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SWAN日記 ~杜の小径~

月イチ企画SS《2月》◆ショコラ◆

ベルばら/月イチ企画SS《2月》◆ショコラ◆

◆◆◆ ショコラ ◆◆◆

2月中旬のある日。
ジャルジェ家の厨房には甘い匂いが漂い、厨房前を通る使用人達の顔を綻ばせていた。
時折、オスカルの叫び声と、其れをなだめるアンドレの声が繰り返されている。

コトの発端は先月。
年明けに新年のご挨拶をするため、宮廷に伺った。
ここ数年の恒例でノエルとオスカルの誕生日に王妃様から花束と祝いのカードと手紙が届いている。
いただいた祝いの礼も兼ねて、宮廷に伺うため午後はダグー大佐の勧めもあって衛兵隊も休暇扱いにした。
「隊長とアンドレはあまり休暇をお取りになっておりませんし、午後は休暇にし宮廷に向かわれたほうが良いかと思います。宮廷から直帰でお屋敷にお帰りになれますし…いかがでしょう?」
「…そうだな。では当日の午後は休暇にしてもらおう」
アンドレはダグー大佐に軽く頭を下げた。
宮廷に伺う明後日は会議等の予定も無いので、こういったダグー大佐の心遣いは有り難い。
ダグー大佐の案を快諾したオスカルも午後は休暇扱いのほうが助かる考えだった。
年末のノエルに王妃様からいただいた手紙には『久しくお会いしていないので年明けにはお顔を見せてくださいね』とあった。
久しぶりに宮廷に伺うため、直ぐに衛兵隊に戻れるとは限らないからだ。
以前『高額なプレゼントはいただけません』と伝えてから、ノエルとオスカルの誕生日に王妃様は宮廷の温室で手入れされている薔薇を自らお切りになって花束にし、カードと手紙を添えて届けてくださっていた。
薔薇の花束は毎年オスカルの部屋に飾られている。
どんな豪華な品物よりも王妃様自ら手入れをした薔薇を頂けるのも心の贅沢に他ならない。

午後、宮廷に向かい、国王陛下と王妃様にご挨拶をして、帰宅しようとしたところでフェルゼンとジェローデルにつかまった。
話し込んでいたら、貴族達との挨拶を終えた王妃様に夕刻からのお茶に誘われたのだ。
今日はわたしもアンドレも午後は休暇扱いなので急いで兵舎に戻る心配も無いが、王妃様からのお誘いを断るわけにもいかず。
「オスカル。久しくお茶もご一緒していないわ。少しお時間あるかしら? あぁ、フェルゼン伯爵とジェローデル少佐もお茶をご一緒にいかが?人数も増えたほうが楽しいですものね」
王妃を囲むように、オスカル、ジェローデル、フェルゼンが座り、アンドレは後ろに控えていた。
紅茶を飲みながら王妃は微笑んだ。
「最近はマリー・テレーズがお菓子を作りたがって…最初はクッキーだったかしら、簡単なものから挑戦していて、クリスマスにはマカロンを作っていましたの。来月のバレンタインには家族にショコラ菓子を作るようですわ」
興味のあることには出来る限り挑戦させてあげたいのだと王妃は微笑む。
「ほほ。オスカルとジェローデル少佐、フェルゼン伯と…そうそう、アンドレにも食べてほしいと言っていたわ」
「ありがとうございます」と一同は頭を下げた。
「オスカル、アンドレ。暖かくなったらルイ・ジョセフと散歩に出かけていただけないかしら?先日も『オスカルとお馬に乗りたい』と言っていたのですよ」
「ーーーはい。わたくしで宜しければ…」
ルイ・ジョセフは最近体調を崩しがちだと聞く。
オスカルとアンドレは快諾して頭を下げた。
「ありがとう。ルイ・ジョセフも喜びます」
微笑む王妃の元にひとりの侍女が近づき、何かを告げた。
「まぁ…!」
王妃が笑顔で声を上げると、侍女がルイ・ジョセフを伴い、部屋に入ってきた。
「オスカル!アンドレも!フェルゼン伯爵とジェローデル少佐もいるんだね!」
嬉しそうにルイ・ジョセフは声を弾ませた。
一同は頭を下げる。
「お母様、僕もご一緒して良いですか?」
今日は体調も良いらしいルイ・ジョセフの言葉に王妃も笑顔で頷く。
「ご一緒なさいな。ミルクティーで良いかしら?」
「はい、お母様」
ルイ・ジョセフは王妃の隣に用意された椅子に座った。
「ねぇオスカル」
ルイ・ジョセフの言葉にオスカルは首を傾げる。
「はい、何でございましょう?」
「今度、お馬に乗せてくれますか?」
「はい。暖かくなり、殿下の体調が良い日にでも…わたくしとアンドレ、宮廷に参りましょう」
「ありがとう!アンドレにお馬を選んでほしいな。ぼくも早く元気にならなくちゃ!」
ルイ・ジョセフの言葉に周りの大人達は微笑んだ。
「あとね…オスカル」
「はい」
「バレンタインも近いでしょう。マリー・テレーズ姉様やお母様のお菓子も美味しいけれど…貴女もショコラ菓子やプレゼントを渡したりするの?」
「いえ。わたくしは…いただくことが多いので、お礼の贈り物はしておりますが…」
「あぁ…そうなんだね。ぼく、貴女からのお菓子が欲しかったのに…」
「ルイ・ジョセフ殿下、お好きなお菓子は何でしょう?このオスカルがお届けに参ります」
「違うんだ。オスカルの手作り!」
「…は?」
ポカンと硬直するオスカルにアントワネットが助け船を出す。
「まぁ…ルイ・ジョセフ。オスカルは女性ですがフランスを守る軍人なのですよ。あまり無理を言ってはなりません」
「…無理なのですね」
俯いてしまったルイ・ジョセフをみてオスカルの心も痛むが此ればかりは…という心中を知ってか知らずか、隣から声がかかった。
「是非わたくしもいただきたいですね」
「わたしもだ。アンドレもそうだろう?」
ジェローデルに続き、フェルゼンも笑いながら後ろに控えるアンドレに話を振った。
これにはアンドレも硬直する。
「え…と、はい。そうですね」
一瞬オスカルの眉間に皺が見えたが、アンドレとてルイ・ジョセフ殿下の手前『無理です』とも言えない。
…オスカルと想いが通じてから初めて迎える2月。
毎年恒例ではあるが今年も何か贈ろうと考えている。オスカルも何か考えてくれているかもしれない。
〜が、菓子作りとはいえ厨房にオスカルが入ったら厨房の機能が停止していまうだろう。
宮廷や軍でのオスカルは繊細で凛としたイメージがあるが、実は天然気質で、ありえないミスをしたりするのだ。

「ジェローデル少佐とフェルゼン伯爵とアンドレも欲しいの?」
「そうですね」
「もちろん」
「…え…と、はい…」
最後にアンドレも小さく答えるとルイ・ジョセフがパッと笑顔になる。
「ねぇ、オスカル。無理ならば諦めるけれど…フェルゼン伯爵とジェローデル少佐とアンドレも欲しいみたいだけれど…」
上目遣いでお願いされてはオスカルも断れない。
「…はぁ。そこまでルイ・ジョセフ殿下がご希望とあれば…」
「ありがとう!お母様、また楽しみが増えました!」
「まぁ…ルイ・ジョセフ。わたくしとマリー・テレーズもお菓子を作るのですよ?」
「大丈夫です。お母様、お菓子は別腹です」
「まぁまぁ…ルイ・ジョセフったら。オスカル、無理を言ってすみませんね」
「殿下のご希望とあれば、このオスカル、頑張りましょう」

帰りの馬車の中で頭をかかえるオスカルにアンドレも優しくフォローする。
「大丈夫だよオスカル。おれも手伝うから」
アンドレの言葉にオスカルは唇の端を上げて笑った。
…あ、と思ったが既に遅い。
オスカルが確信犯の時に浮かべる笑みだ。
そう。最初からオスカルは一人で作る気など無いのだ。おれが一緒にショコラ菓子を作ることを前提に了解したのだろう。
簡単に作れるもの…無難にショコラの塊を溶かして型にいれて固めるか、溶かしたショコラを一口サイズに固めるか…ジャムやナッツを飾り付ければ見栄えも良くなるかも等々、馬車の中でアンドレは頭をフル回転させる。菓子用の小さな紙箱も人数分用意して…とアンドレが色々考えているのを横目にオスカルといえばニコニコ笑って馬車からの景色を眺めていた。

〜ということで、迎えた2月13日。
明日はルイ・ジョセフ殿下に手作り菓子をお届けしなければならないのである。
早めに帰宅した二人は夕食と湯浴みも済ませ、厨房に籠っていた。
厨房の料理人達に晩餐の準備や片付けは早めに終わらせてもらっていたので、殆ど貸し切り状態だ。
『ルイ・ジョセフ殿下の希望でオスカルさまがショコラ菓子を作る』
〜という話は瞬く間に屋敷に広がり『もちろんアンドレが一緒に作る』というオマケ付きであったので、厨房から聞こえる二人の声に屋敷の者達も微笑むばかりだ。
このジャルジェ家の中で次期当主の失敗にタメ口で突っ込めるのは当主夫妻の他にアンドレしかいない。

「ほら、オスカル。ショコラの塊を湯せんしたから…これをスプーンでシートの上に垂らして形を作って…固まる前にジャムやナッツで飾り付ければ終わりだ」
「形って何だ?」
「丸くなれば良いけど、上にジャムやナッツをトッピングするから、多少は形が崩れてもご愛嬌ということでね」
「わたしが作ると形が崩れる前提なのか?」
「そんなことは言ってない」
アンドレが手本のようにスプーンで一つ作ってみせる。
キレイに丸くなったショコラ。
あまりに簡単そうにするアンドレを見て、それなりに誰でも出来るのだろうとオスカルもチャレンジするが……。
「あ、ばか。そこで止めるな」
「馬鹿とは何だ」
少しショコラを垂らしたオスカルは手を止めてしまった。
小さなの塊が点々と固まってゆく。
頬を膨らませながら眉間に皺を寄せるオスカルの肩を抱き寄せ、顔を覗き込みながらアンドレは言った。
「…記念すべきオスカルの一作目、おれが貰えるかな?」
「あ?こんな豆粒みたいな…」
「おれが欲しいんだよ。形はどうであれ、記念すべきオスカルの一作目だ」
微笑むアンドレと対象的にオスカルは黙り込む。
「…………」
「…オスカル?」
「…アンドレと想いが通じあって初めてのバレンタインだから…何か用意しようと思ってたのに、ルイ・ジョセフ殿下のお願い事で頭がいっぱいで考える余裕が無くて…今夜作ったショコラでちゃんとしたものをお前に贈りたかったのに…」
「おれはその気持ちで充分幸せだよ。だってオスカルが…オスカルの初めての菓子作りだぞ?凄いことじゃないか」
「何だか酷い言われような気もするが…?」
「オスカルのチャレンジ精神を褒めてるんだよ」
オスカルはクスリと笑う。
「では、最初と最後のショコラ菓子はお前にあげよう」
「お!楽しみだねぇ」
「ふん。言ってろ。さぁ作るぞ」
湯せんしたショコラのボウルにスプーンを入れ、ショコラをすくったオスカルは深呼吸をする。
ちょっと不安そうなオスカルにアンドレは後ろからそっと抱きついた。
「ほら。最初は一緒にやってやるから…」
背中にアンドレの温もりを感じながらオスカルも微笑む。
些細なことで不安が解消されていまうのだから恋人と一緒にいるというのは不思議だ。
スプーンを持つオスカルの手に後ろから一緒に手を添えて、そっとシートに垂らしてゆくとキレイな円が出来た。
「何個か作ってコツをつかめば大丈夫だから」
「…うん」
最初の数個は一緒に作ったが、自分でやるというオスカルを尊重し、後半はアンドレもショコラ作りを見守っていた。
三つほど作ったらショコラにトッピングをして、またショコラ…と繰り返して、何十個かのショコラ菓子が出来た。
「…あ、ショコラを入れる為に紙の小箱も用意してあるんだよ。奥の棚にあるから持ってくる。ちょっと待ってて」
アンドレが厨房の隣の部屋に行っている間、オスカルは厨房を見回し…花瓶の薔薇に目をつけた。
母が温室で育てた薔薇や花々を屋敷の各部屋に飾るようにしているのだろう。
心のゆとりを保てるように…だろうか、母上らしい。
オスカルは白薔薇の花弁を二枚抜き取り、シートの上に広げると口元に笑みを浮かべた。

「おまたせ」
少しするとアンドレが小箱を持って戻ってきた。
「あ、ボウルのショコラはシートに垂らし終わったのか?」
「あぁ。湯せんしたショコラが勿体無いと思って…」
ボウルの中身が殆んど無くなっていて、シートにはいくつかのショコラが円を描いて垂らしてあり、ナッツのトッピングも出来ていた。
「お!なかなか良い出来映えだな」
ウンウンとアンドレは頷く。

「それじゃオスカル、小箱にシートを敷いて何個かずつ入れて…完成だ」
「うん」
アンドレが見本を一つ作り、オスカルも同じように小箱にナッツとジャムを2個ずつ、計4個のショコラ菓子を入れてゆく。
ルイ・ジョセフ殿下と王妃様、マリー・テレーズ様と…フェルゼンとジェローデルと…後はアンドレ。
〜と、オスカルは確認しながら仕上げていった。
「オスカル…陛下の分はどうするんだい?」
「あっ…どうしようか。わたしなんぞのショコラ菓子を差し上げてもなぁ…」
「でも陛下も甘いものはお好きなようだから…仲間はずれはお可哀想じゃあないか?」
「確かに…ショコラはあるが、小箱が足らなくないか?」
「奥に予備の箱もあるけど、おれの分は皿に盛ってもらえば良いよ。残りの分も全部欲しいな。最初と最後のオスカルの芸術品、味わって食べたいから」
「これが芸術品か?」
オスカルが指差す先には一作目の豆粒ショコラ。
呆れたようにオスカルは笑った。
ちょうど厨房の時計が12時を指し、日付けが変わったことを告げる。
口元に笑みを浮かべたオスカルはテーブル下の棚からシートを出した。
薔薇の花弁にショコラを垂らし、ジャムとナッツがトッピングしてある。
「お前には特別に…って、即席で作ってみたが味の保証は無い」
「有難うオスカル。何というか…オスカルらしい」
「…そうか…?」
「うん。白薔薇とショコラがね。オスカルの特製ショコラだ。有難う」
オスカルが自分の為に何かをしようとしてくれることがアンドレには嬉しく思えるのだ。
皿には型も様々な沢山のショコラ菓子が盛られている。
オスカルもアンドレの喜ぶ笑顔は嬉しい。
「…アンドレ。これ、型崩れしたものも多いが全部食べられるのか?」
「もちろん戴くよ。オスカル、先に部屋に戻っていてくれ。厨房を簡単に片付けてから、とびっきりのショコラをいれて持っていくから」

しばらくすると部屋で寛ぐオスカルのもとにアンドレがやって来た。
「おまたせ。ショコラをいれてきたよ」
「…有難う」
長椅子に座るオスカルの前にショコラのカップとオスカル手作りのショコラ菓子が置かれる。
「あと、これはオレからのプレゼントで苺のショコラがけ(チョコレートがけ)。オスカルがショコラ菓子を作るなら便乗しようかと思ってね。さっきボウルに少し残ったものと…厨房に少しあったホワイトチョコを湯せんして、二色かけてきた。甘いものだらけだからサッパリしたいかと思って。ショコラはブランデー入りだよ」
苺の小皿を置きながら、隣にアンドレも腰掛けた。
「ふふ。贅沢だな」
オスカルはアンドレの肩に身体を預ける。
「では、オスカルの力作を戴こうかな」
粒のショコラに手を伸ばすアンドレにオスカルが突っ込んだ。
「おい、ソレからか?」
「うん。貴重なオスカルの初めてだぞ」
うんうん…と頷きながらも豆粒のようなチョコを三つ食べてから、ナッツとジャムがトッピングされたものを一つずつ食べる。
最後に薔薇の花弁チョコを香りを楽しみながらアンドレは口に頬張った。
「うん。美味しい。力作も成長してるね」
プッと笑いながらオスカルも自分が作ったショコラ菓子を食べてみる。
「まぁまぁ…かな」
首を傾げてみせてからオスカルはブランデー入りのショコラを一口飲んだ。
「うん。毎日ブランデー入りショコラでも良いぞ」
「それは駄目」
アンドレは笑いながら『メッ』と怒る素振りをする。
「ケチだなぁ」
クスクスと笑うオスカルにアンドレも微笑む。
「苺のチョコレートがけもどうぞ」
アンドレは一粒の苺をオスカルの口元に近づけた。
「果実のさっぱりした甘酸っぱさ加わって美味しい。ショコラ三昧でも飽きないぞ」
「それは良かった」
笑いながら、アンドレはオスカルの額にキスを落としたのだった。

この日の午後、オスカルとアンドレは宮廷に向かった。
昨夜はドキドキして眠れなかったと話すルイ・ジョセフ殿下がオスカル手作りのショコラ菓子を大変喜んでくれ、その場で食べ始めて「美味しい」と笑う笑顔に周囲も和む。
ジェローデルは「貴女の手作りなのですね」と大袈裟に見えるほど感動している様子で、フェルゼンは「キセキだな」と笑った。
オスカルは二人を見やり『コレを作ることになったのもお前らが同調したからだろう』内心は一言いいたいところだが、ルイ・ジョセフ殿下にも喜んでいただけたし、アンドレにもショコラ菓子を贈ることが出来たので『終わりよければ全て良し』と前向き思考に考えることにした。

午後のティータイム。
王妃様とマリー・テレーズ様の手作り菓子もテーブルに並べられ、アンドレに見守られながらオスカルは楽しいひとときを過ごしたのだった。

◆おわり◆
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