「天使の日」
早朝のリッカの宿屋の一室。朝日が射し込む中、一組の冒険者カップルが起き出そうとしていた。
「おはよう、ミミ」
イザヤールは寝床から滑り出て、もう一つのベッドの恋人の顔を覗き込んだ。
「おはようございます、イザヤール様・・・」
ミミは答えて、眠そうに長い睫毛を持ち上げて恋人の顔を見上げた。それから顔が近いことに気付いて、恥ずかしそうに毛布を引っ張り上げた。それで、濃い紫の瞳だけが、潤んで覗いた。
そんなふうにされたら、こうしたくなる。
イザヤールは笑って、毛布をそっとずらして、露になったやわらかな唇に、己の唇を優しく重ねた。
と、そこへ。
遠慮呵責のない、ノックの音。その無情な音で、キスの先への機会をまた逃してしまったバカップルだが、それはさておき。
イザヤールは渋々身を起こして戸口に向かい、ミミも飛び起きてその後を追った。こんな早朝に誰だろう。リッカだとしても早すぎる。
扉を開けると、そこに立っていたのは、なんとラヴィエルだった。
「おはよう、ミミ、イザヤール」
「ラヴィエル?何の用だ?」
甘い時間の邪魔をされて少々しかめっ面のイザヤールを後目に、ラヴィエルは部屋に入ってきて、ベッドに腰を下ろして言った。
「旅人たちの噂で聞いたのだが、今日は『天使の日』だそうだ」
「天使の日?でも、天使の記憶はもう人間たちにないはずじゃあ・・・」
ミミが首を傾げると、ラヴィエルは笑って言った。
「今の人間たちにとって、天使という言葉は、『エルフとか精霊とかみたいな、いるかどうかわかんないけどまあ羽の生えたアレ』というカテゴリーに入ってるらしいぞ。ほら、アイテムとかモチーフでまだ残っているだろう」
「あ、そうか。『天使のすず』とかまだあるものね」
ミミは納得し、イザヤールの方はまた少し渋面を増して尋ねた。イヤな予感がしたのだ。
「・・・で、用件は」
「あ、そうそう。天使の日ということで、今日一日ゆっくりさせてもらおうと思ってな」
「・・・何?!」
何故そうなる?と呆気に取られるイザヤールをよそに、ラヴィエルは楽しげに言った。
「まずは、イザヤール、とりあえず『天使の扉』の見張りを頼む。ただカウンターに座っていればいいから。で、ミミ、その間、買い物に付き合ってくれ。妖精の市場で、ちょっといいものを見つけたから。あ、買い物と言えば」
ここでラヴィエル、改まった、だが目は思いきり笑っている顔で、イザヤールに向き直った。
「可愛い妹に、ショッピングのお小遣いをくれないか、兄上☆」
「こんな時だけ兄貴扱いするな!」
「いいじゃないか、昨日ゴルスラ山ほど倒してきたのだろう」
「・・・まったく。仕方ないな」
イザヤールは溜息をつき、じゃあ後でゴールド銀行に行くから、着替えるまで待て、と言って、顔を洗いに出て行った。
(ラヴィエルの奴・・・『天使の日』を、父の日や母の日みたいなものと勘違いしているな・・・。というより、絶対わざと勘違いしたふりをしているな・・・)
まあいいか。ラヴィエルにも、たまには休暇も必要だろう。・・・まあ、普段だって好き勝手あちこちに行っているようだがな。イザヤールは苦笑し、その苦笑は楽しそうな笑いに変わった。
「天使フェア」
行事に敏感なロクサーヌの店で、さっそく天使フェアが行われていた。
「今日は、天使にまつわるアイテムを集めてみましたの。ご覧くださいませ」
本当にカウンターに腰かけるのは難なので、せめてカウンター周辺に居ることにしたイザヤールが商品を眺めると、確かに天使関係アイテムだらけだった。
天使のすずはもちろん、天使のソーマに天使のはね、そして装備品は、天使の弓に天使のわっか、はては天使のローブまである。
いつもながら最強の品揃えに感心していると、見慣れない装備品が目についた。
「これは?」
「さすがイザヤール様、お目が高いですわ!かのグランバニア王妃も愛用した、『天使のレオタード』、ミミ様にぜひ如何?」
確かにとても可愛らしい、ミミが着たら似合いそうだ。そう思ったが、後でまたミミと見てから決めようと考えたイザヤール。
(それにしても・・・『エッチな下着』といい、グランバニア王は妃にずいぶん大胆な装備品を贈ったものだな・・・)
一国の王がそんなことで大丈夫だったのだろうか。余計なことながら、多少心配になったイザヤールだった。
「謎の像」
リッカはこの日ウォルロ村に里帰りし、今や人間たちの記憶から本来の存在理由を忘れ去られた、守護天使像を見つめていた。
「ぜってー何かあったのに、思い出せない気がしてさ、スッキリしねーんだよな」
ニードが、少し腹立たしそうに言って、鼻を擦る。
「うん・・・とても大切なものだったような気がするよね・・・。でも、思い出せないなんて・・・」
リッカは考え込んでから、呟いた。
「ミミに、聞いてみようかな」
「なんでミミなんだよ?て言うか、何でもミミかよ、ちぇ」
ニードが不満げに頬をふくらますのを見て、リッカは困ったような顔をしながら微笑んだ。
「だって、ミミって、不思議なことたくさん知ってそうだもの」
「そーいや、ミミのカレシも初めて見たとき、ここに立ってたっけなー。あいつらの故郷と何か関係あんのかな、この像」
ニードの言葉に、リッカは少し驚いて彼を見つめた。ニードは、昔から、どこか本質を突く鋭い勘がある。リッカがあまり見つめるので、彼は照れて怒ったように呟いた。
「なんだよ?冗談に決まってんだろ?この像、セントシュタインや他の国にもゴロゴロあるんだろ、そんなあちこちにあるんなら、あいつらの故郷とは関係あるわけないって」
「そっか・・・。うん、そうだよね」
「だろ?なあ、それより、飯ぐらい食ってけよ。キノコが旨い季節だぜ」
「うん」
リッカは、像の前から立ち去るとき、もう一度振り返った。
(なんでかな・・・。私、あの像の前で、一生懸命お祈りしていたような気がする・・・)
翼の生えた不思議な像。おとぎ話で聞く、天使が大人になった姿みたい。
天使・・・。
何かを思い出しかけたが、やっぱり駄目だった。リッカは諦めてニードの後に付いて歩いたが、ふいに微笑んだ。
(もし天使が、お話みたいに願い事を叶えてくれる存在だとしたら。私にとっての天使は、ミミだよね)
ミミが来てから、私の人生は変わった。おそらく、いい方に。
「ほらリッカ、あんまりのんびりしてると、またじーちゃんに叱られるぞ」
「うん」
リッカは笑って、像のことは考えるのはやめた。ニードにご飯ご馳走になったら、ミミたちにウォルロのお菓子でも焼いていこう、そんな楽しい考えに心を移して、うきうきと歩いていった。〈了〉
早朝のリッカの宿屋の一室。朝日が射し込む中、一組の冒険者カップルが起き出そうとしていた。
「おはよう、ミミ」
イザヤールは寝床から滑り出て、もう一つのベッドの恋人の顔を覗き込んだ。
「おはようございます、イザヤール様・・・」
ミミは答えて、眠そうに長い睫毛を持ち上げて恋人の顔を見上げた。それから顔が近いことに気付いて、恥ずかしそうに毛布を引っ張り上げた。それで、濃い紫の瞳だけが、潤んで覗いた。
そんなふうにされたら、こうしたくなる。
イザヤールは笑って、毛布をそっとずらして、露になったやわらかな唇に、己の唇を優しく重ねた。
と、そこへ。
遠慮呵責のない、ノックの音。その無情な音で、キスの先への機会をまた逃してしまったバカップルだが、それはさておき。
イザヤールは渋々身を起こして戸口に向かい、ミミも飛び起きてその後を追った。こんな早朝に誰だろう。リッカだとしても早すぎる。
扉を開けると、そこに立っていたのは、なんとラヴィエルだった。
「おはよう、ミミ、イザヤール」
「ラヴィエル?何の用だ?」
甘い時間の邪魔をされて少々しかめっ面のイザヤールを後目に、ラヴィエルは部屋に入ってきて、ベッドに腰を下ろして言った。
「旅人たちの噂で聞いたのだが、今日は『天使の日』だそうだ」
「天使の日?でも、天使の記憶はもう人間たちにないはずじゃあ・・・」
ミミが首を傾げると、ラヴィエルは笑って言った。
「今の人間たちにとって、天使という言葉は、『エルフとか精霊とかみたいな、いるかどうかわかんないけどまあ羽の生えたアレ』というカテゴリーに入ってるらしいぞ。ほら、アイテムとかモチーフでまだ残っているだろう」
「あ、そうか。『天使のすず』とかまだあるものね」
ミミは納得し、イザヤールの方はまた少し渋面を増して尋ねた。イヤな予感がしたのだ。
「・・・で、用件は」
「あ、そうそう。天使の日ということで、今日一日ゆっくりさせてもらおうと思ってな」
「・・・何?!」
何故そうなる?と呆気に取られるイザヤールをよそに、ラヴィエルは楽しげに言った。
「まずは、イザヤール、とりあえず『天使の扉』の見張りを頼む。ただカウンターに座っていればいいから。で、ミミ、その間、買い物に付き合ってくれ。妖精の市場で、ちょっといいものを見つけたから。あ、買い物と言えば」
ここでラヴィエル、改まった、だが目は思いきり笑っている顔で、イザヤールに向き直った。
「可愛い妹に、ショッピングのお小遣いをくれないか、兄上☆」
「こんな時だけ兄貴扱いするな!」
「いいじゃないか、昨日ゴルスラ山ほど倒してきたのだろう」
「・・・まったく。仕方ないな」
イザヤールは溜息をつき、じゃあ後でゴールド銀行に行くから、着替えるまで待て、と言って、顔を洗いに出て行った。
(ラヴィエルの奴・・・『天使の日』を、父の日や母の日みたいなものと勘違いしているな・・・。というより、絶対わざと勘違いしたふりをしているな・・・)
まあいいか。ラヴィエルにも、たまには休暇も必要だろう。・・・まあ、普段だって好き勝手あちこちに行っているようだがな。イザヤールは苦笑し、その苦笑は楽しそうな笑いに変わった。
「天使フェア」
行事に敏感なロクサーヌの店で、さっそく天使フェアが行われていた。
「今日は、天使にまつわるアイテムを集めてみましたの。ご覧くださいませ」
本当にカウンターに腰かけるのは難なので、せめてカウンター周辺に居ることにしたイザヤールが商品を眺めると、確かに天使関係アイテムだらけだった。
天使のすずはもちろん、天使のソーマに天使のはね、そして装備品は、天使の弓に天使のわっか、はては天使のローブまである。
いつもながら最強の品揃えに感心していると、見慣れない装備品が目についた。
「これは?」
「さすがイザヤール様、お目が高いですわ!かのグランバニア王妃も愛用した、『天使のレオタード』、ミミ様にぜひ如何?」
確かにとても可愛らしい、ミミが着たら似合いそうだ。そう思ったが、後でまたミミと見てから決めようと考えたイザヤール。
(それにしても・・・『エッチな下着』といい、グランバニア王は妃にずいぶん大胆な装備品を贈ったものだな・・・)
一国の王がそんなことで大丈夫だったのだろうか。余計なことながら、多少心配になったイザヤールだった。
「謎の像」
リッカはこの日ウォルロ村に里帰りし、今や人間たちの記憶から本来の存在理由を忘れ去られた、守護天使像を見つめていた。
「ぜってー何かあったのに、思い出せない気がしてさ、スッキリしねーんだよな」
ニードが、少し腹立たしそうに言って、鼻を擦る。
「うん・・・とても大切なものだったような気がするよね・・・。でも、思い出せないなんて・・・」
リッカは考え込んでから、呟いた。
「ミミに、聞いてみようかな」
「なんでミミなんだよ?て言うか、何でもミミかよ、ちぇ」
ニードが不満げに頬をふくらますのを見て、リッカは困ったような顔をしながら微笑んだ。
「だって、ミミって、不思議なことたくさん知ってそうだもの」
「そーいや、ミミのカレシも初めて見たとき、ここに立ってたっけなー。あいつらの故郷と何か関係あんのかな、この像」
ニードの言葉に、リッカは少し驚いて彼を見つめた。ニードは、昔から、どこか本質を突く鋭い勘がある。リッカがあまり見つめるので、彼は照れて怒ったように呟いた。
「なんだよ?冗談に決まってんだろ?この像、セントシュタインや他の国にもゴロゴロあるんだろ、そんなあちこちにあるんなら、あいつらの故郷とは関係あるわけないって」
「そっか・・・。うん、そうだよね」
「だろ?なあ、それより、飯ぐらい食ってけよ。キノコが旨い季節だぜ」
「うん」
リッカは、像の前から立ち去るとき、もう一度振り返った。
(なんでかな・・・。私、あの像の前で、一生懸命お祈りしていたような気がする・・・)
翼の生えた不思議な像。おとぎ話で聞く、天使が大人になった姿みたい。
天使・・・。
何かを思い出しかけたが、やっぱり駄目だった。リッカは諦めてニードの後に付いて歩いたが、ふいに微笑んだ。
(もし天使が、お話みたいに願い事を叶えてくれる存在だとしたら。私にとっての天使は、ミミだよね)
ミミが来てから、私の人生は変わった。おそらく、いい方に。
「ほらリッカ、あんまりのんびりしてると、またじーちゃんに叱られるぞ」
「うん」
リッカは笑って、像のことは考えるのはやめた。ニードにご飯ご馳走になったら、ミミたちにウォルロのお菓子でも焼いていこう、そんな楽しい考えに心を移して、うきうきと歩いていった。〈了〉
あっ、誕生日に関するアドバイスありがとうございます
そうか、10月中までに書けばいいという考えもありましたね
どうも私の場合、その日に書かなきゃ意味がないという考えが先に出てしまうんですよね
もうちょっと柔軟に考えよう・・・
とりあえず、まず先に再会イベントを書いたら女主人公誕生日の話を載せます
移動中におはようございます☆なるほど~、メーカーさん絡みの記念日なんですね~☆お勉強になりました♪
いえいえ、僭越なことを申しまして~。津久井の言うことはあまりお気になさらないでくださいませねw
作品順調執筆祈願「おうえん」!