心の刺・背中の針

シロクマブログ 2nd ステージ。ヒトとクマとハリネズミのドイツ暮らし。

どうなる?ドイツの難民政策??

2015-10-19 | german style, シロクマ暮らし
ますます世界的に混乱し、一向に解決の兆しすら見えない世界の難民事情ですが...
日本は本当にドッカの国と戦争でもしに行きたいみたいだけど、それ以外では、特にこの難民受け入れ問題のような、人道援助や人権運動には、戦国時代並みの鎖国政策を通してるんですね。『日本位はそんな余裕ないから』とか『今いる自然災害難民や在日だけでも、処理しきれない』なんて言い訳を聞きますけど、ヨーロッパだって北米だって、どっこも『余裕があるから』難民を受け入れてる国なんてどこにもないんですけどね、ほんと日本って、政治家も国民も、自分の家から一歩外のことは何にもわかってないんですね。

難民の中にはもちろん、小さな子どもを連れた若い家族も多いし、中には成人の同伴者を伴わない、もしくは保護者と生き別れてしまった、未成年者だけで命からがら逃げてきた子どもも少なくありません。
そういう人たちには特に迅速な援助が必要なのは言うまでもないけど、別な考え方をすると、日本なんて、どんどん人口が減って、特に若年者の人口が激減して、今や国家存亡の危機的な数字になっているんだから、こういう時こそ、人員確保のチャンスだと思うんだけどなぁ。
『日本が僕を助けてくれた』『日本が私たちを受け入れてくれた』そういう気持ちが彼らの育つバックボーンにあれば、絶対間違った方向になんて行かないと思うんだけど。
犯罪とかを心配する人もいるみたいだけど、それって日本人だけの今の状態でも、充分に信じられないような事件は起こっているわけで、住民1万人当たりの犯罪発生率、みたいなものを考えるのならば、国籍ごとに分けるのではなく(というか、日本国籍を与えるべきなんだよ!)、それこそ老若男女、いろいろな肌の色の人をみんなまとめて、地域ごとのネットワーク、コミュニティを確立していくことが大事なわけでしょ。

話はちょっと変わるけど、先月あたりからドイツでは一ヶ月に20万人単位の難民がやってきてるんだそうです。
これは、昨年までだったら、ちょうど十二ヶ月分の人数。当然、受け入れるどこの自治体もパンク寸前、というか既にキャパはパンクしているわけで。
自治体や国の予算だってもうどうにもならないところまで来てるし、たとえドイツまで来ても、学歴や肩書きや職業訓練歴が非常に重視されるドイツでは、まともな職にはつけないだろうこと、貧困層として社会保障費を永遠に圧迫し続けるだろうことは容易に想像つくわけで、各地で『難民受け入れ反対』デモが行われたり、『EUの優等生』であるドイツも大揺れに揺れております。

まぁ、他のヨーロッパの国も大なり小なり事情は一緒みたいですけどねえ。

実は今週の今日(月曜日)から、うちの会社の近くにあるホテルが行政によって借り上げになって、難民収容施設として使われるようになりました。
うちの会社に外国からお客さんとかあった時は大体ここのホテルを紹介していた(会社から一番近いから)わけで、うーん、これからどうすんのかな?って感じです。
うちの会社に来た日本のお客さんとかでも、このホテルに泊まってらっしゃいましたね。
ホテルとして経営状況がどうだったかまでは知らないけど、普通に営業中のホテルを借り上げてまで、ってのはどうかなぁ、って気もするけど、学校の体育館や地域の公民館なんて、どっこもみんな既に難民でいっぱいなんですよね。

同僚のおばちゃん社員がこの前話してくれたけど、彼女の住む街では、息子の通う学校も含めて、どっこも体育の授業が基本的になくなったんだって。理由は体育館が難民収容所になっていて、使えないから。

難民を受け入れるのは大事なことだけど、困っている人を助けるのは大切なことだけど、一人の人間の肩には百人の人間肩車するキャパはないのもまた事実……。
当の紛争地帯で、いっこうに戦争が終わる予兆すら見えない中、アフリカの自然災害や貧困が一向に解決されない中、難民を受け入れることが根本的な解決ではないことは誰もが分かっているけど。 
僕たちの社会は一体これからどこまで、どれだけ、この重荷を負担できるのだろうか?



写真はインスタグラムからの使い回しだけど、うちの近所の街の、のどかな旧市街の風景

刺青 この身体に刻んでおきたかったもの 3

2015-10-05 | 日記とか、日々のいろいろ
相秀さん、ほんと面白い人です。本人がそんな愛されるキャラだからか、周りの人もかなり面白い愛すべき人たち!

もともとは別の、外国であったタトゥコンベンションでドイツ人(フランクフルト)のアーティストと仲良くなって、『フランクフルトのコンベンションにも是非こい、うちに泊まって、うちの店で働いて!!』、って呼ばれたから飛行機のチケットとって、コンベンション申し込んだんだそうだけど、直前になって『オーナーと喧嘩して店飛び出した』『ウチ火事になって全焼しちゃったから泊めてあげらんない』『まだ間に合うんならドイツくるのはキャンセルして』って言われたそうで(笑)!なんじゃそりゃ!!

でももう飛行機もブースも取っちゃってるから、急いでホテルを確保、その友人の紹介で他のドイツ人のスタジオを紹介してもらって…だって。いやぁ、人生波乱万丈。
なので僕はコンベンションの後、フランクフルトじゃなくて、車で一時間ほどのマンハイムまで行かなきゃいけなかったんですね…



ご当人の了承を得てないので、一応ロゴで目張りだけ入れさせていただきます。
これは下絵を肌に直接描いているところ。
原画は僕が用意して、それを見切りを入れたり、波をあしらったり、彼にアレンジしてもらいました。

初日に色々話して、図案について相談して、二日目開場と同時にスタートです。
和彫りということもあって、意識して甚平さんなんか着て登場です。
で、彫る場所が場所なのもあって、このだだっ広いメッセ会場で、立ってズボン下ろしてパンツ一丁になるんですよね、もちろん上までは脱がないですけど、それでもやっぱり、手彫りというだけでもみんなの注目を浴びる一角で、和装にはだか(六尺褌)で余計に目立ってます!
刺青彫る時は、パンツのゴムは食い込むから、フンドシが一番いい、って本などで何度も読でたから、フンドシで行ったんです。決して露出狂だからとかそういう理由じゃないですから(一部で言われていたみたいだけど)!

これ、すっげーいっぱい写真撮られました。いろんな人に。
『写真いいですか?』って聞いてくる人もいれば、無言でとっていく人も…まぁ、そんんなこと気にしないですけどね。
地元ドイツ人の他にも、ヨーロッパ各地から来ている色んな人に、さらには日本人の観客にも話しかけられたりしましたですよ。
痛いですか?ってのは、もちろんなんにも感じないわけではないけど、ほとんど感じないところもあればすっごい痛いところもあったりして、場所によりけりって感じ。
機械彫りとどっちが痛い?って聞かれても、この初日は僕にとって初タトゥなんで、正直なんとも答えられませんが、正直に色々感想を述べてみたり、結構余裕あったりして。
ずっと同じ姿勢でいなきゃいけないのが大変と思うことはあっても、痛み自体はそれほどでもないってのが正直な感想でした。

頬やスキンヘッドの頭頂部、さらには首とかまで刺青入れた人が『やっぱり痛い?』『痛そうだ』って、あんたの方が絶対痛そうだ!



こういう風に、一つづつ丁寧に彫っていくんですね。棒の先には針が数本まとめてつけてあって、図柄や面積によって数種類使い分けて彫っていきます。この竿の具合や針の具合はやっぱり指先一本の微妙な感触が必要なものだそうで、すべて自作、自分で調整をするんだそうです。
針は使い捨てだけど、決してゴミに捨てたりはせずに、すべて集めて年に一度、お寺で針供養をしてもらうのだとか。
そういう純日本的な精神文化も、僕が刺青とともにこの体に受継ぎたかったものの一つなんだなぁと、お話を聞きながら、改めて納得。
自分が何を求めていたのか、何を探していたのか、改めて教えさせられます。



作務衣という格好もあってか、僕のことを彫り師さんののアシスタント、店側の人間と思う人も多くて、色々質問されたり、英語でドイツ語で彫り師さんの通訳をしたり、機械彫りよりも断然時間がかかる分、お互いに色々な話をしたり。
こうやっ人と親密になっていくのは嫌いじゃないです。なんといっても、自分の体に一生消えない証を刻んでくれるお仕事をしてくださってるわけですから、なんだか知らない人に一見限りのご縁で、っていうのはちょっと寂しいなって、正直思います。
医者と同じ?相手を仕事の技術だけじゃなくて、人として尊敬し信頼できる、そういう土台がやっぱり欲しいもんです。

コンベンション会場にもおにぎりと卵焼きみたいな『クラシックな』日本のお弁当を差し入れしたり、マンハイムのスタジオにもどら焼きとお寿司(自分で作った巻き寿司と押し寿司)を差し入れしたり。



出来上がりはこんな感じです。と言っても、既に来年この周りを彫りたす約束をしてるんで、まだまだ変わっていきますけどね。
僕の人生と共に育っていく刺青、そういうのもいいじゃない?

家紋三つを勾玉の中にあしらっています。
勾玉は生命のシンボル、スピリチュアルな意味での生命のシンボルでもあります。
その中に入っているのは、一番下に我が家の家紋、揚羽蝶。
じつはこれが一番迷ったんだけど(笑)。決して愛溢れる平凡な家庭に育ったわけではないんで。両親のことは今でも憎んでいるし(とはいえ生死も不明だけど)、いい思い出なんて一つもない、憎しみと悲しみだけしか思い出せない実家(子ども)時代…
最終的には、他人の家紋入れてもしょうがないし、これは大好きだった祖母(母方)の纏っていた紋だから、と云う理由で決心しました。
上に二つ、神社の家紋(神紋?)です。神様の上に人間の家紋はおけないですからね。
真ん中は僕の生まれた土地、神戸にゆかりの湊川神社。楠木正成公を祀った神社として有名ですね。大楠公、なんこうさんと言って神戸では親しまれていますが、皇居前にも銅像が立ってます。ちなみに、あの大楠公像の甲冑は史実に基づいているわけではなく、同時代の資料などから『大体こんな感じ?』と作られた『なんちゃって兜』なんだそうですよ(笑)。
一番上は僕が個人的に信仰する東京浅草の牛島神社。丑年牡牛座の僕は日本にいる時は、日本に帰った時は、必ずお参りに行って、お札をもらったりしています。

まぁ、キリスト教徒が十字架とか刺青するのにちょっと似てるかもしれないですね。
見た目には全然、こっちのがクールだと思いますけど(笑)!


刺青 この身体に刻んでおきたかったもの 2

2015-10-04 | 日記とか、日々のいろいろ
もう10月なんですね~。今年の僕の一番のニュースであろう、刺青。
いやあ、この後に及んで、これ以上の大事件が起きてくれちゃったりしないことを切に願ってますですよ。
だいたい、まだ厄年抜けてないんだっけか?数え年で43って…

僕はスタジオ内での普通のセッションが三回(四回だったかな?)の他にタトゥコンベンションの会場で二回掘っているんだけど、今回はちょっとだけ、コンベンション会場って、その刺青をどんなところでどんな風にやってたのか、ご紹介しますですます。

会場になるのは、フランクフルト・メッセ。本の見本市やフランクフルトモーターショーなど、国際的な大きなメッセが開かれる大きな、そして有名なところなんで、お仕事で、趣味で、行ったことある人も結構あるかもですね。
もちろん、そんなメッセ会場の中のホールを一つだけ使って(モーターショーではほぼ全部のホールを使います)わりとこじんまりと行われるのだけど、それでもすごい規模。出展数だけでも相当なもんで、世界各地からタトゥーアーティスト/スタジオが、参加してます。
海外やドイツでも遠方の都市から参加しているアーティストは、メッセの後、それぞれドイツ国内やヨーロッパの他の都市のホストスタジオで数週間から数ヶ月ほど滞在して、お仕事していったりしてるんですね。まぁ、そりゃ三日間のイベンドだけでは、大きな荷物持ってはるばる海外からやってきて元が取れないですもんね。



で、メッセのホールの中をこんな風にパーテーションで仕切って所狭しとブースが並んでるわけです。
ほとんどがタトゥスタジオのブースで、そこでアーティストなり絵がきにいったら、時間に余裕がある限り、その場で即刺青彫ってくれます。
とは言っても、人気のあるアーティストやスタジオは大体既に仕事中か、期間中全部予約が入っていたり、大きな作品だとコンベンションの期間中に仕上がらなかったり。
そうなると、その人がいるスタジオに後日行って(予約を取って)、そこで彫ってもらうことなるわけです。
僕も腰のやつは結局期間中に彫り終わらなくて、後日車で一時間ほどかけて、スタジオ行って仕上げてもらってきたクチです。

僕自身、当初はこの会場で刺青入れる予定はなくて、この後にスタジオの予約とってあって、初めてのタトゥを入れるから、その前に『刺青彫る』ってどんな感じかこの目で見ておこう!くらいの軽い気持ちで行ったんですね。
入場料は決して『軽い気持ち』で入れるお値段ではなかったですが(笑)、それでも中は満員御礼!

もともと、この時点でも大体欲しい絵柄は決まってたんですねどね。
なんとなくタトゥかっこいいから、じゃなくて『こういう理由で、これが欲しいから』だからその手段としてタトゥ、って感じだったんで。

僕たちは初日のわりと早い時間に会場入りしたんだけど、もうどっこもかしこも彫ってます!あはは~!これ、スッゲー光景だね。本当壮観!上半身裸になって施術台に横になって背中全面とか既に始めてる人もいたり、すげーすげーとしか声が出ないの(笑)。
そのコンベンション会場で気に入ったスタジオの名刺もらってきたり(一個気に入ったスタジオがうちの近くだった!)、話を聞いたりしながら会場を一回りぐるっと一周。
今時のタトゥってみんな機械で彫るんですね、これ。
日本のスタジオってわけじゃないんだろうけど、日本人のアーティストさんも数人見かけました。

ほとんどがタトゥスタジオ(機械彫り)のもので、中にはTシャツや書籍などを扱うショップのブースもちらほら、という感じの会場の一角に伝統的な手彫りをするアーティスト太刀のコーナーがあります。
マオリやタヒチ、ケルトのそれぞれの伝統的なタトゥを施す人たちは数も少ないし、やっぱり目立ちます。
針のついた短い棒を小さなハンマーのようなもので肌に打ち付けて小さな点一つづつを肌に墨入れしていくアーティストはやっぱり圧巻で、おしゃれでヒップなピストルみたいなタトゥマシンを握ったニイちゃん達とは全く違うオーラ出してます。
手彫りのアーティストもブース出してるよ、興味深いよ、というのはいつも通ってるプールの監視員のおねいちゃん(二十代前半のブロンドの女の子で、自分もびっしりタトゥ入ってる)からも聞いて事前に知っていたのだけど、やっぱり見てると、目を奪われますね。

そんな手彫りアーティストのコーナーで、その時まだフライヤーを並べたり準備中だった方が僕の目をひときわ引いて。
それが僕の刺青を掘ってくださった相秀さん。
後ろに貼ってあった旗がね、絶対日本だ!って思って。
漢字のバナー自体は、世界的な和彫り、ジャパニーズモチーフの大人気もあって、中国系のアーティスト以外でもヨーロッパのアーティストのところでも『和彫り』『刺青』なんていっぱい見るんだけどやっぱり、パチモンとホンモノは持ってる空気からして違う!

それで、作業中のお忙しいところを、ちょっとお話ししたりして、やっぱり刺青っていいなぁ、って思って。
もともと、自分の日本人としてのアイデンティティ、どんどん遠くなる祖国日本を自分の中に刻み込んでおきたい、ってのがあったから、それならこれ以上にふさわしい人いないじゃん!って思って。

日本から来た、日本人の伝統手彫り師!

フランクフルトは初めてという彼に、それでお願いすることにしたんですます。
ちょうどコンベンションの期間中はまだ予約とかは入ってないって言ってたけど、僕とシュテファンで三日間の予約、全部押さえちゃいました(笑)。


(後半へ続く!)