2015/04/06
今回、あなたのことを思って、
あえて厳しいお話を致します。
なぜここまで、
厳しくお話するかというと、
私はあなたに、
お付き合いする、
覚悟が出来ているからです。
今こそ決断の時です。
私とあなたで、一緒に頑張って、
人生を変えてみましょう。
あなたの、
決断をお待ちしています!!
私はあなたを絶対に裏切りません。
決して、見捨てません。
いつだって、あなたの味方です。
ぜひ、あなたと私、
二人で一緒に成功しましょう!
こんな実話を、お聞き致しました・・・
お前、早く出てけ!!」
『いや、でも・・・・』
「いいから、出てけ!」
『すいませんでした・・・』
いつものように、罵声をあびせられ、
トボトボ営業先をあとにする。
“悔しい。なんでこんな目に・・”
当時、インターネット
素人だった僕は、
毎日、汗だくになりながら
飛び込み営業をしていました。
1日100件以上は
アポ電話をしたり、
飛び込み営業をしていました。
だけど、一向に契約には結びつかない。
冷たい目で見られ、追い出されておしまい。
いつも、こんな調子でした。
『とりあえず、起業をすれば人生一発逆転できる』
『とりあえず、社長になれば自由なライフスタイルを
手にすることができる』
そんな甘い考えで起業をしたのが
最悪の人生の始まりでした。
起業当初、23歳だった僕は、
取引先から、
「お前、まだ23歳なの?!」
「本当、お前で大丈夫かよ・・」
などなど、色々と言われてばかりでした。
起業当初はズタボロです。
ゴキブリのような生活をしていました。
少ない資金で会社設立したのにもかかわらず、
売上は一切上がらない。
なので、社員には、給料を払う事ができず、
僕の個人名義で、消費者金融でお金を借りて、
なんとか、給料を払っていました。
もちろん、僕自身は長い間、
収入0円の生活です。
1日の食費は80円。
豆腐と納豆だけ。
朝は食事抜き、
昼に豆腐と納豆を半分食べて、
夜にもう半分食べる。
そんな毎日です。
それでも、お金はなくなり、
最終的には、ガスも止められ冬場でも
冷たいシャワーを浴びてました。
親に、泣きついた事もあります。
自分で、起業するといって・・・最後は親に泣きつく。
本当にみじめで、情けなかったです。
自暴自棄になった事も一度や、
二度ではありません。
『マジで起業なんてするんじゃなかった・・・』
『全部投げ出して、責任から、逃れたい・・・ 。』
『能力も、学歴も、才能も、人脈もない、
凡人以下の人間が起業をしても、無理なんだ・・・』
そう思っていましたが、
資金も借りてきてるし、
大口叩いて、起業していたので、
逃げるに逃げれない、状況でした。
自分の居場所がわからずに、
暗闇の中を、ただ走り回っている、
そんな感覚でした。
今この方は、
指導的立場の社長と成長致しました・・・
我流では失敗する。
場合によって目標は達成しない。
なぜかって?私自身が、
恥ずかしいほど、
遠回りしてきたからだ。
其れでは亦・・・
__________________
■愛 称 :【青年の乃呟き】
■発行者:佐藤 盛男
■メール解除:sumai@chive.ocn.ne.jp
__________________