またもやなんてことない日常のひとこま的な、短めイザ女主話。幸せとか平和とかって、なんてことない小さな楽しいことをたくさん積み上げられること、なのかもしれませんねとふと思いました。
実りの秋の太陽は、夕方を迎えるやいなや驚くほど早く去っていく。まるで、働き過ぎずに早く休めと言うかのように。収穫は霜の到来との競争だと、畑や果樹の持ち主たちは、早すぎる一日の終わりを恨めしげに迎える。
そんな中、今日ミミが手伝いに行った果樹園は、無事に今年の分の収穫は全て終わった。お礼にと、リッカの宿屋に後日林檎を、おがくず入りの木箱に詰めて、届けてくれるとのことだった。その他に籠にいっぱいの果物を持たされて、ミミはずっしりした重さと果実の甘い香りに幸せな気持ちになって、帰路に就いた。
暗い中帰るの怖くない?と果樹園の主の娘はミミに聞き、ミミは笑っていいえと答えた。そっか、冒険者さんだもんね。それとも、いいひとがお迎えに来るから?どちらも正解だけれどそれだけじゃない。月明かりはあるし、星たちが、見ていてくれるから。むしろ荒野の夜の方が、怖くない。
遠吠えする野犬も、ミミの前では尾を垂れて甘えた声を出し、邪悪な魔物も、愛用のロトの剣の白刃の煌めきを一目見れば、恐れおののいて逃げていく。でも、本当はとミミは思う。夜はともかく、日のあるうちは、非力な者でも安心して出歩けるのが、真の平和と呼ばれるものなのだろう。リッカとその祖父が、守護天使の加護を信じきって、安心して山道を歩いていたように。地上の守り人として、そんな平和を守れたらと思う。
一番恐ろしいのは、獣や魔物ではなく。人の心であり、また悪意でなくとも人を苦しめることができるのも人間の悲劇だと、翼無き天使として地上を旅したミミは知っていた。しかしその一方で、優しくも崇高になれるのもまた人間であるということも、地上を旅して知ることができた。
(でも、私、まだまだ知らないことだらけ・・・)
人間からは考えられないほど長く生きてきたミミだが、天使として天使の中で生きるというのは、汚いものや恐ろしいものから隔離され、守られるということだ。今生きているどの人間よりも精神的に老成していながら、幼さも多分に残っているというアンバランスさは、その辺りから来ているのだろう。ミミよりずっと長く守護天使として人間たちを見てきたイザヤールさえも、いくらかそのようなところがある。
だからこそ、共に人としての喜びも悲しみも分かち合い人間としても成長して生きていきたいと、彼は言ってくれた。ただし、なるべく悲しみからはおまえを守りたい、とも。私もイザヤール様を悲しみから守りたい、とミミも思う。たとえ悲しみを受けても、互いに寄り添えれば、少しずつでも心の傷は癒えていくと信じたい。
(とにかく今は、怖いくらい幸せだから、その幸せを大切にするもの・・・)
微笑んでミミは、歩みを更に速めた。この果物籠を、早くみんなに、届けたい。星は、協力するように心持ち光を強めて、ミミの足元を照らしてくれた。石ころや木の根を避けて、彼女は軽やかに歩いた。
と、ここで、ふいに果物籠が軽くなった。あたたかく逞しい手が、ミミの手に添えるようにして、果物籠の柄を持ち上げている。
「おかえり、ミミ」
手の主は囁いて、微笑んだ。見上げるミミの顔にも、みるみる花開くような笑みが広がる。
「イザヤール様、お迎え、ありがとうございます」
「重かっただろう、私が持つから、ほら、籠を渡して・・・」
ミミが首を振って添えた手をそっと握りしめたので、イザヤールは言いかけた言葉を飲み込んで、楽しげに笑った。
帰り道が少しも怖くなくても、ああ、お迎えしてもらえるってやっぱり嬉しい・・・。果物籠の柄の上で、重なった手をそのままに。二人は帰り着くまで、そうして籠を一緒に持って、歩いた。〈了〉
実りの秋の太陽は、夕方を迎えるやいなや驚くほど早く去っていく。まるで、働き過ぎずに早く休めと言うかのように。収穫は霜の到来との競争だと、畑や果樹の持ち主たちは、早すぎる一日の終わりを恨めしげに迎える。
そんな中、今日ミミが手伝いに行った果樹園は、無事に今年の分の収穫は全て終わった。お礼にと、リッカの宿屋に後日林檎を、おがくず入りの木箱に詰めて、届けてくれるとのことだった。その他に籠にいっぱいの果物を持たされて、ミミはずっしりした重さと果実の甘い香りに幸せな気持ちになって、帰路に就いた。
暗い中帰るの怖くない?と果樹園の主の娘はミミに聞き、ミミは笑っていいえと答えた。そっか、冒険者さんだもんね。それとも、いいひとがお迎えに来るから?どちらも正解だけれどそれだけじゃない。月明かりはあるし、星たちが、見ていてくれるから。むしろ荒野の夜の方が、怖くない。
遠吠えする野犬も、ミミの前では尾を垂れて甘えた声を出し、邪悪な魔物も、愛用のロトの剣の白刃の煌めきを一目見れば、恐れおののいて逃げていく。でも、本当はとミミは思う。夜はともかく、日のあるうちは、非力な者でも安心して出歩けるのが、真の平和と呼ばれるものなのだろう。リッカとその祖父が、守護天使の加護を信じきって、安心して山道を歩いていたように。地上の守り人として、そんな平和を守れたらと思う。
一番恐ろしいのは、獣や魔物ではなく。人の心であり、また悪意でなくとも人を苦しめることができるのも人間の悲劇だと、翼無き天使として地上を旅したミミは知っていた。しかしその一方で、優しくも崇高になれるのもまた人間であるということも、地上を旅して知ることができた。
(でも、私、まだまだ知らないことだらけ・・・)
人間からは考えられないほど長く生きてきたミミだが、天使として天使の中で生きるというのは、汚いものや恐ろしいものから隔離され、守られるということだ。今生きているどの人間よりも精神的に老成していながら、幼さも多分に残っているというアンバランスさは、その辺りから来ているのだろう。ミミよりずっと長く守護天使として人間たちを見てきたイザヤールさえも、いくらかそのようなところがある。
だからこそ、共に人としての喜びも悲しみも分かち合い人間としても成長して生きていきたいと、彼は言ってくれた。ただし、なるべく悲しみからはおまえを守りたい、とも。私もイザヤール様を悲しみから守りたい、とミミも思う。たとえ悲しみを受けても、互いに寄り添えれば、少しずつでも心の傷は癒えていくと信じたい。
(とにかく今は、怖いくらい幸せだから、その幸せを大切にするもの・・・)
微笑んでミミは、歩みを更に速めた。この果物籠を、早くみんなに、届けたい。星は、協力するように心持ち光を強めて、ミミの足元を照らしてくれた。石ころや木の根を避けて、彼女は軽やかに歩いた。
と、ここで、ふいに果物籠が軽くなった。あたたかく逞しい手が、ミミの手に添えるようにして、果物籠の柄を持ち上げている。
「おかえり、ミミ」
手の主は囁いて、微笑んだ。見上げるミミの顔にも、みるみる花開くような笑みが広がる。
「イザヤール様、お迎え、ありがとうございます」
「重かっただろう、私が持つから、ほら、籠を渡して・・・」
ミミが首を振って添えた手をそっと握りしめたので、イザヤールは言いかけた言葉を飲み込んで、楽しげに笑った。
帰り道が少しも怖くなくても、ああ、お迎えしてもらえるってやっぱり嬉しい・・・。果物籠の柄の上で、重なった手をそのままに。二人は帰り着くまで、そうして籠を一緒に持って、歩いた。〈了〉
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