老年

満69歳になった。間違いなく老年であるが諦めがつかない。

プーシキン: ルスランとリュドミラ 28

2006-10-15 22:10:42 | Weblog

 

 日は走り過ぎ、畑は黄ばむ
木々からは枯葉が落ち
森では秋の風の口笛が
鳥たちの歌姫の歌をかき消し
重くどんよりとした霧は
裸の丘を包み込む
冬が近づいた ― ルスランは
果敢にもわが道を行く
遠く北を目指して; 日ごと
新しい苦難に出遭う
あるときは武将と闘い
あるときは魔女と、あるときは巨人と
また、あるとき月の光に見えるのは
まるで幻想の夢を通してのよう
白い霧に包まれた
ルサルカ、静かに木々の枝の上に
体をゆらし、若い勇士を
口元に狡猾な微笑を浮かべて
手招いている、何も喋らずに...
しかし、秘かなる神の摂理に守られて
恐れを知らぬ勇士に危なげはない
心の中で期待はふくらまないのだ
ルスランには見えないし、なんの注意も惹かない
いたるところ、共にいるのはただリュドミラ一人。

 一方、だれにも見えず
魔法使いの襲撃から
魔法の帽子で守られて
わたしの公女はどうしてる
わたしの美しいリュドミラは?
黙りこくって陰鬱に
ひとり庭をめぐって歩いている
夫を想い、ため息をつき
あるいは、想いにふける
ふるさとのキエフの野へ
夢うつつ、心は飛び去っている;
父や兄たちを抱きしめ
若い友人たちを見る
そして年老いた母たちも ―
囚われの身のこと、別離も忘れた!
しかし、すぐに哀れな公女は
自分の錯覚に気づき
ふたたび陰鬱に、そして一人。
恋する悪党の奴隷たちは
日ごと夜ごと、すわりもせずに
城をめぐり、庭をめぐり
美しき囚われの娘を探している
あちこち歩き回り、大声で呼びかける
でも、すべて無駄だ。
リュドミラはこの娘たちをからかってみた:
幻想の森の中で時々
突然、帽子を脱いで現れる
そして叫ぶのだ:《ここよ、ここよ!》
みんなは一塊になって跳んで行く;
でも、脇に向かい ― 突然消えてしまった ―
リュドミラは足音を立てずに
略奪者たちの手から逃れたのだ。
いたるところ絶え間なく見えるのは
ほんの一瞬の跡ばかり:
あるときは黄金色の果物が
騒がしい枝の上で消えたり
あるときは湧き水の滴りが
草原のくぼみに落ちてきたりするのだ:
それで城の中ではどうやら
公女が飲んだり食べたりしていると分かるのだ。
松や白樺の枝の上に
身を隠しながら
リュドミラは短い眠りを探した ―
でも、ただ涙を流し
夫と平穏を求めて呼びかけ
悲しみに悩み、あくびをする
そして、時には夜明け前に
頭を木にもたせ掛けて
細いまどろみをまどろむ;
夜の闇がやっと消えると
リュドミラは滝に向かう
冷たい流れで顔を洗うのだ:
小人自身もあるとき朝に
広間から見たことがある
目に見えない手でのように
滝が音を立てはね上がるさまを。
いつもの憂愁に沈み
新しい夜が来るまで、ここかしこと
庭をめぐってさまよい歩く:
夕べ近くにしばしばと聞こえてくるのは
気持ちのよい声
林にしばしば落ちているのは
娘の捨てた花輪
ペルシャショールの小片
涙の跡のついたハンカチ。

 残酷な情欲に傷つき
無念の気持ちと邪悪な思いで陰惨な
魔法使いはついには決心した
かならずリュドミラを捕らえようと。
それは、レムノス島のびっこの鍛冶屋の神が
美しいキュテレイア(アフロディティ)の手から
夫の冠を受けたのちに
その美しい二人に網をかけ
あざ笑う神々の前に見せつけたようなもの
キュプリス(アフロディティ)の優しい企てを...

(美しい女神アフロディティは醜い鍛冶屋の神ヘパイストスと結婚したが、アフロディティは浮気ものでヘパイストスのいない間にハンサムな軍神アレスと寝床に入る。とたんにヘパイストスは特製の見えない網で二人を捕らえ、ポセイドン、ヘルメスなどの神々に見せる、というギリシャ神話から)

<つづく>


最新の画像もっと見る