星屑の日誌2

SSとか書くブログ。たぶん。

無題。

2013-05-12 11:13:31 | やる夫で学ぶ本田宗一郎

発表場にしばしば訪れる魔というのを体感した。
そしたら蒼の子が拾ってくれた。女神だ。

つまり短時間で神と魔の両方を見た。スゴいね今回。

今回だけでやる夫スレやってきた価値がある。

投下は次スレ建ててからにします。みんなごめんね。

20て。

2013-05-02 00:31:47 | SS
ヘタすりゃ過去編010話だけでバキスレ2つ消費するやも知れん。

LiST退場したけど新キャラ4人でてきます。増える一方だよ。>キャラ。

この辺りは創成期。始まりの始まりのお話。何で正史がなくなったかというお話。

長いけどコレでも削ってる方。ソウヤ弁護を賭けたヌヌvsLiSTの舌戦とかあったけどスピード感に欠けたんで削った。

ヌヌ視点で見るとライザってすげえ邪悪な感じする。これはアレか比古師匠のいう「過ぎた強さってのは時として
周りに卑怯ってとられる」か。つかヌヌお前怒るのかよってビビった。「なんであんたそんな怒ってるの?」と思いつつ
描いたらイジメのコトがでてきてなんか納得した。コレはアレだね。革命をやる民衆の怒りだね。長年虐げられて
きた弱卒が心に秘めたる爆発物だね。ヌヌひょっとしたら青空よりヤバイかも知れん。根ぇ深いもん。青空は
別にイジメとか受けてなくない? 話せんから勝手に鬱屈して勝手に恨んで勝手に発散方法見つけたって感じだ。
でもヌヌ実害受けてるもん。飼い犬だって殺されてるし。ソウヤに逢ってなかったらどうなってんだと。

やっとウィルとライザ視点に戻れる。長かった。ライザの戦い早く描きたい。

いやしかし進撃の巨人は武装錬金好きにとっちゃテンション上がる作品ですね。
ジャンが秋水でサシャが千歳。最高ですよ。

絶対描けないでしょうけどね、武装錬金のカプで背徳的な萌えがあるのは秋水×千歳す。
むろん「千歳がなんやかんやで女教師になった」っつー例外条件つきですけどね、
美人教師と生真面目な男子生徒という禁断めいたアレが彼らだと実に映える。
絵的にも美しいですしね。いや本当想像して下さいよ。女教師千歳に迫る秋水。
エロい。非常にエロい。双方遊びがねーからガチすぎてエロい。



「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」の平塚先生は斗貴子さん。
原作通り「臓物をブチ撒けろ」のパロネタやらないかそれだけを日々願っている。




武装錬金関係ないけど最近のアニメや特撮で萌えるのはガルガンディアのチェインバーと
キョウリュウゴールドっすよね!

なにあいつら可愛すぎ。チェインバーなんざ人工知能でロボットで、海賊とか容赦なくビームで蒸発させるのに
コンテナ運ぶ姿がね、萌え。

キョウリュウゴールドは言うまでもない。あざといなキョウリュウゴールド。本当あざとい。

過去編第010話 「あふれ出す【涙なら】──急ぎすぎて壊してきたもの──」 その19

2013-05-01 22:45:42 | SS
「LiSTを残す? ココに?」

 小さな眼鏡がズルリとズレた。慌てて直しヌヌ行は周囲を見る。どこまでもどこまでも闇が広がるココは時の最果て。
彼方に巨大な砲身が薄く灰けぶって見える以外何もない。留置場としては最適だろう。なぜなら人はこれない。来れると
すればよほどの時空改竄者だけである。

 そこにLiSTを残す、言い終えるとソウヤは頷いた。表情を消すとひどく無愛想だがどこか若草の爽快感と若豹の怜悧が
感じられる。などとヌヌ行がベタ甘の感想を描く間にも彼は喋る。
「一段落したら然るべきところに引き渡し法の裁きに任せる。本当はいますぐ時空改竄で公害をなかったコトにするのが
一番だがすればウィルたちに気付かれる。戦いが始まるまではできない。なら、せめて」
「少しでも被害者たちの無念が晴れるよう、法に任せる……か。温情は尊敬するがしかし彼はライザウィンの部下。やりよ
う次第じゃ」
 と老執事を顎でしゃくる。平素意識して作っているトーンをいっそう堅く低くしこう述べる。
「やりよう次第じゃ我輩の武装錬金さえ切り抜ける難敵だよ。ウィルやライザウィンが控えている以上」
 ──後顧の憂いは断つべきだ、明言こそしないが殺害を言外に匂わせかぶりを振り

「ブルル君もそう思うだろ?」

 友人(とヌヌは思ってる)に水を向ける。するとため息が返ってきた。

「だいたい同意だけどさあ、聞く前にチョット考えて欲しいのよねえ~~~。『なんでトドメ刺してねえのか』。地味だけど
コレかなり重要よ。頭痛いわ」

 意を測りかねているとソウヤが追撃。

「羸砲あんたおかしいとは思わなったのか?」
「質問する時はまず「なにを問うているか」、明確にするのがマナーだよ。ソウヤ君(え? 何よなになにどういうコト?)」
「LiSTの来歴。先ほど聞いた。彼を狂わせたのは王の大乱……ライザウィンを産み出すためだけ起こされた戦いだ」
「つまりソウヤ君はこういいたい訳かい? 『義理はない』、と。LiSTが、ライザウィンの新しい肉体を確保するため、我々に
戦いを挑むのは……おかしいと」

 なぜなら、義理がない。

「いわば元凶だからな。自分の運命を狂わせた元凶……。筋からいえばオレがムーンフェイスや真・蝶・成体にするよう憎
んでしかるべきだ。なのに行動は逆。ライザウィンを守るため動いていた。おかしいというのはつまりソコだ」
「とくれば」
「そ。時空改変」
 一歩すすみ出たのはブルートシックザール。胸の前で左手と直角に組んだ右手の先を頬に当てつつこう述べる。
「結論からいやあコイツは『操られてた』。さっき攻撃したとき気付いたのよ。頭ん中に小さな電波の渦があってさ、『ああ無
理やり動かされてたんだ』って。だから殺さなかった訳よ」
 その渦はもう消した。事務的に報告するブルートシックザールにふとヌヌ行は思い当たった。
「刺客に何か埋め込んで操る? ……なんかソレって」
「三部的なアレね。ライザはニワカファンだから自分の能力つっこんで操ってたんでしょうね」
 三部、とはソウヤとブルートシックザールの好きなマンガの話である。ピンクダークの少年。古くはソウヤの父、武藤カズキ
が愛読していた。トリオの中で唯一詳しくないのも悔しいので、ヌヌ行は大雑把だがあらましを調べた。ヒマができたら全巻
制覇しようと思っている。
「読むならまず二部からね絶対二部よ」
 しゃがむブルルはLiSTの胸倉をつかんだ。
「でもまあ大乱以降の公害。そっちはあんた自身の意志でやったコトよね?」
 ココでやっと老執事は口を開いた。
「ええそうですヨ。操られてやったのはあくまでブルルさんたちの襲撃のみ…………。公害バラ撒いたのはわたくしの意思」
 相変わらず全身に光が巻きつき身動きできない状態だがさほどの焦りもない。もっとも絶望したところで性格が性格だ。
却ってハイになるんだろうな、ソウヤは尖った瞳を軽く細めた。
 ちなみに。ブルートシックザールは立ち上がると踵を返し、LiSTを指差す。
「8日前、ゲームセンターでひと悶着あった後。コイツはライザの正体を知り、戦いを挑んだ。けれどいまと同じく敗北し、
操られる羽目になった」
 敗北、という言葉にLiSTの顔は一瞬妖しげに波打った。ヌヌ行は見た。傷を抉られ喜ぶオトコの顔を。視線に気づいた
のだろう。彼はすぐさま執事然と頬肉を絞った。
「『一つ』思い違いをなさってますね~~」
「なに?」
「さっき仰った『大乱の元凶だからライザウィンを憎んでいる』のお話です」
 要約すれば、いまでは例の大乱を起こした王には少しばかりシンパシーを感じている……らしい。
「まあ嫌いですけどねライザウィンは。ただ……
「元凶という理由で憎んじゃいない、と」
「そりゃあ壊すだけの、壊されるだけの、壊されたままにしておくだけの人間さま方を滅ぼそうとした王さんの遺産ですから
ね! ライザさんの考え方次第じゃあ味方しましたヨ!!」
「でも憎んでいる。戦うほどには。それは何故かしら?」
「なぜってそりゃあ不満だったからですよ!!! せっかく王さんたちが命を賭けて作りだした最強最大が! 事もあろう
に人間じみた生活に満足し!! しょうもない小競り合いにしかその力を使っていないのです!! 失望しました。失望
は絶望以上の虚無です。わたくしに絶望を与えた大乱がそれっぽちのモノしか紡いでないのは気に入りません、肉体が稼
働97年で随分ガタが来ているようでしたから、それを壊し! 奪って! 彼女にもまた絶望を与えたかったのです!」

「されば彼女はきっと乗り越え新たな希望を紡いだでしょう!」

「わたくしはとにかく希望がみたい! かの絶望的な大乱が希望に繋がるさまを見たかったのです!!」

 間違ってるがつくづく前向きな奴。呆れ交じりに呟くブルートシックザールにヌヌ行も頷いた。
「確かに動機は狂っているが……LiST。今でもライザウィンは斃したいか?」
 しゃがみ込んだのはソウヤで彼はウィンクを返された。
「もちろんですヨ☆ わたくし操って下さったのも気に入りませんからね! わたくしが紡ぐ希望絶望はあくまでわたくし自身
に帰属すべきもの!! 誰の指示や恣意を代行すべきものじゃあありません! その矜持を彼女は奪ったのですヨ! 
失望させただけじゃなく矜持さえ奪ってくれましたからねえ。是非に★是非に★絶望させたい!!」
 どこまでもどこまでも朗々としながら節々に黒い力の籠った声だった。「なるべく関わりたくない、なにされるか分からない」
無意識に数歩下がったヌヌ行だが意外な光景を目撃する。

「じゃあLiST、一緒に来るか?」

 時が一瞬止まるのをヌヌ行は感じた「やっぱり。あのバカはもう」と呟いたところを見るとブルートシックザールは薄々
予感していたようだ。とまれそれで落ち着くヌヌ行ではない。慌てて駆けより肩を掴み捲くし立てる。上体をかがめたせいで
髪が垂れ前に左右に激しく動いた。
「なに言ってるんだソウヤ君!? 確かに目的は一致してるが目指してるモノは違うんだよ!?」
「そーね。このヤローはライザを復活させるため斃そうとしてやがる。まったく因果の捩れた望み、武装錬金で丸分かりだ
が精神ユガミきってるわ」
 あたふたする後ろから飛んでくる冷たい声は的確の体現。ちらり振り返ったヌヌ行は大人を見た。すっくと佇立するさま
は出来る女教師のブルートシックザール。足らぬのはタバコぐらいだろう。何となく光円錐を召喚し、有害物質満載の白い
円筒をフイっと差し出した。
「え! コレさかさにしていいのさかさ!! ……違う? 吸え? やーよ病気リスク高いし。だいだい吸うと頭痛くなるし」
 場の空気が鎮まった一瞬、ソウヤはすかさず勧誘に入った。あわてて横に回り込んだヌヌ行は目撃する。
「大乱のとき起きたあの事件。アレさえなければあんたはきっと歪まずに済んだ筈だ」
 しゃがみ込み語りかける目の光を。
 痛烈なまでの見覚えがあった。かつて川に身投げし助けられた時それは見た。
 川原で毛布にくるまりガタガタ震えながらヌヌ行のつく他愛もないウソ──イジメに起因する様々な薄暗い感情を隠すた
めの──をちゃんと真っ向から受け止めてくれた武藤カズキの……雰囲気。ソウヤは決して笑っていない。母譲りパピヨン
仕上げの鋭さを纏ったまま黙っている。けれど眼差しだけは真剣だった。金の瞳の中で微かな憂いを揺らしながらじつと相
手を見据えている。
(…………。あ)
 彼がなぜそうしているのか思い当たりヌヌ行は息を呑んだ。

──「……歴史が変わったせいか?」
── 妙に沈んだ声を出すソウヤにヌヌ行はかすかな違和感を覚えたが、いつも通り尊大に
──「悪堕ちのきっかけが『大乱』だからねえ。正史になかった出来事。それに立脚しているのは間違いない」
── とだけ答える。厳密にいえば”とだけしか答えられなかった”。


(レーションの中。隔絶された空間で初めてLiSTを見た時の反応。私は何も気付けなかった。気付いてあげられなかった)

 希望と呼ぶ少年。
 その眼差しの表面張力は鈍い光に彩られている。それが痛苦と悔恨のあらわれだと気付いたときヌヌ行は思わず
右目を拭った。熱く滾る液体が噴き出したのはいつぶりだろうか。イジメられていたときでさえ心同様涸れていたそこが
突然湿潤になった。左目も同じだった。ただソウヤを見るだけで鼻梁の裏を塩水が伝う。

(改変。パピヨンパークで真・蝶・成体を斃したせいで始まった新たな歴史。王の大乱1つとっても約30億8917万の死者
が出ている。それは決してソウヤ君のせいじゃない。けど、けど──…)


──「オレは新たな戦いを生んでしまった。責任がある。見捨てられても仕方ない」


(責任を感じてる)


──「……生き物である以上怖がるのはトーゼンでしょ。ライザウィンに肉体取られるのもイヤ。『魂』を消されわたしがわたし
でなくなるのが……怖い。だからわたしは死を恐れる!! 悪い!」

──「……正しいと思う。父さんや母さんなら同じコトをいうだろう。パピヨンだって人間のころ恐れていた。死ぬのを心から恐れて
いた。誰だってきっとそれが……当然だ」


(ブルルちゃんが死に怯えるのも自分のせいだって思ってる。だから──…)


──(さっきの君の意見、なんだか歯切れが悪かったように思うが? 確かに御両親とパピヨンなら同意を示すだろう)
──(でも君自身の意見はどうなんだい? さっきのにはソレがなかった。隠してる雰囲気がしてね)


──(ま、我輩大抵の黒い意見には慣れている。遠慮せずブチ撒けたまえ。


──(……分かった。大丈夫だ。ただ)

──(気持ちの整理がついていない)


(言えなかった。言葉通りずっと、一人で、ソウヤ君は一人で…………どうすればいいか迷っていた)

 どれほどの苦悩だっただろう。彼はパピヨンパークで仲間の大切さを知ったのだ。にも関わらずヌヌ行には言えなかった。

 どれほどの苦悩、だっただろう。

(支えてあげれなかった。悩みを聞いてあげれなかった)

 言葉をそのまま受け取ればそれは整理がつくまでの話で、待てばいずれ話したのかもしれない。けれど人間は軽い悩みさ
え自力で解決できない。さればこそ高校時代のヌヌ行に数あまる悩みが相談された。1人で抱え込めばいつまでも堂々めぐ
りで暗さばかりますのが悩みなのだ。整理など付きようがない。罪悪感なら、尚。

(私が、信頼して貰えるほど大人だったら、本音を恐れるウソつきじゃなかったら)

 もっと違った展開になっていたのではないか。ソウヤの心情を知れば彼よりいち早く贖罪を申し出ただろう。

 彼はいう。LiSTに。

「そもそもあの大乱は俺がパピヨンパークで歴史を変えたせいで起きた。つまりあんたの所業の原因はオレにある。だが
どう償えばいいかは分からない。だから同行して欲しい。償えるコトがあればする。憎ければもちろん……斃していい。
その代わりもう公害で無関係な人間を苦しめるな。あんたの絶望の根源はオレなんだ。オレを、オレだけを捌け口にすべ
きなんだ」

「でなければあんたもまた……救われない」

 顔を伏せる。表情は見えなくなった。それでもヌヌ行は理解した。彼の感情を。悪逆に見えるLiSTを誘う理由を。

「おやあ? 謝罪ですかぁ? しかしそれは免罪符得るためのモノですよ。真・蝶・成体の打倒は取り消さない、けどその
弊害に対し聖人であろうという矛盾。『最初』を取り消す、それが一番手っ取り早い謝罪であり贖罪だと気付いているんで
しょ本当は。なのにしない! 御両親との楽しい楽しい生活を捨ててまで他のみなさんを守れない!!」

 LiSTの答えはどこまでも痛烈だった。もっとも痛い部分を的確に突いていた。
 だからソウヤの横顔が一段と悄然と小さくなるのをヌヌ行は目撃した。

(違う。一番責任を負うべきは私。私の前世がソウヤ君をパピヨンパークへ……。なのに。なのに……)

 場の流れに呑まれ何も言えずにいる。LiSTに覚えた恐怖が、痛烈な悪意を恐れる弱さが、旧態のまま釘付けている。

 しばらく黙った後、ソウヤは震える声で紡ぎだす。それはやっと得たささやかな幸福さえ薪にくべる覚悟だった。


「なら……、なら、オレは」



 涙を撒き散らしながらでも割り入って止めたい言葉だった。
 ヌヌ行はカズキと斗貴子を知っている。彼らが紡いだ新しい命がどれほどの希望か知っている。
 けれど震える足は動かない。言葉もまた出てこない。喰い止めれば彼はますます沈むだろう。



 死刑宣告にも似た呟きが時の最果てを貫いた。


「オレはパピヨンパークの改変を取り消す。真・蝶・成体を斃さな──…」
『残念だけどそれはもうできないぜ武藤ソウヤ!!』
「!!?」

 驚愕が一同を貫くのとLiSTの足元が割れ砕けるのは同時だった。薄氷を踏み抜いたように大小さまざまの黒い破片が
舞い散ってその1つがヌヌ行の形のよい鼻を掠めたときブルートシックザールの絶叫が無音の最果てを貫いた。

「そのスッとろい声……『ライザウィン』!!」
「ライザウィン!?」
「ウィルの協力者、ブルル君の体を狙う存在! !? LiST!?」

 一瞬ブルートシックザールに気を取られたヌヌ行がロックオンした彼は落下を始めていた。

「落下だって!? 馬鹿な!! ココは時の最果て!! 我輩でさえ不壊の空間を……壊したのか!?」
「くっ!!」
 いち早く反応したのはソウヤ。果てしない闇に落ちるLiSTの右腕を掴んだ。その腕はまるで崖を落ち行く人間を掴んだ
ように直角に、下に向かってググリと垂れる。そこで助勢すべきなのに混乱のヌヌ行はオロオロ辺りを見渡すばかりだった。

『フハハ!! 無駄な努力なのだぜ諸君! LiSTを吸いこんでのは何か……よーく見やがれ!!』

 砕けたのはLiSTの足元だけではなかった。むしろその地点は半径20mほどある円の最外殻のほんの一点にすぎなかった。
巨大なブラックホールが蠢いていた。鈍く腐った原生生物のような粒が絶え間なく流動していた。
 空気は風穴の開いた飛行機よろしく黒穴めがけ吸われていく。光も例外ではなかった。穴の中心に近づくたび最果ては
いっそう薄暗くなる。
 光円錐で縛られていた筈のLiSTがソウヤに手を掴まれたのは、光子がブラックホールに吸われたせいだと後にヌヌ行、
理解する。

『そしてパピヨンパークにおける真・蝶・成体の撃破!! その取り消しはもう不可能!! えと! あ! 羸砲ヌヌ行だった
っけ? アルジェブラはオレの武装錬金で少しチョッピリ動作不能にしたからな、なかったコトにゃあもうできんのだぜ!! 
歴史の根幹は変えられないぜ!! お前らゆがんだいまの時系列であがくしかねー!」』
「なっ……」
 呻いたヌヌ行の周りに光円錐が浮かぶ。本でも読むようにしばらく両目を左右に動かしていた彼女の顔から見る見ると血色
が失せていく。
「……本、当だ。パピヨンパークが起こる前の歴史が……『正史』が……ない? 見当たらないだけなのか? それとも消え
て、しまったのか?」
 半ば放心状態で膝をつくヌヌ行の胸を抑えどうにか転倒を防いだのはブルートシックザール。軽く頬をはたく。理性の復帰
は早い。ベールの奥の眼差しにすかさずすかさず頷いた。
「ブラッディストリーム!!」
「アルジェブラ=サンディファー!!」
 輝く長方形の陣がブラックホールを覆った。そこめがけ滑空するのは無数の光円錐。漏斗にキスさせたような形のそれは
戦術予想状況図の魔方陣に吸いこまれる。
(次元違いへの昇華プラス光円錐の歴史改変!! 最果てといえど治せない道理は──…)
 会心の笑みは絶望に変わる。陣や円錐が一気に色褪せたと見えたのもつかの間。一気に干からび風化する。
「馬鹿な……。アルジェブラを、最強クラスを昇華したのに……『通じない』…………?」
 つばを呑む。それまで戦いに対してどこか気楽だった彼女の胸に黒いものが生まれたのはこの時だ。
(これが……)
『正史』のロードを不可とし、不壊の空間さえ破断し、次元違いに引き上げてなお手も足も出ないおぞましき存在。
(これがライザウィン)
 敵意のなさが逆に恐ろしい。つくづくと戦慄する。最果ては最後の逃げ場なのだ。そこをあっさり見つけ干渉しながら恫喝
1つしない敵意のなさが怖かった。弾んでいるのだ。声は。カードゲームをやっているとき突然手製の反則カードを出して
「これめっちゃ最強!」などと勝手をぬかす無邪気な小学生の声音でさまざまな絶望を告げるのだ。

 ………………………………………………………………………………。

『いつでも簡単に殺せる』。人はアリを見るときそんなコトなど考えない。ただ「居る」と思うだけだ。気まぐれに観察して、気
まぐれに踏まぬよう心がけて、そして気まぐれに殺す。気分1つでどうとでもできるからこそ『いつでも簡単に殺せる』などと
誇りはしない。ライザウィンの対人感情はそれではないか。ヌヌ行は震えた。

「だからわたしは奴を嫌う。まさに邪悪の存在だから」

 ブルートシックザールが答えたとき、ソウヤの背中を汗が濡らした。
 手に、肩にかかる重さはますます増しているようだった。それでも2人に助けを求めないのが彼の姿勢の象徴だった。
「本当はワンチャンスあったんですヨ! ヌヌ行さんがソウヤさんと初めて出逢ったあの日。最初の時間跳躍が最★後★の!
機会でした。もしあのとき『パピヨンパーク』以前の歴史をロードしていたのなら……ライザウィンが、貴方の武装錬金を理解
する前にロードしていたなら…………大乱なんてない歴史、『正史』が戻ってきたのです」
「毒づいている場合か! もう片方の手を上げろ! そのままじゃ死ぬぞ!」
 要請するがLiSTは答えない。引力はますます強くなっているようだ。ソウヤの腕が軋んだ。ふせっている体が一段と深く
沈み込む。石臼をひくような音を奏でながら淵めがけズリズリと少しずつだが向かっていく。
『離した方がいいんじゃないの武藤ソウヤ? そのままじゃさ、巻き添え食っちまうぜー?』
 気楽な声にスレた少女は顔をゆがめた。ソウヤに加勢しないのは自衛のためだろう。下手に動けば危ないのだ、肉体が。
「チッ! どこからでもしてるようでしてない曖昧な声!! 頭痛いわ!! だいたいライザてめーどういう了見でLiST始末
しやがる!?」
『ンな怒鳴るなってブラジルしくしく』
「ブルートシックザール!! 相変わらず人の名前覚えねえ奴!!」
『フルートしくさるだなよし覚えた!! いやだってさ、同じ敵がいつまでも出てくんの面白くねーじゃん戦い的に考えて!!
オレ狙われてるけどさ、狙われてるけどさ! だったらそれっぽい刺客をグイグイ繰り出すべきだろーぜ! マンガなら
そーだし!! なんでLiSTお前フェードアウトな!』

 軽い調子。しかし羸砲ヌヌ行の中で何かが割れた。

(我輩たちも、LiSTでさえも駒なのか……? 尊厳や矜持を賭けた命がけの戦いですらガラスケースの中の小さな小競り合
いなのか。『見て楽しむ』。どれほど残酷でおぞましい行為か……君は、君は…………わかっちゃいない)

 人生最悪の日々がよみがえる。イジメ。カエルの腸を喰わされた時。机の上に大量の生ゴミを置かれた時。
 暗澹と涙ぐむヌヌ行の背後でクスクス笑う連中がいた。直接手を下さぬ代わり『見て楽しむ』連中が。

(……フザけるな)

(ソウヤ君はLiSTを助けようとしてるんだぞ!!)

 それをまるで茶番だと言わんばかりに終わらせようとしている。
 ソウヤは残酷な傍観者たちに傷つけられた結果やっと巡り合えた希望だ。

 なのにライザウィンは穢そうとする。

 ソウヤを苛むためではない。ただ自分の都合だけでLiSTを消すのだ。各人の抱く希望も絶望も等しくどうでもよいようだった。

「お前が!! お前のようなヤツがいるから!!!!!!!」

 顔を激しく揺らめかし涙さえ飛ばしながらスマートガンを出す。端末と呼ぶ手頃な銃のトリガーを狂ったように引き続けた。

 光線がブラックホールに着弾する。だが何の効果もない。粒子がホタルの群れのように舞い散って消えるだけだ。そも
これは先ほど増幅して通じなかった光円錐より弱いものだ。効く道理などない。

(頭じゃそれは分かってる!! だが!! 何もせずにはいられない!!!)

 叫ぶ。憎悪と哀切に研ぎ澄まされた叫びを上げ乱射する。顔も知らないライザウィンが憎くて憎くて仕方なかった。ちっぽけ
な人間として蹂躙の限りを受けてきたからこそ、高みでそれを肴にする存在は許せなかった。

 だが。

 超越した存在には。

 せめてもの怒りすら。

 届かない。

 ブラックホールが青く輝いた。輝きの中で独白は続く。
『本当はいつでもLiSTごとお前たちを呑みこめたけどやめといた。だって戦ってくれる人が意味もなく減るのはイヤだし。
刺客はまだまだ用意してるぜ! お前たちは戦うのだ!! 戦って戦ってオレを楽しませるのがよいのだぜ!!!!)
 次なる戦いをやれるからソウヤたちは生かす。
 やれないからLiSTは殺す。
 あるのはたったそれだけの線引きだ。
(存在そのものが人を踏み躙っている……)
 腹立たしげに端末を放り捨てても収まらない。
 かつと紅潮するヌヌ行の耳をいっそう耳ざわりな言葉が叩く。声音はひどく愛らしいのに”かきたてる”。ああ一生好きにな
れないな、イジメた癖に謝りもしない女子たちを見たとき以上の嫌悪が豊かな胸に満ち溢れた。
「戦い見てると胸の奥がきゅーーーーーーーーーーーーーーーっとしてさ、何かオレとても幸せ。ウフフ』
 じゃなー。声が消えるのを合図にブラックホールの吸引力が一層増した。それなりの距離を置いているヌヌ行の髪、虹色
の房は命名される台風の冷たく斬りつける暴風を体感しそして靡いた。狂った魚より見苦しくのたうつ頭髪の上であっと
ヌヌ行が息を呑んだのは、ソウヤは淵から奈落へと危うく落ちかけたからだ。
 幸い咄嗟に愛槍を空間に刺し凌ぐのが見えて安堵したがそれもつかの間。本来そこが不壊の最果てと気付き青ざめる。
(まさか全部か? どこもブラックホールの余波で脆くなっている……?)
 刺せるのは鬆(す)の証、腐った木に釘を打ち込み支えとするように危うさがあった。凌げたのは一瞬。ライトニングペイル
ライダーもまたブラックホールめがけ傾き始める。その様子を見たLiSTはウロのような笑顔を浮かべる。

「キヒヒ。潮時のようで。本音をいえば不意打ちで手を離し貴方様に絶望を刻むコトもできますが、まあしません。助けようとして
下さった姿に対するせめてもの敬意という奴ですヨ」
「なに?」
 風圧で一瞬聞きそびれたのか、ソウヤは反問する。
「大乱の一件で道を踏み外したのは助けられなかったから、ですよ! でもまぁ敵で危害を加えたわたくしをソウヤ様は助け
ようとした。ンフフ。なかなか希望じゃあないですか。ヌヌ行さんがそういう目で見るのも納得です」
 とLiSTの視線を移された法衣の女性はやっと現実に回帰する。
(……感情に任せすぎた)
 自分もまた無神経な傍観者だった。気付いたとき、やっと、やっと彼女は動き出し──…

 そばを影が、駆け抜けた。

「ふぅ。そろそろ手が離れますがそれはあくまで疲労のせい。なにしろブルートシックザールさんに倒された直後にコレですか
ら。凌ぐのは難しいでしょうねえ。他意はありません、戦いのさだめ…………ソウヤ様が気に病むコトはありません」
 そしてLiSTの手は開き。
 闇めがけ堕ち始め──…
「駄目だ!」
 ソウヤの掌に包まれる。
「あんた最初は人を救おうとしてたんだろ!!  大乱さえなければきっと武装錬金で色んな人間を笑顔にできていた筈な
んだ! なのにオレのせいでそうなった!! 見捨てる訳にはいかない!」
 LiSTは見た。掴むため相当を無理をしたのだろう。いまにも落ちそうなほど奈落に身を乗り出すソウヤを。ともすれば
巻き添えを食うというのに恐怖はない。
「一緒に来るんだLiST!! 死ぬな!! 罪ならオレも一緒に償う!! 償って、害した人々を元に戻しそれからまた誰か
を笑顔にするんだ!!! あんただって本当は見たいんだろ!! 作った料理を、レーションを!! 食べて笑顔になって
くれる人たちを!! 見たい筈だ!! だから……だから一緒に来い!」
 彼はただ心から叫ぶ。顔は必死で汗がにじんでいる。だが黄金の瞳は満たされている。常にLiSTの求めている輝きに……
希望に。
 LiSTの左腕が持ち上がった。意思に反した所作だった。何が起きたか見る。下半身のない奇妙な形の自動人形が数体ま
とわりついていた。枯れ木に群生するキノコを思わせた彼らは届けた。おぞましい吸引力にばたばたと剥がされ、奈落の底
で砕けながらも、持ち主に、LiSTの腕を届けた。ヌヌ行の横を通り過ぎた影は彼らだったのだろう。
 はたして掴まれるLiSTの左掌。ソウヤの横でベールが揺れた。
「ブルートシックザール。あんたもLiSTを……?」
「フン。勘違いすんじゃあないわよ。どんな理由があろうと公害撒いたのはコイツ自身の決断であり……弱さ。優しくしてやる
義理なんざ別にないわよ」
 ブルートシックザールは鼻を鳴らした。つくづくと忌まわしそうにLiSTを睨んだ。
「ただわたしは死ぬのが恐い。なのに他人の命が燃え尽きる様に無関心ってのはどうかと思っただけよ。くたばるっつーのは
誰だって怖いでしょうからね。だからまあ助けてやるが頭痛いわ! コレでまた敵対されたらソウヤてめーマジに恨むからなッ!」
「やれやれそれじゃあ我輩が最後、か。便乗したようで格好つかないが助けたいなら従おう」
 2人の肩に手を当てたのはヌヌ行。
「だいたい一番責められるべきは我輩さ。なにせソウヤ君を遣わしたのは我輩の前世。責めも贖罪も我輩にこそ帰属すべきだ。
一矢の報いにもなるしねえ。ライザウィンの思い通りとか気にくわんよ。(本当マジにあのヤロー! 許せん!!)」
 ソウヤたちごとLiSTを引きながら、続く。
「LiST。君はどこか死にたがっているように見える。罪を処断され清算した上で幕引き……フィナーレを迎えたがってる。きっと
辛い人生だったのだろう。救おうとした人々に牙をむかれ絶望しているのだろう」
 4人の体はしかし奈落に向かって引かれていく。ヌヌ行の顔に焦りが浮かぶ。ブルートシックザールがLiSTを押し上げるべ
く彼の足元にやった自動人形たちはそれより早くブラックホールに負け堕ちていく。ソウヤはライトニンペイルライダーを後ろ
に放り投げ、その手をLiSTに繋いだ。
「踏ん張るんだLiST。我輩も……我輩も君と同じだった」
「……」
「理不尽な暴力に晒されたからこそ武装錬金で彼女らを殄滅(てんめつ)したいと願った。悪意は辛い。抱えて生きていくに
はあまりに辛い。発散を想像するだけで自殺を考えたよ。きっと君はその何十倍もの辛さを味わったのだろう」
「……」
「けど!! それでも人は生きなきゃならない!! 斗貴子さんは私に言った! どんなに辛くても悲しくても、生き続ければ
必ず逢える!! 私にとってのソウヤ君に!! 希望という存在に必ず逢えるって! だから我輩同じ事を君に言う!!
君は生きていい! 希望に逢っていい権利がある!! だから……」
「諦めるな!!」
 ソウヤが叫ぶとLiSTは笑った。ウロのような不気味な笑顔ではない。澱(おり)が溶けたような柔らかな笑顔を。それは
まるで人々の幸福を願うようなシェフの笑顔で、だからこそ3人の悲愴は増した。
(オイやめろ。そーいう笑顔ってのはつまり『最後』だろうが。悟った顔だろうが)
 不意に蘇る記憶。かつて自分を助けた、かばった弟が。
 その直前浮かべていた笑顔と被り打ちひしがれるブルートシックザールに。

 声が、かかった。 

「どうやら潮時のようですねえ。お別れの前にブルルさん。あなたに耳よりなご情報をお伝えしましょう」

 いまにも汗で滑り落ちそうな手を辛うじて繋ぎながらLiSTはいう。

「まずここの屋敷の主、26代目チメジュディゲダールはここから西南58kmの遺跡に囚われています」
「今いうべきコトかテメー! そんなのヌヌが調べりゃあわかる!」
「いえいえ。いまココで、わたくしが言うのが重要なのです」
「……?」
 ソウヤの顔に一瞬疑念が浮かんだが追及するヒマはない。LiSTの体はもう取り返しがつかないほど沈んでいた。
ヌヌ行が肩を掴んでいなければとっくに落ちているほどソウヤは、奈落に身を乗り出している。
「今からいう情報はあくまでライザウィンが話しているのを小耳に挟んだだけです。伝える以上のコトは知りません。
詳細は、知っている方にお聞き下さるのが一番かと」
「我輩がいうのもアレだがもったいつけるなLiST! 状況わかっているのかい!?」
 鋭く飛ぶ叱責の中、しかしLiSTは悠然と喋る。
「ブルルさん。あなたはご先祖、ヌル=リュストゥング=パオブティアラーから受け継いだ血を随分誇っていましたね」
「無駄話してんじゃあないわよッ! だいたい誇るったって傍系よッ! 直系……アオフシュテーエンの血は流れちゃあ
いない!!」
「誤解がないよういいますが、ヌルさんの血が流れてる、そこは間違いありません」
「じれったいわね! 何よ! 何がいいたいのッ!?」
「アオフさん。ヌルさんのお兄さんのお話ですが」
「だから何よッ!?」

    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「実はブルルさんにもその血が流れています」


(………………)



(え?)



 静寂が訪れた。まるで何もかも静止したようだった。言葉の意味がまったく分からなかった。一言一句たがわず記憶
したのにまったく理解できない事実だった。或いは何もかも理解しながらも言葉の重みに負け目を逸らしただけなの
かも知れない。


「つまり貴方様もまた……『直系』」


 だがLiSTの言葉は何もかもを理解させた。


(待て。それじゃあ、まさか)
(近親相姦!? 兄妹の間に生まれた子がブルルちゃんの……ご先祖?)

 力が驚愕で緩んだ瞬間、LiSTの手はブルートシックザールを離れた。揺れ動く暗黒のなか辛うじて自由な手はソウヤの手
を当り前のように開いた。誰かが息を呑む。悲鳴も上がったかもしれない。ソウヤは手を伸ばす。だが届かない。ブラックホール
の奥めがけ老執事の体は軽くきり揉みながら消えていく。


「皆さん希望をありがとうございます。わたくしもう少し諦めず頑張らせて頂きますヨ」

「では。幸運を」


 風の中なぜそれが聞こえたのか分からない。ただ誰もが聞きそして見た。笑ったまま虚空の彼方に消えるLiSTを。


 そしてなくなるブラックホール。時の最果ては元の静寂を取り戻す。




過去編第010話 「あふれ出す【涙なら】──急ぎすぎて壊してきたもの──」 その20

2013-05-01 22:40:46 | SS


「落ち込んでるようね。ソウヤ」
「…………仕方ないさ。助けようとしたLiSTが目の前で死んだんだ」



 現実空間。屋敷の前でヌヌ行は呟いた。前を行くソウヤは肩を落としている。足取りも覇気がない。


「心の傷は流石に次元違いでも治せねーわ」
「そうだね。ブラッディストリームも万能じゃない。アルジェブラもだけど」

 2つ組み合わせてもライザウィンのブラックホールは消せなかった。ソウヤの傷の原因は自分にもある、重い気分をずっと
味合っているヌヌだ。山のおいしい空気を吸っても心は晴れない。

「万能じゃあないといえばさ、ブラッディストリーム。ホムンクルスの再人間化もできねえのよね。頭痛いわ」
 唐突に変わった話題はせめて気を紛らわす気遣い、だろうか。内心礼を述べながらわざとらしく驚いてみせる。
「ええっ本当かいブルル君!? ココってカズキさんたちの時代から300年後だよねえ!? なのにできない?」
「そ。何しろさあ、寄生された奴って人格殺される訳よ。死んじまったもんは蘇らない。300年ばかりいろいろ研究された
けど今じゃそれが通説。ま、王の大乱で文明ブッ壊されて一度リセットされたっつーのあるけど」
「ん? でも斗貴子さん一度幼体に寄生されたけど助かったよね? あの解毒薬は通じないの?」
「スカタン。インフルエンザで脳死した奴にタミフルやってもムダだろうが。悲しいまでに治りゃしねえわ頭痛いわッ!」
「て、的確すぎる例えだね。あはは」
 ウィルスを殺す、ウィルスの壊した部位を修復する。それらは似ているで違うのだ。
「殺人犯をブチ殺しても被害者が蘇らねーように解毒薬は通じない。通じるのは前、ガイシャが殺られる前ッ!」
「死者を蘇らせる方法がないとなれば、つまり何をしようが効力ゼロとなれば」
「いくら増幅してもゼロはゼロ。だから無理。だからヴィクターもヴィクトリアもホムのままよ」

 王の大乱の遠因はそこにある。ブルートシックザールの説明をヌヌ行は興味深げに聞いた。
 ホムンクルスは月に送られる。だが不死故に人口過密が起こり環境が劣悪になった。
 そこに人間社会ならではの複雑な問題──惑星領土の縄張り争い、不況による保障費削減、票を得たい政治家諸君
の緊縮策──が絡みホムンクルスの立場は悪くなった。にも関わらず人々は月で彼らがぬくぬくと過ごしていると思いこ
み(マスコミ連中が思いこませたのよッ! 力説するブルートシックザールをヌヌは呆れたような愛想笑いで流した)、
罪なき、地球に居るホムンクルスを発達した錬金術を以て迫害。

「虐げられりゃあ誰でも怒る。いつしかホムどもは地下で連帯するようになった」

 それが大乱を起こした王の軍勢の前身、だという。

「戦後は何とか歩み寄ろうと人間もホムも頑張ってるけどさあ~~~。再人間化が確立されねえ限り同じコトの繰り返し
だと思うのよわたし」
「そうだね。月の人口は増える一方。ヴィクトリアのように望まずして”なった”人たちも救われない」

 さて。不意にブルートシックザールは立ち止まった。余談だが屋敷に向かうまでとっていた例のフォーメーションはとっく
に解散されている。彼女はヌヌ行の横に立っており、ソウヤが一人離れた場所を進む形だ。

「あんたの方の気分は多少スカっとしたでしょ」
 前をしゃくるガラ悪き友人に無言でうなずく。何を求めているか分かって、だから緊張した。
(わたしはソウヤ君を支えたい。そう願うのなら今。今、慰めてあげないといけない)
 思うが実行するにはひどく勇気がいった。ヌヌ行の自己評価は低い。努力によって対外的にはかなり評価されるように
なったがそれは所詮弱い部分を隠すための努力にすぎない。本質は、イジメられてから止まったままの幼い心は、
ソウヤたちにこそときどきポロっと洩らしはしたが、進んで晒したいモノではない。冷然とした大人の振る舞いはつま
るところ”ウソ”なのだ。そういうウソを纏い生きてきたから、誰もが当たり前に遂げる成長を逃してきたから、ソウヤ
の抱える懊悩──歴史改変への責任感。王の大乱が自分のせいだと思い深く傷ついている──を見落としてしまった。
相談されるに値する人物たりえなかった。

(言葉ならいくら出てくるよ。耳ざわりのいい言葉ならたくさん)

 耳ざわりのいい言葉ならいくらでも浮かんだ。
 けれどやはり結局どれもウソで──…

 優しいウソ。目先の痛苦を取り去り2人して現実から目を背けるだけの陳腐な言葉しか浮かんでこなかった。


(そんなんじゃないよ……。私を救ってくれたのは……そんなんじゃ…………ないよ)


 肩を叩かれた。

 幽鬼のごとくしょんぼりと、力なくそちらを向く。ブルートシックザールがいて、

「あんたってさあ。いつも有利な戦いばっかしてた訳?」

 それだけ言うとつまらなそうに虚空を眺め始めた。後の言葉はない、

(な、何言ってるのよブルルちゃん? 私はいつも不利だよ。不利ばっか。まず本心明かせないまま学校生活してる
時点でだいぶ不利。だから恋愛面じゃあ負けっぱなし。イジメだってたった1人で馬鹿みたいに辛い戦いを──…)

 愚痴にも似たモノローグにハッとする。

(でも、不利でも、ウソしか吐けなくても、私は──…)

 持っている物の重さに気付く。得た物がどれほど貴重か認識する。


 出会いは力をくれた。

 勇気をも。

 何があっても前へ進もう。

 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。

 心から信じている。


 武藤夫妻とソウヤと出逢った。
 たったそれだけで過酷なイジメを乗り越えられた。

 だから羸砲ヌヌ行は──…




(支えなきゃいけない!!!)

 過酷に立ち向かう勇気をくれたのはソウヤなのだ。今支えずしてどうするのか。
 自らに言い聞かせる。闘志が心で膨れ上がる。

 チラリとブルートシックザールを見る。苦境のとき隣に誰かがいるのはとても心強い。
 初めての経験だった。思えばいつもヌヌ行は一人で何でも乗り越えてきた。

(それでもやっぱり誰かが後押ししてくれるのは心強いから──…)

 あっという間にソウヤの傍についた。
 何をいうかまとまっていないが別に良かった。
 
 目的はただ一つ。上っ面だけで相談に乗れなかった埋め合わせをする。

 それだけだ。

 ソウヤと目が合う。左に立つとまず笑い、飄々と話しかける。

「あー突然失礼。ところでだソウヤ君、君はどうしてそんな深刻なのだい?」
「さっきから言っただろう。オレがパピヨンパークで歴史を変えたせいで王の大乱が──…」
「てい」
 特徴的な×印の前髪に軽めのチョップ。不満を浮かべられたが気にせず続ける。
「そりゃあ起きたね。起きはしたよ。けど何も犠牲者だけ増やすのが時空改変じゃないさ」
「何……?」
「ほら真・蝶・成体。暴れる前に斃したじゃないか?」

 シャープな山猫のような顔の中で、金の双眸が軽く軽く揺らめいた。
 メガネを直し、続ける。まったく即興だが言葉はどんどん溢れてくる。

「我輩の調べによるとだ。アレの犠牲者数はおよそ15億人ってトコだねえ。つまりソウヤ君が真・蝶・成体を斃したお陰で
それだけの人命が犠牲を免れた。この時点でもう大乱起きても5億人のお釣りがくる。しかも大乱まで300年。助かった人
から生まれる命はまったく我輩でさえ追尾不能なほど多い。むしろ10億ぽっちの犠牲で何十倍もの人命を救ったソウヤ君
はもはや英雄といって差し支えない」
「理屈の上じゃそうかも知れないが、しかし……!」

 森に入った。木漏れ日が服に作る点々たる染みを見ながら息を吐く。

「ま、我輩も少々ウソをつくタチだ。信じられないのもムリはない」

 なので。気障ったらしく目をつぶり指を弾く。

「ココはアレだ。被害者がどう思ってるか聞こうじゃないか」

 心を読まれるのは恐ろしくて絶望的だと思っていたが、活きる時とてあるようだ。
 内心で助勢を願ったブルートシックザールは嘆息しつつやってきた。
「あーわかってると思うけど君は証言者だ。くれぐれもウソなどつかないでくれたまへ」
 どの口が言うのかとばかりベールの少女がギロリと横目で睨みつけてきたが……それだけだ。
 ソウヤの右に立つと息もつかせず捲くし立てた。
「わたしは王の大乱で叔父と叔母と両親と弟を失くしはしたが、奪ったのはあくまで忌まわしき幹部だと認識しているッ!!
あんたがやったんじゃあない、もし他に責められるべき存在がいるとすればわたし、錬金術に関わる一族でありながら、
それのもたらす災禍を何ら予期せず武装錬金すら修練しなかった弱い私、家族を……弟を、守ってやれなかったわたし
こそ責められるべきよ!」
 まだ戸惑いは抜けないようだ。ソウヤは迷いがちに視線を外した。
「あんたさあ、ちぃっとばかし『余計な目線』ってのを持ちすぎなんじゃあないの?。生きてる奴は『当時』しか見えない。7部
風にいやあナプキン取った奴を考えない。流れを作った過去のヤローに文句垂れるヤツは概ね最低のゲスとして社会から
弾かれる……」
 クイと顔に手を当てソウヤを正す。生きた年月がよく伺える女性らしい仕草だが背の低さゆえ踵を浮かせているのがミス
マッチでだからヌヌは「ああ可愛い」と彼女を表す。
「あんたは『未来』ってのが分かりすぎたせいで自分の行動を恐れてる。けどさあ」
 後にヌヌ行は。
 音楽隊に栴檀貴信が入ったいきさつを光円錐で見たとき、驚きに包まれる。
「「『やらかす奴』っつーのはさ。結局過去がどうあれ、やらかすもんじゃあないの?」
 デッド=クラスターを仕留め損ねたばかりに起こる新たな被害を恐れる貴信に、かつて小札は声をかけた。
「もっとも悪いのは、いい、もっとも悪いのは何を言われてもやらかしてちまう『聞く耳持たずな黒い意思』じゃあないの?
ソウヤあんた、あんたもそう思うわよね?」
 小札の子孫たるブルートシックザールは王たちを指してそう言った。
 何という偶然だろう。文脈は、同じだった。祖先小札と同じだった。
「……頭では分かっている。けれどオレがその悪意の誕生に一役買ってしまったのは事実……じゃないか?」
「じゃああんた王たちにこう言った?

『やれ』『もっとやれ』

……って」

 問われると短い沈黙ののち「言ってはいない」とだけ彼は答える。
 ブルートシックザールは満足げにうなずき、
「責任感を抱くのはいい。将来海汚すんだろうなって知りながら下水道に油流すトンチクに比べりゃあ遥かに謙虚で上等」
 けど、と言葉を切り語気を強める。それでいて優しい声だった。
「あんた1人が何もかも変えたんだって顔すんのは『傲慢』って奴よ。未来ってのは生きてる奴にとっちゃ現在でしかない。現
在を変えてくのはいつだってソコで生きてる奴よ。死人がたかが1回下した決断は覆せて当然、いつまでも振り回され犠牲
と後悔を抱えている方こそ……悪よ」
 睫毛の長い目を軽く濡らしながらブルートシックザールは言う。深い悔恨と申し訳なさを湛えた声はソウヤではない”誰か”
に呼びかけているようだった。
「わたしが死を恐れるのはソウヤ、あんたのせいじゃあない。分かる? わたしが、弱いせいなの」

 誰への言葉かわかったのだろう。ソウヤは申し訳なそうにブルートシックザールを見た。

「まあアレだよソウヤ君。どれほど平和にしようが人間って奴は勝手にひずむ。戦いはいつか必ず起こるさ。平和が長ければ
長いほどとびきりデカいのがね。だって平和は戦いの痛みを忘れさせる。なのにどういう訳か陰でいろんな鬱屈を蓄える。始末
悪いね。戦えばどう痛いか分からない人たちが怒りだけを胸に争うのだから被害は大きい。王の大乱は真・蝶・成体がなかっ
たぶん長引いた平和の反動……誰を責めるべき現象でもないと思うがね」
「そうだとしても」
「ははは。ソウヤ君は肯(がえ)んじながら拒むのが好きだなあ。シャイボーイかい?」
「うっさい。からかうな。オレはオレで真剣なんだ」
 余計な茶々。ソウヤは目を尖らせた。さすがにムッとした様子だ。
「アレだろう。ご母堂のスキンシップが嬉しいけど年が年だけに素直に受け入れられないカンジだろう?」
「か! 母さんはそんなのしてこない! むしろ困るのは叔母さんの方だ! あああ会うたび抱きついてくるんだぞ!」
「ただのスキンシップだろうに。どうしてそこまでうろたえるのかな?」
「……だ、だって……その、密着、そう、みみみ密着すると、あたっ、当たって…………」
 突然腰の砕けた様子のソウヤにヌヌ行は驚愕しつつ萌えた。まるで小動物という気弱さはまったく意外だった。
「あとアレだろ。ご母堂は君が指先ケガしたら含むだろ? 口の中にちゅるりと」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!」
 適当に言ったが図星らしい。ソウヤは慌てて数歩後ずさるとマフラーを引き揚げ顔半分を覆う。水蒸気爆発でも起こった
のかというぐらいの爆音と蒸気が舞い散った。橙の布で隠しきれないほど目の周辺一帯が真赤だった。
 ヌヌ行は(え、マジ? そんな照れるコトしちゃうの斗貴子さん。母性すげえ)と思いつつ、議題を変える。
「やっべ。年頃なソウヤ君マジ萌えるぜ!! 普段が普段なだけにギャップが! ああ、ギャップが!!!!」
「って本音丸出しかッ!!」
 すかさずブルートシックザールが頭を殴る。漫才のようなやり取りにソウヤの表情は微妙に動いた。
「アンタたちまるで長年の友人みたいだな。短期間でよくそこまで……」
「フハハ。我輩の女子力をもってすればブルル君を手なずけるなど容易い!!」
 仁王立ちして高らかに笑う。あんた壊れてるし話題もズレてる。呆れ交じりのブルートシックザールだが頬は薄く紅い。
「じゃあ本題だ」
 すちゃりと眼鏡を直す。
「『そうかも知れない』『頭では分かっている』『そうだとしても』。君が羅列してくれた言葉だ。これを見る限り我輩たちの主張、
しっかり理解してくれてるようだね。ちゃんと受け入れる準備をしてくれている。たいへん光栄だ、パピヨンパークの頑なさ
は見る影もない。成長の証だろう。ぎこちないが拒絶はない」
 やんわりと述べる。事実だけをいう。呑まない姿勢は決して責めぬが不文律。ソウヤの視線は一瞬だが脇に逸れた。
説得されながらも受け入れていない、そんな自責が胸を掠めたのだろう。いい兆候だ。
 だからこそ、聞かない。
「受け入れられないのはきっと、我輩たちには想像もつかない大切なものを守ろうとしているせいだろうね。それはそれで
いいと思うよ。大事だからこそ人に言えないコトはある。確かにある。ソウヤ君が大事に思うならきっと正しいコトさ。我輩
はそれもひっくるめ君を守る。分からないこそ湧く意欲もある。守り続ければ分かる、言葉より素敵な理解じゃないか」
 半ばは本音。半ばは……人の良心の反作用を期待したウソっぱちの言葉。
 高校時代いろいろな人間の相談を受けていたからこそ分かる「押してダメなら引いてみよ」だ。

 沈黙は何十秒か続き。

「ええと、だ」
「うん?」
 ためらいがちにソウヤがよってくる。上目遣い気味にソロソロと寄ってくるのはしょげかえる子犬のようで内心悶える他
なかった。萌え萌えだった。今すぐお持ち帰りしたい衝動を辛うじて抑え咳ばらい。
「何かな?」
 努めて優しく呼びかける。ソウヤはまだ紅さの抜けない頬の上で目を泳がせていたが……やがて意を決し、呟く。
「父さんなら…………。父さんなら。命、きっと拾える限り拾いに行く。だから、だから──…」
「でも君は武藤カズキその人じゃない」
 一蹴。正に切って捨てる。特に何も考えずやった結果だ。ソウヤは一瞬茫然とし──…

 初めて笑った。大声をあげて、笑った。

(え? なんで笑うの? 何か面白かった?)

 ヌヌ行はなぜ彼が笑ったのかよく分からない。
 答えを求め視線をよこしたブルートシックザールはただ肩を竦めていた。

 彼はその間にも口を大きく開け笑い続ける。顔はとっくに俯いている。オレンジのマフラーごと肩がゆさゆさ揺れるのが印
象的だった。漏れるのは底抜けに明るい笑い声だった。精神の何事かが壊れた笑いではなかった。ただひたすら解放的
で開放的な五月の風のような笑いだった。そして。

「……はは。いや、突然すまない。でも羸砲、確かにその通りだ。あんたの言うとおりかもな」
 笑い終えると軽く脇腹を抑えこう述べる。
「確かにオレは父さんじゃない。母さんの血だって流れている。パピヨンの影響も受けている」
「そりゃあ武藤カズキなら何が何でも救おうとするでしょうね」
 けどと反語を結ぶのは小柄なベールの少女。
「津村斗貴子はどこかで何かを斬り捨てる覚悟がある」
「パピヨンなら……後世のコトなど考えもしない。ただ自分のやりたいまま突っ走るだろうな」
 やっと何をいっているのかヌヌ行にもわかり始めた。
(ああ。そうか。そうだよね。ソウヤ君が尊敬している人は3人。カズキさんに、斗貴子さんに、パピヨン。実の御両親と……
育ての親。しっかりしてるように見えてまだ子供だもんね。困ったときは親御さんをなぞるよね。……パピヨンパークじゃ
それで上手くいったもの。なおさらだよ)
 少年らしいまっすぐな心は、同じく一番少年じみたカズキの解決法が一番正しいと信じていたのだろう。『総てを救う』、それ
が、それだけが時空改変や王の大乱を償う手段だと信じていた。だからこそヌヌ行やブルートシックザールの提案が呑め
なかった。
(けれど)
「それじゃ、それだけじゃパピヨンパークのころと変わらない。凝り固まっている考えが、オレのものから父さんのそれへ変貌
しただけだ。変わったというなら、パピヨンパークがもうなかったコトにできないなら、オレは…………」

 ソウヤはめいっぱい空を見上げた。まだ森の中で木々の隙間からしか空は見えないが、それでもひどく晴々とした顔つき
だった。LiSTにさし向った時のどうしようもない気負いはもうそこにはなかった。風が吹き、鮮やかな緑の葉っぱがヒュラヒュラ
と螺旋を描きどこかへ流れていく。静かで、爽やかな時だった。

「羸砲やブルートシックザール……仲間たちの考えも受け入れる。受け入れた上で母さんたちならどうするかも考える」

「歴史改変に対してどう振る舞えばいいか今は分からない。一番責められない父さんの考えだけ頼るほどオレは正直、恐
れている」

「それでも進まなきゃならない。散華したLiSTに償う意味でもどうすればいいか考えなければならない」

 ヌヌ行はホロリとした。

 ブルートシックザールはどうかと見れば拗ねたように明後日を見ている。なので歩み寄り肩を抱いた。

(……仲間、だってさ)
(フン。知らないわよ)
(私だけじゃない。ブルルちゃんももう仲間。仲間だ。良かったね)
(うっさい)

 ヌヌは思う。鼻をすするような湿った音。いまは聞くだけにとどめよう。


「羸砲。ブルートシックザール。……ありがとう」


 差しのべられた両手をそれぞれ彼女は取った。結んだ手は何かを象徴しているようで心強かった。











                                                             (ぶっはー!!)

                                                       (ああ疲れた。本当疲れた)

                                   (ウソつかずなるべく事実だけで慰めるとかムズカシー!!!)

                                 (本当緊張したー! ソウヤ君傷つけないかヒヤヒヤしたー!!)


 内心のヌヌ行は全身汗みずくでぜーはーと息をついた。難度の高い手術を乗り切った外科医のような疲労があった。



 ややあって──…


「けどLiSTが消えちまったのは痛いわねェ~。あんなんでもソウヤの言うとおり仲間になってりゃ気休めにはなったのに」

 下山するとひとまず休息をとろうという話になり、彼らは近場の旅館に向かった。
 そのロビーでブルートシックザールはぼやいた。衣服は浴衣だ。ソファーの上だというのに胡坐をかき再三におよぶ
ソウヤの注意もむなしくいまは膝を立てている。白い太ももが付け根まで見えるきわどい格好だが本人はまったく気に
していない。
「ブルル君、君は少々オヤジ臭いよ」
「っせーな。テメーはわたしのお袋かってんだ! あ、『金ちゃんヌードル』ある?」
 通りかかった仲居さんに呼びかける文字は手書きだ。ときどき言葉がそう見えるのは何故なんだろうとソウヤは首をひね
ったが本題ではない。
「生きて改心して欲しかった。後悔しても仕方ないが、そう思う」
「あーそれなんだけど」
 とヌヌ行は読んでた本を開いたままガラステーブルの上に置いた。表紙には「ピンクダークの少年」とある。主人公のバスト
アップの後ろに劇画調の男のアップがいくつか並んでいる。古代文明を思わせる頭の装飾やフェイスペインティング、ピアス
風につけられた指輪から彼らは二部の敵だと分かった。どうやらヌヌ行、読むコトにしたらしい。
「LiSTの件だがどうも気にかかる。生存を確認した訳じゃあないし光円錐の反応だってまったくない」
 なら死亡確定に思えるが、わざわざ切り出す以上なにかあるのだろう。続きを待つ。
「最後の言葉が少し気にかかってね。ソウヤ君。あれは君も聞いただろう」
「……ああ」

──「皆さん希望をありがとうございます。わたくしもう少し諦めず頑張らせて頂きますヨ」

「『諦めない』。確かに彼はそういった。仮にもアルジェブラの捕捉をくぐり抜けたレーションの使い手が、だ」
「確かにね。アイツはアイツでライザを絶望させたいようだったわ。ま、逆上したヌヌほどじゃあねーけどよォ~~~~~!」
 からかうように言いながらブルートシックザール、読みかけの漫画本を奪い取った。
「絶望に対する執念だけはまったくズバ抜けたLiSTだよ」
「それがあっさりライザウィンに屈するのか。あんたはそう言いたい訳だな。確かに……オレなら一矢報いようと考える」
 もしムーンフェイスに操られ悪行を働けば? 正気に戻った瞬間から反撃を企てる。
「となると……可能性は一つ。『レーション』
 うむとヌヌ行は頷いた。
「閉じ込められたからこそ分かる。あれのステルス性能はなかなかなの物だ。ひとたび物を隠せばアルジェブラでも捕捉
不能だ。光円錐がね。だから内部から余程の衝撃を与えない限りは時系列のどこに潜んでいるか掴めない」



 羸砲ヌヌ行は述懐する。過去が終わりレティクルが壊滅した終止符(ピリオド)の更に先で。


「総角主税がレーションの武装錬金を使っていたのを見ても分かるように、彼はやがてLiSTと邂逅する。レティクルエレメンツ、
x冥王星の幹部LiST=レーションと遭遇する。ライザウィンのブラックホールに呑まれた筈のLiSTがなぜ生きていたのか? ど
のような経緯で、忌み嫌うライザウィンの支持母体たるレティクルの幹部に収まったのか…………その経緯が分かるのは、
もう少し先だったね。ソウヤ君」



「しかしブルートシックザール。大丈夫か?」
 恍惚の様子で──ウヘヘ。二部だ二部だ。二部まじ最高だわ、キく! となかなか危ういテンションで涎を流す──ブルート
シックザールをソウヤは心配そうに眺めた。流されるかと思いきや反応は速い。
「ったく。冗談じゃあねえわよ。誇り高い血統だと思いきやまさかの近親相姦疑惑! せっかく勝ったってのにヒデー絶望感よ!」
 ひょいと単行本をヌヌに投げつけ「頭痛いわ!」苛立たしげにローラーを当てる彼女は怒っている。
「アオフシュテーエンだったっけ? ちょくちょく名前は出てきてるよね」
 確かライザウィンの体を構成しているのは、彼の血が染みついた泥らしい。レティクルエレメンツなる耳慣れない共同体と
激戦を繰り広げ殲滅した人物もまたアオフシュテーエン。
「どういう人物なんだ? あんたはその……妹の子孫なんだろ? 何か分からないのか?」
 ヌヌ行が難しい顔をしたのは、今は妹の子孫どころか直系と分かっているからだ。ちなみにLiSTの言葉を鵜呑みにしている
のはヌヌ行がウソつきだからだ。ウソつきだからこそ真贋は分かる。LiSTの言葉は真実なのだ。
(ライザウィンが動揺目当てでウソ吹き込んだというセンもない。あいつは我輩たちをアリ程度にしか思ってないからね。
搦め手で揺さぶる悪心さえ催さない。まさに神だ。神に事実誤認はない)
 圧倒的。ゆえに綻びなし。情報源も正しいとみていいだろう。
 ブルートシックッザールも同じ結論らしい。ソウヤに「余計な気遣いしやがって」と口中ごにょごにょいいながら
「わたしに振られたって知らないわよ。分かってんのは一族始まって以来の天才だったってコトぐらい。パオブティアラー家は
代々マレフィックアースを”降ろす”のに適した一族なんだけど、そん中でもアオフ様はズバ抜けてたらしいわ」
 とだけいう。すかさずヌヌ行も相槌をうつ。
「たぶん最強だろうね。1995年のレティクルエレメンツとかいう共同体との戦いで大いに活躍したというし」

 仲居さんが金ちゃんヌードルを持ってきた。あるのかよ! 全員口を揃えて突っ込んだ。湯もちゃんと入っていた。

「一応さ、「偉ぶらず誰彼の区別なく接する優しい人」だの、『困ってる人みると助けずにはいられないお人好し』だのといった
人物評は伝わってるけどどーも信じらんないわ。一族で傑出した奴なんざ『盛られる』のが常だし」

 ラーメンを啜りながら語るブルートシックザールはあまりアオフに関心がなさそうだった。
 無理もない。先祖の、兄なのだ。先祖の兄としか思っていなかった。彼女だけでなくその父も叔父も祖父も、奇妙な運命
(さだめ)持つその血を連綿と受け継いできた数々の人物たちもきっと自分たちの源流を知らないまま生まれて生きてそし
て死んでいったのだろう。残された最後の1人だけが今になって始まりを知ったのだ。つくづく奇妙な運命に彩られた一族だ。

 羸砲ヌヌ行、述懐。

「ヌル……つまり小札だが、これまで見てきたとおり正史の彼女は近親相姦で子を為してしまった。その累々たる血脈が、
ブルートシックザールを紡いだのだけれど……。アオフシュテーエンという兄は一体何を考えそんな禁忌を犯したのか?
鐶光の義姉リバース=イングラムも相当ひどくかなりのコトをしたが、アオフの前ではやや霞むね」

「しかも」

「そんなアオフが」

「むしろ正義側で総角の模範となり、ひいては音楽隊に加わる者たちを……鳩尾無銘、鐶光、栴檀貴信と栴檀香美といった
者たちを間接的にだが救うのだからまったく人間というのは不思議だねえ」

「(ちなみにわたし、アオフさんを生で見たとき「ああこりゃ近親相姦もするわヤベエと」と思った)」

「もちろん改変後……銀成市で早坂秋水たちと音楽隊が争う時系列において小札零はアオフの牙にかかっちゃいなかったがね」




 LiST戦後の時系列に戻る。

「むしろ我輩が気になるのはLiSTがアオフの件を最後の最後で持ち出した、というところだ」
「あの状況でいう位だ。きっと意味があるんだろうな」
 ソウヤも引っかかっているらしい。
「まぁーそうね。私のルーツが禁忌! ってのはヒドく絶望的だけどさぁ、LiSTのヤローは絶望そのものを求めちゃいなかった。
絶望が希望に変わるコトこそ望みだった。戦ったからこそ分かるのよその辺」
「じゃあ彼が紡ごうとしてる希望……それはなんだい?」
 推測になるけど、と念を押しブルートシックザールは長々と述べた。

 それは要約すると「一族最強の男の血が流れている以上、マレフィックアースという莫大なエネルギーを行使できる」とい
う意見だった。

「おお!! それはめっちゃ希望じゃないかブルル君! ついさっきライザウィンに手も足も出なかった我輩には朗報も
朗報、まったく良すぎる知らせだよ!!!」
「ただわたしさ、やり方分からないのよね。何度も言ってるけど傍系育ちだし。卑下してないよ(手書き)」
 アオフに子がなかったせいで本家は彼の死後ほどなくして没落。アース化の資料は散逸したという。
「一応ブルートシックザール。あんたの自宅、調べてみるか?」
「別にいいけどめぼしいものなかったわよ。大乱のときさんざあちこち引っかき回したけど、アース関連のは特になかった。
何しろ代々傍系……だと一族総出で思ってたからさ。アオフに関する資料も同じね。誰だってまさかご先祖だとは思っちゃ
いなかったもの」
「? 一族が英雄視してるのにかい? まあいいけど」

 ならアオフの生地を探そうと話になったがいかんせん情報が少なすぎる。アルジェブラの検索を以てしても芳しい情報は
見つからない。ともすればウィルの所在同様、ライザウィンが韜晦してるのかも知れない。

「うー。分からない。手がかりナシだよ」
「次元俯瞰でもダメね。似たようなモノ。疲ればかり溜まるわ」

 ロビーから人が一人また一人と消え、消灯時間まであと30分。続きは明日に。そんな雰囲気が女子2人の間に漂い
始めたころそれはきた。

「チメジュディゲダール」
「え?」

 目をぱしぱししつつソウヤを見る。検索中ずっと黙っていたソウヤが初めて喋った。

「LiSTはアオフの件より先にチメジュディゲダールの監禁場所を教えた。それがヒントじゃないのか?」

 おー。そろそろ切り上げようとしていたのも忘れ女子2人は目を見張った。

「そして屋敷を探索したとき、ブルートシックザールあんた言ってたじゃないか。11代目はアオフシュテーエンの部下だったと。
あの屋敷の主は26代目……だったな」
「おお! そういやそうだった! そういや彼らの核鉄は99.9%! 前の使用者の精神を受け継ぐ!! なら!!」
「羸砲やブルートシックザールの武装錬金を使えば何か分かるかも知れない」
「ん? ちょっと待って頭痛いわ。受け継ぐのはあくまで初代の精神だけよ。何か説明ミスったかも知れねーけど、11代目
の精神残ってるかどうか怪しいわ」
 頭を……よく見るとベールを取ったせいかロバの耳のような”跳ね”が頭頂部に見てとれた。ヌル……小札零の遺伝らしい
ピョコピョコが霞んで見えたときヌヌは自分が睡魔に襲われているのだと知った。直前のトチリはそれ故か。

「でででもでもチメジュディゲダール繋がりで何か知ってるかもだよ。26代目さん」

 手がかりはそれしかなさそうだ。ブルートシックザールは左掌をバシリと殴る。

「ライザの所在はわかったけどこのまま行ってもやられるのは目に見えてる。増幅版のアルジェブラが通じなかった以上、
ソウヤの武装錬金も望み薄でしょうね。ヌヌの実戦経験も増やしておきたい」

 不敵な笑みを浮かべ歩み出す。目指すはアース化の方法。アオフシュテーエンの足跡。

「血脈を巡る謎ッ! ってのはなるべく早く解消しておきたいし、それに第一無関係のヤツが誘拐されたままってのはどうも
スッキリしねえわ」

 ならば次の目的地は。

「屋敷から西南58kmの遺跡!」









 牢屋の前で影が喋る。


「ネエネエお兄ちゃんお兄ちゃん」
「なんだい?」
「2078年に本出版した26代目はなんで今も生きてるの? 300年ぐらい経ってるよ?」
「ホ、ホ、ホ、ホムンクルスだからじゃないのかなウヒヒ…………」
「お姉ちゃんには聞いていません! だいたい26代目は人間なのです!」
「敢えて幼体を植え付けてね、喰われまいと踏ん張ると、人は人間のままホムンクルスの不老不死を得るんだよ」
「で、で、で、でも引き換えに人間以上の高出力は出ないんだなフヒッ」
「ふーん。そうなんだあ」
「よほど強くないと失敗するけどね。ちなみに26代目は襲名2度目だ。14代目だったコトもある」
「い、い、い、一度チメジュディゲダールをやめてから返り咲いたんだなあブフフ…………」
「なるほど。だから人間のまま長生きなんですねっ!」
「ところで妹たち。LiSTがやられたようだ。ミッドナイトができるまで粘って欲しかったけど……早いね」
「や、や、や、やばいんだなブククッ。敵は予想以上、敵は予想以上…………ぷーっ」

「じゃあ今度はワタシたちライザさま謹製・頤使者(ゴーレム)軍団の出番だねっ!!」

 牢屋の中には影がひとつ。全体的に丸みを帯びているところをみるとどうやら女性らしい。服はあちこちが破けみすぼらし
い。ぐったりと横たわる彼女の横には眩く輝く刀が1振り、転がっている。

『二十六代目:チメジュディゲダール=カサダチ』

 刻まれた銘の横で女性は身じろぎもせず。

 ただぐったりと横たわっている。


 影の誰かが呟いた。



「LiSTか。アイツとライザさまが出逢ったのはゲームセンター」


「何があったかって? それは──…」