短め七夕話。即興なのでまた改めて細かく同じ設定で書くかも?です。
今年もリッカの宿屋のロビーには、笹の代わりに、可愛らしく飾られた「ものほしざお」が飾られている。綺麗な紙で作った星や海のモンスター、そして願い事が書かれた短冊の揺れる真下のテーブルでミミは、ベクセリアの学者ルーフィンからもらった古文書を眺めていた。
古文書と言っても、どうやらおとぎ話の絵本のようなもので、そしてミミは元天使として人間よりずっと長い時間生きてきているから、書かれている物語を読むのは容易だった。挿し絵の色はとうに褪せているが、繊細な輪郭線はまだはっきりと残っていて、見ているだけで楽しい。
集まった古文書に紛れていました、ベクセリア史とも関係は無さそうだし、僕はこういうロマンチックな文書は苦手な無粋者なんで、よかったらお持ちくださいと、相変わらずの素っ気ない口調で言ってその古文書をくれたルーフィンだったが、眼鏡の奥の瞳は、優しく和んでいた。
「エリザだったら、こういう物語を喜んで聞いたかもしれませんね。・・・それとも、可哀想だと言って泣いたかな。夫婦が、一年に一度しか会えないなんて、って」
ルーフィンが言うと、傍に立っている彼の若くして逝った妻、その当のエリザの幽霊が、幽霊らしからぬにこにこ顔で大きく頷いた。
『そうよ、ルーくん、よくわかってるじゃない☆さすがわたしの旦那サマ、ステキ♪』
その声も姿も、ミミにしか聞こえないし見えないが、それでも妻の優しい気配を近くに感じるのか、ルーフィンは微笑んでいた。
今宵は、その古文書に載っていた遥か異国の伝説では、星の河に隔てられた二つの星が、河に架けられた橋の上で、年に一度だけ逢うことができる日だそうだ。二つの星は、天帝の娘とその夫だったが、幸せな結婚生活にかまけて務めを疎かにした為に、天帝の怒りを買い、引き離されてしまい、年に一度だけ逢うことをようやく許されたという。
「それが、例の古文書か?」
いつの間にかミミの後ろに立っていたイザヤールが、身を僅かに屈めて彼女の肩越しに古文書を覗き込んだ。
「はい。この古文書の書かれた国ではきっと、星は天空の住人と考えられていたのね。・・・それとも、元々は、天使のお話だったのかな・・・」
「ああ、天使の記憶が人間から消されたと同時に、古文書も書き替えられたかもしれないな」
「一年に一度しか会えないなんて、切ないの・・・しかも、もし雨が、降っちゃったら・・・」
濃い紫の瞳をうるっとさせたミミに、イザヤールは囁いた。
「ほら、ここを見ろ、雨の時は、特別な鳥が河を渡してくれるそうだ」
「あ、よかった・・・」
今夜の空模様を心配していたミミの顔が晴れた。二人は、その後、キサゴナの丘に星を見に出かけることにした。
日中は曇りだった空も、今は星があちこち輝いている。
「ねえ、イザヤール様、私・・・。天使だった頃、イザヤール様のことを想っているって知られてしまったら、さっきのお話の二人みたいに、引き離されてしまうんじゃないかって・・・怖かった・・・。だから、ずっと・・・言えなかった・・・」
「ああ、私だって、そうだ・・・」
「でも、ほんとは、イザヤール様に知られるのが、一番怖かった・・・。イザヤール様は、私を弟子としか思っていないと、思っていたから・・・。知られてしまったら、もう傍に置いてもらえないんじゃないかって・・・」
「同じことを、互いにずっと知らずに、思っていたのだな」
そして・・・イザヤールが一度星になってしまったとき、一年に一度どころか、もう二度と、会えないと思っていた・・・。少なくともミミの人としての命が尽きるまでは。人の身では、高い高い星空に行く術は、なかったから。
「もう何処にも行かない」
囁いて、あたたかい腕が抱きしめる。ミミは星を映した瞳を閉じた。〈了〉
今年もリッカの宿屋のロビーには、笹の代わりに、可愛らしく飾られた「ものほしざお」が飾られている。綺麗な紙で作った星や海のモンスター、そして願い事が書かれた短冊の揺れる真下のテーブルでミミは、ベクセリアの学者ルーフィンからもらった古文書を眺めていた。
古文書と言っても、どうやらおとぎ話の絵本のようなもので、そしてミミは元天使として人間よりずっと長い時間生きてきているから、書かれている物語を読むのは容易だった。挿し絵の色はとうに褪せているが、繊細な輪郭線はまだはっきりと残っていて、見ているだけで楽しい。
集まった古文書に紛れていました、ベクセリア史とも関係は無さそうだし、僕はこういうロマンチックな文書は苦手な無粋者なんで、よかったらお持ちくださいと、相変わらずの素っ気ない口調で言ってその古文書をくれたルーフィンだったが、眼鏡の奥の瞳は、優しく和んでいた。
「エリザだったら、こういう物語を喜んで聞いたかもしれませんね。・・・それとも、可哀想だと言って泣いたかな。夫婦が、一年に一度しか会えないなんて、って」
ルーフィンが言うと、傍に立っている彼の若くして逝った妻、その当のエリザの幽霊が、幽霊らしからぬにこにこ顔で大きく頷いた。
『そうよ、ルーくん、よくわかってるじゃない☆さすがわたしの旦那サマ、ステキ♪』
その声も姿も、ミミにしか聞こえないし見えないが、それでも妻の優しい気配を近くに感じるのか、ルーフィンは微笑んでいた。
今宵は、その古文書に載っていた遥か異国の伝説では、星の河に隔てられた二つの星が、河に架けられた橋の上で、年に一度だけ逢うことができる日だそうだ。二つの星は、天帝の娘とその夫だったが、幸せな結婚生活にかまけて務めを疎かにした為に、天帝の怒りを買い、引き離されてしまい、年に一度だけ逢うことをようやく許されたという。
「それが、例の古文書か?」
いつの間にかミミの後ろに立っていたイザヤールが、身を僅かに屈めて彼女の肩越しに古文書を覗き込んだ。
「はい。この古文書の書かれた国ではきっと、星は天空の住人と考えられていたのね。・・・それとも、元々は、天使のお話だったのかな・・・」
「ああ、天使の記憶が人間から消されたと同時に、古文書も書き替えられたかもしれないな」
「一年に一度しか会えないなんて、切ないの・・・しかも、もし雨が、降っちゃったら・・・」
濃い紫の瞳をうるっとさせたミミに、イザヤールは囁いた。
「ほら、ここを見ろ、雨の時は、特別な鳥が河を渡してくれるそうだ」
「あ、よかった・・・」
今夜の空模様を心配していたミミの顔が晴れた。二人は、その後、キサゴナの丘に星を見に出かけることにした。
日中は曇りだった空も、今は星があちこち輝いている。
「ねえ、イザヤール様、私・・・。天使だった頃、イザヤール様のことを想っているって知られてしまったら、さっきのお話の二人みたいに、引き離されてしまうんじゃないかって・・・怖かった・・・。だから、ずっと・・・言えなかった・・・」
「ああ、私だって、そうだ・・・」
「でも、ほんとは、イザヤール様に知られるのが、一番怖かった・・・。イザヤール様は、私を弟子としか思っていないと、思っていたから・・・。知られてしまったら、もう傍に置いてもらえないんじゃないかって・・・」
「同じことを、互いにずっと知らずに、思っていたのだな」
そして・・・イザヤールが一度星になってしまったとき、一年に一度どころか、もう二度と、会えないと思っていた・・・。少なくともミミの人としての命が尽きるまでは。人の身では、高い高い星空に行く術は、なかったから。
「もう何処にも行かない」
囁いて、あたたかい腕が抱きしめる。ミミは星を映した瞳を閉じた。〈了〉
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