日が落ちるのが早くなってくる秋。黄昏の中、城下町を歩いていると、靴の下で枯れ葉が乾いた音を立てる。知らず知らずのうちにミミは、急ぎ足になっていた。
家々の窓から漏れる灯りは、どれも明るく暖かそうで、見つめていると、何故か、ふっと涙ぐみたくなるような気がした。
リッカの宿屋の裏口から暖かい台所に飛び込むと、焼き菓子の焼ける香ばしいバターの匂いが、ふわりとミミを包んだ。
「ただいま、リッカ」
「おかえり、ミミ」
「今日もいい匂いね、何を焼いてるの?」
「クッキーよ。ハロウィンの夜に子供たちに配るの」
そう言ってリッカは、既に焼き上がって冷ましている小さなクッキーを見せた。パンプキンヘッドやゴースト、コウモリなどが可愛らしく並んでいる。
「はい、ミミ、あ~ん」
パンプキンヘッド形の一つを摘まんで、リッカはミミの口にクッキーを入れた。それは、さく、と口の中で快い音を立ててほろりと崩れた。
「おいしい」
ミミはにっこり笑い、ごちそうさま、と囁いて、足取り軽くまた裏口に向かった。
「ミミ?また出かけるの?」
「うん」
外に出て行ったミミを見送り、リッカはああ、お出迎えね、と微笑んだ。
ミミがセントシュタインの町への入り口に着いたとき、ちょうどキメラの翼を使って帰ってきたイザヤールが、ふわりと地上に降り立った。そして、ミミが居ることに気付いて微笑んだ。
「迎えに来てくれたのか、ありがとう」
そう言って彼は、優しく恋人を抱きしめた。抱きしめられてミミは、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔になって答えた。
「今日だけ・・・部屋で待っているのが、我慢できなくなっちゃいました・・・ごめんなさい」
「何故謝る」
「だって・・・自分が来たくて、来ちゃったから」
「嬉しいぞ」
二人は手をつなぎ、ゆっくりとリッカの宿屋までの短い距離を歩いた。
「今日は何故か、夕暮れの町を歩いていたら・・・泣きたくなってしまって。だから・・・イザヤール様とまた一緒に歩きたかったの」
「・・・そうか」
泣きたくなる気持ちはわかる気がする。イザヤールは呟く。決して悲しみだけの涙ではなく。郷愁。切なさ。灯りの下の幸せ。そんな諸々を思うと、胸がいっぱいになる、そんな感情。
「守護天使だった頃は、あまりわからなかったがな、そんな感情が」
彼は照れくさそうに言って低い声で笑った。
「・・・人間らしい感情、だからですか?」
彼女が尋ねると、イザヤールはいいや、と首を振った。そして立ち止まり、ミミの瞳をまっすぐ見つめて、言った。
「あの頃は・・・天使としての義務と、それから・・・おまえが待っているところに帰れる、そのことばかり考えていたからな、一日の終わりは」
「そんなこと・・・知らなかった・・・」
「当たり前だ、知られないように必死だったのだから」
そしてあの頃は、郷愁など感じることもなかった。それは当然だ。「故郷」に居たのだし、我々天使たちは、役目を全うすることばかりに、心血を注いできたのだから。
「あ・・・もう着いちゃった」
リッカの宿屋の入り口近くまで来て、ミミは呟いた。旅人たちがこの時間も、やはり暖かい灯りに誘われるかのように、ちらほらと吸い込まれていく。
「もう少し、城下町を歩いてから帰ろうか」
「いえ、いいんです。イザヤール様、お疲れだし。・・・一緒に帰って来られたから、いいんです」
「・・・そうか。だが、やはりもう少し、一緒に歩きたいな。黄昏過ぎの、町を」
こうして二人はもうしばらくセントシュタインの城下町をそぞろ歩き、家々の灯りを眺めた。冷たい風が吹く度、そっと身を寄せ合った。そしてリッカの宿屋に戻ってきて、裏口の戸を開けるときにようやく、つないでいた手を離した。
宿屋の台所は、クッキーの匂いから、夕食の出来上がった匂いに変わっていた。
「あ、おかえり。ミミ、イザヤールさん」
リッカやスタッフたちが、にっこり笑って出迎える。
「ただいま。旨そうな匂いだな」
イザヤールの言葉に、リッカは嬉しそうに顔を輝かせた。
「よかった。味もおいしいから、期待してね。今日のオススメは野菜とチーズたっぷりのグラタンよ」
さあさあ早く食堂に行って、とミミの背中を押すリッカに、元天使二人は、はからずも同時に同じ言葉を囁いた。
「リッカ、ありがとう」
「え?え?どうしたの、二人していきなり」
きょとんとするリッカ。ミミとイザヤールは照れくさそうに顔を見合わせてから、二人の思いを代弁するように、イザヤールは言った。
「我々二人に、帰る場所を提供してくれて、感謝している」
「やだ、どうしちゃったの、改まって」
リッカもまた照れくさそうに笑ってから、少し目を潤ませて続けて呟いた。
「二人が帰りたくなる場所に、この宿屋がなってるなら、とっても嬉しいな」
生まれ故郷でなくても、血縁の者が居なくても。灯りの下、気のおけない仲間たちが待っていて、誰かがおかえりと言ってくれるなら。そこが、帰る場所。心置きなく、帰れる場所。〈了〉
家々の窓から漏れる灯りは、どれも明るく暖かそうで、見つめていると、何故か、ふっと涙ぐみたくなるような気がした。
リッカの宿屋の裏口から暖かい台所に飛び込むと、焼き菓子の焼ける香ばしいバターの匂いが、ふわりとミミを包んだ。
「ただいま、リッカ」
「おかえり、ミミ」
「今日もいい匂いね、何を焼いてるの?」
「クッキーよ。ハロウィンの夜に子供たちに配るの」
そう言ってリッカは、既に焼き上がって冷ましている小さなクッキーを見せた。パンプキンヘッドやゴースト、コウモリなどが可愛らしく並んでいる。
「はい、ミミ、あ~ん」
パンプキンヘッド形の一つを摘まんで、リッカはミミの口にクッキーを入れた。それは、さく、と口の中で快い音を立ててほろりと崩れた。
「おいしい」
ミミはにっこり笑い、ごちそうさま、と囁いて、足取り軽くまた裏口に向かった。
「ミミ?また出かけるの?」
「うん」
外に出て行ったミミを見送り、リッカはああ、お出迎えね、と微笑んだ。
ミミがセントシュタインの町への入り口に着いたとき、ちょうどキメラの翼を使って帰ってきたイザヤールが、ふわりと地上に降り立った。そして、ミミが居ることに気付いて微笑んだ。
「迎えに来てくれたのか、ありがとう」
そう言って彼は、優しく恋人を抱きしめた。抱きしめられてミミは、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔になって答えた。
「今日だけ・・・部屋で待っているのが、我慢できなくなっちゃいました・・・ごめんなさい」
「何故謝る」
「だって・・・自分が来たくて、来ちゃったから」
「嬉しいぞ」
二人は手をつなぎ、ゆっくりとリッカの宿屋までの短い距離を歩いた。
「今日は何故か、夕暮れの町を歩いていたら・・・泣きたくなってしまって。だから・・・イザヤール様とまた一緒に歩きたかったの」
「・・・そうか」
泣きたくなる気持ちはわかる気がする。イザヤールは呟く。決して悲しみだけの涙ではなく。郷愁。切なさ。灯りの下の幸せ。そんな諸々を思うと、胸がいっぱいになる、そんな感情。
「守護天使だった頃は、あまりわからなかったがな、そんな感情が」
彼は照れくさそうに言って低い声で笑った。
「・・・人間らしい感情、だからですか?」
彼女が尋ねると、イザヤールはいいや、と首を振った。そして立ち止まり、ミミの瞳をまっすぐ見つめて、言った。
「あの頃は・・・天使としての義務と、それから・・・おまえが待っているところに帰れる、そのことばかり考えていたからな、一日の終わりは」
「そんなこと・・・知らなかった・・・」
「当たり前だ、知られないように必死だったのだから」
そしてあの頃は、郷愁など感じることもなかった。それは当然だ。「故郷」に居たのだし、我々天使たちは、役目を全うすることばかりに、心血を注いできたのだから。
「あ・・・もう着いちゃった」
リッカの宿屋の入り口近くまで来て、ミミは呟いた。旅人たちがこの時間も、やはり暖かい灯りに誘われるかのように、ちらほらと吸い込まれていく。
「もう少し、城下町を歩いてから帰ろうか」
「いえ、いいんです。イザヤール様、お疲れだし。・・・一緒に帰って来られたから、いいんです」
「・・・そうか。だが、やはりもう少し、一緒に歩きたいな。黄昏過ぎの、町を」
こうして二人はもうしばらくセントシュタインの城下町をそぞろ歩き、家々の灯りを眺めた。冷たい風が吹く度、そっと身を寄せ合った。そしてリッカの宿屋に戻ってきて、裏口の戸を開けるときにようやく、つないでいた手を離した。
宿屋の台所は、クッキーの匂いから、夕食の出来上がった匂いに変わっていた。
「あ、おかえり。ミミ、イザヤールさん」
リッカやスタッフたちが、にっこり笑って出迎える。
「ただいま。旨そうな匂いだな」
イザヤールの言葉に、リッカは嬉しそうに顔を輝かせた。
「よかった。味もおいしいから、期待してね。今日のオススメは野菜とチーズたっぷりのグラタンよ」
さあさあ早く食堂に行って、とミミの背中を押すリッカに、元天使二人は、はからずも同時に同じ言葉を囁いた。
「リッカ、ありがとう」
「え?え?どうしたの、二人していきなり」
きょとんとするリッカ。ミミとイザヤールは照れくさそうに顔を見合わせてから、二人の思いを代弁するように、イザヤールは言った。
「我々二人に、帰る場所を提供してくれて、感謝している」
「やだ、どうしちゃったの、改まって」
リッカもまた照れくさそうに笑ってから、少し目を潤ませて続けて呟いた。
「二人が帰りたくなる場所に、この宿屋がなってるなら、とっても嬉しいな」
生まれ故郷でなくても、血縁の者が居なくても。灯りの下、気のおけない仲間たちが待っていて、誰かがおかえりと言ってくれるなら。そこが、帰る場所。心置きなく、帰れる場所。〈了〉
そういえば昨日、徹夜(といっても2時まで)して、ハロウィンネタは殆ど完成したのに、後日談は全然という謎の現象が起きてます(笑)
一体どうなってるんだ、私の頭の中
・・・さて、昼間たっぷり寝たし、今日も徹夜して後日談を完成させるぞー!!
おはようございます☆秋冬って、だんだん日が短くなるのと気温低下と相まって、物思いを誘発するような気がするんですよね。・・・津久井の物思いは非常にくだらないですがw
おお~、遅くまで起きての執筆お疲れさまです!執筆「おうえん」返し!
書かなきゃ、と思うものはなかなか進まなくて、ふと思いついたものが筆が進む、というのは執筆あるある・・・?