トレンディー・ドラマにしても、質は別にして、中国・韓国をはじめアジア中華圏で人気が高い。更に忘れてはならないのが、子供向け番組で、「ドラえもん」や「ポケモン」は言うに及ばず、カナダのケベックで「魔法使いサリー」を見たときは感動しましたし(登場人物がフランス系の名前に変えられていた)、「マッハGO GO GO」はいまだにアメリカで「Speed Racer」というタイトルで人気があり、玩具売場にはフィギュアも販売されています。アニメだけではなく、「ウルトラマン」シリーズや「ゴレンジャー」シリーズが世界各地に輸出され、キャラクター・グッズも人気なのはご承知の通りです。
 こうして見ると、日本人に身近なテレビ番組をオリジナルで作る努力と執念は並外れていると言えそうで、日本のアニメの完成度の高さは、こうした身近なテレビ番組の娯楽性に支えられているのではないかと思ったりします。

カンガルー賛歌

2008-09-16 23:38:08 | シドニー生活
 なんとカンガルーは環境に優しく、温室効果ガス排出量を削減する切り札になるという研究成果が発表されました。ほんまかいな・・・と眉唾ですが、そのロジックとは・・・
 牛や羊は胃腸の構造から「反芻動物」と呼ばれ、温室効果が二酸化炭素の約21倍とされるメタンガスを屁やげっぷの形で排出しており、これら牛や羊による温室効果ガス排出量の割合は、豪州全体の排出量の実に11%にも達するのだそうです。一方、カンガルーは反芻動物ではないため、それほどでもありません。じゃあどれほどの差があるのかと言うと、全世界のメタン排出量の約6割は牛や羊、ヤギなどの反芻動物が出していますが、カンガルーのメタン排出量はこれらの動物の3分の1にしかならないと言います。牛肉や羊肉に代わってカンガルー肉の消費が拡大すると、温室効果ガスを削減することが期待されるというわけです。日本人の私は、それよりも魚を食べた方が良いと思いますが、欧米人はどうにも肉が好きですから仕方ありません。
 オーストラリアにおけるカンガルー肉の認知度はどんなものか、ある調査によると、カンガルー肉を食べた経験があると答えた人は58%で、10年前の51%から増えており、今後ともこの数値は伸びると予測されています。また別の調査によると、15%の人が「過去1年間に4回以上カンガルー肉を食べ」、33%が「食べたことがあり」、21%が「食べてみたい」と答えたのだそうで、カンガルー肉消費拡大の可能性は高いと言う人がいます。確かに、4回以上食べた人は、リピーターとして、カンガルー肉愛好家と認定しても良いでしょうが、それ以外の人が、果たしてまた食べたくなるものでしょうか。
 私も、以前、Nick’sというダーリン・ハーバー沿いのレストランでカンガルー肉のステーキ(ジャンピング・ステーキと呼ばれます)を食べたことがありますが、脂身が少なくてパサパサした感じで、コクがなく、二度と食べようとは思いませんでした。ただ調理方法によっては話は変わり、以前、ペナンへのお土産に空港で買ったカンガルー肉のジャーキー(干し肉)は、スパイスなどの濃い味付けを施してあったせいか、ビーフ・ジャーキー並みに美味しくて、むしろやや柔らかくて食べやすいぐらいでした。
 ニュージーランドでは羊の数の方が人口よりも多い(人口400万人の10倍)とよく言われますが、オーストラリアだって同じ、カンガルーの生息数は5000万頭で人口2000万人を軽く越え、過剰繁殖を理由に相当数が毎年駆除されており、その肉の大半はペットフードの原料に回されるほか、食肉として好まれる加工調理法の研究が続けられているそうです(挽肉、ランチョン・ミート、パイなど)。
 カンガルー肉は低カロリー・高タンパクで、鉄分やCLA(共役リノール酸)といった脂肪燃焼効果の高い成分も豊富に含んでおり、健康やダイエットに気を配る現代人に最適だと言われます。アボリジニに生活習慣病が少ないのはカンガルー肉のお陰だという説まで登場しました。その是非はともかくとして、ステーキのように身体を張って勝負するところではやや分が悪いですが、味付けの濃い加工食品分野では活路が開けるかもしれません。頑張れ、カンガルー!!!

中秋の名月

2008-09-13 17:06:38 | シドニー生活
 今日は、突然、春を通り越して初夏のような陽気でした。ジャンパーやジャケットを脱いだ身軽さが快適でした。夜は初めて暖房のスイッチを切りました。
 明日14日は旧暦8月15日、所謂「十五夜」であり「中秋の名月」です。春・夏・秋・冬、それぞれの3ヶ月を順に「初・仲(中)・晩」と呼びならわすところから、仲(中)秋が来ていますが、天球上の通り道が高過ぎず低過ぎず、見上げるのに適した高さにあること、またこの季節、空気が乾燥するため澄んで月が鮮やかに見えること、更に夜でもそれほど寒くないことから、観月に最も良い時節とされたようです。ヨーロッパでは、狼男のように、満月は人の心をかき乱し、狂わせる象徴で、とても月を眺めて楽しむ気分ではないようですが、日本では、古来、満月は豊饒のシンボルであり、月光には神霊が宿っていると信じられて来ました(もっとも新月から満月になるまで平均で約14.76日なので、満月は15日よりやや遅れる傾向にあり、中秋の名月も必ずしも満月ではないようですが)。シドニーではどんな十五夜が見られるのでしょうか。
 中国人の世界では「中秋節」であり、花ならぬ月より団子というわけでもないのでしょうが、「月餅」でも有名です。贈答用に買われることが多いせいで、中国では過剰包装がゴミ問題化し、中国政府は、一昨年、過剰包装を規制するルールを発表したそうです。この季節になるとあらためて「月餅の過剰包装を禁じる」通達を出して、国民に意識変革を訴えているようですが、なにごとも極端に走る中国らしいエピソードです。この「月餅」が日本に伝わって、月見団子になったと言われます(Wikipedia)。
 その昔、鑑真和尚が遠い日本の地に赴く決意をしたきっかけとなった詩があります。
     山川異域
     風月同天
     寄諸仏子
     共結来縁
 その昔、ボストンに赴任した当初、心なしか日本よりも明るく大きく見える月を眺めながら、日本でも同じ月を見ているんだなあと、不思議に思ったものでした。やがて日本が恋しくなると、日本でも同じこの月を見ているんだなあと、かぐや姫のようにさめざめと涙したものでした。ことほどさように、風と月は、時空を越えて、この天のもとに同じなのですね。そして人の縁を結ぶ。平安貴族のように、たまには風流を尊ぶのも悪くありません。

乾燥した気候

2008-09-12 22:05:59 | シドニー生活
 以前、8月末に春の気配を感じた・・・と書いたばかりでしたが、再び冬に逆戻り、戻り寒波とまでは言いませんが、乾燥した冬の気候が続いています。
 ペナンにいた頃は、北緯五度に位置する淡路島ほどの小さな島で、四方を海に囲まれ、さぞ湿気が高いかと思いきや、不思議なことに日本の夏ほどのムッとするような蒸し暑さはありませんでした(逆にあの蒸し暑さが年中続くとしたら、人間の住める環境ではありませんね)。木陰に入ると爽やかなほどです。それでも一年を通して見れば湿気が高めであることには違いなく、革製品は、風通しの良い場所に晒さなければ、軒並み黴に覆われました。
 ここシドニーに来て、久しぶりにカサカサ肌になり、かつてアメリカで経験した乾燥した気候を思い出しました。肌が乾燥して痒くなり荒れやすくなるだけでなく、ウィルス性の風邪にもやられやすい冬場は、当時は子供が小さかったこともあって、加湿器を購入して、夜、眠っている間中ずっと部屋に湿気を放出し続けたものでした。海がすぐそこに見える港町のシドニーとは言っても、大陸性の気候と言うべきなのでしょうか。

郵便物で辿る世界経済

2008-09-12 01:26:04 | シドニー生活
 毎年、日本の夏には一時帰国していたのですが(なにしろ常夏のペナンに慣れた身体には、日本の年末年始の冬は辛いので、夏に帰国するのが一番)、今年はシドニーへの引越しがあったドサクサで、つい機を逃してしまいました。そこで父親が、扱いに困ったこの一年分の私宛の国内郵便物を転送してくれました。勿論、中身は銀行やクレジット・カード会社からの通知が中心で、たまに同窓会案内があっても会費を払えという督促状です。
 持ち家がないにも関わらず、そして「金持ち父さん」の本を読んだことがあるにも関わらず、金融資産の運用に頓着しない私は、都市銀行に財産の殆どをしかも普通預金として預けているだけなので、インフレが収まっているのを幸いに、資金のほとんどが塩漬け状態です。ご承知の通り都市銀行の普通預金利息は雀の涙で、半年間で0.1%にもなりません。10年前のアメリカ勤務時代に、某都市銀行のお留守番口座で開設した申し訳程度の定期預金がいまだに残っていますが、10年経った今、税引後の利息累計は1%程度と、この10年の日本経済の停滞振りが如実に表れています。
 しかし僅かではありますが、あちらこちらでリスクとリターンの間を揺れ動いている資金があります。
 その一つは、アメリカ勤務時代の名残りで、米銀に僅かな定期預金と当座預金があり、こちらもかつては年率3~5%近い金利を享受していたのに、最新の通知によると、再び合算金利は2%まで落ち込みました。
 二つ目は、三年前のペナン出向前の慌しい時期に、某都市銀行のセールス・レディの勧めで、普通預金の一部を取り崩して世界に名だたる保険会社の変額個人年金保険を購入しました。国内外の株式・債券に分散投資する一種の投資信託で、昨年9月末時点では、僅か2年の間の解約返戻金が元本の110%まで成長して喜んだのも束の間、今年3月末の通知を見ると98%に元本割れしているではありませんか。6月末には101%にまで戻していてやれやれですが、サブプライム問題に端を発する世界経済の波が身近に押し寄せていることを感じ、一瞬、顔から血の気が引くほどの衝撃でした。もっとも短期で転がす目的ではなかったので、もう少しじっくり待てば、また値を戻すのではないかと楽観しています。
 そして三つ目は、今回の郵便物とは関係ありませんが、ペナン出向時に、生活立ち上げ名目で、多額の円をマレーシア・リンギッに換え、その後リンギッが通貨バスケット制による管理相場変動制に移行したため、予想通り切り上がってほくそ笑んでいたのですが、シドニーに引っ越す頃になってリンギッが弱含みに反転し、静観している内に、マレーシア・リンギッだけでなくアジアの通貨が軒並み下がり続け、こちらも塩漬け状態になってしまいました。豪ドルもこの二ヶ月で10%下がって、さて、思案のしどころです。金利は高いけれどもまだ下がるリスクがある豪ドルに換えるか、回復しつつある米ドルに換えるか、あるいは日本円に戻すか。これも中期的にはマレーシアのファンダメンタルズを信じ、もう少し我慢すつるもりです。
 株や為替はスリリングで面白いと思う反面、中途半端に手を出すと火傷しかねませんので、自分なりの所期の目的、信念が大事だと、あらためて思う今日この頃です。

一通のE-Mailから~労働観について

2008-09-09 20:49:28 | シドニー生活
 ペナンにいた頃の部下の一人からEメールが届きました。彼女は、私がシドニーに異動するのとほぼ同時期に転職し、ようやく新しい職場に慣れて、メールする余裕も出てきたということでした。転職の表向きの理由は、小さい子供を抱える彼女としては、毎日ペナン・ブリッジを越えて通勤するのが負担だということでしたが、真相はもちろん分かりません(私なりに思うところはありますが)。その彼女が入社する前にいた部下は旦那のクアラルンプール異動に同行するため退社したのでしたが、その彼女からも今でも誕生日のたびにメッセージが届きます。仕事もしっかりこなすし女性らしい気遣いも忘れない部下をもって幸せだと、その果報ぶりを自慢している(^^)ようですが、穿った見方をすると、自分が外国人であるからという珍しさもあるかも知れませんし、労働環境の違い、ひいては労働観の違いが作用している部分もあるかも知れません。
 アメリカもそうですが、中途採用、転職が当たり前の、労働力が商品として流通する社会では、日本人の我々が思う以上に、人のネットワーク、いわばコネを大切にします。それは日本人が考えるような生易しいお友達ネットワークではなく、お互いに利用し合うドライな間柄で、あらゆる機会を捉えて多くの情報を収集し、より良い労働環境を求める狩人のような逞しさ・・・と言っては言い過ぎでしょうか。オーストラリアでも、つい最近辞めた人は、1~2年おきに職を変えて来た、というのは決して極端な話ではなく、2~3年が平均的な勤続年数だとも言われたので、似たような状況なのでしょう。中国では、その歴史的な生い立ちに起因するのか、一箇所に留まって依存性が高まることの方をむしろリスクと考え、週末にアルバイトすることも厭わない、リスク分散を当たり前と見なす国民性のようです。こうして見ると、仕事はあくまで生活の糧を得る手段と考える欧米・中国・アジアに対して、日本のように、藩に帰属していた江戸時代の意識そのままに、一種の共同体として一生を過ごす場と考える心性は、極めて珍しいと言えそうです。
 更にその心性を辿ると、以前、篠沢教授が指摘されていましたが、アダムとイブが禁断の実を食べた罰として、死ぬまで額に汗して働けと命令されたように、そもそも労働を苦痛と考える欧米的(キリスト教的)発想に対して、日本神話に出てくる山の神は猟師であり、海の神は漁師であるというように、働くことが当たり前で、働き者が尊敬されるというような、基本的な労働観の違いに行き着くのかも知れません。

ランプ・テーブルと保険の話

2008-09-08 22:45:48 | シドニー生活
 ランプ・テーブルを買いました。高さは50~60cm、文字通り、ソファーや椅子の横に置いて、ランプを置くテーブルです。これをコーヒー・テーブル代わりにしようと思っています。
 というのは、ペナン(マレーシア)で買ったコーヒー・テーブルが、シドニーに輸送する途中で壊れてしまったからです。ガラス製で、簡単な包装だったので危ないなあと思っていたら、案の定、ガラスが割れて使い物にならなくなりました。輸送中の事故なので、保険でカバーされましたが、そこで私は大きなミスを犯していたことに気が付きました。保険金算定の前提となるモノの価値をマレーシアの物価水準で記入していたのです。おりた保険金は僅かにUS$80。本来であれば(特に物価水準が高いところに引っ越す時には)、輸送先で代替品を調達するとすればいくらになるかという基準で価値算定すべきでした。
 シドニーでコーヒー・テーブルを買うとすれば300ドルから600ドルはします。換算レートを90~100円の実勢にすると精神衛生上よろしくないのでシドニー・オリンピックの頃の60円だと思うことにしていますが、それでも高い。このランプ・テーブルですら159ドルのセールのところをマケて貰って140ドル。よく見るとマレーシア製で、ペナンで買えばせいぜい150リンギッ(5000円)だろう、わざわざ高いところで買うことになるなんて・・・と思うと、二重にがっくり。

父の日

2008-09-06 18:27:33 | シドニー生活
 まるで自分の誕生日を公言するような後ろめたさがあるので、こっそり書きますが、明日の日曜日は、オーストラリアの「父の日」なのだそうです。何故、9月の第一週なのか、ウェブでいくつか当たってみましたが、分かりませんでした。ニュージーランドでも同じです。
 古くは4000年前のバビロンの遺跡から、「父の日」のメッセージとして健康と長寿を祈った粘土板のカードが見つかったそうですが、一般には(Wikipediaによると)「父の日」の始まりは、アメリカ・ワシントン州のJohn B. Dodd夫人の提唱だと言われています。南北戦争に従軍して戻ったあと、過労で妻に先立たれた父親が男手ひとつで6人の子供を育ててくれたことを讃えて、1909年、教会の牧師にお願いして父の誕生月の6月に父の日礼拝をしてもらい、当時、既に「母の日」が始まっていたため、「母の日のように父に感謝する日を」と、牧師協会へ嘆願したのだそうです。やがて全米で「父の日」が認知されるようになり、1972年にアメリカの国民の祝日に制定されました。
 ということで、日本をはじめイギリス・フランス・カナダ・アジア諸国はアメリカの習慣に倣って6月第三日曜日を「父の日」に定めており(南アフリカではこの日にピクニックや釣りをする習慣がある)、デンマークやフィンランドやノルウェーなどの北欧諸国では何故か11月第二日曜日です。台湾は「パパ」と「88」の中国語の発音が同じであることから8月8日(父親節)にしているという冗談のような本当の話がありますし、タイは国王(King Bhumibol Adulyadej)の誕生日ということで12月5日であり、イタリアやスペインやポルトガルなどのカトリック国ではSt. Joseph's Dayである3月19日を「父の日」と呼んでいます(イェス・キリストの父だから)。
 さてこの父の日に、オーストラリアでは何をするのかと言うと、基本的には他国と同じように、カードや花(元気なお父さんには赤いバラ、亡くなっているお父さんには白いバラ)やチョコレートやネクタイの贈り物をしたり、ユニークなのは朝食会を行ったりも(自宅ベッドの上に手作り料理が運ばれたり、レストランで外食)するそうです。下の子(小三)の学校では、5~10ドルの物品の寄付を募り、それに応じた子供は、その物品の山から5ドルで好きなものを購入出来るという、なんだか俄かに判りにくい仕組みでしたが、ラッピングの絵を描いたり、メッセージ・カードを書いたりと、子供はいそいそと楽しんでいたようですが、要は学校に5ドルの寄付をさせられたわけでした。
 そして、父の日に託けた商業主義がはびこるのはいずこも同じようです(所謂父の日セール)。父の日ギフト・コーナーがあるのはもとより、朝食にはこんなメニューはどう?といった朝食の素材セットも売られています。
 いつの間にか自分も父親になり、しかも自分が子供だった頃に記憶にある父親の年齢になって、こんな時、どういう態度に出れば良いのか、自分の父親はどうだったか、その時の自分はどう感じたか、ちょっと考えることもあります。誰もが時間の経過とともに放っておいても大人になりますが、親というのは、試行錯誤しながら、子供と一緒に、自分も親に成長して行くものだと思います。
(参考サイト)
http://www.theholidayspot.com/fathersday/around_the_world.htm
http://www.holidays.net/father/fathers_day_global.htm
http://www.netglimse.com/holidays/father's_day/father's_day_celebrations_around_the_world.shtml

ハーバーブリッジとオペラハウス(3)

2008-09-03 22:34:20 | シドニー生活
 実は別のブログに書いたことなのですが・・・ハーバーブリッジとオペラハウスのことに触れたついでに、再録します(http://penangwind.cocolog-nifty.com/blog/cat15977591/index.html)。
 ハーバーブッリジが着工されたのは1923年、竣工は1932年と言いますから、学生時代の歴史の授業を思い出せばお分かりの通り、その間に世界大不況を経験しています。実際、当地でハーバー・ブリッジは「鉄の肺(Iron Lung)」と呼ばれたのだそうです。大不況のオーストラリア経済に、景気の風を送り込む肺だったと言うわけです。この橋を見ていると、緩やかな弧の中に、シンプルな美しさと力強さを覚えます。
 オペラ・ハウスは、着工されたのは1959年ですが、独創的な形状と構造設計の困難さなどにより、竣工は1973年まで待たなければなりませんでした。当初は帆のようなコンクリート・シェルは大小の放物線の断面の形が連続するものでしたが、シェルの重さや海風の圧力に耐えられず、最終的には全て同じ半径の球面の組み合わせによって構成し、全体にリブ(肋骨材)を入れて補強するものに落ち着きました。美しさと言えば(ハーバーブリッジのような)曲線的な美しさをすぐに思い浮かべる単純な私にとって、曲線美とともに、その曲線美を途中で止めてしまったような、中途半端なとんがったいでたちは、安心感を途中で途切れさせてハラハラさせるような緊張感を覚え、何度見ても見飽きないユニークさを備えています。
 ハーバーブリッジとオペラハウスは、ここでも対照的な佇まいです。

ハーバーブリッジとオペラハウス(2)

2008-09-03 00:13:43 | シドニー生活
 先々週末のことなので、ブログ・ネタとしては旧聞に属しますが、家族とロックスを訪れました。前回、ハーバーブリッジとオペラハウスのことに触れたついでに、もう一本、その時に感じたことを書きます。
 シドニー湾の二大観光名物は対照的です。
 ハーバーブリッジは、風格はあるけれど、黒い鉄の固まりそのままで、いかにも無骨です。橋という用途に応じただけの、何の装飾もない機能的な美しさ。一方のオペラハウスは、海沿いの海と空の青さの中に映える白い貝殻のようで、可憐です。芸術を演出する舞台として、洗練された美しさがあります。
 この二つを一枚の写真に納めるポイントはいくつかあり、今後このブログでも追々ご紹介して行きますが、並べて見ると、まるでオスとメスのツガイ、いやオシドリ夫婦のようです。そういう意味からも、シドニーの二大観光名物は、何度見ても、本当によく出来ていると感心します。

ハーバーブリッジとオペラハウス(1)

2008-09-02 01:20:40 | シドニー生活
 9月1日(月)の朝は、珍しくハーバーブリッジで事故渋滞があり(朝6時過ぎ、ゴミ収集車が他の車を巻き込んで転倒し、8車線の内の6車線までを塞いでしまったそうです)、いつもならブリッジまで車で10分足らずの道のりに、家を出てすぐノロノロの渋滞の列に加わって50分もかかりました。
 North Sydney側からシティ方面に行き来するには、ブリッジとトンネルの二通りあり(更に車を使わないのであれば、バスと電車とフェリーもあります)、シティに入る時にのみ料金を支払います(3ドル)。
 トンネルの方には料金所がなく、現金払いが出来ないため、E-TagというETC(自動料金支払いシステム)端末を持つ必要があります。私が出勤初日にしでかしたように、もし間違って端末を持たずに通ってしまった場合には、オンラインで可及的速やかにe-Passを申請する必要があります。このe-Passは、旅行・出張のような2週間以内の短期利用目的で申請する交通証で、オンラインで自分の車のナンバープレートとクレジットカードを登録しておけば、道路側はETC端末を持たない車両を写真撮影することによってナンバープレートを割り出し、クレジットカードにチャージするという手の込んだサービスを提供してくれます(手数料1.5ドル)。
 トンネルを通ったのは後にも先にもその一回だけで、いつもはブリッジを渡ります。ブリッジを南下する時には、ブリッジを渡る前の段階で、既にシティの西なのか東なのか行き先が決まってしまって、修正がきかなくなるので、注意する必要があります。私はブリッジを渡って、サーキュラー・キー沿いに左にカーブし、シティの東側を更に南下するわけですが、このサーキュラー・キーに沿って走るところで、ハーバーブリッジとオペラハウスの両方が目に入るのが、なかなかの絶景で、最初の頃はこの景色が楽しみでこのルートを走っている内に、通勤電車で毎日乗る位置が同じであるように、このルートがいつもの通り道になってしまいました。上の写真は、高速道路脇の歩道から撮ったものです(運転している時に撮ったものではありません)。