セントシュタイン三丁目

DQ9の二次創作(主にイザ女主小説)の、全くの個人的趣味なブログです。攻略の役には立ちません。悪しからずご了承ください。

残される者の想いを知らずに

2022年02月12日 21時58分13秒 | 本編前
またもやものすごく久々になってしまいましたが、イザヤール様帰還記念なのでお話書いてみよう~ということで、天使界時代、本編が始まる直前くらいの頃話。今までに何度も出ているテーマですが、「自分はもう居なくて大丈夫だと考える師匠と、残されて複雑な思いの弟子」が二代続いている、というところを書いてみました。相変わらずの両片想いですが、ほんのりラフェ➡イザ風味も?

 世界樹が、捧げられた星のオーラの光を受けて、煌めいた。それを見届けてから、ウォルロの守護天使イザヤールは、徐にこの階層の端まで歩いてゆき、雲海の遥か先を、星空と地平線が交わるほど遠くを、しばらく眺めていた。
 この場所は、彼の師であるエルギオスと、最後の会話を交わした場所でもあった。あのとき、止める術は無かったのかと、幾度となく思ったことだろう。人間を信じたいと言って飛び去っていった師のことを思う度に、後悔だけではない、複雑な思いがイザヤールの胸を微かに噛んでいた。
 他の天使たちが皆エルギオスは死んだと言う中、イザヤールは決してそのことを信じていなかった。だが、生きているのなら何故天使界に戻って来ないのかを考えると、それもまた、師の天使にはあるまじき行為の証しになってしまう。そのこともまた、彼の心に影を落とすのだった。
(エルギオス様は、同胞である自分たち天使よりも、人間の方を選んだということだろうか…)
 あのような弱くて、愚かで、自分たち天使の助けが無ければ、生きていくことさえままならない者たちの為に、何故、と、これも幾度となく詮無き問いをしたことだろう。その問いを直接する為にも、もう一度師に会いたい、守護天使としての務めを終えたら、必ず探しに行くと誓い、その為の準備を、着実に進めてきて、もうすぐその思いも叶えることができそうになっている。
(ミミなら、私に代わって、ウォルロの守護天使の役目を立派に果たせるだろう。これで、安心して旅立てる)
 自分が天使界を離れても、星のオーラは順調に集まり続け、天使界と、ウォルロ村の日々は、滞り無く穏やかに続いてゆくことだろう。そのことは彼の憂いを晴らし、安堵を与えた。だが、もちろん喜びの感情だけでは無かった。これまで毎日のように会えていた愛しい者を、手放さなくてはならないのだから。
 常に沈着冷静で、天使界屈指の意志の強さの持ち主との定評があり、自分でも大概のことは耐えられる自負があるイザヤールだったが、弟子のミミへの想いは、彼の感情の柔らかな部分を突いてくる謂わばアキレス腱だった。己の心を制御しきれなくなりそうだという未知の経験は、これまで挫折感を知らず、困難もひたすら努力で解決できてきた彼にとって、戸惑いであり、簡単には許しがたいものだった。ずっと己の胸だけに秘め、しかしその想いが在ること自体は認めることで、ようやく折り合いをつけられるようになってきたのだ。
 想いの方はともかく、ミミにウォルロ村の守護を任せること自体は、イザヤールはほとんど心配していなかった。この数百年の間に、強力な魔物はほぼ駆逐してあり、そしてミミは、見習い天使の中でも飛び抜けて優秀な知識と技術も身につけていた。そして何より、物静かな佇まいに秘めた不屈の精神と、他者の苦しみに手を差し伸べる優しさを持っている。これは、どんなスキルよりも守護天使に必要な資質だ。実践経験が少ないとはいえ、彼女が問題なく務めを果たせることを、イザヤールは確信していた。
(そうだ、私が居なくても大丈夫だ・・・)
 もちろん、自分が旅立つ時は、寂しがってはくれるだろう。心細いとも思うかもしれない。だがそれは、環境の変化に伴う寂しさであろうから、そのような寂しさは、いずれ日々の忙しさに紛れて、薄れていくことだろう・・・。
 ここで、ふと誰かが歩み寄ってくる気配を感じて、イザヤールは物思いから覚めた。
「ラフェットか。こんな時間に、どうした」
 見習い時代からの、いわば同期の一人であり、励まし合うと言うよりは、軽口を叩きあったり、時には喧嘩もする悪友とでも言うべき存在、ラフェット。憧れの天使界の書記職に就いたと誇らしげに自慢してきたことが昨日のように思われるのに、今や見習い天使たちの間では、すてきな大人の女性として評判らしい。そのことをイザヤールがからかうと、そのからかいは、何倍にもなって帰ってくるのだった。今も、いたずらっぽい目で、笑いを堪えるような顔つきをしている。
「星空を見に来たのよ。ここが、天使界で一番眺めがいいからね。悪い?」
「まあ、見習い天使にとっては、悪い手本だろうな。ここは一応、星のオーラを捧げに来る守護天使以外は、立ち入り禁止区域だろう」
「それは見習い天使の話でしょ、これでも立派な上級天使だけど、何か問題あるかしら?相変わらず頭が固いのねえ」
「固くて結構。守備力の足しくらいにはなるだろう」
「それ、冗談のつもり?笑えなさすぎて笑えるわ」
「なら勝手に笑ってろ。じゃあな」
 立ち去ろうとしたイザヤールの背中に、ラフェットの、軽口から一転した静かな声が投げ掛けられた。
「・・・また、エルギオス様のことを考えていたのね。やっぱり、本当に、探しに行くつもり?」
 イザヤールは歩みを止め、振り向かずに、ただ一言、答えた。
「ああ」
「そう・・・。でも、ミミはきっと、とても寂しがると思うわ」
 弟子の名前が出たことに微かに動揺して、イザヤールの声が僅かに尖った。
「ミミなら、きっと大丈夫だ。・・・あの子はもう、上級天使になれる実力を持っているし、なんでも安心して任せられる。一人にして問題無い」
 ラフェットは、そんなイザヤールの背から、彼方の星空に視線を移し、呟いた。
「もしかしたら、エルギオス様も、ここから飛び立つ時、同じようなことを思ったのかもしれないわね・・・イザヤールは、自分が居なくても大丈夫だろうって」
 その言葉に、イザヤールがはっとして振り返ると、今度は、ラフェットが遠くを見つめて背中を向けている為に、彼女の表情は見えなかった。しばらく沈黙してから、イザヤールはまた一言、呟いた。
「・・・そうかもな」
 遠ざかっていくイザヤールの足音を聞きながら、ラフェットは数多の星を見つめ、小さな声で祈った。
「エルギオス様・・・星空の中に居るのなら、イザヤールに応えてあげてください・・・。彼が必要も無いのに地上へ旅立ってしまったら、ミミだけじゃない、みんなきっと、寂しいわ・・・」

 イザヤールが自室に戻る頃には、夜ももうだいぶ更けていた。庭園側から回ると、窓から灯りが見えた。今夜も、ミミが居てくれている、口の中で呟いて、イザヤールの少し張り詰めていた表情が、微かに柔らかくなった。
 ミミは見習い天使で、本来なら寮に門限までに戻るのが規則だが、もうすぐ守護天使になるのが決まっているのと、師であるイザヤールの許可があることで、門限に関してはほぼ大目に見られるようになっていた。
 規律にうるさい筈の自分が、率先して規律破りの片棒を担いでいるのだからな、と、毎回思う自虐を呟きながらも、イザヤールのいくらか柔らかな表情は消えなかった。ミミの方は師として慕ってくれているだけだとしても、共に過ごせるこのひとときは、彼にとって特別なものだった。況して、そのひとときがあと少しのものなら、なおさらだ。
 窓の外から見たミミは、椅子に腰かけずに、暖炉の前の柔らかな敷物の上に、膝を抱えるようにして座っていた。それまでは読書でもしていたのか、傍らに本がページを開いたまま滑り落ちていたが、彼女の視線は暖炉の炎に向けられていて、その愛らしい横顔は、艶やかな髪に隠れてよく見えない。
「ただいま、ミミ」
 イザヤールの声を聞いた途端に、ミミは顔を上げた。長い睫毛に縁取られた濃い紫の瞳が輝き、陽光がかかるようにみるみる微笑みが顔に広がる。
「おかえりなさい、イザヤール様」
 本を置きっぱなしにしていたことに慌てたり、温かい飲み物を用意しようと甲斐甲斐しく動くミミ。いつもの、そしてとてもいとおしい光景だ。むしろはしゃぎすぎているように見えるのは、気のせいだろうか、イザヤールは思う。
 少し前に、ウォルロ村を任せること、自分は旅に出ることを告げたとき、さすがにミミは動揺し、ほんのりと淡い薔薇色の頬は、明らかに蒼白になった。それでもその後は、ますます熱心に守護天使の務めの心得を学び、準備に勤しむ姿は、屈託無く、いつもの物静かながらも意欲的なミミに見えた。
 それでも・・・無理をしてはいないか、それとも、そう思うのは、自惚れなのかと、イザヤールの心は揺れる。先ほどは、ミミなら大丈夫だと、あれほど断言したというのに。
「今日も、よく頑張ったようだな」
 そう呟いて、彼はミミの頭をそっとなでた。こうすることしか、してやれない。それがもどかしくも、切なかった。
「イザヤール様・・・」やがてミミが、小さく呟いた。「私、もっともっと、頑張ります・・・」
 ですから、安心して行ってきてくださいという言葉は飲み込んで、ミミは唇をきゅっと結んだ。言ったら、今夜はきっと、泣いてしまう。笑顔で言うには、まだ、もう少し時間がかかってしまいそうだから・・・。
 うつむいて頭をなでられたままのミミを見下ろし、イザヤールはなでる手を止めたが、手はそのまま頭から離れなかった。今手を離したら、抱きしめてしまいそうで。
 大丈夫なのかもしれないし、大丈夫ではないのかもしれない。だが、ミミは自分を心配させまいと送り出そうとしてくれている。それだけは、彼にもわかった。大丈夫だ、必ず、エルギオス様を見つけて、必ず、帰ってくるから・・・。
 旅立つその日が来るまでのあと僅かの間、このひとときを、なるべく長くいつものように過ごせるように。ようやくミミの頭から手を離し、椅子に腰を落ち着けると、寛いだ様子で、まだ温かいカップに手を伸ばす。いつもの、一日の終わり近くの光景だ。もう少ししたら、ミミに出した課題のチェックをてきぱきと始めることだろう。そんなイザヤールを見つめ、ミミも涙を押し戻し、幸せそうに微笑んだ。〈了〉
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