腰部脊柱管狭窄症椎間板ヘルニアの手術から〇年が経ちました
全身麻酔の4時間の手術でした
妻は手術室から出て来た時普通に仰向けに寝ていたので驚いたそうです
腰の手術なのでうつ伏せになって出て来ると思ったらしいです
部屋に戻ると私が麻酔から覚めないので妻は部屋から出されたそうです
暫くして部屋に入ると目を開け天井を見つめる私がベットにいたそうです
シニアなので一瞬妻は「麻酔から目覚めないと」心配になったそうです
それから個室で1週間過ごしました その後大部屋に移りました
私は少し体が前かがみになりましたが自分の足で歩いています
退院後から毎日リハビリで一人砂浜を歩きました
その時の砂浜歩きそれが趣味になりビーチコーミングに発展しました
海岸で知り合った〇〇〇を定年退職したAさんに貝殻細工を教えていただきました
それからは毎年知り合いが増え海友と呼び海岸・貝殻・流木情報などを話しています
皆さん「よく決断され手術しましたね」私は決断出来ませんと言います
やはりリスク(手術後の車椅子)が気になり・・・・・・・
海友さん達から知り得た情報を頼りにそれぞれの海岸に出かけ貝殻を探します
そして疲れると腰を下ろし数分間休むと又歩きだし長距離を歩いています
其の為に丈夫なバケツを持ちそれを椅子代わりにし砂浜で腰を下ろします
妻は足腰は丈夫で私と歩くのが苦手だと言います
歩くスピードも違いますし休憩なくスタスタと長距離を歩きます
その間私が休憩するとドンドン私を置いて砂浜を歩き貝殻を観つけています
そして私の所まで戻り見つけた貝を見せますが私がNOと言うと貝を海に投げます
ポチャ~~~と水しぶきが上がると一人喜んでいます
今度は小石を拾い海に投げて喜びそんなしぐさが忘れられません
それを何度も繰り返し私のビーチコーミングに付き合います
入院していた人が手術後車椅子生活になりました
退院前に自宅のバリアフリーの工事を始めた事を妻に伝えました

すると妻は「車椅子生活にならないで良かったね」と言いました
車椅子でしたら砂浜は無理でしょうね
車の運転も出来ず行動範囲が限られてしまい一人で海には来れませんね
遅い足の私なので妻に申し訳なく感じますが妻は二人で来れるので喜んでいます
家では会話出来ない事も海岸では何故か出来ますね
秘密の砂浜なので人が少なく一人では「怖い」と言います
やはり女性一人では寂しいでしょうね
でもその反面~~~マイビーチのようで静かで最高です
東京湾の沖を通る大型船、タンカー、軍艦、潜水艦などが渋滞のように何隻も見られます
横須賀、横浜の軍港に向かっているのでしょう
運が良い日は空母が見られ甲板にはジェット機、ヘリコプターなども見られます
二人で流木に座り海を眺めました

神奈川県の横須賀、金沢八景の海岸と富士山が見えます
今日は対岸の景色がハッキリと見えず工場の煙突も見えません
歩いていると海岸の駐車場のカフェにたどり着いたのでアイスコーヒーを頼みました
アイスコーヒーを飲み終わったら此処で軽く昼食を食べようと思います
メニューを見ながら妻と早朝の出来事の会話と昼食の品の相談しています
妻はスパゲティーのミートソース私はナポリタンを注文しました
そして同時に食後のホットコーヒーもお願いしました
此処で暫く休憩しそれから帰宅しようと思います
こんな何気ない日常ですがいつまでも続く事を願っています

鋸山
土曜日、故郷の鋸山の山道を車で登り山頂まで行って来ました
何十年振りでしょうか 登ると鋸山は全然変わっていません
山頂から見下ろす東京湾、変わったのは私達で歳を重ねシニアになりました
山頂を歩くのも妻に背中を押してもらい何とか登りきりました
子供の頃元旦の初日の出を観に早朝暗いうちに仲間と登りました
まだ車専用山道、ロープウェーも出来ていませんでした 徒歩で2時間かけて登りました
高さは330m位で男女合わせて20数人でした 今回は車で山頂まで登りました
20代東京から帰省した日Aちゃんと鋸山登り階段の途中で腰掛け街を見下ろしながらデートしました
当時まだ決まった恋人はいなくガールフレンド達でした 帰省する度に海の岩陰、堤防で会いました
もう友達では無く体で愛し合う恋人同士になっていました
今回は鋸山の麓で会い旧山道の階段を登り腰掛け抱き合いキスをした事を思い出しました
Aちゃんは細いジイーンズを履いて来て愛が進んだので脱がせようとしましたが無理でした
Aちゃんも自分で脱ごうとしましたが脱げませんでした そして諦めました
彼女はデートと分かっているので服装を考えてくれば良かったと思います
若さゆえのそんな苦い思い出があります(笑)
たかが一瞬の出来事なのにそれ以来Aちゃんとは会っていません
何故かお互い気まずさを覚え連絡はとりませんでした Aちゃんは覚えているでしょうか?
もし二人が遠距離でなかったらと考えると・・・近場でしたらその後も愛は続いていたでしょう
御互い若さゆえの行動なので記憶は薄いでしょう・・・
もし別れず最後まで愛が進み彼女と結婚していたら又違った人生でしたでしょう
還暦になり友人からAちゃんの未来ですが30歳になるとお見合いし結婚したそうです
相手は神奈川の大きな港街近郊で中華店を営む人のようです
その後は知りません・・・・・そう考えると人生の節目は何度も訪れているんですね
若い頃初めての恋愛で結婚する人、何度も恋愛し独身の人、反対で最後に結婚する人・・・
私はAちゃんが幸せな家庭を築いて要ることを祈っています
東京在宅、何度も同じような節目が有りましたが何とか妻と巡り合い同棲し結婚しました
そんな過去を思い出す歳になり少し寂しさを感じます
そして・・・・・残り少ない人生前向きに過ごそうと思います・・・・・
一人でも出来るビーチコーミングは元気でいる間は歩こうと思います
この曲を聞く度に・・・古希を迎えた男の想い事です


【出会いより努力】
都内の電気会社に就職し寮時代の20代の頃です
会社の寮に入っていて電気夜間校に通う帰りでした
同僚と2人で新宿のパブに飲みによりました
そこで知り合ったのがやはり看護夜間校に通う二人の看護士さんでした
彼女二人はやはり看護師の資格はあり働きながら専門の資格取得の為でした
私達も1級工事士免許が有りながら上のレベルの資格取得でした
御互い仕事に真剣に取り組んでいるようで心通じ合いました
新宿歌舞伎町のパブで飲んでいて知り合ったグループ2組をナンパしました
その内の一組(2人)がそのままホテルで二部屋の部屋に泊まりました
ナンパしてすぐホテルに着いてくる女性は付き合いたいとは思いませんでした
そして別れる時揉めるのが気になり最後までの行為はしませんでした
彼女は悲しそうな顔をしその後口も利きませんでした
同僚カップルは最後までの愛の行為を行ったそうです
そして半年ほど付き合い子供が出来たので結婚しました
私はその日だけで別れてしまいました
当然私は結婚式には出席しませんでした 別れた彼女も出席するそうなので・・・
でも2人はもう一人家族が増え幸せな家庭を築いていました
知り合ったキッカケは色々ですが仲良く夫婦生活が出来るのですね
私はナンパされ直ホテルに行くそんな女性を軽蔑していました
でも違ったようです お互い相性と努力すれば幸せになれるんですね
そんな同僚家族をみて感じました
彼女に何て失礼な態度を取ったのか一人で詫びました
またも運命の出来事(節目)を逃したようです
これで何度目でしょうか・・・・・・

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【大型連休】

ゴールデンウイークの真っただ中です
私は一人海に来ました
妻はパートの職場がサービス業なので稼ぎ時なので出勤です
連休中は8時間勤務のシフトのようです
若いパートさんは子供が小さいので交代で希望休日を取っているようです
妻は用事が無いので希望休日は出していないそうです
若い人達は出勤の日は旦那さんが子供を観ているそうです
今の時代は昭和の私達の時代と違い旦那さんの協力が欠かせないようです
やはり観光客の家族連れ、若いカップル、シニアのカップルが多くいます
やはり近場の観光地に人気があるようです
他県の車ナンバーを観ると関東一円から来ているようです
小さいお子さんは洋服姿で水遊びをして楽しんでいます
まだ海水は冷たいと思うのですが砂浜で貝を拾い波打際の砂で遊んでいます
小学生前の子供は砂浜に腰を下ろし拾った貝で夢中で砂を掘っています
そこに波が静かに押し寄せて池のようになっています
此方にはマーザー牧場、東京ドイツ村、潮し狩り場などの大きな観光施設が有ります
一日遊べるほどの大きな施設です ほとんどの人が日帰りのようです
泊りは高い料金なので早朝早く自宅を出て夜遅くかえるようです
別の観光客は車内泊のようです 今の季節は寒くないでしょう・・・
私は缶コーヒーを飲みながら流木に腰掛けて沖をみています
知り合いには誰も会いませんですが好きな海を眺められるので満足しています
そんな時一人幸せを感じます
でも周りの観光客には流木に座る私の一人姿はどう映っているのでしょう
海を見つめる一人寂しい独居老人に映っているのでしょうね
なので妻は毎月髪を染めてくれ髭を剃り「小ざっぱりとした服装をしなさい」と言います
勤め先の店からは私の季節ごとのシャツ、ズボンを社員割引きで買ってきます
もう古希なので買ってこなくても良いと言いますが割引なのでと言います
妻のお陰で常にシャレタ服装ができます
妻はポロシャツは2~3年ほどで雑巾にし床を拭いてから処分しているようです
私は「先は短いのに勿体ない」と言いますが妻は反対に「短い人生だから」と呟きます
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ゴールデンウイークの後半になりました
私は10年前から年中休日なので関係ありませんが目がシトシトしたので寝室に行きました
真夜中12時です、歯を磨いてベットに横になりましたが中々眠れず起きてしまい自室に向いました
そしてコーヒーを飲みながらパソコンで暇を潰し眠くなるのを待っていました
すると窓の外が明るくなっているのでカーテンを開けると遠くの空が
オレンジ色に輝き見る見る内に空高く広がりました
時計を観ると5時35分でした 「あぁぁ~もう朝なんだ~~」と・・・
そして今度は歯磨きをせず寝室に行きベットに横になりましたが眠れず電動ベットの角度を
変えて一番心地の良い角度を探しつつ眠りにつきました
なぜか8年前の入院生活を思い出しました
眠れず病院のベットの窓から陽が昇るを待ちわびていました
すると又暫くすると目が冴えてしまいます 体が疲れていないので眠れないのでしょうか?
何度も繰り返す自分がいます 古希になったので眠れないのでしょうか・・・
趣味のビーチコーミングで海に行っても貝殻は無く気に入った流木が流れ着いていません
少し海岸を歩きますが観光客の人達が歩いて貝殻ラインを踏みつけてしまいます
直に流木に腰掛け沖を見つめています
これでは運動にはなりませんね・・・でもこれが~~古希の私には似合いですかね
この瞬間もコツコツとゆっくり時代は流れているのですか?
話は変わりますが私はgooブログは最後までこのままで居たいと考えています
土壇場で考えようと思います・・・・・・・


【想い出の渚】
連休の後半思い出の海に妻と出かけました
何十年振りでしょうか
古希になった私が愛車を運転しで妻の休日に南房総へ・・・
東京在住の頃の夏帰省し二人でシュノーケリングをした海岸です
現在は歳を重ね海に入る事は出来ないです
妻が写真を撮ったあの懐かしい堤防横の海岸です
あれから数十年経つので堤防も波に打ち付けられ削られています
堤防も年月を重ねたようです
歩いていると妻は私の手を握って来て「幸せです」と言います
私は無言で繋いだ手を握り返しました
「これが本当の幸せだ~~~」と心で呟きました
30代で訪れた海岸に古希になり再度訪問できました
帰りに道の駅に行きくじらの干し肉を買いました
帰宅したらイカのアタリメのように火で炙り細く裂いてマヨネーズに
醤油を垂らし七味を入れそれを付けて食べます
大人はビールのつまみにし子供は何も付けづそのまま食べていました
私が子供の頃は硬いので舐めて柔らかくし食べていました
噛めば噛むほど美味しい味がしました
妻は見た目の色が好きではないようですが食べます


最後まで
お付き合いいつも
有難うございます
・・・感謝です