ウォルロ村の守護天使イザヤールは、今日も務めを終えて、天使界に戻ってきた。星のオーラも順調に集まっていたし、何もトラブルもなかったが、彼の表情はあまり晴れやかではなかった。釈然としない思いを抱えていたからである。
そこへ、イザヤールの師でナザム村の守護天使の、エルギオスが通りかかった。彼は、弟子の表情にすぐ気が付き、尋ねた。
「どうした?イザヤール」
「エルギオス様」イザヤールは開口一番呟いた。「どうも人間というものはわかりません」
何かあったのか、と眉をひそめるエルギオス。
「いえ、大したことではないのですが・・・」
今日はクリスマス。人間たちは、この祝いの日をとても楽しむ。しかし、残念ながらそうではない者も居たのだ。
「恋人に『クリスマスプレゼントはあなたのくれるものなら何でもいい』と言った人間の娘が居たのですが」イザヤールは訳を話し始めた。「それで、その恋人が、自作の歌をプレゼントにしたところ、怒り出したのです。『あなたは私を愛していないのね』と言って」
それを聞いて、エルギオスはまた眉をひそめた。
「・・・まあ例えば、『夕食何がいい』と聞かれて『何でもいい』と答えて、腐ったパンでも出てきたら、怒るだろうがな・・・。そんなに酷い歌だったのか?」
「いえ。・・・まあ、可もなく不可もなく、というところでしたが」
「手抜きして即興で作った歌だったとか?」
「いえ。半月くらい前から、うんうん唸りながら作っていました。徹夜する日もありましたし」
「それでは」エルギオスは少し笑い顔になって言った。「簡単なことだ。どちらも、相手の気持ちを思いやらなかった、ということだろう。
娘の方は、たとえ微妙な歌だったとしても、徹夜までしてくれたその思いを少しは考慮した方がよかっただろうし、男の方は、娘の本当の望みが何かをもう少し考えるべきだったのかもしれない」
「・・・厄介ですね」
呟き、しかしイザヤールもまた少し笑顔になった。
「厄介だな」ふふ、とエルギオスは完全に面白そうな笑みになった。
「何でもいい、すなわち何でも良くないと」
二人は同時にそう言って、ハモったのに気付いて顔を見合わせた。そして吹き出し、楽しそうに笑い始めた。
しかしその後、エルギオスはどこか遠くを見るような目付きで、呟いた。
「だが・・・狂ってしまうほど誰かを愛したら・・・贈り物がどうかなど、どうでもよくなってしまうのかもな・・・」
最近このように時折、エルギオス様は自分の知らない顔を覗かせる。イザヤールは内心呟き、不思議そうに師の横顔を見つめた。
それから長い年月が流れ。イザヤールもまた、弟子を持つ身となった。その弟子に密かな恋心を抱くとは、あの頃は予想だにしなかったけれども。
「ミミ、クリスマスプレゼントは何が欲しい。遠慮なく言いなさい」
「え・・・欲しいもの・・・ですか。・・・何でもいいです」
「何でもいいだと?!よく考えろ、本当に欲しいものはないのか?」
ミミの何でもいい発言で、あのときの会話の記憶が一気によみがえってしまい、イザヤールは少なからず動揺した。
だって、本当に欲しいものは、絶対言えないもの・・・ミミは内心呟く。欲しいものは、イザヤール様。・・・そんなこと、言える訳がないもの・・・。
「・・・イザヤール様に頂けるものなら、本当に何でも嬉しいです」
ミミはそう答えた。それを言うだけでも、相当勇気を振り絞ったのだ。
「何でも良いわけがないだろう」
では、私の心をおまえにやろうと言ったら、おまえはどうする。・・・困るだろう。イザヤールもまた内心呟く。
この子は何が欲しいのだろう、それを少しでも推し量ろうと、イザヤールはミミの瞳を覗き込んだ。そしてそこに切ない、何かを訴えるような色を見て、激しく心をかき乱された。しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼女は目を伏せてしまった。
そして互いに、視線が逸れたことに安堵と寂しさを覚えた。
今このとき、イザヤールは初めて思い当たった。ああ、あのときエルギオス様は誰かを愛していたのだ。それも、切ないくらいに激しく。〈了〉
そこへ、イザヤールの師でナザム村の守護天使の、エルギオスが通りかかった。彼は、弟子の表情にすぐ気が付き、尋ねた。
「どうした?イザヤール」
「エルギオス様」イザヤールは開口一番呟いた。「どうも人間というものはわかりません」
何かあったのか、と眉をひそめるエルギオス。
「いえ、大したことではないのですが・・・」
今日はクリスマス。人間たちは、この祝いの日をとても楽しむ。しかし、残念ながらそうではない者も居たのだ。
「恋人に『クリスマスプレゼントはあなたのくれるものなら何でもいい』と言った人間の娘が居たのですが」イザヤールは訳を話し始めた。「それで、その恋人が、自作の歌をプレゼントにしたところ、怒り出したのです。『あなたは私を愛していないのね』と言って」
それを聞いて、エルギオスはまた眉をひそめた。
「・・・まあ例えば、『夕食何がいい』と聞かれて『何でもいい』と答えて、腐ったパンでも出てきたら、怒るだろうがな・・・。そんなに酷い歌だったのか?」
「いえ。・・・まあ、可もなく不可もなく、というところでしたが」
「手抜きして即興で作った歌だったとか?」
「いえ。半月くらい前から、うんうん唸りながら作っていました。徹夜する日もありましたし」
「それでは」エルギオスは少し笑い顔になって言った。「簡単なことだ。どちらも、相手の気持ちを思いやらなかった、ということだろう。
娘の方は、たとえ微妙な歌だったとしても、徹夜までしてくれたその思いを少しは考慮した方がよかっただろうし、男の方は、娘の本当の望みが何かをもう少し考えるべきだったのかもしれない」
「・・・厄介ですね」
呟き、しかしイザヤールもまた少し笑顔になった。
「厄介だな」ふふ、とエルギオスは完全に面白そうな笑みになった。
「何でもいい、すなわち何でも良くないと」
二人は同時にそう言って、ハモったのに気付いて顔を見合わせた。そして吹き出し、楽しそうに笑い始めた。
しかしその後、エルギオスはどこか遠くを見るような目付きで、呟いた。
「だが・・・狂ってしまうほど誰かを愛したら・・・贈り物がどうかなど、どうでもよくなってしまうのかもな・・・」
最近このように時折、エルギオス様は自分の知らない顔を覗かせる。イザヤールは内心呟き、不思議そうに師の横顔を見つめた。
それから長い年月が流れ。イザヤールもまた、弟子を持つ身となった。その弟子に密かな恋心を抱くとは、あの頃は予想だにしなかったけれども。
「ミミ、クリスマスプレゼントは何が欲しい。遠慮なく言いなさい」
「え・・・欲しいもの・・・ですか。・・・何でもいいです」
「何でもいいだと?!よく考えろ、本当に欲しいものはないのか?」
ミミの何でもいい発言で、あのときの会話の記憶が一気によみがえってしまい、イザヤールは少なからず動揺した。
だって、本当に欲しいものは、絶対言えないもの・・・ミミは内心呟く。欲しいものは、イザヤール様。・・・そんなこと、言える訳がないもの・・・。
「・・・イザヤール様に頂けるものなら、本当に何でも嬉しいです」
ミミはそう答えた。それを言うだけでも、相当勇気を振り絞ったのだ。
「何でも良いわけがないだろう」
では、私の心をおまえにやろうと言ったら、おまえはどうする。・・・困るだろう。イザヤールもまた内心呟く。
この子は何が欲しいのだろう、それを少しでも推し量ろうと、イザヤールはミミの瞳を覗き込んだ。そしてそこに切ない、何かを訴えるような色を見て、激しく心をかき乱された。しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼女は目を伏せてしまった。
そして互いに、視線が逸れたことに安堵と寂しさを覚えた。
今このとき、イザヤールは初めて思い当たった。ああ、あのときエルギオス様は誰かを愛していたのだ。それも、切ないくらいに激しく。〈了〉
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