秋も深まり、街のあちこちでリンゴが山積みになる時期となった。ミミは、リッカに頼まれて中でも一番おいしそうなひと山を買った。宿屋のデザートに使うのだ。
おまけでひとつもらって、それの綺麗に熟した赤を嬉しそうに眺めながら歩いていると、向こうから歩いてきた魔法使い風の青年とぶつかり、リンゴはいくつか袋から飛び出して、転がり落ちた。
「失礼しました、お嬢さん」
青年は謝罪して、リンゴを拾い上げミミに渡した。
「こちらこそ、ごめんなさい」
ミミはぺこりと頭を下げて立ち去ろうとすると、青年は彼女を呼び止めた。
「あなたは、確かルイーダの酒場にいらっしゃる冒険者の方ですね。それも、かなりの腕だと聞いてます」
「あの・・・私に何か?」
ミミが首を傾げると、青年は言った。
「あなたは、宝の地図の洞窟にいる『ハヌマーン』という魔物をご存知ですか?・・・実は、その爪を手に入れてきて頂けると助かります」
「ハヌマーンの爪?何に使うんですか?」
すると、青年は少し慌てたように答えた。
「あの・・・とあるコレクターに頼まれてましてね。取ってきて頂けたら、もちろんお礼はします」
「でも、ハヌマーンと普通に戦っても、今まで爪を落としたことはないですけれど?」
「『獣王のツメ』を装備して、三ターン以内に倒せれば、落とすことがあるかもしれません。引き受けて頂けますか?」
ミミは少し考えたが、引き受けることにした。ミミはクエスト「神獣の爪」を引き受けた!
青年が行ってしまうと、サンディが呟いた。
「な~んかさ、アイツ、アヤシクない?」
「え?普通の冒険者の人だと思うけど?何か変だった?」
「なんかね~、アンタにわざとぶつかったよーな気がするのよね~」
「なんでそんなことを?」
「アンタに声をかける口実作るためデショ、もちろん」
「ああ、クエスト依頼する口実のためってことかな」
「ん~、何だかそれだけじゃないよーな・・・」
サンディはまだぶつぶつ言ってたが、ミミはとりあえず、頼まれたことはやろうよ、と、仕度のためにリッカの宿屋に戻ることにした。
イザヤールは、サンディからそのやや怪しげな依頼人の話を聞いて、やはり少し怪訝そうな顔をした。
「・・・何を企んでいるか、気になるな」
「だから引き受けたんです。目的が何か気になって」
「そうか。ならば付き合おう」
レアアイテムの匂いがしますわ、と張りきるロクサーヌと、ツメスキルを極めたルイーダも加えて、一同はハヌマーンの居る洞窟に向かった。
今日も、ハヌマーンは銀色に光る白い毛皮を逆立たせ、人間たちを見ると荒々しい声で吠えた。長い長い年月を生きる間に、言葉を忘れてしまったという神獣。神の愚かさの象徴であるとも言われている、強大な力を持つ獣。
だが、そんな神獣も、今のミミたちには敵ではなかった。バイキルトとダークフォースと、テンションバーンで、あっさりと勝負は着いた。
「獣王のツメで倒す、という条件がなければ、やまびこのさとりドルマドン魔力覚醒付きでもっと早く倒せましたのに」
さりげなく鬼なことを言うロクサーヌ。
それはともかく、ハヌマーンが去った後には、鋭く光る神獣の爪がひとかけ、落ちていた。
(これを、何に使うの・・・?)
それを拾い上げたミミは、陰影を描く瞳でじっと神獣の爪を見つめた。先は鋭いが、鏡のように滑らかで、見つめる彼女の目を映すほどだ。だが、その映った瞳を覗き込んだとき。
(え?何・・・?)
神々しい、しかしどこか寒々しい光が、心そのものを射るように、発せられた気がした。
無限に続く白い光。他に何もない。光だけとはすなわち、白い闇なのだ・・・。意識が、その中に溶け込んでいく。星が、眩しい光の中では、その存在を失うかのように・・・。
「ミミっ!」
イザヤールの叫ぶ声がして、抱き寄せられ、顔を彼の方に上向かされて、ようやくミミの意識は、現実に戻ってきた。彼の強い眼差しが命綱でもあるかのように、ミミは必死に愛しい者の瞳に焦点を合わせた。
「・・・呑まれかけていたのだな・・・」
イザヤールは呻くように呟き、ミミを抱きしめた。彼は、以前レパルドの魔剣に呑まれそうになったことがあったので、何が起こったのか、よくわかったのだった。
「光が・・・怖いなんて」
ミミはイザヤールの腕の中でかすかに震えた。グレイナルのともまた違う種類の、光。神の・・・欠片。強大な力と、絶対者の宿命の孤独と、有と無の境界すら無意味になる無限の時。元天使にも、それは感じるに重すぎるものだった。
「・・・とりあえず、帰ろう」
イザヤールは囁き、またしっかりミミを抱えた。
セントシュタインに戻ると、ミミはルイーダの酒場で依頼人の青年を待つことにした。彼がそこで自分を見かけたことがあるのなら、いずれ来るだろうと思ったからだ。すると予想通り、ほどなく彼はやってきた。
「爪は、手に入りましたか?」
青年の問いにミミは頷いた。
「さすがですね。では、爪を私に」
青年は手を差し出したが、ミミは渡さなかった。
「・・・爪の使い道を教えて頂いてから。お渡しするのは、それからです」
彼女が言うと、青年は少し眉をしかめ、呟いた。
「だから、申し上げたでしょう、とあるコレクターのために・・・」
「この爪は、強大な力を秘めています。ただの道楽のためや、悪用目的なら、お渡しできません」
ミミが言うと、青年は困惑したように頭を掻いてから、少し赤くなって言った。
「いや、参ったなあ。実は、コレクター云々、嘘なんです」
「では、本当の目的を教えてください」
ミミの濃い紫の瞳が、強い光を伴っていっそう濃くなると、青年はますます赤くなった。
「あの・・・すみません・・・。実はその、ハヌマーンの爪も、どうでもよかったんです」
「え?どういうことですか?」
ミミが一気にきょとんとした顔になると、青年はもじもじと答えた。
「ルイーダの酒場であなたを見かけて、その・・・綺麗な子だなぁ、って思って・・・かなりの腕だっていう噂も聞いて、お近づきになりたい、そう思ってた矢先に、街で見かけたんで、その・・・。口実に適当にクエスト依頼を」
「適当?!じゃあハヌマーンの爪は・・・」
「すみません、先日、ハヌマーンにボロ負けしてきたんで、何となく名前が出ただけです」
じゃあこの人は、ハヌマーンの爪の力のことなんか、何も知らなかったんだ・・・と、呆然とするミミ。
一方、近くのテーブルで様子を見ていたイザヤールは、ある意味ハヌマーンの爪を悪用する輩より厄介な、とばかりに、すかさず立ち上がった。
「あの・・・よろしかったら、今度は一緒に冒険に・・・」
と、ミミが呆然としている間に青年が言いかけたそのとき、「悪い虫は近付けない」オーラを漂わせたイザヤールが、ミミの傍に立って言った。
「・・・その場合は私も同行させてもらうが構わないか」
その声の迫力と、ミミがそのとき思わずイザヤールの手を握りしめたのを見て、瞬時に状況を把握した青年。
間もなく青年は、肩を落としてその場を立ち去った。もちろん、ハヌマーンの爪はお礼代わりにとそのまま残して。
ずっと側で見ていたサンディ、今や腹を抱えて笑っていた。
「なーんだ、ヤバいコト考えてんのかと思ったら、単なる下心だったのね~!」
「まさか、クエスト依頼というアプローチで来るとは・・・」
眉をしかめるイザヤール。
「じゃあ、必要なくなりましたから、この爪はハヌマーンにさっそく返しにいきましょう」
ミミは言って、それから少し悲しげに呟いた。
「何か・・・あの人に悪いことしたような・・・」
「おまえは何も悪くない」
イザヤールはきっぱり言って、酒場中に見せつけるように優しく彼女を引き寄せた。〈了〉
おまけでひとつもらって、それの綺麗に熟した赤を嬉しそうに眺めながら歩いていると、向こうから歩いてきた魔法使い風の青年とぶつかり、リンゴはいくつか袋から飛び出して、転がり落ちた。
「失礼しました、お嬢さん」
青年は謝罪して、リンゴを拾い上げミミに渡した。
「こちらこそ、ごめんなさい」
ミミはぺこりと頭を下げて立ち去ろうとすると、青年は彼女を呼び止めた。
「あなたは、確かルイーダの酒場にいらっしゃる冒険者の方ですね。それも、かなりの腕だと聞いてます」
「あの・・・私に何か?」
ミミが首を傾げると、青年は言った。
「あなたは、宝の地図の洞窟にいる『ハヌマーン』という魔物をご存知ですか?・・・実は、その爪を手に入れてきて頂けると助かります」
「ハヌマーンの爪?何に使うんですか?」
すると、青年は少し慌てたように答えた。
「あの・・・とあるコレクターに頼まれてましてね。取ってきて頂けたら、もちろんお礼はします」
「でも、ハヌマーンと普通に戦っても、今まで爪を落としたことはないですけれど?」
「『獣王のツメ』を装備して、三ターン以内に倒せれば、落とすことがあるかもしれません。引き受けて頂けますか?」
ミミは少し考えたが、引き受けることにした。ミミはクエスト「神獣の爪」を引き受けた!
青年が行ってしまうと、サンディが呟いた。
「な~んかさ、アイツ、アヤシクない?」
「え?普通の冒険者の人だと思うけど?何か変だった?」
「なんかね~、アンタにわざとぶつかったよーな気がするのよね~」
「なんでそんなことを?」
「アンタに声をかける口実作るためデショ、もちろん」
「ああ、クエスト依頼する口実のためってことかな」
「ん~、何だかそれだけじゃないよーな・・・」
サンディはまだぶつぶつ言ってたが、ミミはとりあえず、頼まれたことはやろうよ、と、仕度のためにリッカの宿屋に戻ることにした。
イザヤールは、サンディからそのやや怪しげな依頼人の話を聞いて、やはり少し怪訝そうな顔をした。
「・・・何を企んでいるか、気になるな」
「だから引き受けたんです。目的が何か気になって」
「そうか。ならば付き合おう」
レアアイテムの匂いがしますわ、と張りきるロクサーヌと、ツメスキルを極めたルイーダも加えて、一同はハヌマーンの居る洞窟に向かった。
今日も、ハヌマーンは銀色に光る白い毛皮を逆立たせ、人間たちを見ると荒々しい声で吠えた。長い長い年月を生きる間に、言葉を忘れてしまったという神獣。神の愚かさの象徴であるとも言われている、強大な力を持つ獣。
だが、そんな神獣も、今のミミたちには敵ではなかった。バイキルトとダークフォースと、テンションバーンで、あっさりと勝負は着いた。
「獣王のツメで倒す、という条件がなければ、やまびこのさとりドルマドン魔力覚醒付きでもっと早く倒せましたのに」
さりげなく鬼なことを言うロクサーヌ。
それはともかく、ハヌマーンが去った後には、鋭く光る神獣の爪がひとかけ、落ちていた。
(これを、何に使うの・・・?)
それを拾い上げたミミは、陰影を描く瞳でじっと神獣の爪を見つめた。先は鋭いが、鏡のように滑らかで、見つめる彼女の目を映すほどだ。だが、その映った瞳を覗き込んだとき。
(え?何・・・?)
神々しい、しかしどこか寒々しい光が、心そのものを射るように、発せられた気がした。
無限に続く白い光。他に何もない。光だけとはすなわち、白い闇なのだ・・・。意識が、その中に溶け込んでいく。星が、眩しい光の中では、その存在を失うかのように・・・。
「ミミっ!」
イザヤールの叫ぶ声がして、抱き寄せられ、顔を彼の方に上向かされて、ようやくミミの意識は、現実に戻ってきた。彼の強い眼差しが命綱でもあるかのように、ミミは必死に愛しい者の瞳に焦点を合わせた。
「・・・呑まれかけていたのだな・・・」
イザヤールは呻くように呟き、ミミを抱きしめた。彼は、以前レパルドの魔剣に呑まれそうになったことがあったので、何が起こったのか、よくわかったのだった。
「光が・・・怖いなんて」
ミミはイザヤールの腕の中でかすかに震えた。グレイナルのともまた違う種類の、光。神の・・・欠片。強大な力と、絶対者の宿命の孤独と、有と無の境界すら無意味になる無限の時。元天使にも、それは感じるに重すぎるものだった。
「・・・とりあえず、帰ろう」
イザヤールは囁き、またしっかりミミを抱えた。
セントシュタインに戻ると、ミミはルイーダの酒場で依頼人の青年を待つことにした。彼がそこで自分を見かけたことがあるのなら、いずれ来るだろうと思ったからだ。すると予想通り、ほどなく彼はやってきた。
「爪は、手に入りましたか?」
青年の問いにミミは頷いた。
「さすがですね。では、爪を私に」
青年は手を差し出したが、ミミは渡さなかった。
「・・・爪の使い道を教えて頂いてから。お渡しするのは、それからです」
彼女が言うと、青年は少し眉をしかめ、呟いた。
「だから、申し上げたでしょう、とあるコレクターのために・・・」
「この爪は、強大な力を秘めています。ただの道楽のためや、悪用目的なら、お渡しできません」
ミミが言うと、青年は困惑したように頭を掻いてから、少し赤くなって言った。
「いや、参ったなあ。実は、コレクター云々、嘘なんです」
「では、本当の目的を教えてください」
ミミの濃い紫の瞳が、強い光を伴っていっそう濃くなると、青年はますます赤くなった。
「あの・・・すみません・・・。実はその、ハヌマーンの爪も、どうでもよかったんです」
「え?どういうことですか?」
ミミが一気にきょとんとした顔になると、青年はもじもじと答えた。
「ルイーダの酒場であなたを見かけて、その・・・綺麗な子だなぁ、って思って・・・かなりの腕だっていう噂も聞いて、お近づきになりたい、そう思ってた矢先に、街で見かけたんで、その・・・。口実に適当にクエスト依頼を」
「適当?!じゃあハヌマーンの爪は・・・」
「すみません、先日、ハヌマーンにボロ負けしてきたんで、何となく名前が出ただけです」
じゃあこの人は、ハヌマーンの爪の力のことなんか、何も知らなかったんだ・・・と、呆然とするミミ。
一方、近くのテーブルで様子を見ていたイザヤールは、ある意味ハヌマーンの爪を悪用する輩より厄介な、とばかりに、すかさず立ち上がった。
「あの・・・よろしかったら、今度は一緒に冒険に・・・」
と、ミミが呆然としている間に青年が言いかけたそのとき、「悪い虫は近付けない」オーラを漂わせたイザヤールが、ミミの傍に立って言った。
「・・・その場合は私も同行させてもらうが構わないか」
その声の迫力と、ミミがそのとき思わずイザヤールの手を握りしめたのを見て、瞬時に状況を把握した青年。
間もなく青年は、肩を落としてその場を立ち去った。もちろん、ハヌマーンの爪はお礼代わりにとそのまま残して。
ずっと側で見ていたサンディ、今や腹を抱えて笑っていた。
「なーんだ、ヤバいコト考えてんのかと思ったら、単なる下心だったのね~!」
「まさか、クエスト依頼というアプローチで来るとは・・・」
眉をしかめるイザヤール。
「じゃあ、必要なくなりましたから、この爪はハヌマーンにさっそく返しにいきましょう」
ミミは言って、それから少し悲しげに呟いた。
「何か・・・あの人に悪いことしたような・・・」
「おまえは何も悪くない」
イザヤールはきっぱり言って、酒場中に見せつけるように優しく彼女を引き寄せた。〈了〉
イザヤール師匠・・・何というか、若干殺気オーラを放っていたような気がするんですが・・・気のせい・・・ですよね?
こんばんは☆今日はありがとうございました♪また後ほど☆
ああ、ハヌマーンの声って、確かに猫とか恐竜とか怪獣っぽい声ですよね~。つくづく。
イザヤール様の殺気、気のせい・・・ですたぶん(笑)「殺気とは人聞きの悪い、単なる威嚇だ」・・・それを殺気と言うのではないでしょうかw