バレンタインは終わりましたが、昨日が追加クエストもどきアップ日だった為、一日遅れで天使界師弟時代、ウォルロ村でのバレンタイン話をお送りします。来年にしようかとも思いましたが、絶対忘れるので、書きたいとき書いちゃえ~と思った次第。そして今回も前後編になってしまいました。本当は見習い天使が地上に行くことがあるかは謎ですが、いきなりぶっつけ本番で守護天使任務は厳しいと思うのでたぶん行ってる前提にしております。
山奥の小さな村、ウォルロ。清らかな水を湛える滝をはじめとする豊かな自然に恵まれているということ以外は、一見特に目立つところもない平凡な村だ。しかし、実はこの村は、この地の守護天使イザヤールの尽力のおかげで、世界でも有数の平和で美しい場所となっていた。そしてそれに伴い、星のオーラを大量に生み出す地ともなっていた。
今年の冬は寒さもそれほど厳しくなく、昨年の農作物の収穫量も豊かだったので、村人たちは概ね穏やかに満ち足りた様子で過ごしていた。充分な蓄えさえあれば、冬は辛く苦しいものではなく、春からの労働に備えてゆっくりとする休息の時となる。そんな村の空気を反映してか、雪のうっすら積もる橋の上を歩く少女の足取りも、軽やかだ。
もうすぐ、村の若者たちにはなかなか重要な行事、バレンタインデーだった。娯楽の少ないこの村では、甘いものを好意を抱く者に贈るというこのイベントが、クリスマスや収穫祭に劣らず若者たちの心を弾ませた。橋の上を歩くこの少女も、そんな高揚した気分を持つ村の若者たちの一人だった。彼女は、村で一番の器量良しで気立てもいい娘だと評判で、実際彼女が居る場所は、華やいだ楽しい雰囲気に包まれるのだった。
少女は、橋の向こうに友達の姿を見つけて小走りになったので、空のような青い瞳がいきいきと輝き、血色のいい頬に更に薔薇色の血の気が差し、綺麗にカールした黒髪がふさふさと揺れた。彼女は、鈴を振るような声で友人の名を呼び、手を振って言った。
「ね、ね、家に寄っていかない?いいものがあるのよ」
呼び止められた友人は、やはり同じ年頃の少女だった。こちらは赤みのかった茶色の髪に穏やかな子牛のような茶色の瞳をしていて、線の細い輪郭の蒼白い顔には、そばかすが点々と散っていた。こちらはもっぱら、器量は平凡だがおとなしいいい子だと大人たちに言われていた。彼女は、腕に抱えた小麦の入った麻袋をちょっと恥ずかしそうに見ながら、小さな声で答えた。
「ごめん、母さんに頼まれて、水車小屋に粉挽きに行かなきゃならないから・・・」
「いいじゃない、ちょっとくらい。ちょっとだから、寄っていってよ、ね、ね?相談したいこともあるのよ」
黒髪の少女の笑顔に押しきられ、茶色の髪の少女は、おとなしく友人の後についていった。
家に着くと、黒髪の少女は、友人に華やかな薄紙にくるまれた包みを見せた。
「ねえ見て見て、これ、チョコレートなのよ!父さんが、セントシュタインに行ったとき、お土産で買ってきてくれたの!一緒に食べよう♪」
「ありがとう、でもいいの?」
茶色の髪の少女は、都会らしい鮮やかな模様の包み紙に目を奪われながら、おずおずと尋ねた。彼女の家は父親を亡くしていたから、守護天使の加護のおかげで生活には困らない間でも、町からお菓子を買ってきてくれる人などあろう筈もない。友人や、守護天使から時折与えられる菓子が、彼女が得られる数少ない贅沢品だった。
「当たり前じゃない!たくさんあるんだし、友達と一緒に食べると楽しくておいしいもん♪」
屈託なく笑う綺麗な友人を、茶色の髪の少女は、眩しそうに眺めた。それから彼らはチョコレートを食べ、お茶を飲んだ。
「それで、相談って何?」
彼女が尋ねると、黒髪の少女は、ぽんと手を打ち合わせて答えた。
「あ、そうそう!もうすぐバレンタインじゃない?このチョコを使って、一緒に手作りチョコ作ろうよ!きっと楽しいよ。それにね・・・」黒髪の少女は、ほんのりと頬を染めて付け加えた。「私、チョコ渡したい人が居るんだ・・・」
それから、黒髪の少女は、友人の耳元に口を寄せて、内緒にしてねと、その渡したい相手の名前を囁いた。それを聞いて茶色の髪の少女は、顔色をさっといつもより一層蒼ざめさせたが、囁いた方は彼女の耳に口を寄せていたので、その異変に気付かなかった。
「そう・・・あの人のこと、好きなんだ。うまくいくといいね」
茶色の髪の少女はそう呟いたが、その声は僅かに震えていた。
「うん、ありがとう!じゃあ明日、一緒に手作りチョコ作り、してくれる?あなたもあなたの好きな人に渡せるじゃない?」
「うん・・・。じゃあ、また明日ね、チョコごちそうさま」
茶色の髪の少女はそう言うと、急ぎ足で友人の家を出ていった。
ウォルロの守護天使イザヤールは、たまたま村の巡回をしていて少女たちの今の会話を耳にした。守護天使には、人間の内心の声も聞こえる。聞いたことを考え合わせると厄介なことになりそうで、彼は腕組みをして眉をひそめた。
イザヤールは天使界に戻り、今日の務めを終えると、「ケンカ友達」ラフェットの居る図書室に向かった。そこには今日は彼の弟子であるミミも来ていて、ラフェットの弟子と一緒にバレンタインのチョコ作りをしている。人間も天使も年頃の女の子のすることは大して変わらないなと、自分もまだ若いくせに彼は思った。
弟子に愛らしい笑顔でおかえりなさいと出迎えられ、難しい顔をしていたイザヤールの顔が和んだ。ミミは、誰の為に作っているのだろう、僅かにほろ苦い思いで彼は思った。いつものように、友達に渡す物と、自分やオムイ様への義理だろうか。・・・それとも、今年は、誰か、想い人が・・・。
「どうしたのよイザヤール、コワイ顔を更に怖くしちゃって。うちの弟子が怖がるから、やめてよね」
ラフェットの声で我に返った。ミミのおかげで和んだが、どうやらまた渋面になっていたらしいと、彼は苦笑した。
「いや、地上で、ある意味厄介な問題に当たってな」
「へえ、なあに?ウォルロ村で風邪でも流行ってるの?それとも滝でも凍った?」
「どちらでもない。・・・いわゆる人間関係の感情のもつれというやつだ」
「あらあら、じゃあ確かにあなたが苦手な分野ね」
「うるさい」
ミミはチョコレートを混ぜながらも、師匠イザヤールとラフェットの話に注意が飛んでいた。ラフェット様と話す時のイザヤール様は、とても楽しそう・・・。美人で、優しくて、優秀な書記係の上級天使ラフェット様。イザヤール様と、とてもお似合いで・・・。
ミミはラフェットのことも大好きだったが、イザヤールと親密な雰囲気を漂わせるところを見る度に、胸の痛みを覚えていた。敵わないとわかっているから、彼女みたいな才色と地位の女性こそがイザヤールに相応しいとわかっているから余計に辛いのだ。いっそラフェットのことが嫌いだったらまだ楽だったかもしれないが、ミミは人を妬んだり恨んだりできる質ではなかった。
「で、厄介な問題って?ラフェットお姉様に言ってごらんなさい」
「誰が姉様だ、私とほぼ変わらないだろう。まあいい、意見を聞こう。・・・例えば、AとBという二人の少女が居る。Aは環境に恵まれ、自分に自信がある。対するBは、消極的で恵まれているとは言い難い。二人は親友同士だが、実はAもBも同じ男に好意を寄せている。AはそれをBに打ち明けた。Bは少なからずショックを受け、内心それを快く思っていないが、その感情を隠している。・・・厄介だろう」
「あ~、よくあるわよね、そういうパターン。友達と同じ人を好きになっちゃっうってやつ。私の今まで聞いた限りでは、かなりの高確率で友情の方が犠牲になるわ。特に、女の子の場合」
「そういうものか」
「まあ可哀想だけど、なるようにしかならないんじゃない?」
「それはそうなんだが・・・不幸な人間が増えると、星のオーラの回収率が悪くなるからな・・・」
ミミとラフェットの弟子は、いつの間にか手をお留守にして師匠たちの話に聞き入ってしまっていた。ラフェットの弟子が、ミミに囁いた。
「守護天使様って、たいへんなんだね」
「うん・・・」
何かイザヤール様の役に立てないだろうかとミミは心を痛めたが、何もできそうもなかった。せめて、お口に合って和んでもらえるチョコレートを頑張って作ろう。そう決意して、彼女は再びチョコ作りに専念した。
バレンタイン当日となった。ミミは、密かな切ない想いを込めて作ったチョコレートをポケットに忍ばせ、イザヤールの部屋に向かった。・・・「尊敬チョコ」としてしか、渡せないけれど・・・と、彼女は少し寂しげに濃い紫の瞳を潤ませた。
互いに切ない想いを抱えているとは知らず、ミミとイザヤールはいつものように勉強や特訓をした。チョコは、イザヤール様がウォルロ村の見回りに行く時にお渡ししよう。そう思っていたミミは、思いがけないことを師に告げられた。
「ミミ、今日はウォルロ村に一緒に行かないか。守護天使像にも、菓子がいくらか供えられるだろうから」
イザヤールはごくたまにだが、こうして弟子を地上に連れていってくれることがある。それはいつも、天候が安定していて、楽しそうな行事がある時だった。守護天使になりたいというミミの願いを知ってから彼は、このような形で少しずつ、彼女が地上に馴れるように手助けしてくれている。そんな優しさもまたミミの心をあたため、彼への密かな思慕を募らせる。
もちろん喜んで承知して、ミミは師匠の後について地上に向かった。
ウォルロ村に到着すると、イザヤールはさっそく村の巡回を始め、ミミはその後にぴったりとついて回った。意中の人、家族、日頃世話になっている者へ等、村の少女たちがチョコレートを渡す相手も様々で、そして気になる女の子からチョコをもらおうとそわそわしている少年や若者たちが、用もないのに村の中心をうろうろしていたりして、村の様子もどこか、いつもより華やいだ感じがする。
村は今日も平和そうだなとイザヤールは微笑んで、守護天使像のところに戻ってきて、ミミに像の台座を見せた。
「ほら、ミミ。どうやら守護天使にも、感謝を分けてくれているようだぞ」
台座には、村のどの男性宛よりもたくさんのチョコレートが積まれていた。イザヤール様、人間の女の子にも人気なんだあ・・・と、ミミは尊敬とちょっぴり複雑な心で彼を見上げる。
「イザヤール様、モテモテですね、すごい」
ミミが大真面目に言ったので、イザヤールは吹き出した。
「おそらく、私がこの守護天使像に全く似ていないと知ったら、少なくともチョコレートに関しては供えられることはなかろうな」
そう言って笑う彼の整った横顔をちらちら見て、絶対そんなことないのに・・・とミミは思う。自分たちの守護天使様が、こんな男らしくかっこいい天使様だと村の女の子たちが知ったら、チョコレートはもっと増えてしまうだろう。・・・天使界でだって、イザヤール様にチョコを渡しに来た人が、たくさん居たから・・・。
そうだ、自分のチョコレートはいつ渡そう。好きだと、愛していると告げて渡せたら、どんなにいいだろう・・・でもそれは、師弟である限り、決して許されない。告げたら最後、弟子として傍らに居ることさえ、叶わなくなる。ミミは俯き、チョコレートを忍ばせた部分を思わず押さえた。尊敬チョコだと偽って渡すだけなのに、心臓がドキドキして、苦しい・・・。
と、イザヤールの声で我に返った。
「ミミ、もう一回りしたら、供えられたチョコレートを持って、帰ろう」
慌ててまたイザヤールの後について村を回ると、一軒の家の前に来て、彼が首を傾げた。茶色の髪の少女が、人目を避けるように黒髪の少女の家に入っていったのだ。
窓から様子を窺うと、彼女はテーブルの上にあった可愛らしくラッピングされた包みを取り上げ、自分の上着の中に隠すようにして、そっと家を出て、走り出した。
「イザヤール様、これって・・・」
ミミの言葉にイザヤールは難しい顔で頷き、二人は茶色の髪の少女の後を追った。〈続く〉
山奥の小さな村、ウォルロ。清らかな水を湛える滝をはじめとする豊かな自然に恵まれているということ以外は、一見特に目立つところもない平凡な村だ。しかし、実はこの村は、この地の守護天使イザヤールの尽力のおかげで、世界でも有数の平和で美しい場所となっていた。そしてそれに伴い、星のオーラを大量に生み出す地ともなっていた。
今年の冬は寒さもそれほど厳しくなく、昨年の農作物の収穫量も豊かだったので、村人たちは概ね穏やかに満ち足りた様子で過ごしていた。充分な蓄えさえあれば、冬は辛く苦しいものではなく、春からの労働に備えてゆっくりとする休息の時となる。そんな村の空気を反映してか、雪のうっすら積もる橋の上を歩く少女の足取りも、軽やかだ。
もうすぐ、村の若者たちにはなかなか重要な行事、バレンタインデーだった。娯楽の少ないこの村では、甘いものを好意を抱く者に贈るというこのイベントが、クリスマスや収穫祭に劣らず若者たちの心を弾ませた。橋の上を歩くこの少女も、そんな高揚した気分を持つ村の若者たちの一人だった。彼女は、村で一番の器量良しで気立てもいい娘だと評判で、実際彼女が居る場所は、華やいだ楽しい雰囲気に包まれるのだった。
少女は、橋の向こうに友達の姿を見つけて小走りになったので、空のような青い瞳がいきいきと輝き、血色のいい頬に更に薔薇色の血の気が差し、綺麗にカールした黒髪がふさふさと揺れた。彼女は、鈴を振るような声で友人の名を呼び、手を振って言った。
「ね、ね、家に寄っていかない?いいものがあるのよ」
呼び止められた友人は、やはり同じ年頃の少女だった。こちらは赤みのかった茶色の髪に穏やかな子牛のような茶色の瞳をしていて、線の細い輪郭の蒼白い顔には、そばかすが点々と散っていた。こちらはもっぱら、器量は平凡だがおとなしいいい子だと大人たちに言われていた。彼女は、腕に抱えた小麦の入った麻袋をちょっと恥ずかしそうに見ながら、小さな声で答えた。
「ごめん、母さんに頼まれて、水車小屋に粉挽きに行かなきゃならないから・・・」
「いいじゃない、ちょっとくらい。ちょっとだから、寄っていってよ、ね、ね?相談したいこともあるのよ」
黒髪の少女の笑顔に押しきられ、茶色の髪の少女は、おとなしく友人の後についていった。
家に着くと、黒髪の少女は、友人に華やかな薄紙にくるまれた包みを見せた。
「ねえ見て見て、これ、チョコレートなのよ!父さんが、セントシュタインに行ったとき、お土産で買ってきてくれたの!一緒に食べよう♪」
「ありがとう、でもいいの?」
茶色の髪の少女は、都会らしい鮮やかな模様の包み紙に目を奪われながら、おずおずと尋ねた。彼女の家は父親を亡くしていたから、守護天使の加護のおかげで生活には困らない間でも、町からお菓子を買ってきてくれる人などあろう筈もない。友人や、守護天使から時折与えられる菓子が、彼女が得られる数少ない贅沢品だった。
「当たり前じゃない!たくさんあるんだし、友達と一緒に食べると楽しくておいしいもん♪」
屈託なく笑う綺麗な友人を、茶色の髪の少女は、眩しそうに眺めた。それから彼らはチョコレートを食べ、お茶を飲んだ。
「それで、相談って何?」
彼女が尋ねると、黒髪の少女は、ぽんと手を打ち合わせて答えた。
「あ、そうそう!もうすぐバレンタインじゃない?このチョコを使って、一緒に手作りチョコ作ろうよ!きっと楽しいよ。それにね・・・」黒髪の少女は、ほんのりと頬を染めて付け加えた。「私、チョコ渡したい人が居るんだ・・・」
それから、黒髪の少女は、友人の耳元に口を寄せて、内緒にしてねと、その渡したい相手の名前を囁いた。それを聞いて茶色の髪の少女は、顔色をさっといつもより一層蒼ざめさせたが、囁いた方は彼女の耳に口を寄せていたので、その異変に気付かなかった。
「そう・・・あの人のこと、好きなんだ。うまくいくといいね」
茶色の髪の少女はそう呟いたが、その声は僅かに震えていた。
「うん、ありがとう!じゃあ明日、一緒に手作りチョコ作り、してくれる?あなたもあなたの好きな人に渡せるじゃない?」
「うん・・・。じゃあ、また明日ね、チョコごちそうさま」
茶色の髪の少女はそう言うと、急ぎ足で友人の家を出ていった。
ウォルロの守護天使イザヤールは、たまたま村の巡回をしていて少女たちの今の会話を耳にした。守護天使には、人間の内心の声も聞こえる。聞いたことを考え合わせると厄介なことになりそうで、彼は腕組みをして眉をひそめた。
イザヤールは天使界に戻り、今日の務めを終えると、「ケンカ友達」ラフェットの居る図書室に向かった。そこには今日は彼の弟子であるミミも来ていて、ラフェットの弟子と一緒にバレンタインのチョコ作りをしている。人間も天使も年頃の女の子のすることは大して変わらないなと、自分もまだ若いくせに彼は思った。
弟子に愛らしい笑顔でおかえりなさいと出迎えられ、難しい顔をしていたイザヤールの顔が和んだ。ミミは、誰の為に作っているのだろう、僅かにほろ苦い思いで彼は思った。いつものように、友達に渡す物と、自分やオムイ様への義理だろうか。・・・それとも、今年は、誰か、想い人が・・・。
「どうしたのよイザヤール、コワイ顔を更に怖くしちゃって。うちの弟子が怖がるから、やめてよね」
ラフェットの声で我に返った。ミミのおかげで和んだが、どうやらまた渋面になっていたらしいと、彼は苦笑した。
「いや、地上で、ある意味厄介な問題に当たってな」
「へえ、なあに?ウォルロ村で風邪でも流行ってるの?それとも滝でも凍った?」
「どちらでもない。・・・いわゆる人間関係の感情のもつれというやつだ」
「あらあら、じゃあ確かにあなたが苦手な分野ね」
「うるさい」
ミミはチョコレートを混ぜながらも、師匠イザヤールとラフェットの話に注意が飛んでいた。ラフェット様と話す時のイザヤール様は、とても楽しそう・・・。美人で、優しくて、優秀な書記係の上級天使ラフェット様。イザヤール様と、とてもお似合いで・・・。
ミミはラフェットのことも大好きだったが、イザヤールと親密な雰囲気を漂わせるところを見る度に、胸の痛みを覚えていた。敵わないとわかっているから、彼女みたいな才色と地位の女性こそがイザヤールに相応しいとわかっているから余計に辛いのだ。いっそラフェットのことが嫌いだったらまだ楽だったかもしれないが、ミミは人を妬んだり恨んだりできる質ではなかった。
「で、厄介な問題って?ラフェットお姉様に言ってごらんなさい」
「誰が姉様だ、私とほぼ変わらないだろう。まあいい、意見を聞こう。・・・例えば、AとBという二人の少女が居る。Aは環境に恵まれ、自分に自信がある。対するBは、消極的で恵まれているとは言い難い。二人は親友同士だが、実はAもBも同じ男に好意を寄せている。AはそれをBに打ち明けた。Bは少なからずショックを受け、内心それを快く思っていないが、その感情を隠している。・・・厄介だろう」
「あ~、よくあるわよね、そういうパターン。友達と同じ人を好きになっちゃっうってやつ。私の今まで聞いた限りでは、かなりの高確率で友情の方が犠牲になるわ。特に、女の子の場合」
「そういうものか」
「まあ可哀想だけど、なるようにしかならないんじゃない?」
「それはそうなんだが・・・不幸な人間が増えると、星のオーラの回収率が悪くなるからな・・・」
ミミとラフェットの弟子は、いつの間にか手をお留守にして師匠たちの話に聞き入ってしまっていた。ラフェットの弟子が、ミミに囁いた。
「守護天使様って、たいへんなんだね」
「うん・・・」
何かイザヤール様の役に立てないだろうかとミミは心を痛めたが、何もできそうもなかった。せめて、お口に合って和んでもらえるチョコレートを頑張って作ろう。そう決意して、彼女は再びチョコ作りに専念した。
バレンタイン当日となった。ミミは、密かな切ない想いを込めて作ったチョコレートをポケットに忍ばせ、イザヤールの部屋に向かった。・・・「尊敬チョコ」としてしか、渡せないけれど・・・と、彼女は少し寂しげに濃い紫の瞳を潤ませた。
互いに切ない想いを抱えているとは知らず、ミミとイザヤールはいつものように勉強や特訓をした。チョコは、イザヤール様がウォルロ村の見回りに行く時にお渡ししよう。そう思っていたミミは、思いがけないことを師に告げられた。
「ミミ、今日はウォルロ村に一緒に行かないか。守護天使像にも、菓子がいくらか供えられるだろうから」
イザヤールはごくたまにだが、こうして弟子を地上に連れていってくれることがある。それはいつも、天候が安定していて、楽しそうな行事がある時だった。守護天使になりたいというミミの願いを知ってから彼は、このような形で少しずつ、彼女が地上に馴れるように手助けしてくれている。そんな優しさもまたミミの心をあたため、彼への密かな思慕を募らせる。
もちろん喜んで承知して、ミミは師匠の後について地上に向かった。
ウォルロ村に到着すると、イザヤールはさっそく村の巡回を始め、ミミはその後にぴったりとついて回った。意中の人、家族、日頃世話になっている者へ等、村の少女たちがチョコレートを渡す相手も様々で、そして気になる女の子からチョコをもらおうとそわそわしている少年や若者たちが、用もないのに村の中心をうろうろしていたりして、村の様子もどこか、いつもより華やいだ感じがする。
村は今日も平和そうだなとイザヤールは微笑んで、守護天使像のところに戻ってきて、ミミに像の台座を見せた。
「ほら、ミミ。どうやら守護天使にも、感謝を分けてくれているようだぞ」
台座には、村のどの男性宛よりもたくさんのチョコレートが積まれていた。イザヤール様、人間の女の子にも人気なんだあ・・・と、ミミは尊敬とちょっぴり複雑な心で彼を見上げる。
「イザヤール様、モテモテですね、すごい」
ミミが大真面目に言ったので、イザヤールは吹き出した。
「おそらく、私がこの守護天使像に全く似ていないと知ったら、少なくともチョコレートに関しては供えられることはなかろうな」
そう言って笑う彼の整った横顔をちらちら見て、絶対そんなことないのに・・・とミミは思う。自分たちの守護天使様が、こんな男らしくかっこいい天使様だと村の女の子たちが知ったら、チョコレートはもっと増えてしまうだろう。・・・天使界でだって、イザヤール様にチョコを渡しに来た人が、たくさん居たから・・・。
そうだ、自分のチョコレートはいつ渡そう。好きだと、愛していると告げて渡せたら、どんなにいいだろう・・・でもそれは、師弟である限り、決して許されない。告げたら最後、弟子として傍らに居ることさえ、叶わなくなる。ミミは俯き、チョコレートを忍ばせた部分を思わず押さえた。尊敬チョコだと偽って渡すだけなのに、心臓がドキドキして、苦しい・・・。
と、イザヤールの声で我に返った。
「ミミ、もう一回りしたら、供えられたチョコレートを持って、帰ろう」
慌ててまたイザヤールの後について村を回ると、一軒の家の前に来て、彼が首を傾げた。茶色の髪の少女が、人目を避けるように黒髪の少女の家に入っていったのだ。
窓から様子を窺うと、彼女はテーブルの上にあった可愛らしくラッピングされた包みを取り上げ、自分の上着の中に隠すようにして、そっと家を出て、走り出した。
「イザヤール様、これって・・・」
ミミの言葉にイザヤールは難しい顔で頷き、二人は茶色の髪の少女の後を追った。〈続く〉
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