SWORD中央ラボ分室

『アストロミゼット』HPブログ出張版
自企画の紹介が主ですが「小サイズ可動フィギュア」の可能性も広く研究しています。

【ノベル】『覚醒する夜』・4

2008-08-30 00:34:52 | Novel
…少なく見積もっても、戦前の洋館であろう。
いわゆるチューダー様式に影響されたと見受けられる頑丈そうな黒い柱と鎧戸は一面蔦に覆われた石組みの壁にアクセントを与え、三本の特徴的な尖塔は屋敷の角を構えて空を突き刺さんばかりに屹立していた。
湖越しに見たその姿は壮麗に見えたのだが、いざ近くで眺めてみるとやはり相応の年月を経てきたのだろう。噂に名高き『幽霊屋敷』はその面目躍如とばかりに見事に荒れ果て、来るものを拒むかのように鉄の門扉を閉ざしている。
その肋骨の様な門を前に、しばし腕組みで構えて見据えていたテツヤは、一度武者震いをしてから一同に振り返った。
 「さぁ!二人とも、本番はここからだ!早速装備の点検と行こうぜ!」
 「そうね、そのためにこんな大変な思いをして登ってきたんだから」
 「それにもう日も暮れるし、暗くなる前に探索を終わらせないと…」
ギイチは重そうなリュックを下ろすと荷物を取り出し始めた。
 「今回は屋敷の探索ってことだったから、小回りが効いて環境に左右されない小型ジャイロプレーンを持ってきたんだ」
リュックの中からは持ち運びのため分解されたRCの部品や組み立てのための工具を入れたツールボックス等など…、次々に機器が登場する。
ギイチはそれらを手早く組み立て、ものの5分も経たぬうちにUFOの様な形の小型ヘリを完成させた。
次にリュックの中から良く使い込まれたプロポを取り出すとチャンネルを切り替え作動チェックを済ませた。
 「専用のジョイパット型コントローラーもあったんだけど、今回は使い慣れた方が良くってね」
一通りの作業を終えると更にリュックを探り小さな筒状のパーツをジャイロプレーンに取り付け始める。
 「まだ何か入ってんのかよ…」
何だかやけに楽しそうなギイチの作業を覗き込みながらテツヤは呆れる。こんな大荷物をギイチは背負って森を抜けて来たのだ。
 「機体に取り付けるCCDだよ。これが目になって手元のディスプレイで見ることが出来るんだ」
解説を交えながらギイチがジャイロプレーンに取り付けているのは市販の玩具から取り外した小型のCCDカメラで、これにハイビームランプを併設して一つにユニット化してある。
画像はさすがに気休め程度ではあるが、斥候(ピケット)の『目』としては申し分ない。
 「私はこれ。やっぱり使い慣れたモンでないとね」
アイコが取り出したのはデジカメ以前のアナログ、しかもその中でさえ旧式のハーフサイズカメラである。今時分ではごく常識的に備わっているストロボやオートフォーカスは言うに及ばず、露出も手動である為、本来であれば撮影時には露出計を別に用意する必要がある。
カメラの底に付いたへこみは一昨年全国の小学生ベストフォトに表彰された作品を撮る際にこさえてしまったものだ。
幼稚園の頃から玩具代わりにこのカメラを触っていたアイコは特に周辺機器に頼らず、勘と経験だけでこの前時代的な機械を取り回すことができた。
 「さぁて、写るのは心霊写真か、それとも幽霊の正体か…ンフフ、楽しみ」
 「はっ!どーだろ?このスクープ記者気取りは」
 「べぇ~だ!」
 「?…テツヤは手ぶらなの?」
 「馬鹿言うな!ちゃあんと持って来てらぁな!」
テツヤは右手にフィンガーオープンの手袋をはめると甲のストラップを引き絞った。
続いてデニム地の上着の袖をたくし上げて、胸ポケットのボタンを外す。
 「あ…まさか。あんたが持ってきた物って…」
テツヤが胸ポケットから取り出したのは、あちこちが傷だらけになったスポーツヨーヨーだった。
 「…やっぱりぃ!アンタそれが一体何の役に立つのよ!」
食ってかかるアイコをテツヤはヨーヨーをくるりと旋回させて牽制した。
 「いやいや!これはこれでなかなか使えるんだぜぇ!」
テツヤは牽制の一振りをキャッチした勢いそのまま、アンダースローでヨーヨーを放つ。
カツンと軽い金属音を立てて錆の浮いた門の閂が跳ね上がった。
もう一度空中で旋回したヨーヨーは、ストリングを巻きつけながらあっという間に主人の手元に納まる。
 「こいつは、俺の手も同然だからな!」
言われなくてもアイコやギイチはテツヤの腕前は承知している。以前、彼はギイチの頭に乗せたリンゴをそのヨーヨーで正確に打ち割る妙技を披露して見せたことがあったのだ。
今でこそ下火となってしまったが、少し前にヨーヨーが全国的に流行していた頃、テツヤはその腕前をひどく持て囃されたものである。
現在では時折、周囲の心無い陰口で「今だにヨーヨーにハマっている時代遅れ」呼ばわりされているが、ギイチは知っていた。テツヤは別に流行に乗っかってヨーヨーを始めたのではなく、実はそれよりもずっと前から練習していたことを…。
今更改めて披露せずとも三人は互いの得意を良く見知っていたのであるが、それでも自慢せずにはいられないのはさすがにまだ子供であるが故であろうか。
結局一行がようやく探索に乗り出したのはそれから30分ほど経過してからであった。
蝶番が外れて不気味な軋み音を響かせる門扉を開くと、そこにはすっかり荒れ果てた庭園が…庭園であった野っ原が…広がっていた。
本来であれば玉砂利が敷き詰められていたのであろう玄関までの路は野草が犇めき合うように生え、むわっとした夏草の匂いにギイチが咽せかえりそうになる。それを踏みしめながら四人は玄関に向かう。
よくよく見渡すと、庭園を囲っていた植え込みはかつて周辺の森との境界を主張していたようであるが、今は完全に野生の低木に侵蝕され、遠目ではどこまでが敷地なのかまず判別が出来ない。
夕闇も迫ってきているというのにやけに鳥が沢山飛んでいるなと思っていたら、それが蝙蝠であることに気付いて肝を冷やした。山の日暮れは思うよりも早く、既に屋敷は黒い影を広げ四人を覆いつくそうとしていた。
ちらりと腕時計に目をやったギイチは思いの他玄関に辿り着くまで時間がかかってしまったことを知り、目算の甘さを認識した。
テツヤは玄関前の階段をワンステップで上りきると彫刻が施されたドアノブに手をかける。だが、扉が開く様子は無い。
 「…どうやら鍵がかかっているようね」
続いて玄関に到着したアイコは慎重にドア周辺を探る。
尤も、単純に鍵がかかっているだけなのであろうから探ったところで何か仕掛けが発見されるわけではない。単にポーズとして探索気分に浸りたいだけである。
アイコは腰のポーチからじゃらりと金属棒の一束を取り出した。一体どこで手に入れたのであろうか?鍵開けのツール一式である。
扉の隙間を一度確認して、鍵穴に注視していたアイコは、突如頭上で大きな音が響いたので小さな悲鳴をあげ石畳に身を伏せる。

視線を上げるとテツヤが獅子を模ったノッカーを叩いていた。

 「あ、あ、あ…あぁんたはぁっ!何やってんのよぉ!!」
耳まで顔を真っ赤にしたアイコが烈火のごとくテツヤに詰めかかる。
 「あ…いや、こんなのテレビでしか見た事無かったから。ちょっとやってみたいなぁ…なんて…よ」
 「そんないらん事、しなくていいのっ!」
 「ねぇ、二人とも…ドアも開いてないんだし、もう引き上げない?」
ギイチが恐る恐る声をかける。さっきまでの興奮はどこへやら、少々不安げに周囲を見渡した。
 「ちょっと予定が狂ったみたいだし、何も今潜入しなくても良くないかなぁ…」
もっともこれは単なる臆病から出た言葉ではない。
冷静に状況判断をしてもこれから夜を迎えようという今、早計な突入は賢いとは言えない…そう考えたためだ。…だが、
 「何言ってんだぇ、ここからが本当の探索だろぉ?」
 「そうよ、門前払いですごすご引き下がれるもんですか!」
ギイチの弱気な(本当は賢明なはずの)発言にテツヤとアイコが反論を叩きつける。
勿論、ギイチも幽霊探索は承知の上で来た訳だからこのまま帰ろうというつもりで言ったわけではない。
実際、いざとなれば屋敷に潜入する事を前提に装備を整えてきたわけなのだが、まさかこんなに遅くになってから探索になだれ込むとは考えていなかった。
もしもこのまま二人の勢いに任せてしまうと、きっと屋敷の中で夜を明かす事になりかねないだろう。
普通こういう場合はアイコが抑制をかける役なのであるが、何がどう彼女のハートに火をつけてしまったのだろうか、ギイチの期待に反して今回ばかりはアイコも完全に突っ走ってしまっている。そうなると必然的にギイチが二人の行動をいさめる役を負うことになるわけだ。
 「いや、だからさ…、今日はもう暗いし、探索は明日夜が明けて明るくなってからでも…」
 「「ダぁ~メ!夜やらなきゃ幽霊探索の意味が無い!」」
テツヤとアイコがユニゾンでギイチをやり込める。何でこんな時に限って意見が合うのだろうかと、ギイチは理不尽に感じる。
 「とにかく屋敷の周囲を回って、どこか入り込める場所を探そうぜ」
 「そうね、このまま鍵を開けて入るのも、どっかのバカのせいで腰折られてその気が無くなっちゃったし、別の進入路を探しましょ」
 「人のせいにすんな!ほら、行くぞギイチ!」
 「う…うん…」
ギイチは渋々二人の後に続く、三人での楽しいキャンプに胸を膨らませていたギイチは、リュックの中にトランプを忍ばせていた事を思い出し少し恨めしさを憶えた…。

四人は裏庭を歩き回りつつ、屋敷内部への出来るだけ楽な侵入方法を探っていた。
色々調べた限りで確かに何箇所かは窓が割れているのを発見したが、壁面を覆いつくす蔦が複雑に絡み合い、それを取り払って侵入するのは少々面倒に感じた。
 「想像以上に荒れ果ててるな」
 「ダメね、勝手口は内部から錠がかかっていて手の出しようが無いわ」
先陣を切るテツヤの背後ではアイコがあちらこちらをフィルムに収めつつも、要所要所をくまなく探っていた。
 「大分暗くなってきたね…。せめて真っ暗になる前に中に入らないと…」
たとえそれが幽霊屋敷といえども庭先で野宿するよりは屋内の方がよほどましであるとギイチは頭を切り替え始めていた。二人の暴走を止められないのであれば妥協点を見出してそこで制御しようと考えることにしたのである。
ギイチは再び腕時計を覗く。そろそろ明かりを用意しようかと、リュックを下ろして大型の非常用電灯を取り出した。
アイコは壁際に沿って蔦を一本一本確かめていた。電灯片手のギイチとテツヤがその手元を覗き込む。
 「こうなったらこの蔦をよじ登って二階から侵入路を見つけるか?」
 「無理ね。いくらなんでもそこまでしっかり絡み付いてはいないわ」
試しにアイコが蔦の一本を思いっきり引っ張ると細かい蔓がぶちぶちと千切れて蔦はあっさり壁から剥がれてしまう。
テツヤは二階の様子を伺おうと屋敷を見上げた。
外壁は石かレンガであろうかで組まれている。アイコやギイチはともかく、自分ならこれをよじ登る事も出来るだろうかとテツヤは目算を図ってみる。
 「そんなのやってみなくちゃ分からな…おをっ!?」
 「テツヤ!?どうしたの?」
急に上がった珍妙な声にアイコが振り返った。視線の先に二階を凝視したまま固まってるテツヤの姿がある。
 「…今二階に、何かいた…」
 「ええっ!?」
 「ギイチあそこ、照らせっ!」
 「う、うん!」
テツヤの指し示す方にギイチが電灯を向ける。
既に蒼い暗がりを映し始めていた二階の窓が照らし出されるが、煤の膜が張るその奥には暗闇の他には認められない。
だが、その闇の中に、テツヤは一瞬小さな、白い影がよぎるのを見た!
 「まさか…幽霊?」
 「わかんねぇ、けど…」
テツヤは胸の奥から高揚感がこみ上げてくるのを感じた。
先刻から幽霊がいるかもしれないという思いが恐怖を呼ぶのは、実はギイチ同様テツヤもそうであった。
だがテツヤは幼い頃から心の底から湧き上がる好奇心や挑戦心が恐怖や劣等感を打ち負かす瞬間の、身の浮くような興奮が堪らなく大好きであったのだ。
 「面白れぇ!ここにはやっぱ何かがいるんだ!アイコ、ギイチ!こうなったらどうやっても中に入るぞ!」

テツヤが身を翻したその瞬間、突如あたりの木々が不気味なざわめきを発した。

甲高い鳥の鳴き声が響き渡る。
アイコは一瞬周りの温度が一度下がったような感覚に囚われた。
論理的な根拠の無い不安感が彼女の脳の奥で瞬間的であったが漠然とした「気配」を形づくる。
 「え…何?」
訳の分からない錯覚じみた感覚に襲われたアイコの声に振り返ったギイチの手元で、急に電灯が撥ね飛んだ。
 「うわっ!?」
 「ギイチっ!」
直上に飛ばされた電灯は一度妙な跳ね方をして木っ端微塵に空中分解した。弾けた電灯の破片を避け損なってギイチはしりもちをつく。
ようやく我に返ったアイコとテツヤが駆け寄って来た。自分の足下に転がった電灯の残骸を見てギイチの顔が青ざめる。
ぶち撒けられた乾電池は大穴が穿たれ破裂していたのだ。
テツヤは何かが叢に飛び込むのを見た。
 「気ィつけろ!何かいるぞ!」
叢に潜んだ何ものかが四人の周りを囲うように走る。
草間を縫って侵入者を追い立てるそれは、じりじりと四人を元来た門扉の方向へ誘導しようとしていた。
テツヤがその意図に反抗しようと、足元のそれを跳び越そうとするとすばやくその動きに応じて跳ね上がり、テツヤの片足に力を加えて姿勢を崩す。
 「おわぁっ?!」
姿勢を崩したテツヤは一回草原に転げて勢いを殺すと、前回り受け身の要領で上半身から跳ね起きる。
 「くそぉ、あんな小っこい奴に転ばされるなんてぇ!」
明かりを失ったのもあるが相手が足元で素早く動き回るためその姿さえ容易に確認できない。
テツヤ一人では分が悪いと踏んだアイコはテツヤにアイコンタクトを送ると反対側から回り込もうと駆け出す。その動きに反応するように草原が蠢くのを確認して、今度はテツヤが動き出した。
だが足元の敵はその陽動をものともせず、物理的にあり得ないほどのスピードでアイコ、テツヤの順で処理していく。
畳み込まれるようにして二人が門側に放り出されて落ちる。
一瞬テツヤは追撃が来るのではないかと身構え、片手でアイコをかばったが、相手はまた叢に飛び込み沈黙する。アイコはその意図をようやく察した。「私たち…あしらわれてる…?」
アイコと目線があったテツヤは、慌ててかばっていた手を引っ込め…そこない、もてあましたその拳を地面に叩きつけた。
「…にゃろぉ!ナメやがって…!こうなったら何が何でも突破してやるぞ!」
二人が身を起こすといつの間にか後ろにギイチが控えていた。
今度は三人がかりで屋敷への突破を試みる。三人が荒れ放題の庭園に大きく展開し、思い思いのでたらめな軌道で相手をかく乱する。
だが一人ばかり人数が増えたところで、それを全く意に介さない様子のそれは先程と同様、機械のような正確な動きで走り出した順に三人を転ばしにかかる。
 「あ、わあっ…!」
バランスを崩し、ギイチがよろける。それを支えようと後退さったアイコの足下がその時突然抜け落ちた。
 「きゃっ?!」
とっさに駆け寄ったテツヤが彼女の腕を掴む…が。
 「おをっ?」
 「あ…バカ、ちゃんと支え…キャーッ!」
二人はもつれながら地面の下へと消えた。

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