星屑の日誌2

SSとか書くブログ。たぶん。

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2099-08-15 21:29:51 | 日記
当ブログで連載中の「永遠の扉 過去編」まとめ。
↑HPで読めます。

永遠の扉の18禁展開絡みの報告・所感はこちら。

完結いたしました『やる夫で学ぶ本田宗一郎』のログ倉庫はこちら。




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投稿時には「http://」を抜いて下さい。

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本編第113話投下

2019-09-14 01:17:14 | SS
05まで。後書きは末尾。

劇場版の分割放映とはいえ9月に不意打ちでおっぱじめるのは、やめて頂きたいと思った。
グリザイアの話。
なんでクレイジージャーニーの放映予定、ヘコみつつ探してるさなか追撃受けにゃならんのだ。

2600行を4分で投稿できるブログはやっぱり素晴らしい。発明した人は天才。


コメント (2)

第113話 「対『海王星』 其の伍 ──色達──」 その01

2019-09-14 01:11:56 | SS
 天王星海王星との血戦よりかなり前の出来事となるが。

「細工をした。君が今すぐ玉座に戻らぬ場合、大事な『器』……消え去るよ?」

 この時はまだ倒れ臥していた戦部厳至の傍らで、盟主メルスティーン=ブレイドが、斬りかかる動きを止めた。「ほう」。言
葉の意外性に気を引かれたのか相手……流れるような金髪を持つ美しい女性・羸砲ヌヌ行をじっと眺める。

 この当時の犬飼倫太郎、イオイソゴと会敵していたか、どうか。
 SF映画のプロップでもなければまず有り得ぬ長ったらしいスマートガンの黒光りする銃口を4mほど先にある隻腕の剣士
にビッタリと定めながら、ヌヌは、戦乱の煽りで異形と化した武藤ソウヤを元に戻したい少女は、そのための『奇策』を……
打っていた。

「マレフィックアースの器たる『彼女』の光円錐をイジった。これは強制解除または君の不完全な死に反応し『彼女』の因果
を時系列上から消し去る仕組みだ」
「なるほど? つまり僕が先鋒としての無意味な斬り死にを選んだ場合、『彼女』はグレイズィングですら蘇生不能、と。存在
そのものを『なかったコト』にされたら生き返すべき死体すらなくなる……」
 それは確かに困るねぇ。声ひとつ漏らさぬ不気味な唖(わら)いの傍で1つしかない肩が揺れた。
「『アースの器』は今より始まる畤(まつりのにわ)の、大事な大事な出し物だ。破壊した世界の新たな秩序であり、幹部らの
希望……。不快な”これまで”を一筆で虹またたく極彩色に塗り替える、『集約と配給』。それを未来永劫奪われるのは、確
かに困る」
 舌で笑い声を転がしながら盟主は歩み出る。怯んだ様子は、ない。ヌヌの面頬で冷汗が流星のように奔った。
 ふふ、分かってるようじゃないか。メルスティーンはまた一歩、進む。「そうさ」。
「脅しほど弱い破壊もない。どれほど狡猾に質草を取ったしても畢竟とどのつまりは懇願さ。頼むからやって下さいと、なに
それの喉元に刃をつきつけ……ふふ、今の君の声も、引き攣れていたよ?」
 大刀が徐々に、正眼へと移り始める。
「つまり君は……ぼくに、退却して貰わねば困る、というコトだ。戦士らの被害を避けるためじゃない。『不完全な死を遂げた』
場合、器が消えるなどという回りくどい条件を設定した以上、君は、ぼくに、『何者かがこの後に用意している、完全なる殺
害の罠』のなか死んで欲しい訳だ。故に【光円錐(やいば)】を彼女(ひとじち)に……向けてるぞとそう発した」
(……ち。やはり破壊の化生。言葉1つですごすごと下がりは、か…………!!)
 ヌヌの言動は、水星の幹部・ウィル=フォートレスへの援護射撃でもあった。示し合わせている訳ではないが、未来(かこ)
遭遇した彼は『メルスティーンのせいで協力体制になれないだけで、ヌヌたちへの好感度そのものは悪く』なかった。そして
彼が蘇らせようとしている恋人(ライザ)には、ヌヌだって、救えなかったという負い目がある。そして状況証拠からするとメ
ルスティーンが居る限り、蘇生不能とそうヌヌは見ている。
(時空改竄者たるウィルが命1つ復活できていないんだ、そう見るしか)
 ならば彼が現状最優先しているのはメルスティーンの確実なる抹殺。ウィルがむしろ好意的ですらあったソウヤをしかし
怪物へと変容させたのも、最大の望みをかなえるための、やむなき措置ではないか……ヌヌはそう推測した。
(と、くれば、ソウヤ君を元に戻す一番の近道は、盟主抹殺への加担……! そして盟主はただ斃すだけでは閾識下の世界
の中で悠然生きのびる難儀な形質を持っている! 未来(かこ)、最強の戦神たるライザを思わぬ仕方で謀殺できたのもそ
のせい! そして蜂起の時期! わざわざカズキさんの居ない時期を選んで蜂起させた以上、ウィルには『この時期でなけ
れば完全消滅できない』秘策がありそれは高確率で早坂秋水! 要たるカズキさんの居ないこの時期で見舞われた一大
決戦における『かつての時系列では発現できなかった』爆発する成長性、エネルギー吸収をなりわいとするソードサムライ
X究極の進化と浄化に期しているとみていいだろう)
 その手伝いをしさえすればウィルはソウヤを元に戻す。
 ゆえにメルスティーンは秋水不在なる序盤の最前線から下げる。忌々しいが秋水と当たるまでは生存させる……そのた
めの弁舌だったが、効果は、薄い。
「強制壊除でも消滅……っていうのもちょっと意味が分からないね? 殺されるコトと特性破壊の両方バランスよく織り込ん
で脅したつもりなんだろうが、壊され始めたコトを切欠に対象を壊し始めた特性が、消滅に向かって壊れゆくなか時系列か
らの抹消(デリート)を平常時と変わらぬクオリティで完遂できるってどうして断言……できるんだい? 人質を撃ち殺さんと
している輩が『やる』より速く眉間を貫かれくたばるコトは溢れている。ぼくの剣腕が、特性破壊が、たかがライフルの速度
より遅いというのは……行き渡る前に抹消が成せるというハッタリは、ふ、どうにも甘い、寓話の家の壁より甘い」
(……クソ。破壊衝動の権化の癖に…………頭だけは、回る…………!!)
 厳密にいえば、悪意の詰め方に熟(な)れきっている。どうすれば相手を、悪意の刃ふるわずに居られぬほど発狂(おい)
込めるかという手管に長けているから、敵の仕掛ける『悪意の布石』は、直感で、見抜ける。
「そもそも」
 巨大な刀のひとふりが、
「ほんとうに細工できたのかい?」
 血の沼に波紋を立てる。
「ほんとうに『器』が誰か知ってるのかい?」
「…………」
 ヌヌは、黙った。
 つい先ほどまで時空の彼方におり、運よく流刑地に流れ着いた総角主税によって近辺に復帰したばかりのヌヌだ。新月
村周辺に居るとは断言されていない、ともすればどこか遠方に居るかも知れぬ『器』に、細工できたかどうかは……本人の
みぞ知る。
「しかも君、確かクライマックスに、力の大半、奪われていた筈だ。それでなお、小細工……できたのかい?」
 いよいよ”言葉に詰まる”といった様子の少女に盟主は語る。朗々と。
「ぼくとて馬鹿ではない。ウィルが完全抹殺を狙っているのは重々承知……感圧の仕込まれた危うい玉座にわざわざ戻る
理由は……ふ、ない。なにしろぼくは、尋常な殺され方をする限りは概念上、不死……。閾識下に魂を保存し、やがてどこ
かのタイミングで”また”ゲリラ的に世界を破壊(こわ)せる。楽しい日々がもう確約されてる以上、避けるさ。完全消滅など」
 無駄だと思いつつ、ヌヌはしかし妥協点を探る。
「そうまでして破壊を渇望する理由はなんだ? 君たちは何を得たい? 断っておくが我輩の能力は時空改竄……。大抵
のものは願われるまま振る舞える代物。”それ”で君たちの願いを総て叶え手打ちに……ってコトだって──…」
「まぁ、無理だね」。盟主は軽い調子でかぶりを振る。
「それじゃ本当の笑顔は見れないよ」
「………………は?」
 呆気にとられる法衣の女性に「ふ、ぼくのイメージに似つかわしくない望みだがね」、隻腕の剣士は更に続ける。
「だってそうじゃないか。神がかった存在の強制力で平和にされた世界なぞ所詮は一種のディストピア、悪魔に洗脳され尽
くした”かこいの中”とどう違う? ヒトの可能性から目を背けてしまった者が、怪力に願い乱神に託した『安寧』なぞ偽りも
いいとこ、【破壊(やぶ)】られるさいつか必ず。自由と壊放を求める正しき者たちによって、絶対に」
「……。念のために聞いておく。君は災禍の軍団を率いる者……。ならば斯様な台詞の後にくる相手の言葉は、もはや経
験則の中、聞き飽きていると……そう捉えていいんだな?」
「回りくどいねぇ」。盟主は呆れ混じりに息を吐き、瞳を細めた。
「『真の平和を求めつつ、破壊で笑顔を消しているのは、矛盾……』。まあそうだ、指摘の通りだ。されどこれは副作用、
手段の結果うまれた物であって、目的そのものではない……」
 回りくどいのはどっちだい。法衣の女性の笑みはいよいよ攻撃的に、乾く。
「目的(ねらい)を、聞いている」
「『5月』さ」
 金髪の盟主は一拍を置いた。外貌こそ30代に差し掛かっている男だが、おそろしく女性的な雰囲気はときどき大学生
ほどのあどけなさを醸し出す。今はその”ときどき”だった。
「『5月』……?」。聞きなれたきった単語であるからこそ困惑を極める法衣の女性に、「カレンダー上の区分の話じゃない。
錬金術上の観念……まあ理想形のようなものと思いたまえ」、朗々たる解説が挟まれて、

「『理不尽に奪われた物、願えば戻るそんな世界』……かな。『5月』とは、ぼくらの造りたい世界は」

「そしてその達成に不可欠なものは2つ。まずは『器』。マレフィックアースの莫大なるを分配するための寄り代……」

「2つ目は……『もう1つの調整体』。あくまで補助だが、肉体(ホムンクルス)や精神(かくがね)に続く『”三要素”最後の1つ』
に干渉可能なこのデバイスは微細なる調整にはどうしても欠かせない。ゆえに奪った。リヴォが、パピヨンから……」

 まろやかな笑みに目を閉じる盟主。されどヌヌは感得する。諦観と無慈悲を濃密に織り交ぜてもいる破壊の邪笑だと。
さらに神なる視点で語るなら、同系統のブレイクより、ひどい。敵意殺意の類の影で以って憤ってますと粧(めか)してみせ
る彼よりも盟主は、ひどい。妄念に執り憑かれ壊乱をきわめた精神の持ち主のみが発する「自分の結論はどう見ても正し
いから、もはや怒る必要すらない」純白きわまる微笑だった。
「…………。先ほど君が難色を示した我輩の『改竄』……死の取り消しとどう違うっていうんだい、それは…………」
「支配か摂理かで、違う」
 何の揺らぎもなく平然と盟主、答えて曰く。
「ふ。君の光円錐操作は『支配』。だがぼくらが目指す5月は……『摂理』。摂理の設定。唯一無二の個性が、事故や殺人
で理不尽に奪われたとしても、家族や友人が強き願いひとつ発するだけで元通り戻ってくる……『帰還の確約』」
「……死者蘇生の類か? だがそれは、人造人間の怪物ですら──…」
「ふ。ああいう人格と記憶いずれかを犠牲にせねばならぬ不完全な理法とは大違いの策謀さ。人喰いの業背負うホムンクルス
など足元にも及ばない。『奪われたものが、そっくりそのまま帰ってくる』。クローンすら超える。自分は別個体なのではない
かという疑いすら抱かせない。『そのもの』さ、そのものが帰ってくる。願われれば、願われさえすれば……帰ってくる」
 理不尽に奪われた物、願えば戻るそんな世界。
 おぞましい被害を振りまいてきた者たちの動機を告げられたヌヌの不信は、不快。
「……。信じろというのかい? やり口と真逆すぎる、ウソみたいな願いを」
「戦争おっ始めた連中は口そろえて言う。『平和が、欲しかった』。ふ。手段はどうも隔世遺伝、目的(おや)とは似つかぬ
ものらしい」
 ざくり。2mはある大刀を手近な地面に刺した隻腕の剣士は、云う。
「世界はどうも犠牲が多い。錬金術方面において守護すべき戦団ですら頼りないのはヴィクターの件で分かるだろ? ぼく
は当時当事者……、60人は居た同期の実に9割ちかくが体面第一の無茶な指図に”特攻させられ”命を落とした。けしか
けられたのさ。対決を拒み対話を望む旧友らが。手を出すつもりのなかったヴィクターが正当防衛せざるを得なくなるまで
……”食いつけ”と」
「それが……動機…………なのか……?」
 決定打はヴィクトリアさ。いたずらっぽく笑う盟主の双眸の底で鋭い感情が底冷えするのを法衣の女性は見逃さなかった。
「ぼくは破壊を好むがそれはあくまで算段と再生の伴うもの……。循環を滞らせている不合理を効率(うつくし)く壊滅させ、
新たなる正しきを芽生えさせる、そういった破壊(もの)でなければ受け付けない……」
 ヴィクトリアのホムンクルス化は……対極もいいところさ。にこやかな声がぎりぎりと張り始めた。
「ああいう照準の定め方からしてズレていた破壊には今もって腹が立つ。だってそうだろ? 錬金術の闇すら知らず、父母
の愛の中やさしく育っていた無辜の少女を、その父が、偶然、怪物になってしまったから、隙を作る小道具が欲しいからと、
ただそれだけの……理由で! ホムンクルスにしやがったんだからね、戦団は」
 悠然たる盟主に一部、感情的な波が加わるが、自認したのだろう、敢えて大仰に息を吸い鎮静し、続ける。
「同期の戦士……。ヴィクトリア……。数多くの犠牲が恒久平和の定礎たりえたのなら、納得もしよう。譲歩もしよう、だが現
実は違う。見ての通り違う。100年だ。100年経っても戦団には進歩がなかった。ヴィクターを、ヴィクターIIIを、またも追う、
またしても追う繰りかえし。ありえぬ芸当。不毛に強いた犠牲の数々にすまぬと思っていたならありえぬ芸当……!」

「それもこれも100年まえの上層部連中が隠蔽を選んだせいさ」

「己が世代のあやまちを若人に明かし、繰り返してならぬと忠言すべきが老人であるにも関わらず、己らの、残りわずかな余
生の残りわずかな安泰という、チッポケなものを守るために、不毛に強いた犠牲を、やらかしたつまらぬ破壊を、奴らは!!
隠蔽したんだ連綿と!!!」

「今夏の再殺騒ぎはいわばツケ……!」

「僚友(ヴィクター)への不本意な特攻で散らされた51人の英霊も、怪物にされ怪物に放り込まれた少女の絶望の日々も、
どうでもいいとばかり! 頭(こうべ)ひとつ垂らさず闇に葬った100年まえの上層部連中の……怠惰のツケ!!」

「忘れてはならない。奴らは、……数々の犠牲によって成り立つ平和に……日常に、自分達だけ、うまうまと! ありつきや
がったのさ。そのせいで子々孫々の世代が過去の亡霊によって苦しめられる”かも”と薄々は気付きながらも、死後のコトさ
どうせもいいと壊決を怠り……」
 我が同期も! 我がヴィクトリアも! 謝罪ひとつなく告壊ひとつなく……捨て置かれた!!!
 これに憤らなかったらヒトとして、ウソだろう。相変わらず談笑の口調のメルスティーンだが微かな違和感に目を凝らした
ヌヌは確かに見た。ひどくうすい解像度の、ぎらぎらした陽炎が相手の身体の輪郭から揺曳しているのを。
「…………つまり君は、そういった、理不尽な犠牲を出さないために」
「だね。構造改革さ。だが……ふ、施すのは戦団だけではない……。一は全。全は一。世界をも変えねば意味がない。戦団
1つ完璧にしたところで、とりまく世界が不完全なら、またどこからかグズが入り込んで馬鹿をやり、犠牲を出す。何より、
だ。どうせやるなら全部のが……わかりやすい。力なき人々を蝕んでいる『つまらぬ破壊』みなみな総てブチ壊してからくた
ばる方が、面白い……」
「待て! その結果、君たちがここまでやってきたのは、これからやっていくのは……まさにその『力なき人々蝕む破壊』!
本末転倒だとは……思わないのか!?」
「コラテラルダメージは出す。出すが……二度と出さぬためのいわばコストと、割り切っていただく」
 ガンのみ摘出する作法はないのさ、言われなれた様子で金髪の青年は冷淡な薄目で哂(わら)う。
「ぼくらが欲しいのは恒久の平和なんだ。いまのままでは『5月』が到来したとしても……取り戻すたび奪われるクソな方の
『循環』に陥ってしまう。同期や、ヴィクトリアのような犠牲を二度と出さぬためには、今こそ! つまらぬ破壊をする連中を、
完全に! 掃滅せねばならないのさ」
「錬金術師だろ君も! 卑金属が貴金属になると、どうして信じられない!」
「ふ。その信頼を先に笑った者こそ連中なのだよ。クズ鉄が金(きん)になるわきゃないだろ……ゲラゲラ笑うから、ぼくは
奴らを壊し言い放つ。『なれぬのだろ? 卑は、貴に』」
 宇宙に元素はかぎりあるのさ。なのに害毒しか発さぬチャンクが平均年齢分のながさぶん存在するのはただそれだけで
罪深い……。壊して循環、しゃんとさせなきゃ……うっとりと微笑する盟主の女性じみた妖艶さにヌヌは無言で胴ぶるいする
他なかった。
「ゆえに。つまらぬ破壊しかできぬ連中……根絶やしだ。ただ殺し尽くすんじゃない。断種だ。子の世代、孫の世代に化け
て出ぬよう、駄目そうなもの育てそうなもの、キッチリさっぱり、破壊(こわ)し尽くす。ネコ殺しだろうがゴミ屋敷の主だろうが、
四海の隅の梢の先まで洗い尽くして虔(ころ)し尽くす。絶対に、……絶対に」
「君らの力なら、拘禁や追放だって」
「悪意とは生物濃縮だ。1つ1つは大したコトに思えぬ悪意でも、子ができ孫が生まれるたび濃縮され変容され……思わぬ
危険の思想となる。ゆえに悪意は、どれほどチッポケなものであろうと、確実に、絶対に、破壊せねばならない。他者に傷を
与えるような者は、たとえその真情が愛に彩られていたとしても、根絶だ。不器用ゆえの言葉たらず、未熟ゆえの誤解……
いかにも物語的だが現実において”それ”のみが物語を生み出すコトは絶対無い。寓話の猿真似で我が足らずもドラマだと
引かぬ卑しきが何故に紡げる黄金の詩歌……」

「受け取る側を憤激させる遺伝子は、いらない。安い憤激は的外れな破壊を生む。怨敵に面と向かって報復できぬ”すくたれ”
の、無関係への無差別を生む。愚行(それ)があたかも天意の無作為であるような僭称すら生まれるのはね…………我慢
がならないから、壊す」。
 秋の夕方の森林の、かるくむわっとする青臭さの中、豊麗の女性はただただ立ち尽くした。口の中が唖然(シリカゲル)で
ぱさぱさになっているのさえ感じつつ、やっと紡ぎ出した一言は。
「それしか、できないのか……」
「できないね」。金髪の剣士は間髪いれず頷いた。
「破壊(これ)は、創造だった右腕を奪ってくれた世界へのお礼なんだ……。やめないよ、やめられるわけがない…………」
 逆光の黒い能面の中で右目だけがウットリとした快笑に歪む。鉛の壁のように押し寄せてくる狂気のなか、法衣の女性
は「それじゃただの……恨みはらす民族浄化……!」とかろうじてだが言葉、震える唇の間から、押し出した。
「ならば法に委ねろと?」
 凍りついた声を漏らした盟主の目、今度は漆黒の円である。鐶のような被虐によって光をなくした甘っちょろい渇き方では
ない。異次元からきた魔剣の化生のような、怨念のガラス玉だ。
「守れ守れと法はいう。だが法の方は何を守った? 戦士の特攻も、部外者のホムンクルス化も、100年前の戦団は法にて
ちゃんと禁じていた。にも関わらず犠牲は生じた。法は何も守らなかった。有事だから土壇場だからと粟を食い泡を吹く老害
どもの、いかにも折れそうな細腕の”破り”すら弾けなかった」
 ……ふ、まあ、居なかった君にああだこうだと熱を噴いても詮が無いがね。旋律はクールダウン。
「そして法は、51名の前途ある若き戦士も、彼らの犠牲について落ち度どころかそもそもの関連すら有さぬ可憐な少女も、
誰ひとりだ、誰ひとりとして守らなかった。法を守り人を守ってきた戦士も、法に守られ人に守られていくべき少女も、法は、
守らなかった。誰ひとり……戻さなかった。だからぼくは5月を求める! 法を見限る! 平素しぶづらでアレコレと縛りを
入れる割に、いざ場が乱れたが最後、悪意ある馬鹿どもに無視され枉(ま)げられ踏みにじられる……その程度のものに
抜本的な壊決を妨げられている不完全なこの世界を……法の魔手から、壊放する!」
「法で防げた悲劇だって」
「あるね。だがなんだというんだい? 左様な加護はだ、与れなかった犠牲者や、遺族にとっては、まったく、実に、どうでもい
いコトだ」
 ああ、あと話せばわかるといった文言もつっぱねるつもりだ。関心なさげに顔をかしげる盟主。
「対話さえ重ねれば悪意を祓えるなどというのはフィクションだけのコト……。現実は根幹から壊れた輩の方が多い」
「怒りや悲しみの根源を理解して再び立たす選択だっt」
「『創られた』ものだけ、だ」
 剣気が、漏れた。ともにたどりついた声は観劇の最中となりの不手際を窘める程度の小さなものであったが、ヌヌの鼓膜
周辺の血管からしみこんで心臓の拍出に乗った邪悪なる破壊の衝動は臨床をクリアできぬ抗癌剤のように全身をズタズタ
に焼き裂いた。
(ちょっと凄んだだけで……コレ……!?)
 チェリーのジュレを塗りこめたようなプリプリの唇をブルーベリーのようにし戦慄く少女に「ふ」と機嫌よく、以前のようなニ
コヤカさを再動させるのもまた不気味……。
「ソフト面の構文をこねくり回しさればどうにかなると、映画や、漫画に影響された連中の、お熱い説得なんてのはね、ハー
ド面の基盤が腐りきって錆びきっているバグにも劣るガラクタどもには通じない。本当どうにもならぬ卑金属どもなのさ連中。
頑迷で、固陋で……とっとの一撃で二度と干渉できなくしてやる方が効率的だというのに……ふ、法は説諭を推奨する。
まったくの無駄を勧奨する」
 なぜ……。両目を動かし言葉を捜すヌヌがあくまで続けるのは……対話。
「どうして君は悪意と法のどちらも憎む……? 普通は片方に偏るのに」
 ぼくの。中身の詰まっていない方の長袖を全身の動きで揺らめかした盟主は、次げた。
「創造(みぎうで)が悪意によって奪われたとき、駆けつけなかったのさ。法は助けにこなかった…………」
(……確か…………少年期の出来事…………だったか。光円錐が正確ならの話だけど……)
「古い話さ。いま大事なのは」
 つまらぬ破壊をもたらすグズどもが”のさばっている”のも法のせいというコト……盟主の論理がやや飛躍したため、ヌヌは
一瞬この話題から引き離された。
「壊しておくべき者を壊しておくべき時に壊すコトを法が禁じるから、巡り巡った循環の果て犠牲が出る。力なくとも正しく精
一杯生きている人たちが”とばっちり”を受ける。ぼくの51人の同期やヴィクトリアの、ように」
 乗り遅れ、そして気魄に呑まれた法衣の女性だ。反論、はさめない。
「そも刑罰ほど加害者を守護するものもない。『執行までは国家が守る』、斯様なる聖域のような保証があるから、グズども
は調子にのる」

「何をやろうが殺されるのはせいぜい1回……”それ”までは駆け寄って刺しにくる遺族からすら守られるからと」

「やりようによっては、ゴミのような輩ですら、取り戻せえぬ損害をして希代の大犯罪者として歴史に名を刻めるからと」

「だから追随が絶えないというのだよ。武装錬金やホムンクルスが猛威を振るうのもこのせいだ。いかにも繰り返しそうな
輩でも懲役さえ終えれば何の監視もなく社会に放牧するから、古来より社会を伏流しているどろっとしたものと思わぬ化合
し悲劇を起こす……」
 そのくせ裁判が命じた補償は払われきらぬ始末……柔和だった盟主の声がざらつく。
「法(アレ)はなんだ? どこに傷つけられた者たちへの救いがある? 殴り返すコトは阻む。だが弁済は促進できない。
なんなんだ? 法学部とやらを出ている連中が寄ってたかっているのにだ、『殴りつけて全額払わす』、無学な博徒が単騎
でもできる”簡単なお仕事です”ひとつ満足に執行できない。適切な治療ひとつ受けられず死んだ、可哀想な被害者につい
ては、死は摂理、蘇生の研究は禁忌だのとのたまっておきながら、忌むべき加害者が大病を患えば、他の事件どうこう共
犯者どうこうの理屈で、適切な治療を、場合によっては税金すら投じて行う法(アレ)は……なんなんだ?」
「だからそれごと壊すっていうのかい、世界を」
 ようやく口を開いたヌヌが、もはや鼻の粘膜すら緊張性旱魃をきたしているのに気付くなか、即答すばやくまろび出る。
「壊すさ。100年まえ、正義に擬態しぼくを縛った法(アレ)は許しちゃおけない。上層部がグズだと思ったその瞬間、斬り
殺すコトを押し留めたものこそ法……! 結果連中の指図で多大の犠牲が出た。従うべきではなかった。強引にでも御旗
を奪いヴィクターと停戦すべきだった。さすれば51人の同期もヴィクトリアも……犠牲には…………」
 左拳を握り締め振るえる盟主の表情は、ヌヌからは伺い知れなかった。
「もはや縛られない」
 縛られてはならない。言い聞かせるよう呟く盟主の視認の滑走路がふたたび法衣の女性に突き刺さる。
「適切に破壊し、適切に平定し……造るのさ今度こそ、永久(とわ)なる平和の土壌を。誰ひとり泣かなくて済む世界を。魔道
に堕ちねば到底なせぬ大いなる作業だ。だからこそぼくらがやる。魔道に堕ちたぼくらがやる。綺麗事に”とりこぼされた”
ぼくらが【復讐(や)】る」
「それは──…」
「ほう。まさか悪いとでもいうつもりかい? 女性や、老人が、見ず知らずの前科一犯だの二犯だのに”また”やらかされ、
大切なものを失い、1%も取り戻せず、泣き寝入りしている今の世界を、変えてあげたいと願うコトを、君は、悪いと、言う
のかい?」
「だからそれは、我輩の、改竄能力で……」
「”なかったコトにする”というのは思い上がりだよヌヌ。しかも動機が、ぼくという、ゴネる破壊者を黙らせるためという時点で
君は結局、武藤ソウヤに関わる事象以外には”なにもしない”、本当(ねっこ)は人間不信といわれても仕方なきコト。っと。
精神攻撃の類じゃないよ? そういう題目で『よくも掌で転がしてくれたな』とばかり誰かに討たれかねない存在だから、いつ
思いもよらぬ死を遂げるか分からなくて不安だから、理念の支柱(パートナー)にするのは危ないという、ふ、それだけの話さ」
 反論だけならヌヌ、できた。犠牲のでない世界という美辞麗句があっても、破壊は破壊、犠牲の出る行為を黙認するのは、
人間として決して賛同できない……といった軸での反駁がまず1つ。次の2つは、「本当にできるのか」「いやそもそも本当に
それが目的なのか」なる疑念と疑惑。
 悟ったのだろう。盟主は笑みを笑みのまま浮かべた。
「安心するといい。真の目的が支配だの滅亡だのといったオチはない。武力行使にて悪意ある連中を大殺戮する恐怖の期間
は確かにあるが、終息宣言を出すに相応しい状態になったら、後の舵取り…………人類に託す」
(な……。なんだって……?)
 悪の組織のいうべきコトではない……ヌヌは、おどろいた。
「ぼくらが見たいのは、あくまで、ヒトが、ヒト自身の力で正しく歩んでいける優しくも強い世界だ。”ならざるチカラ”の監視下
でしか保たれない平和や安息は、こちらの理想ではない……。ふ。特にリバースはその傾向が強い。さんざんと義妹を甚振っ
て屈服させはしたが、『日常(かつて)』の暖かな、満たされる交流はそこには不在だったから……反動で、ヒトの、ヒトによる、
ヒトのための平和はもう、むしゃぶりつきたい程に願っている」
「犠牲を平気で出せるのに…………信じているとでもいうのか、ヒトの可能性を……!?」
「当然さ」
 威圧感の割りに細身な盟主は、左手で、来場者を迎えるような手つきをした。晴れやかな笑みすら浮かべている。
「どこからかミュータンス菌のように迷い込んできた悪意さえなけりゃね、人間ほど素晴らしい生物もないさ。危難を乗り越
えられる知性、他のどの生命よりも深く細やかな愛…………残すべきさ絶対」
 法衣の女性は分からなくなってきた。レティクルエレメンツが、幹部が、分からなくなってきた。
「可能性を信じているのに、殺そうとはする……?」
「なにもかもと盛り込んで美しくなった試しはない。全体集合の美しさの保全に邪魔ならば、部分集合クラス最高の美をば断
腸で刈り取るのもまた必要。でなきゃ500年と立たず腐りつくす。繁殖力だけは立派なのが悪党、子々孫々ぬりつぶすさ、
知性も愛も」
 するどい叫びが、した。
「”しわよせ”が出るなら一緒じゃないか! 君きらう法と!」
 いわずにはいられなかったという表情で息急くヌヌに「ふ」と盟主、5つしかない手指のうち1つを立てる。
「論旨を分かっていないのかい? 『戻る』と言ったはずだよ? 理不尽に奪われたもの、願えば戻るようにする……と」
「っ!!」
 やっと分かってくれたようだね。盟主はいよいよ愉しげに笑う。
「そうさ。初期投資で誤爆った無辜の民だって、純然に慕うもの多ければ願いに応え戻ってくる。それがぼくらのやり口で
あり……法なんぞと一線画す部分……。ふ。法はどれほど厳しく加害者を叩こうが、『死者は戻ってこない』一点において、
クズどもを何か特別な偉業でも成したような錯覚に導く。遺族にどれほど責められようが『もはや何を吠えようが二度と
は取り戻せないんだよ、俺は永劫の傷をつけた、勝っている!』とゲスなドヤ顔をさせる」
 が、ぼくらの『5月』は違う。なぜか分かるかい? 問われたヌヌはわなないた。
「殺された人が……戻ってくるから……か……!」」
「御名答。ふ。最高じゃないか。無論それには尋常ならざるほど強く多い願いが不可欠だが……。付記すれば罪人であって
もその処刑が『理不尽だ』と強く憤られる限り……『呼び戻せる』んだ何度でも。しかもその戦闘能力を平均以下で。ゆえに
殺した数だけ殺せる。傷つけた数だけ傷つけられる。自白のため生かすといった馬鹿げた”ねじれ”はこれにて解消、殺して
からゆるりと自白させていけばいい。難色しめすたびブチ殺して身の程知らしてシツケてきゃゲロるさその内。遺族……ふ、
もはや構造上遺族とは呼べないが、まあ今の概念では遺族だ、遺族もまた犯人の殺害、好きなときいくらでもやれる。憂さ
を晴らせる。これぞ循環の最たるさ。つまらぬ破壊をやった奴が、やらしかたコトをその身で受ける……循環」
 言葉を反芻していた麗しき少女の眼鏡の奥の輝きが「待て! なら!」信じられないというように盟主を見た。
「う! 受け入れたというのか!!? マレフィックが!! 死 去 後 呼 び 戻 さ れ 殺 さ れ る コ ト を !」
「まさか」。隻腕の剣士の白眼が、強膜がドス黒く濁った。
「”そういうの”が怖いから詫びられず、ますます過ちを重ねているのが幹部だよ? いう訳がない」
 なっ。息を呑んだ瞬間、なんという偶然か。強めの、生ぬるい風が一帯を薙いだ。
(幹部を騙しているのもさるコトながら) ヌヌがねっとりとした汗を背筋にまぶすのは、(バラせば確実に内側からレティクル
を蝕めるこの機密を……告げる!? よりにもよって口達者(わがはい)に!?)。
「戦況は、混迷こそが、おもしろい…………」
 コバルトブルーに変色した瞳孔をウットリと底光りさせる盟主。両側にひきのばした唇の嫣笑に漂うは色香と……狂気。
「いくらでも伝えたまえよ。離反もアリだ発狂もアリだ。いつか死にさえすれば救われると信じていた連中が、信じ込まされて
いた連中が、ところがどっこい終わらぬと卓袱(しっぽく)の台座をば先入観をば完膚なきまで破壊されたときのカオは……
ふ、正直なところ見たくて見たくて、たまらなくてね。メッセンジャーは非常に助かる」
「仲間すら……裏切るのか……」
「違うね。仲間だからこそ、裏切らせる。どれも逸材、全力の壊しあいができそうなら、やるよぼくは、幾らでも壊す。信頼も
友情も、なにもかも」
 親愛を込め、徹底的にね。ふふっと笑うメルスティーンはさらに思い出したように、
「ああそういえばリバースが鐶に、決戦の終盤『馬鹿げた頼み』をするつもりらしいのは……なるほど、感づいていないから
か。自分が引き戻されると分かっていたら……ふ、ああいう頼み方の必要もない…………」
「…………?」
 ヌヌの長い睫毛を上下させた。
「ふ。コチラの話さ。とにかく落とし前のための隠し機能ってのはね、ある」
 贖罪のつもりか。ウィスパーとブレスの相の子のような声を一瞬聞き逃した盟主が怪訝そうな顔をする中、
「贖罪のつもり、なのか……!? 世界をよくするためとはいえ、破壊を、悪行を、する他ないコトの……!」
 苦悶と不可解せめぎあう、ねじくれた顔で苦しそうに問うヌヌに冷水を浴びせたのは
「君は人にカネを貸したコトあるかい?」
 にこやかな、世間話。
「な……に……?」
「100万借りた奴がだ、返済を求める君に、いやもう全部使ったし、しかもいま仕事ないからカネないしとゴネたら……ふ、
きっと腹は立つ筈だ。だって100万だよ? 得難く、替え難い、貴重なものっては、否定できないよねえ」
(? っ!! そうか! しかし、なんて喩えを……!!)
「で、ソイツがだ、キレたキミが強く強く絞った襟首の手を、当たり前のように剥がしながら、見たコトもない場所の、聞いたコト
もない出来事をいきなりベラベラ引き合いに出してだ、『だから答えは得た、他の金貸しへの返済行脚までもサボったとし
ても”自分は”納得して前に進める答えを得た。後は自宅で基本受け身のマイペースでこの答え、やってきます』などとのた
まわれて……ふ、君、果たして平静でいられるかい? けっこう根幹的な話だよ? 100万を武藤ソウヤに置き換えてもまぁ
まぁ通じる話だよ?」
「殺害の事実じたいは何しようが消せないから、贖罪など、しない……というコトか…………!」
「ぼくらは物語を描く。物語において贖罪ほど微妙なモノはない。よほどうまく描ける者でもなければ、『奪った自分が奪わ
れず許されるウマい話がないかと考えてるだけじゃねえかコイツ』って、なるからね。ふ、早坂秋水、ご苦労なコトだ」
「カズキさんに謝ろうとしているだけでも、君らよりは……マシだ……!」
「ふ。せめてイーブンと言ってほしいねえ。確かにぼくら全員謝るつもりはカケラもないが、『100万じたいは、返す』よ?」
「そんなもの造幣局脅して刷らすようなものだ! 誠意ある弁済では絶対ない!!」
「ほう。さすがはヌヌ、いい喩えだ。だがまあ、出所が妖しかろうがカネはカネ、しかもそれが膨れ上がって後の世代への
10兆100兆に化わるなら……いいじゃないか、それで。グズになにひとつ奪われないという『安全』を保証できるなら、ふ、
それでまあ、いいじゃないか……」
(く……!! 破壊者の癖してこういう物言いをするからやり辛い……!)
 ある種、清廉だった。どうすれば人類を無限の苦しみから救えるかという専念のみがある。破壊という、綺麗事の対極を
迷わず選択している姿勢が却って実務的にすら思えてきて、”いっそ彼のラインで”とすら理性的なヌヌですら蠱惑に駆られ
る魅力が……メルスティーンからは滲んでいる。
「ああちなみに幹部らが無力で呼び戻されるってのは、趣味さぼくの。『循環』。おこなった破壊はその身体で受けるべき。
だから手ひどい破壊を撒いたマレフィックどもは、傷つけた数だけ傷つけられるべきさ、殺した数だけ殺されるべきさ……。
ほかの有象無象の罪人と同じくね。でなきゃ死に得が起こる。何百人殺そうが死ぬのは一回となりゃあ茹(ゆ)だった輩が
張り切って何かの乗り物乗っ取りに行くが、殺した奴と同じ死に方を、殺した分だけ味あうってのを、その摂理強いた当人
すらも受けて証明したならだ、善人が”はずみ”でやっちまうといったコトすら防げる。『マレフィックという大犯罪者ですら、
末路は、笑えるものでした』と画像やら映像やらで見せしめに晒されるような前々時代の法体系こそ神域を剥ぐ『循環』。
犯(や)りゃあ何されるか悟った小悪党どもがビビって動けなく最大最高の抑止力……!」
「”それ”を、突然知らされた思わぬ『引き戻し』で泣き叫ぶ仲間でやるとは…………」
「じゃなきゃできないだろ? 人に刺さり笑いも呼ぶ、見苦しい末路ってのが。だいいち、ちょうどいい釣り合いでもある。幹
部らは、世界が、必ずしも自分を傷つけた系統(ルート)ばかりでないと強く強く見知っているのに、逆の影すこしかかるだ
けで止められない拳、もろともの破片に塗り替える心の痛み抜け出したいと願っている。愛しく思った癒しの部分すらつま
らぬ感情で壊してしまった罪悪感をなるべく楽な方法で解消できないかとそう、甘えているんだ」
 だったら一番されたくないコトをしてやる方が、逆にみんな満足できるんじゃないかい? 朗々たる詭弁のなか、(厄介、
だな…………) ヌヌは悟られぬよう、つばを飲んだ。
(非常に分かり辛いが……盟主の根本はあくまで『正義』であり『弱き人を守る』。それらのために戦える者は……強い。
そのうえに、正道を外れ、獣道の轍(ワダチ)を採っている容赦のなさが加わっているから……格がちがう、ちがいすぎる。
その日ぐらしな無軌道な狂気とは……!!)
 危機感も知らぬ素振りは、メルスティーン。
「ちなみに戻るのは死者だけではない。人質や誘拐の被害者もだ。身体のあらゆる欠損も、貞操に関わる部分コミで戻せ
る。のみならず動産不動産の類をもヒトの一部として……戻る」
 素晴らしいだろ。馬鹿が迂闊をやろうが救われる世界が到来さ。五体満足の半分ほどしか広げられなかった肩をそびや
かす男はあくまで理想郷の到来を確約しているが──…
 ウマい話には代償(ウラ)がある。インタビュアーは探りを入れる。
「で、その世界のため『器』となった少女は……どうなる?」」
「ふ。安心したまえ。死にはしない。殺されもしなくなる。普通マレフィックアースを降ろされたものはそのエネルギー高圧に
1分ともたず消滅するが、『器の持つ武装錬金特性』と、『もう1つの調整体』ならみごと防げる。分配と配給の仕組みが
まさしくアースとして電圧を”よそ”に流す。ま、細かなコトを担当するのはリヴォだろうがね」
「(土星が……?) なら『その』マレフィックアースというのは……」
「ああ。同種族だが別個体というべきだ。君らがかつて戦い、ウィルが愛した『最強』とはまったく違う『マレフィックアース』」
「体は、そのままなのか……?」
「ん?」
「『奪われたものが戻る世界』……その継続が永劫ならば器の稼働もまた永劫。ならどうやって維持する? いま君が
挙げた最強(ライザ)が最高の肉体に憑依してなお100年もたなかったのが『マレフィックアースの、行使』。それをも凌ぐ
永劫の続行を、器が、今の体のまま行えるとは到底思えない」
「ふ。エネルギーは武装錬金の方へ行くと言ったんだがね?」
「同じコトだ。武装錬金は精神具現。電圧はすぐさま抜けてもダメージ、創造者に、返る」
 よって導き出せる結論は1つ。推量では強い少女、強く言い切る。
「『扉』。最強の戦神や未来の君が使っていた『マレフィックアースの因子』。植えつけるつもりだね、器の少女に……!」
 やっぱ誤魔化せないようだねえ。盟主はやれやれと息をついた。
「そうさ。あのコはぼくらの手中に落ちたが最後、今の体じゃいられなくなる。だがまあ、いいじゃないか。『いま自分が感じ
ている悲しみを、他の人には味合わせたくない』と願っている少女なんだ。人々を助ける”だけ”のツールへと変わり果てて
もむしろ本壊だろうさ。1人の犠牲で大多数が救われるなら結構、ヒトの願いがヒトを支える以上、人外に委任する世界で
も、ない…………」
「どうも……共闘は無理そうだね。残念だけど」
 鈍く光る銃口が盟主を捕らえる。
「発想じたいは悪くない。だが我輩が見たいのはあくまで、カズキさんや斗貴子さんや、ソウヤ君が、笑って過ごせる世界な
んだ。君の敷かんとする摂理は真逆……。まだ語られていない『リスク』もあるだろう。ソウヤ君は喜ばない。だから手向かう」
 敵意を認識したかれは右目を閉じた以外さしたる感興もない。
「殺害は本意じゃないから……ああそうか。拘束めあてって所か。長話の間にだいぶ近づいたであろうグレイズィングに
引き渡せば、あとは早坂秋水との決戦まで魔王の玉座だから、拘束めあてで戦うと」
 ならこっちも防備せねばならない……地面に突き立っていた大刀が音(おと)おどろおどろしく引き抜かれた。
「ぼくは消滅を免れねばならない。幹部の中でぼくのみは、呼び戻されリンチで死んだとしても閾識下の霊体として暗躍で
きるから……消滅(きえ)てやる訳にはいかない。夢があるんだ。クズが悪心を起こすたび出現し葬り去る、調停の悪霊と
して世界に居続けたいという永劫(ゆめ)が。欠けど満ち、消えては昇る、太陽が如き『循環』のなか、悪意の因子をひとつ
ひとつ、あぶりだしいぶりだし、殲滅に勤しむ『新たなる摂理』として存在し続けるコトこそこのぼく、中陰(マレフィックサン)
メルスティーン=ブレイドのささやかなる目的(ねがい)」
 ゆえに。
「羸砲ヌヌ行。悪いが斬り伏せてでも拘束……防がせてもらうよ」
 合意より速く打ち放たれたタキオンの奔流を刃が引き裂いた。続く二撃目三撃目もバラけて逸れて木々を穿った。斬撃
の間にもメルスティーンは駆けている。間合いは、一瞬で詰まった。斬り飛ばされる銃口に瞠目するヌヌめがけ大上段に
振りかぶった盟主は
「1人じゃつらいね後方支援! 壊れたまえよ死なぬ程度に!!」
 血の奔流を撒き散らした。
「確かに……1人じゃ銃使いは厳しい」
(…………ほう)
 眼鏡を直すヌヌを見下ろしながら、盟主は手の傷に思いを馳せた。大刀は接近戦に弱い。だが”懐に”飛び込まれた訳では
ない。
「伏兵か」
「単騎で盟主(きみ)と相対するほど愚かじゃないよ。(まあ出逢ったの、偶然だけどね!)」
 顎の下で凶悪に光る輝きにメルスティーンの視線が移る。彼の喉笛はいま制圧の一歩手前にあった。彼の肩と真一文字
に並行なスラリとした西洋の刃は剣士の前進運動をも阻んだ。
「…………」
 盟主の背後から刃を回しこんでいる人物の全容は森の鬱蒼とした闇に溶けているため、見えない。唯一かがやきを反射
している目は……ひどく、冷たかった。冷酷という、それでも情感的な低温をもさらに凌ぐ零度のまなざし。ロールアウトした
てのアンドロイドのような一切の人間感のない、瞳孔だけの、『四白眼』だった。
(……誰だ?)
 盟主は少しだが戸惑った。
(武装錬金片手に坂口照星救出作戦に乗り込んでくる以上、レティクルに何らかの強い感情を持っているのは確か。だが
戦士にしては制式感がなさすぎる。音楽隊? いや、記憶してる彼らの雰囲気とは一致しない)
 心当たりがないのだ、本当に。戦団撃破数1位をも降した盟主相手に、気配1つ悟らせず背後を取れるほどの実力者な
ら覚えているだろうに、まったく、考えても……見当がつかない。
(ぼくの咄嗟の後ろなぐりすら避けて、逆に掌を斬る…………いまは戦団撃破数2位のチメジュディゲダールよりは2枚ほど
下の技巧だったが、それでも相当強い……。なのに知らない、いったい誰だ?)
 困惑も無理からぬ、さ。眼鏡を直す法衣の少女。
「光円錐を持つ我輩にすら特定遅らせたほどの『遠さ』だからね……」
 何が何やらといった表情の盟主であったが、その間にも特定作業は進んでいたようだ。
 一瞬キュっと瞳孔を広げると、やや緩んだ笑みを浮かべ俯いた。
「後ろな君よ。一日けっこうな数で生まれるガン細胞が”おおごと”になるまえ消え去るのは、”こりゃ失敗作だ”とみなされ
るせいらしいね。だめそうなのが余計な被害出す前に、産地たる人体が責任を持って処断して消し去るから、我々の体は
健やかに、楽しく毎日を過ごせるんだ。間引きの類は必要なんだ。だめそうなのはさっさと消すが全体のためとそう、人体
は見なしているらしい」
 脈絡のない話だ。ヌヌも少女も測りかねた。
「…………」
「ところで、だ」
 盟主は、くっくと笑う。
「児童ならばなんでもと保護するようになった17年後あたりからじゃないかな。おかしな無差別やるおかしな通り魔がボコ
ボコ登場し始めたのは」
「…………!」
 転換さえも激しい会話。だが冷淡な影にはどういう訳か怒りが灯る。
「いやなに。ぼくはむしろ子供たちには、あらゆる虐待から救い出されて幸せになって欲しいとは思っているんだがね、仲間
の、リバースの、乳児期、実母によって危うく”くびり”殺されそうになっていたという事実はだ、リバースによって殺されたり
奪われたりした連中が知った場合、思うだろうねえ。

『キッチリ殺せよ、馬鹿親!!』。

と」
「…………!!」
「ふ。まあ、正論だろ。虐待をするような奴から生まれた奴を、産地が手ずから間引いてくれる自浄作用は、防がぬほうが
むしろ社会のためじゃないかってのもまた……ふ、ぼくの考えとは真逆だがね、正しいとね、『リバース』の、被害者たちも
また思うだろうが……後ろな君よ、意見はどうだい?」
 怒気と閃電が答えだった。盟主の背中に力任せな前蹴りを叩き込んだ”後ろな君”は相手が転倒途中なのも構わず、
極めて致死性の高い斬撃を3つばかり叩き込んだ。後頭部を脳幹ごと刺そうと目論んだ突きは、反転し、攻勢に転ずる
盟主の動きによって髪すら切れず終わった。首刈りを目論んで薙がれた軌跡を阻んだのが羸砲ヌヌ行のスマートガンだっ
たのは、直後発生する事象を軽減するための対策だった。章印のある胸を狙って振り下ろした袈裟切りは、大刀の間合い
へと瞬く間に後退したメルスティーンの刷り上げによって、手から離れこそしなかったが、不恰好な弧を宙で描いた。
「い、今の問答で、なぜキレるんだい!」
 悲鳴をあげたのはむしろヌヌでった。
「説明した筈だよ! 武装錬金特性で斬れば特性合一でダメージを返されるって! なのに首刈り!? 正気なのかい!?」
「…………あなたに命令される謂れ、あるんですか?」
 冷たい切り口上を漏らす”後ろな君”。その全身がやや橙な木漏れ日によって浮き彫りにされた。外見年齢は高校2年生
から3年生。ポップなソーダアイスで水彩したようなセミロングの髪が目を引く少女だ。薄桃色のノースリーブパーカーにド
レープの寄ったモスグリーンのスカートという素っ気無いファッションが返って引き立てる”素材の良さ”の美しさ。スレンダー
というよりは欠食ぎみな痩せぎすだ。実際その質量は、足跡さえつかぬ異常の領域であり、で、あるがため、後にこの場に
来る木星でさえかつての敵の再訪についぞ気付かなかったぐらいである。よって女性らしい起伏は中学校入学前後の、さ
さやかなものである。
 以上を確認した盟主は「またも珍客……」。剣持つ手をくつろげ歓待を示す。
「7年前イソゴが追っていた事件の……確か『副官』だったね。思い当たらぬのも道理、死んだと報告されていた。なの
にそれが生きているってのは……ふ、興味が尽きない。パっと浮かぶのは武装錬金特性の恩恵だが…………」
「…………」
(……このコそうだったのか! 『鳩尾無銘とミッドナイトのあの件』の……!)
 気付くヌヌは
「ふ。やはり光円錐へのアクセス……万全じゃないらしいね」
 盟主の笑いに(しまった)と硬直する。。
「ふ。いまの問答が地雷だと分からなかったのは、このコの前歴を読めなかったというコト……。ま、ぼくもイソゴの”ついで”
程度の追加調査を流し読みした程度だが……」
 いかにもベタゆえ覚えていたよ? 笑う邪悪なる巨魁に
「……!」
 またも斬りかかろうとする少女に「ふ、来たまえよ」やわらかな声がかかる。
「ぼくをほどよく弱らせるのは、君の目当てたるグレイズィング抹殺に不可欠……なんだろ?」
「っ!」
(!! え! わたs、じゃなかった我輩ですらこのコの目的、聞き出せてないのになんで分かるの盟主!!)
「ふ。『10年前の辺境』と深いかかわりがある。死因かつ実行犯たるグレイズィング。完全治癒能力が己にすら作用する
難儀な彼女だが、殺す方法は1つだけある。『他人を治しているところを狙う』。理想的なのはダブル武装錬金を両方
投入している時、章印を貫き、一撃で、殺す。さればあのグレイズィングとて……殺せる」
(だからって盟主を狙う!? ランクSSを斃すために、ランクSSSに重傷を負わせるってなんか矛盾じゃないのソレ!?)
「敵の戦略目標からは合理的と判断しました。負わせる傷の総量もこちらの方が少なく思いますが?」
「……だからといって口数まで少なくする必要ないんじゃないかなぁ…………。連携なしで戦略進めるの不合理だよ……。
コメント

第113話 「対『海王星』 其の伍 ──色達──」 その02

2019-09-14 01:10:51 | SS
(うわーん! なにさこのコ!! やりづらいーーー!! 優秀だけど扱いづらい後輩だよーーー!! やだーー!!!
やっぱ仲間はブルルちゃんとソウヤ君がいい!!! 優しかった2人がいいーーー!!!)」
 あといまの自分のショボくれた口調が知己たる星超奏定に似ているとも思うヌヌ。久々の『内心』であった。
「まあいいじゃないか。今度は連携してきたまえよ」。大刀を握ったままの左手で器用にも指をば三度屈伸させ招く盟主。
「結果ぼくが重傷を負い、グレイズィングが死ぬコトになったら、それはそれで面白い……」
「っ!! 副官くん! 盟主の言葉は酔狂の皮をかぶった挑発だ! 君の戦略目標を鼻先にブラさげるコトで撤退の選択
を削ぎにかかっている!」
「……感情挟んだら指揮じゃなく指図です、不快です」
 おろしたての電化製品のように整序とした機械的な少女がムスリとする中、
(ええい! やりづらいからこそ勢いで押し切ってくしかない! このコのペースでやったらホント我輩情けないトホホ感しか
なくなる! ゆえに怯む話題! 怯む話題を選定だ!!)
 腹を括ったヌヌは、それゆえ生まれてくる落ち着きを……全開に。
「ふ。そうだねえ。ついでにいうとイソゴの方を狙ってないのは、アレだろ? 『恩人』に譲ってやりたいからだ。例の事件……
恐らく君は勝手に憎み、勝手に激しくブツかっていったが、『恩人』の対応に心打たれ、ふ、或いは仄かな恋心さえ…………
抱いているんじゃないかな?」
「なっ!!!」
 新品の電化製品のように”白っぽく”て凛々しい少女の面頬に紅が散った。が。すぐさま目を逸らし逸らし、務めて平然とい
う。
「見当ちがいもいいところです。私はあんな人のコト、別にどうでもいいです。ていうか嫌いですし? 大嫌いですし? 倒した
あげく偉そうに説教してきたから不快です不愉快です。イオイソゴ放置してるのだって戦略的な決定ですし。一度たたかって
勝てないと踏んだから、大嫌いなあのコと相打ちになればいいと、そうです、戦略的に判断しただけです」
「おっ。イソゴ。首尾どおり奴の首とってきたか」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!!???」
 自分の後ろに投げかけられた声を追うように大慌てで背後を振り返った副官くんは、無表情が大いに崩れていた。
幼稚園児かというぐらい両目を見開き、あわあわと顔面の半分ぐらいに拡充した口を、曲がりくねった稜線で蠕動させながら
「はわわ、はわわ」と忙しく、決死に、左右を見渡した。
 そしてやがて状況を把握した彼女は、すうっと無表情になってから、盟主に向き直り、
「いない! きえた!!」
 と口調だけテンパった。
「(あー。同族だ。まぎれもなく同族だ。怯む話題、異常の効果)。露骨な釣りだよ、落ち着きたまえ」
「釣り……?」
 機械人形としかいいようのない四白眼の上で、理知的な流れの片眉がぴくりと跳ね上がった。
(まずい。平静を取り戻した分、キレる、またキレる、止めないと……!)
「良かった……。無事、なんだ…………」
 うっとりと、目の下を染め、心から安堵したように双眸をうるませる副官くんに、
「そうだよね。簡単に、倒される訳……ないもんね」
 トクントクンという鼓動さえ聞こえてきそうな乙女の顔に、ヌヌはもう言葉もない。
「(そんくらい恩人(あのこ)好きって気持ちは分かるけど緊張感! ああもうこれじゃ冷静モードのが幾分マシだよーー!!)」
「なにボサっと突っ立ってるんですか? ちゃんと働いてください。協力してください」
「(好き放題やっといて、言う!?) ……君、慣れてるねー。情けない大人の扱い方…………」
「知りません」
 つーんとした可愛い顔でそっぽ向きながら、

「とにかく。あなた”も”私がついてないと駄目っぽいんですから

「さっきみたいにちゃんと守ってくれなきゃ、そ、損するんですからね、戦略的に……!」」

 ちょっとだけ気を許した、瞳と唇のとがらせ方をする電化製品風少女。

(首刎ね→特性合一を銃身で防いだコト言ってんだろうケド……素直じゃないなぁ…………)

 ありがとう、次もお願いという単純きわまる感情(きもち)をストレートに伝えられないタイプらしい。

「まあいいや、強いし。前衛後衛が組めるし」
 はあと嘆息するとスマートガンの先ほど斬り飛ばされた部位、当たり前のように光とともに修復した。
「盟主が殺しても死なないのは聞いています。グレイズィングを討つエサになる程度に……やります」
「ふ。即興の組み合わせにしてはなかなかどうして良き壊し方を目論むじゃないか」
 やれるかどうかは別として、ね。引き攣れた愉悦の笑みの暗黒色は、法衣の女性を震わせるに充分であった。
(はぁ。本当は引いては攻めるゲリラ戦術のが双方とも生存率高いんだけどなあ……。副官くんが見た目にそぐわぬイケ
イケドンドンだったもんだから、怖いコトに……)
 だが困難を踏破してでも再会したいものがある。

 三叉鉾を肩に乗せ、遠き罪を見ている黝髪の青年。

(我輩は。いや、私は、また……いっしょに旅をしたいから)
 この場でどうにかするしかない! 腹をくくった少女の周囲でタキオンの粒子がバチバチと炸(はじ)けた。
「…………?」
 メルスティーンは一瞬、怪訝そうな顔をしたが、臨戦態勢の副官をチラリと見ると(……様子的にこの2人が出逢ったのは
ついさっき。…………。ついさっき? 決戦開始直前っていう、絶妙のタイミングで……超超偶然的に…………?)、一瞬
むずっとした笑みを浮かべ、それから
「ハハハ!! ハーッハッハ!!!!!」
 剣を止めるや大口を開け、哄(どよ)めく笑いをけたたましくあげた。
(……なんだ!? どうした……!?)
 得体の知れない恐怖に、法衣の中、背筋の産毛を湿らせるヌヌにかかった言葉は「ああ失敬、こちらのコトさ」。
「ふふ、いや、なに……面白いコトに気付かせてくれた礼をしようと思ってね」
(なんだ? 手の込んだ報復……? っ! まさか! ウィルを殺しソウヤ君を怪物のままに…………!?)
 眼鏡の奥で滾る光はリバースにも劣らぬ魂の白熱だが、盟主は涼やかに覗き込んだまま、指一本立て、優しく、微笑んだ。
「玉座に戻ってあげよう。無条件で、ね」
(なっ……!?)
 ヌヌならずとも目を白黒させるだろう。無為な斬り死にをするため、幹部8名の制止すら殺害級の反撃で捻じ伏せ強引に
前線へやってきた破壊の教徒が、どうして突然、安全圏への退避を発案するのか。それはもう破綻者固有の特別な原理で
すらない。ただただ、支離滅裂なだけだ。
(それともただ死ぬ以上の、効果的な方策がいま、芽吹いた? だとすれば『何だ』? いまのやり取りのどこにキッカケが
あった? いまの我輩のいかなる態度が……更なる破壊の着眼点になった? 何だ? 何が指針を……変えさせた?)
 わからない。わからない以上、先ほどまでにおける最善の手段、『秋水とブツかるまで、メルスティーンを保存』を守る以外
ヌヌにはできない。
(させません)
 ふたりの慮外になった瞬間、とっくに動き出していた副官は奇妙な動きを取っていた。盟主の頭上へと跳躍していた行為
そのものはありふれた攻撃の予備動作ではあった。不可思議だったのは傍らに、どう見ても斬撃とは無縁の物体を具現化
していたコトであろう。鏡、だった。それも現代人の身だしなみの友ではなく、古代の、儀式的な。
 鏡の筐体は菱形で、材質はサビの浮いた青銅。鏡じたいは真円で、それは筐体中央部の、なにやら呪術的な模様のつ
いた角丸き正方形にぴったりと嵌め込まれている。
 純水で満たされた湖を想起させる磨きぬかれた銀色は、盟主の姿を映した瞬間えもしれぬ神韻とした響きに震えかけたが、
「帰ると、ぼくは」
 言葉とともに副官の腹腔を貫いた衝撃によって強制停止。衝撃は柄頭が、やった。盟主。影も見せず跳躍していた。
「…………っ!」 ぐろりと裏返っていく四白眼が、戻そうとする戻ろうとする憎念と鬩ぎ合ったのもわずかのコト、副官は喪
神し、落下を始める。霧散しゆく鏡の粒は駆け寄ってくる無限数のヌヌを映した。
「剣に、鏡、か……。ふ。どうやら副官くん、『最高位』をお持ちらしい」
 着地したメルスティーンは、意思無き少女を抱きすくめる法衣の女性を3mほどの地点から悠然と見やりながら、「ああそ
うそう。今からいう言葉……謎めくこの退却のヒントであるとは一切断言しないがね」、溌剌浪々たる声音でこう告げた。

「戦士の中に、『裏切りもの』がいる」
(なんだって!?)
「『裏切りもの』は、このさき戦団を『自軍』の都合のいいよう誘導していくコトだろう」
(……。変装の潜伏……? まだ音楽隊が敵だったころの、鐶のような……)
 それより更に悪質で、予想外の方法さ。盟主の左肩が楽しげに揺れた。
(どういう、コトだ?)

 単なる虚言か攪乱か、やはり判然としない。事実だとしてもだ、ヌヌに告げるのは奇妙ではないか。

(我輩が戦団にチクり、発見し、摘出する方がむしろレティクルにとっては得……なのか? だったら『自軍』というのは……
『第三勢力』……? レティクルと敵対する、今は知られていない、なんらかの、強い勢力……?)

「ふ。ちなみに裏切りものが『1人だけ』とも断言はしていないからねぼくは。まあせいぜい悩むコトだ」

 君らを見て思いついた『面白いコト』は、もはやどう転ぼうが達成できる……。覇王の貫禄すら滲む悠然たる笑いが残響
するなか、副官を抱えるヌヌは藪の入り口へとその身を滑り込ませた。退却するのだ、この場より。

(……)

 視線は、戦部厳至に。ずっと倒れ伏していた荒武者のような戦士に。

(………………!)

 筋からいえばヌヌは彼を回収すべきだ。
 だが物理的制約は、違う。
 副官の喪神が阻んだ。喪神している副官を抱えて移動しなくてはならない事情が阻んだ。長大なスマートガンを取り回せる
よう振り回せるほどの筋力有するヌヌといえどやはり女性、副官とともに、筋肉を鎧(よろ)う大岩のような戦部までも抱えて
逃げるのは原理上不可能。
 だから盟主は副官を気絶させた。荷物よ増えよと昏倒させた。『本来なら人間の2~3人ぐらい光円錐の操作で瞬間移動
できる』ヌヌが、平生の力ではないコトすら見越した上で。

 だから法衣の女性は、戦部を回収『できない』。

 が。

 できないと、しない、は……違う。

 時を司り、策謀にも長けているヌヌが、このあと回収せず去ったのは、

 一瞬だが、確かに!

 彼が双眸に明確なる光を灯し……見返していたからだ!! 一瞬腰まである金髪が天を衝くほどギョっとしたヌヌだが、
すぐ、気付く。

(……なるほど。そういうつもりか!)

 できないと、しない、は……違う。自分の都合で打ち切るのは前者、他者の都合を尊重するのは、後者。

 藪の中、覚醒に向かって呻く副官の頬の柔肌を掌にて藪から守りつつ進むヌヌ、思う。

(布石だよ、メルスティーン)

 ひとつの、ビジョンがあった。レティクルが戦部に対し抱くであろう『欲目』が、戦部自身の矜持とぶつかった場合、どうな
るかという、確信に彩られた予測図が、あった。

(この敢えての放置は中盤以降、かならず活きる。気付いたんだ戦部は。奇策によって回収されるコトそれ自体は可能だが、
されたとしてもせいぜい正面からの、外側から力攻の駒がひとつ増える程度、だと……!)

 だが回収されなければ『囚われる』。レティクルの中核にほど近い場所に、『囚われる』。

(内側から喰い破るつもりなんだ戦部は! なにしろ武装錬金は全身修復……! 隙をつき核鉄を手にすれば、どれほどの
傷であっても即座に全治!)

 かくて敵陣の奥深くで復活するのだ。現役戦士中最多の撃破数を誇る大戦力が!

(将棋でいうなら持ち駒の飛車が勝手に歩らより内に敵として打たれるようなもの……! 正直なところ回収できぬコトに
は凄まじい罪悪感があったが……戦部本人が捨て置けというならそれでいい、更なる攻めを目論むなら仕方ない。我輩と
しても彼のプランの方が助かるからね。ソウヤ君を元に戻すには、敵本拠が攪乱(こうらん)され混乱する方が都合がいい! 
呪いをかけたウィルの……隙を衝く可能性が……増える!)

 かく読むヌヌも凄まじいが、真に恐るべきは戦部だろう。気息奄々の窮地にありながら、明らかに戦士ではない法衣の女
性に己を回収する能力があると即座に読み、視線ひとつで布石の存在を知らしめたのだ。

(ただでは、終わらせんぞ)

 失血の半睡で今は伏せる戦部の周囲で、時が経った。法衣の女性の残り香すら消えるほどに。

 だが。

(ふ)

 面白いコトになる。盟主の相好、いっこう崩れる気配がない。

(ヌヌは気づかなかったが、あの肩の『残滓の、事象』。……間違いない、断言できる。ウィルがちっとも浮き足だっていない
のを考えると、『重し』を与えたのは……リヴォか。でなくば時空の彼方に飛ばしたはずのヌヌがこうもタイミングよくピンポ
イントで来られる訳がない)
『副官』と偶然出逢ったというのもご都合がすぎる……。メルスティーンの、令嬢にも迫る色白な頬は波打った。
(『そういった事象を操れる黒幕(やつ)』など……ふ、ただひとり。もっとも『重し』はせいぜい文鎮程度のものだろうが……
まあいい。大事なのは『今しばらくはこの時系に留まっている』という事実。ふふ。だったら狙える。『風船のように』ただ一
本の紐で繋がり周囲に浮かぶ、受肉待ちな『結晶の概念』を、狙える……! ぼくが死のうが生き延びようが、託して、更に
更にイイ感じの破壊を、狙える……!)

 余人には分からぬ推量だ。かれはいかなるものを仮定するのか……。

(大事なのは……『座標の特定』。ふ、最終決戦までに了すれば……どう転ぼうと、勝てる!!!)


 盟主戦のポイントから、南西300mほどの……森の中。

「戦士の中に……不穏分子、ですか?」

 意識を取り戻した副官はしばらく考えてから「腐敗した上層部が『また』内通しているとか、ではないんですね?」とごくごく
若干だが切りつけるような口調をした。

「いや10年前じゃあるまいし……。というか、君……内通(それ)で何か、やられたのかい?」
「やられた人にやられた人に、やられました」
「……? う、うーん。もうちょっと具体的に、だね……」
「話すと長い、【三次被害(とばっちり)】、ですが?」
 乾いた怒りを浮かべてみせる副官に(あ、話したいタイプだ、慰めて欲しいタイプだ。カワイー)とヌヌはちょっとほっこりし
た。ほっこりできるのは相手がその怒りにある程度の整理と諦めがついているからだろう。
 ぱんと拍手を打ち、94(時空追放の苦労のあれこれで1cm痩せた)の膨らみを揺らしたヌヌは親しげに笑いつつ両手を
広げた。
「話したくなったら聞くよ。お姉さんが聞くよ。我輩これでも大学じゃ悩み相談受けまくって、大好評ー♪」
「な、なれなれしいです! うっとうしいです!!」
「オヤオヤまさか照れとるのかね副官くん。ふふ、初いやつめ~」
 両目を三本線にして頬ずりしてくる法衣の女性から仏頂面(やや紅い)で逃れた副官は「……済んだコトです。戦略的には
今からの話をすべきです! 敵地だというのにユルいですあなたは!」とビシビシと指をさして、ぷんすかした。
「(ふふ。生真面目さんめ)。……ま、盟主のいうような不穏分子がだ、戦士の中に居るにせよ居ないにせよ、我々が目的の
ためすべきコトってのはたぶん1つだね」
「……手勢の増員、ですか?」
 正解っ! 明るい声を漏らしウィンクから星1つ放ったヌヌに「そういう動作はいりません!」軽く喰ってかかるくせに副官
は満更でもなさそうで、そんな自分に葛藤しているようで、「…………」目も頬もほんのり血潮風味で俯くのだ。
「(意地っ張りな子猫拾った感あるなー。きゅんきゅんする)。我輩はソウヤ君を助けたい。君はグレイズィングに報復したい。
前者は盟主のよく分からぬ気まぐれのお蔭で一歩まえに進みはしたが、後者は依然として難しいからねえ」
「…………。ソウヤさん……とかいう人の救出さえできれば、グレイズィングの件は別に叶えなくてもいい訳ですよね? 
あなたが踏み倒して私が怒る展開も、ありえる訳、ですよね?」
「? おかしなコトいうね君。協力して貰った以上、義理かえすのは当然じゃないか。我輩、ソウヤ君を助けた後でも、グレイ
ズィングへの報復には手を貸すつもりだよ?」
 信じるに足る論拠、得れてませんけどね私。副官はいつものアンドロイド顔で呟いた。
「さっきの戦い、特に貢献できた訳ではないので。こちらから恩を強く売れない協同関係は不快なほど脆いってコトを……
『むかし、イヤというほど強く学習しましたから』、利用して捨てようとしてるって目、向け続けられても仕方ないって、割り
切ってくださいね」
「ま、我輩のような尊大な物言いの女をすぐ信じろってのは無理だね、気持ちはわかる」
 うん。ヌヌは頷いた。これで信用に対する揺らめきの光が副官の瞳孔の奥を流れたが、彼女自身の「傷」から来る予想
は、実にあっけなく裏切られるコトになる。
「でも盟主が”何か”に気付いた理由の1つってのはどうも、『我輩が、君と遭遇している』事実に立脚しているような気が
するんだ。退却どうこう飛び出たときの目つき的に。そう意味じゃ君のお蔭で我輩、一歩進めたと思うんだが」
「ような、とか、思うとか、ほどがありますね? 曖昧にも」
「ふふ。だねえ。なんかジゴロが無理やり褒めてる感、あるねえ」
 たははと後頭部かきつつ笑う法衣の女性の屈託のなさに、穢れ無き家電製品のような仏頂面、少し驚いたカオをした。
(……小さいころ一緒にいたあの子だ………………。あの子の、笑顔だ……)
 今でも友達だと思っているペットの子猫がときおり見せた安らぎの表情とヌヌを重ねたとき、少女の反応は少しずつ和らぎ
始めた。
(って馬鹿ですか私は。学習力が足りません。笑顔(それ)で”あの人”に騙されて裏切られた気分になって……あの人を裏
切る破目になったのに、またとかありえません、騙されてはいけません……)
 でも……。法衣の女性をチラっと見た副官は目が合うとガバリと俯く。
(なんか……似てる。似てるから…………つい……)
 心の傷に葛藤する少女は、
(~~~~~!!!!)
 ヌヌの掌の生傷にどうしようもなくうろたえる。甲と平では7:3ぐらいの、先ほどの戦闘には無かった、しかも刀傷とはほど
遠い小さな傷の群れ群れが、なぜついたのかすぐさま分かってしまったのだ。
(きっと……気絶してる私の……顔を…………カミソリのような藪から、守ったから、守って……くれたから……」
 恐ろしく美しい女性だ、ヌヌは。肌ときたら上質の麩(ふすま)を丹念に塗りこめたような艶やかさだ。(保全には相当の労力
がいるでしょうに……) 手首から先を傷だらけにした。少女の顔を守る代償と、した。
(………………いい人、なのでしょうか…………。いえ騙されてはいけません、私の心を操るために、あえて戦略的に、
傷を負い、顔を守ってあげたと、さりげなく見せ付けてるかもで……!! 逆にただ反射的に守っただけなら、えと、ええと、
そうです! 思慮が足りません! お、愚かですねまったくアナタは!!)
 だのに(100%善意だったらお礼を……お礼!? いや言い辛いです恥ずかしいです)と心の中で両目をまさに角逐の
不等号にしてアセアセ悩む副官とは裏腹に、ヌヌ、あくまでのほほんと言う。
「でも、ま、アレだよ? 君がカンフル剤になってるってのは割と事実。今でこそこんな風に笑っちゃあいるがね、ソウヤ君を
怪物にされた当初は、我輩、けっこう、ブチ切れていた。それが落ち着いてるのは君が連れ合いになったから」
 副官はひるんだ。やや切羽詰った、高い声を漏らした。
「せ、戦略的意義を人間関係に摩り替えるって、丸め込むための基本って、私、知ってますからね……!」
 あ、あと傷! いま! 直しましたからね!! ますます甲高くなった声に己の手を見たヌヌは「ほう」。いつの間にやら藪
の傷総て消えている事実に目を丸くした。
「コレも君の武装錬金の一端かい?」
「だ! だったらなんですか!? というかコ、コレで貸し借りなしですからねっ!!! かかっ、顔を守ってくれてありがと
うございますとか、言いませんからねっ!」
「そこさ。そういう初々しいところがね、とてもいい。亡き知り合いの、『無垢な妹キャラ』みたいでなんか和む。怒りが溶ける」
「初々……ッ!?」
 白が、蒸(ふ)けた。ボっという音を頭皮から響かせたきり副官、朱色した無数の斜線ににて双眸を塗りつぶされた。
「ま、もっと納得できる理由を言うとだね、ソウヤ君に、人を利用してまで助けたのかって怒られるのが、怖いっていうのが
ある。君だってそうだろ? グレイズィング落着のあと、『恩人』に、誰かを裏切ってまで貢献しろとは言ってないだろとか、
怒鳴られたら……悲しいだろ? 女同士、”そこ”だけは絶対に一致した、信用できる部分だと……思わないかい?」
 だから騙さないよ。貢献されたらその分だけ返す……って説明じゃだめかな? 覗きこまれた副官は「ビクっ」と目を白黒
させたがやがて気まずげな伏目を相手から外しながら「ツ、ツッコミどころ満載ですね。けど引っ張っても戦略的に時間の
無駄、ですし? 元の議題に戻すべきだと進言します」とだけ言った。
 グレイズィングの件だね。キリっと言いながら(ああ、やっぱ10代の女のコは可愛いなー。我輩は前半とはいえ20代
だもんなー。イッツァディスアドバンテージ、くそう!)と浮ついたコト思うヌヌだが、進行力は、強い。
「グレイズィングは何しろ回復役、敵陣の奥が基本。いまはイレギュラーで外出しているが護衛は”あの”イオイソゴ。策謀に
一家言ある我輩ですら戦闘の駆け引きにおいちゃね、あンの戦歴500年、ちょっと勝てる気がしない」

 万全ならほぼ無敵の時空改竄能力だが、いまその大半は故あって冥王星の幹部、クライマックスに奪われているのが
羸砲ヌヌ行だ。幸い時空の彼方で遭遇した総角主税──ヌヌの分身の、更に転生という、ややこしい存在──から力の
一部を返却されはしたが、幹部級と真向戦って生き延びるのはやや困難というところ。盟主が酔狂な気まぐれを発さず
最初から殺意全開で斬りかかっていたなら、28秒前ぐらいにもう絶息していただろう。

 それはイオイソゴ相手の戦いでも変わらない。弱体化したヌヌでは、幻妖きわむる忍法の数々は捌けない。

「私の武装錬金でも無理でしょうね。『幻化(ゲンケ)』は7年前戦(や)ったとき負けました」
「それさ、『ヤツカノツルギ』だっけ、なんで剣パーツ、西洋風なんだい?」
 むー。副官は唸った。片頬をアンパンマンのようにした。
「……もしかして嫌いな質問? 見る人全部同じコトいうから、不快なのかい?」
 う゛ん。少女は全力で頷いた。
「内通でやられた人にやられた人にやられたコトの、不快ランクかなり上位です。無駄に多機能多形状な所を無理やり日
本神話のアレに当てはめたのは不見識もいいトコです。私は西洋の、該当しそうな武器もっと探したかったのに……!」
「だったら『天璽瑞宝(あまつしるしのみずたから)』の武装錬金って言わなきゃいいのに……」
 それは……。副官の目が泳いだ。形見を捨てろといわれてるような眼差しに、ヌヌ、だいたい察した。
「か、変えたら、各部の名称が、旧名と新名で混線して混乱、しますから。そんなの戦略的じゃないです。カッコ悪いです!」
 無表情のまま、ぽみゅぽみゅと、丸っこくした両掌を上下に振って副官、抗弁。
「だから、だから、呼んできた期間の長い方で通す方が、まだマシって、戦略的に判断したまでですからっ! だからヌヌさ
んの提案でも、変えませんから。かか、変えさせたら、私、怒りますからっ……!」
「(名付け親を今でも慕ってるから形見ともいえる名前は変えない、と。てかヌヌさん!? 懐くの早えな!?)。じゃあ本題」
「はい」
 ぴっとアンドロイド風な四白眼に戻る副官。切り換えるタイプだった。
「とにかくグレイズィングを封じるには手勢が居る。さっきの君の昏倒は君の不覚じゃない。我輩の戦力配置の見通しの
甘さだ。盟主を”抑える”仲間さえ居れば、『オキツカガミ』も決まっていた」
 副官は一瞬、謝罪すべきかどうか複雑な表情をしたが、(ドライな方が好みでしょ、戦略的に)と言いたげな眼鏡の奥の
優しい瞳に「……」やや嬉しそうに両目を潤ませた。が、すぐ乾く。
「だから……増員、ですね。戦士と幹部の戦いの最中うごくかも知れない『裏切り者』を盤外から止めるのも、兼ねて」
「君は話が早い」
 ヌヌは微苦笑した。盟主を信頼している訳ではないが、不確定要素を示唆された以上、対策に動かざるを得ないさもしい
立場を、にこりともせず再認識させてきた副官は、嬉しくもあり、渋くもある。
「人員、戦士や音楽隊には済まないが、彼らから借り受けようと思う。君のような強い第三勢力、そうザラには居ないんでね」
「選定の条件は、『『裏切りもの』ではないと断言でき』、『奇襲に長け』、『しかもその単独行動が戦団側に影響ない』人物で、かつ」
「そう。幹部のうち、レティクル本拠内部に籠もる方に何らかの恨みのあるタイプさ」

 かなり限定された条件である。そうは居ないように思われた。

 が。

(……1人、居る!!)

 時は飛び、イオイソゴ戦後、犬飼倫太郎と総角主税が犬上会話しているころ。

「忍法こわれ甕……。牢の御剣で断ち割られた傷の治療だね」

 ヌヌの姿は亜空間にあった。針と糸で胸を縫っていた根来は一瞬胡乱な眼差しをしたが

(こここ交渉ですか。交渉ってコトバはなんだかいかがわしいです! フケツです!! 小学校入りたての私に、母と義理の
父が『見せ付けて』きたから、見せ付けてきたから……!!)

 彼女の背後からこわごわ覗き込んでいる副官の姿に若干毒を抜かれ、

「残念だが加療が終わるころにはもうイオイソゴ、君だけでは奇襲できなくなる。『そういう事情』がある。まずは話だけでも
聞いてくれないかな? ま、できれば助け合いたいと思ってるけどね」

 無言で了承を、示した。

「あ、そういえば副官くん。君の本名まだだけど……」
「……教えたくありません。名字はともかく、下は『かなり終わってる名前』なので……」

(我輩のも、たいがいだけどナー)


 別の場所に、視点は移る。





 廃屋地帯現状図。

 A       B     C       D       E       F  ..|
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┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─|1
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┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─|2
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││ 06 │┃ 07 ┃┃ 08 ┃┃ 09 ┃│ 10 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─|3
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││ 11 │┃ 12 ┃┃ 13 ┃┃ 14 ┃│ 15 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─|4
┐┌──┐┏━━ ☆ ━━┓┏━━┓┌──┐┌─|
││ 16 │┃ 17 ┃┃ 18 ┃┃ 19 ┃│ 20 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└ ▽ ┘└─|5
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌ ◆ ┐┌──┐┌─|
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太枠部(07~09、12~14、17~19) 藤甲マーキング。植物覆う廃屋。

☆ 虹封じ破り実行地点。藤甲の死体安置。

◆ リバースの特性初披露。

▽ 暴走斗貴子が、『柱石を砕いた』廃屋



 泥木奉(ドロキ・タテマツ)は考える。

(俺の大事な友達・音羽を銃殺したリバースにゃキッチリ落とし前をつけさせる。つってもそれは殺害じゃねえ。したくねえし、
できねえ)

 前者の理由は鐶。義姉との和解を望んでいるのが明らかな愛らしい少女の心情を考えると、奪い去るのは「違う」。大事な
存在を理不尽に奪われた怒りに突き動かされ復讐を目論んでいる泥木だからこそ同じ痛みをバラ撒くのは……したくない。

(女のコ悲しませて、何が戦士だ)

 フンと不敵に鼻息を噴く。遠くから伝え聞くヴィクトリアの悲劇にだって怒っているのだ、泥木は。

(テンプレだが悪と同じになってやる義理はねえってのもある。つうか音楽隊から聞いた幹部像ってのはなんつーの? 被
害者が加害者が生むサイクル? みたいなのを伝染させようとしてるフシがあんだよな。つまり俺がリバース殺すっつうの
は『承継』になっちまう恐れがある。復仇つう大義名分でタガ外してみ、そいつぁきっと恐ろしい快楽だろうから、うん、俺ぁ
味占めるわ絶対。そんな強かないからよ、いつか絶対どっかで、裁かなくてもいい奴を、てめえが気持ちよくなるためだけ
に裁く。そんでいつかフと鏡見た日に気付く。『あぁ、リバースの笑顔を浮かべてる』。……願い下げだ!)

 ま、幸い、俺の武装錬金じゃブっ殺せねーけどな。くつくつと声殺し泥木は唖(わら)う。

(だってペイント弾だぜ? 敵に命中しても弾けて色の液ぶっかけて、弱点までの経絡を染める”だけ”の能力だからよー。
無理なんだわ、たとえ章印に当たっても。殺せん。ぶつかった瞬間に弾丸が割れて砕けるから、原理的に言って俺の武装
錬金じゃ、リバースは、殺せん)

 ならばなぜ彼は『落とし前をつけさせる』と気炎を上げるのか。それをどう成そうとしているのか……?

(奪うのは命じゃなく……『戦闘証明』)

 なんの破壊力もないペイント弾だが、1つだけ、たった1つだけ、彼が戦闘証明と呼ぶリバースの武威を壊滅的に破壊す
る方法が、ある。銃に詳しいものなら戦闘証明という言葉でおおよそ察しはつくだろう。門外漢でも『銃使い』の封じ方を
根気強くあげていけば1時間以内には必ず分かる、途轍もなく簡明な行為こそ、『戦闘証明の、毀損』。

(だが成立しうる期間はごくごく僅か。鐶たちがやろうとしている『勝ち筋』がダメだと判明したその直後だけ。3秒、いや、
1秒与えるだけで永劫奪われるまさしくの、『針穴に糸を通すような』か細い望み……!!)

 どうしてもそうなるのだ、リバースの武装錬金の『性質』を考えると。『勝ち筋』は性質(それ)に、『とある戦士の能力』を幾
つか使用する行為だ。戦闘証明を毀損する行為だ。泥木は勝ち筋がしくじった場合のリザーバーたらんとしている。勝ち筋
が目指していた事象を、別の方法で、ペイント弾で、『正しく承継』、しようと。

(そのためクリアすべき課題は多い……!)

 口径については復仇の一念、虹封じ破りのとき『大ぶりな弾丸』だったペイント弾FXはいま、弾倉の中で9mmパラベラム
のサイズへと変貌している。打ち出すべきペイント銃の方も然り。両者とも泥木の精神具現であるから、サイズの変更、決し
て荒唐無稽では、ない。

(相当至難な狙い撃ちだが──…)

 確率は倍。泥木はいま、二丁拳銃だった。ワルサーPPをわずかに大きくしたような形状の『青の、着色銃』。実弾装填の
銃との区別(カラーコード)に則った──メーカーや政府によっては『空砲の赤』こそペイント銃と決める場合もあるが──
青い銃のうち片方は言うまでもなく音羽の核鉄由来である。

(そして俺はスイッチヒッター。右も左も同精度! 利き腕でしか撃てねえってなると、ソレ怪我した場合即場に戦闘不能で
お払い箱だから念のためと修行しただけの結果だが……)

 短機関銃を二挺擁するリバースの戦闘証明を奪い去るには、格好だ。

(つっても『右も左も』低い水準で『同じ精度』なんだよなぁ…………。虹封じ破りんとき当てられたのだって、みんなのサポー
トがあらばこその話。純粋な銃の腕前じゃリバースのが遥か上)

 したがって、戦闘証明の総てを自分が奪い去れたら奇跡だと、泥木は強く思うのだ。

(気合入れて臨みはするけど、たぶん奪えるのは『半分』だけだろうな。それも『斗貴子先輩たちの暴走にかかわる方』では、
ない方。リバースほどの奴なら絶対警戒している。『戦闘証明の壊滅イコール特性の解除』だから、意識的にせよ、無意識的
にせよ、斗貴子先輩に特性をかけている方の戦闘証明については、突発事態発生時、優先して安全圏に逃す気構えができ
ているとみていい)

 そこをどうクリアするか……頭のいい泥木ですらとんと思いつかない。

(だってアイツにゃ『集中した一瞬』ってのがあるんだぜ? 何もかもが超スローに見える限局の動態視力なら、極論、俺の
ペイント弾が奴の戦闘証明に接触した瞬間からでも巻き返すコトは可能……! 発砲の、姿や音をどれだけうまく隠せた
としても、不意の銃撃にあっては『被弾』という感触で『撃たれた』と悟り、集中した一瞬へ突入するそんな反射神経の訓練は、
奴なら必ずやっている、やらぬ訳がない! ゲームでいう、”ポーズをかけて考える”……だからな)

 実戦でやれたら非常に大きい、戦士側でいう『白い法廷における話し合い』のような反則もいい技を磨かぬ訳、なかろう。

(だから俺の戦闘証明破壊が着弾した瞬間スタートボタンは必ず押される! そんで奴は世界ランカーのチェスプレイヤーが
ジュニアハイスクールの慰問でチュロスかじりつつやる早指し程度の思考時間でこちとらの目論見に気付く! そして凍りつ
いた時のなか大事な方の戦闘証明を、死守する! しなきゃ斗貴子先輩が、指揮系統が、復活する、からな……!!)

 逆にいえば”そこ”に付け込めば、どう避けても右か左どちらかが壊れる弾道やタイミングで発砲できれば、斗貴子を苛ん
で居ない方の戦闘証明は、壊せる。

(厄介な火力を半減できるのは魅力。正直いってコレがリバース無力化の決定的な一撃になるか否かわからんが、やれる
コトはすべき! なにもしなかったばかりのコッチどころかアジト急行組までもが奴に吹断されるのは……ヤだからな)

 ただまあ、勇猛やると、な……顔を彩る化粧(ペイント)が一部どろりと崩れる程度に汗かく泥木。

(震えちまうぜ。戦闘証明破壊のため発砲した俺は、うまくいこうが、いくまいが……死ぬからな。殺される……からな)

 そうだろう。『勝ち筋の余韻に乗じた、意外きわまる無力化』を仕掛けてきた相手を、どうして憤怒リバースが捨て置こう。

(奴は間違いなく……逆上する。戦闘証明の保全が終了(おわ)りしだいすぐさま俺へと発砲する。出来事は集中した一瞬
……止まった時間の中で無痛ガン並みした、巣ぅつつかれたクマンバチの群れもかくやの弾丸をブッ放されるんだ。非力な
俺に避ける術は……ない)

 問題はさらにある。戦闘証明破壊は武器破壊に属するものだが、しかしあくまで壊すのは核鉄、創造者の精神を枯渇せ
しめるものではない。『振り回す刀は砕くが、振り回す怒りは冷まさない』。ゆえにリバース、新たな核鉄を手にするだけで
立ち直れる。泥木を殺し、泥木の2つの核鉄を奪うだけで、戦線復帰……できるのだ。しかも実力上、いともたやすく。

 なら退却か?

 一瞬かれは葛藤した。せっかくの命がけの行為すら簡単に覆されるのなら、しない方がマシではないかと。
 退いて傍観者となり、親友の仇を撃てなかった傷を生涯かかえて生きるのも人間としてはアリだと。誰だってそういう無念
は抱えて生きているのだ、今さら自分ひとり多くその列に加わっても問題ないじゃないか、というか分限を弁えなにもしない
方が全体にとってプラスではないのかとさえ、成績優秀の者らしく検討した。リバースを止める英雄(だれか)に戦列の遥か
背後から声援を送っている、『有象無象の自分(ひとり)』すら浮かんだ。それこそが歩むべき、相応の未来だとも……考え
は、した。

 が。

 火の懐旧が、勝った。

(引き下がれと? 新生児室から連れ立っている843秒年上の幼馴染むごたらしくて殺されて……引き下がれと?)

 憤怒を源泉とする幹部が、その行為ゆえ湧き上がって煮えたぎる憤怒を敵としつつある現況、皮肉でなくてなんであろう。
 銀鱗病を龕灯にスキャンさせぬという最善手ゆえの殺しが、戦闘証明破壊を招くという『最悪手』に、なりつつあるのだ。

 だが感情だけで論理(ロジック)は覆せない。戦闘照明を破壊しても核鉄を奪われたら意味がないという命題を解決しな
い限り、襲撃はただの匹夫の勇で終わるだろう。

(問題ない)

 ペイント弾の色素でどろどろの顔は

(どうせ銃殺されんなら、ペイント銃2丁つまり核鉄2つ、自ら道連れに……壊してやる!)

 無言の哄笑にひとしきり波打つ。

(海王星の連射力は脅威だがそれゆえオーバーキルを止めづらいって弱点もまたある。俺の死を予測(かくご)していた俺
が核鉄再利用を防ぐため銃弾の嵐に自らの獲物を自ら放り込む光景に”しまった!”と思うころにゃ……手遅れさ)

 それが生涯最後の仕事と考えるは狂奔。されど、胆。
 ねじ折れた首の青年が頭をよぎるたび赤く熱する血潮の巡りが座学の書生の腹をば、括(くく)る。二度と斯様な犠牲を
出さぬため命にかえて戦闘証明は壊す、壊し、後に残る戦士たちへ残すのだ、勝利の糸口を残すのだ。

(問題があるとすりゃ『どう狙うか』、だな……!!)

 泥木が狙い撃ちたいリバースは、勝ち筋を破り、得意顔で、『相手』に銃口を向けるリバースだ。

(俺はそのとき『相手』の後方の、離れた場所に隠れていなきゃならない。他の位置はダメだ。正面だ。銃口が俺(こっち)の
方にも見えている座標じゃなきゃ、『戦闘証明』、壊せない)

 なお、遠くからの狙撃はできない。知ってのとおりペイント弾の射程は、短い。撃ち出すガス圧が総じて低いからだ。なぜ
低いかというと、打ち出すものが『相手に当てて、割らなければならない』ものだからだ。割るコト前提の脆弱な弾丸を、あま
り強い圧力で撃ち出すと……着弾前に破裂して、終わってしまう。だから泥木はなるべくリバースの近くに潜んでいなければ
ならないのだが──…

(勝ち筋がしくじったとき俺は”そんな絶好の場所”に居られるのか……? 因縁的にいやあ、勝ち筋破ったリバースがドヤ顔
で銃向ける『相手』は鐶の確率が高い。だからずっと鐶に張り付いてりゃいつか目当ての場面に出くわすんだろうが)

 実務上の、機動力の問題がそれを阻む。

(鳥型だからなあ、鐶……。リバースと交戦状態に陥ったが最後、高速でアッチャコッチャ飛び回るに決まってる。座学の徒
な俺の足じゃまず追いきれん。運よくついてける動きだったとしても、それはそれで俺の死亡率が高まる。追跡に熱中する
奴ってのぁ総じて周囲への警戒がお留守。つまり鐶の追跡に専念する俺はリバースかブレイクに見つかって殺される率が
高い、ってコトだ。死ぬのは覚悟済みだが何もできずの犬死は……避けたいぜ)

 狙撃の基本『待ち伏せる』をする方が安全といえるが、

(どうやるんだよソレ。そもそもどこで『勝ち筋』が起こるかなんて分からないんだぞ……? 厳密にいやあ『決められなかった』。
だってそうだろ、指揮を執る肝心の斗貴子先輩が暴走している今、厄介なリバースの特性がいよいよベールを脱いだ今、
遥か力量で勝る幹部たちの行動をコントロールするなど実質不可! 故に勝ち筋を”どこで”仕掛けるかはついぞ決定できな
かった!! 『隙を見て、随時』……作戦行動としては曖昧もいいところだが、味方までもが無作為に牙を剥いてくる苦しい実
情の中ではそうせざるを得なかった!!)

 座標の定めなき決戦場だ。しかも銀鱗病は実質ほぼ無作為……。推測のみで狙撃ポイントを割り出すのは、不可能という
ほかない。

(虹封じ破りんとき会場に戦士(おれ)らが集合できたのは写楽旋の予知あらばこそ……。いまはそれがない。財前が離脱
させたからな。なのに再び予知させるのは、恐らく最後の激突が発生するであろう鉄火場への、瞬間移動リスクを背負わせ
るのは、……絶対にダメだ! 写楽旋は財前の親友! 音羽のコトで本当は今すぐしばらく泣きじゃくりたい俺が、復讐し
たさに、同じ悲しみを、”他”にまで……ってのは、ねえよ、ゼッテー)

 予知は、させたくない。
 だがリバースの戦闘証明を奪うに適したポジションは──…
 予知なしでは、わからない。

(どうしたものか。移動じたいは……さっきよか楽だが…………)

 空を見る。霧杳によってリバースの自動人形が撃墜されるさまは泥木だって見ている。シズQを撃ち殺したあといつの間にやら
銃を本体へと返し、自身は空にのぼったあの自動人形が排除されたのは、泥木にとって非常にありがたい話だ。

(アレが健在のままだったら、『戦闘証明毀損』のため移動する俺の動きが必ずどっかで海王星にバレたからな……。軒下に
遮ってもらえる廃屋周辺はともかく、路地の横断時、ゼッテーばれてた…………)

 で、いざ大一番というとき『そういえばあの戦士が消えたのこの近辺、あれもしかして狙撃のために潜んでる?』と感づかれ、
乾坤一擲の銃撃を余裕で回避……といった最悪の未来がありえたのが、上空に自動人形ありしころ。

 だが今は、ない。
 忍者少女のお蔭で秘密裏に移動できるようになった泥木だが──…

(……。コレって、偶然なのか? それとも久那井先輩は俺の動きを、奇襲の目論見を、読んでいる……? いや。考えて
も仕方ない。いま重要なのはどうやって『勝ち筋』の現場を割り出s──…)

 ゴトリ。物音が思考を乱雑に引き裂いた。原因となった『人ならざる物体』はもう、当たり前のように目の前に居た。廃屋の
角を曲がって出てきた”それ”の方もどうやら泥木同様、不意に相手と出くわしたらしいと驚きの気配でそう知れた。

「なっ……!!」

 声を出せばリバースの特性に罹る……理解し、強く保っていたはずの沈黙すら泥木はたやすく打ち破った。それほどの
驚きだった。慌てて口を塞ぎ、『人ならざる物体』の、顔に、思う。

(なんでお前が!!?)

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(存在できなくなった筈のお前が……なぜだ! どうして!?)

 無回答でただ詰めてくる”お前”の鈍足な全速を避けようとした瞬間だった。
 突如の地響きが泥木の足を掬い上げ、右側へと突き飛ばしたのは。
「くっ」衝撃に敢えて逆らわず同方向へ2回転した泥木はすぐさま立ち上がるが。

 向こうはさほど踏まなかったらしい、たたらを。

『人ならざる物体』は掴んだ。真正面から、泥木の、右腕を。
 格闘家なら幾らでも挽回できる局面。だが泥木の専門は銃。ほどけない。ふりほどけない。
 身をよじる間にも『人ならざる物体』、残る右腕で構えつつある。『その装備』を構えつつある…………。

 能力をかけられたらどうなるか……身も弥立(よだ)つ予測に青ざめる泥木は同時に気付く。

(っ! そうか!! 久那井先輩がリバースの自動人形を壊した理由、それは!!)

(裏 切 る た め だ ! 俺らをッ!!)

 組みあがるパズルのピースに、ただただ熱風下の姓(かばね)の如く固まるほかなかったペイント弾使い。

 へと。

『人ならざる物体』は──…

『能力』をかけた。
『能力』の駒になれと、命じた。

 泥木奉。
 抵抗は、した。だがむなしくも隷下となる。ならざるを得なかった。

 動かされるコトを受け入れてしまった彼のその行為が巡り巡って奪う少女の命は──…

 1つでは、収まらない。
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第113話 「対『海王星』 其の伍 ──色達──」 その03

2019-09-14 01:09:36 | SS


 廃墟地帯をひときわ大きく揺らした地響きの震源は、操られる坂口照星操るバスターバロン。

 大股開いて山林のなかに尻餅をついた白金の巨人の前、「フ」、拳を振りぬいたばかりの青銅巨人のなか、声がする。

「そろそろ扱いにも……慣れてきた」

 手応えに微笑する総角主税に反応したとか見えぬタイミングだった。周囲の山林のはしばしから狼煙めいた細長い白煙
が噴き上がったのは。「一斉攻撃!!!」「あははっ! やっばー!」 サブコックピットからのけたたましい通信が鳴り響く
なか全天周モニターがワイプしたのは突撃姿勢で推進してくる量産型覇壊男爵でありその数


 実に11体。

 ただの11体ではない。身長57m、体重550トンの大巨人が、11体。師団だ。質的にはもはや恐るべき、師団。

バスターバロンレフトアームズオン
「破壊男爵左腕兵装解放!!」

 左腕を高々と挙げる操縦者への呼応はすかさず。青銅巨人はシールドを手にした。金属製の、目線の高さに横向きで
角は丸い細長い長方形の”のぞきガラス”をつけた極めて近代的なそれは。

ライオットシールド
「騒擾鎮圧盾の武装錬金! エポスグマル・シュロモー!」

 という名前であり、これに反射したあらゆる『光』は、照射したものを、盾形の電磁結界に一定時間捕らえるコトが出来る。
 持ち主の破壊男爵は地盤を割りつつなめらかにスピンした。スピンする間にもシールドは腕ごと忙しく上下左右に動いた。
動くたび”目がけて”飛んでいた量産型バスターバロンは、ひとつ、またひとつと電磁結界に囚われ──…

 飛翔速度を緩徐たるものにした。

 青銅巨人の左肩のサブコックピットで両腕を顎にやりほくそ笑んでいたのはサバゲー少女・殺陣師盥(タテシ・タライ)。ノー
スリーブのインナーと、中南米用の”柄”したゆったりとした迷彩ズボンという素っ気無い格好への趣味は髪にも伝染している
らしく、ショートボブは、畳めないナイフで無造作に毟り切ったのが理髪までの中間期間たるいま相応に蓬髪(ほうはつ)して
いるといった趣で、非常に非常に野戦的。ほどよく筋肉がついておりほどよくスタイルがいいが、ユルい雰囲気のせいで、軍人
というより恋も就職もそっちのけで毎週末非殺傷の戦争遊戯に興じている女子大生といった印象がある。露出度の高い肌の
あちらこちらから刀傷や銃痕、得体のしれぬケロイドといった古傷の数々が覗いていなければ、まず誰も戦士とは、気付け
ないだろう。トレードマークは頭、斜めったレッドベレー。

 言うまでもなくライオットシールドは彼女の武装錬金だが、なぜそれを浴びた男爵軍団、速度を落とした?

(ふっふー。殺陣師サンの特性は……『スロー』!! ライオットシールドの反射光を浴びたものは問答無用で、ゆっくりさ!)

 ただし効果時間は「1.3秒!」(※光速未満かつ1Gの標準状態にある空間の、『実時間』)。

(しかもスロー中に対象を『攻撃不能状態』に追い込めなかった場合、次に来る攻撃を創造主……つまり殺陣師サンが肩代
わりして受けなきゃいけないという制約つき! 肩代わり中はいかなる防御も不可! 必ずこの身で……受けなきゃいけない!)

 能力は、リスキーだ。身長57m体重550トンの機械巨人11体が揃って撃ち放っている最大必殺技へと使うには、あまりに
あまりにリスキーだ。

(ところが殺陣師サン、全然心配しとらん訳です。なぜかっつーとですなI)

バスターバロンライトアームズオン
「破壊男爵右腕兵装解放!!」

 颯爽と突き上がっていくキザ男の右腕と交互にオーバーラップする青銅巨人の同部位が閃電と薙ぎ払われた瞬間、そのさきの
空間で立ち往生していた巨人が何体か、砕片となって、爆発した。

                          ズライトハンド
「チェーソンーの武装錬金……ライダーマンの右手!」

 鈴木震洋という青年の外貌と経歴はさほど特筆に及ばない。この学生服の上で眼鏡をかけ頭髪を逆立てている銀成学
園生徒会書記が戦士でもないのにこんな一大決戦の場に借り出されたのは『もう1つの調整体の、廃棄版』なる妖しげな
物品と一時期とはいえ融合していたせいである。しかもそれは異世界の来訪者に埋め込まれた異世界の霊石と現在進
行形で奇妙な化学反応を起こしつつあり、要するに震洋はホムンクルス化よりもおぞましい『何か』への変貌真最中なの
だが、その辺りが、戦力になると、世界理不尽連盟会長たる火渡に見込まれてしまい、現在に至る。

(クソ。それさえなければ武装錬金、俺本来のものが発動してたろうに!!)

 別の歴史の後の後で発動する筈のものが発動できていないのは、ヴィクター化以上の肉体変質を遂げているせいでは
ないか。

 話は長くなったが、代わりに彼が手にした能力はかつて肉体を占有していた『悪霊』の忘れ形見であり、それはチェーンソー
から放たれる光輪でもあり、触れたものを165分割する超絶の火力でも、ある。

 突撃を敢行していた11体の量産型ほどいい面の皮であろう。彼らはコンコルドにも10馬身で勝てる最高速の突撃を、
ナマケモノの太極拳のビデオ判定よりも遅い速度に”させられた”あげく、鴨撃ちに、されたのだ。

「フ。合わさればこれほど強い。殺陣師の補助と鈴木の火力……」

(キザったらしいが……強いのは確か!!)
 震洋は瞠目していた。巨人の軍団が迫るなか訳もわからず総角の男爵の右肩に放り込まれたときは一体どうしたものか
と思っていたが、自分の能力がこうも有用に活用されると(むしろココって一番安全? ラッキー)とすら思う。

(しかも)

 立ち上がろうとしていた照星のバスターバロンの右足首が爆ぜた。

「なにも全部破壊する必要はないさ」

 爆光に炙られ、猩々緋を鍍(メッキ)された大いなる機体の頭部の、まさに眼前に浮かんでいる影は蝶をユルリ、札のごとく
周囲に、くつろげる。

「それだけの巨体なんだ。ちょっと足首をこうやって攻撃するだけで」

 列なす細かな蝶たちが、爆破で開いた足首の穴へとまるで帰宅するよう吸い込まれた次の瞬間、いくつもの火球が巨人の足
で花開き……外装類を弾き飛ばした。

「ハイ、おしまい」

 駆動系めいたギアも制御めいたコードも、ゆがんだり黒ずんだりしながら共に炎に包まれぱらぱらと散った。煙をあげ、ス
パークを立てる破壊男爵の右足首を人間のケガでいうなら、『骨が見えるほど深く喰いぎられている。アキレス腱まで、喰い
ちぎられている』。

「550トン……だったかな? デカすぎるのも考えものさ」

 毒々しい蝶の覆面の下で、歪んだ瞑目微笑を浮かべる青年は震洋にとって一応だがかつての同僚。

(パピヨン! 小回りの効くアイツが要所要所で掻きまわしてくれる! ちょうどさっきの幹部らの役割だ、戦車に対する歩兵!)

 照星のバスターバロンが腕や首といった関節部から非定常な炎や電気がみすぼらしく発生しているのは折にふれニアデス
ハピネスが介者の介入をしてきたせいだ。そのときそのときの最も効果的な反撃またはその補助に必要な部位を、パピヨ
ンはその悪魔ともいえる頭脳で見極め、愛蝶を放ち、ものの役に立たなくした。

(完成版『もう1つの調整体』を奪った土星がいま坂口照星を操っているのはとっくに聞いていて、ああだからここまで粘着して
んだなアイツ性格ホント暗いよなと思うけど……そこが利害の一致! 協定こそ交してないが共同戦線、成り立っている!!)

 戦士らは、照星の後ろから土星を、パピヨンは、土星の前から照星を、それぞれ共に排除したい。解放と報復、目指す先
は氷炭の如きだが、両名同伴していては不都合という点はまったく同じ。もちろんパピヨンが照星の身命に配慮する理由
は本来ならないが、もろとも殺すとなると戦士側が邪魔しにくるのは自明の理、よってバスターバロンの方の無力化を決め
たとみえる。

 白銀の男爵は、背中で瞬いたシアンの光で一瞬わずかに浮かび上がり……落下し、土煙を八方に散らした。

 ムダさ。蝶の冷笑が刺さる。

「後背推進部なら戦士どもへの突撃した時とっくにオジャン。あの金髪の男のまがいものに殴られたのもそのせいさ。万全
ならばあの程度の一撃……受ける筈もない」
(フ。なかなかかなり頑張ったつもりだが、な)

 さあ、そろそろ決めたらどうだ。憎念の三角に尖った眼差しで、口角吊り上げいやらしく笑うパピヨン。

「生身で来るかさもなくば本気で来るか! 貴様に許されるは最早この二択のみ!!」
(っ! 本気じゃなかったいうのかよ! アレで!?!)
 震洋の見てきた巨大魔人同士の対決は、銀成学園の決戦など足元に及ばぬラグナロクの様相だった。
「細菌型にも関わらず研究室(あのとき)のように散布していない時点で手抜きは明白!! むろん幾ばくかは大戦士長と
やらの支配に消費しているのだろうが……原理上地球総ての細菌が己が身と嘯(うそぶ)く貴様がたかが1人の支配で
使い尽くそう筈もない!」

 ズズ……。本家バスターバロンのコックピットに佇む漆黒の人影から不穏が這い出る。

「ち・な・み・に。一度降した相手だからとこの俺を舐めこの俺を見縊っているのなら生憎それは大間違い」
(ーーーーーーーーーーーーーーーーーーz________________ッッ!!!)

 震洋の鼓膜を右から左に、脳髄すら旋条しつつ貫いた刺激は文章では起こせぬものだ。メガネのレンズにまでヒビを入れ
たのは、絶望的にただ高くただ大きい音圧と音量としかいいようがない。青銅巨人のなか唯一耳を守れず、唯一うつ伏せ
に倒れこみピクピクと悶絶する哀れな乗組員の人生から聴力を9秒間とりあげたこの原因、いったい何だったか。

 トランプの束を扇形にでもくつろげるようパピヨンが両手を開いた瞬間、破壊男爵の各部で花が光りそして散った。高層
マンションの給水タンクほど大輪なる花弁なき一体成型は食酸植物、赤茶けた爆轟の奔流と化し燃えてはじける。それが
震洋の災難直前の事象だった。やや離れた廃屋地帯の面々ですら、眼前への落雷を本気で疑う──なにしろ天候少女
が居るのだ──疑うほどに爆発音が極限まで膨れ上がっていたのは、秒間に6発もの大爆発が惹起されていたが故だ。
同時、といっていい。バスターバロンの左上膊部中央、右下膊部肘付近、両膝、左足首ならびに踵で同時多発した蝶は、
偉容で以ってなる戦団の守護神をますます冒涜しますますスクラップへ近づけた。

「相性悪いんだよ。土星(貴様)と違って実体があるなら爆破は容易い。そしてそれは相手がデカければデカいほど好都合。
要するにそっちは詰んでいた。俺が来てなおデカい的を野ざらしにしていた時点で勝負はとっくに決まっていた」

 破片のスケールは、ひどい。ひしゃげた鉄板は100人議会の円卓をも悠然と覆えるサイズだ。それに勝るとも劣らぬ表面
積のものだけでも軽く70は超えており、あるものは2m越えの外人力士ですら手を回しきれないほど野太い木42本からなる
林を、新学期の教室へ上洛予定の割り箸製ログハウスが、太り肉(じし)の母親に間違って腰掛けられた時のように、あっ
けなくあっけなく、斜め上から、敷きつぶし、薙ぎ倒した。またあるものは4対3で威嚇しあっていたイノシシの群れ全部を
ハエのような気軽さでプチュリとやり、またあるものは山頂近くの山肌へと倒木こしらえつつほぼ垂直に突き立ったが、すぐ
さまバランスを崩し、滑落。麓まで辷(すべ)りきった時、その後ろには、巨人の粗雑な鉋でもかけられたように剥けた轍が
あり、道中さかのぼると、折り重なる無数の木々と、それから目玉や脳みそを撒き散らしているリスや野ウサギ、得体の知
れぬ爬虫類といった死骸のさまざまがマダラに点在するのが見てとれた。

(なんつー火力だよ…………)

 うめく震洋は爆破10秒後の震洋。
 総角の叱咤で、痛む鼓膜にほぼほぼ泣きそうになりながら辛うじて立ち上がって最初に見たモニターの中で繰り広げられ
ていた光景は、超巨大の輸送機でも撃墜されたようなありさま、L・X・Eの手練れの誰であってもその武装錬金では到底ふ
せぎきれそうにない巨大破片の数々が、一般的な祖父母宅の裏口の曇りガラスに玄翁(げんのう)を呉れてやった程度の
軽やかさで舞い飛んで舞い飛んで、山林やら、動物やらに、半端ない被害を撒いている。しかもそれはどうやらパピヨンの
威嚇射撃の、あくまでコラテラルダメージにすぎないらしいと震洋は気付き、身震いした。

(さすがDrバタフライの末裔)

 蝶を侍らし不敵にほころぶ青年にはまだまだ余裕があるようだった。恐るべき回復……とまで震洋が思えたかどうか。
いずれにせよ土星に敗戦し払底した体力と火薬を、それからわずか数時間で、完全回復してのけたパピヨン、やはり尋常
ならざる男といわざるを得ない。それもひとえに武藤カズキへの執心ゆえ。彼を救うために必要な白い核鉄の原料たる、
『もう1つの調整体』を土星から取り戻したい一心そのひとつだけで、彼は、普通では考えられない充填を達したのだ。

 パピヨンは、思う。

(要領など心得てるさ。この夏に、ね……)

 対戦部厳至の終盤編み出した強制回復をより高い領域へと昇華していなければウソだろう。向上を求めてやまぬ蝶人
として、ウソだろう。

「で、どうしますかパピヨンどの」

 慇懃を極めた声が青銅巨人から流れる。

「このまま押し切って勝つコトも、フ。可能といえば可能、ですが?」

 冗談。黒死の青年は鼻で笑う。

「勝利とは相手の手の内総て叩き潰すコト。一度負けてるなら尚更さ。まして土星(コイツ)は病……。俺をさんざ苛んでくれ
た物のいわば体現。真向引きずりだし真向斃さねば克服したとは到底いえない。武藤カズキと決着をつけるに相応しき
蝶・サイコーの俺になれたと到底いえない」
「フ。そういうと思ってましたよ」
「いやなに納得してるんだお前ら!!」 震洋は声を張り上げた。パピヨンにもだが、どうも彼の答えを予期していたらしい
総角に対しても張り上げた。
「倒せるうちに倒しておくのがセオリー!! 舐めてると逆襲されて痛い目みるぞ!! 特にパピヨン! 免疫力のない
お前にとって細菌型はまったくどうしようもない天敵!! 一度惨敗したらしいのになんでそう、平気でいられる!!」
「対策ならあるさ、鈴木震洋」
(な!? どうして俺の名を……!)
 普通パピヨンのような男なら「誰だお前は」といいそうなものなのに……。唖然とする青年に、「ンー。木っ端といえど覚えら
れるこの記憶力、流石」うっとりとする蝶。
(く! ただの能力アピかよ!)
(……フ。素直ではないな)
 総角がなぜ笑うかは、『名前』というパピヨンの根幹を考えれば分かるコト……。
「た! 対策ってなんだよ!?」 敵の前でバラす道理もないが今日は特別、ヒント。ハートマークをつけた蝶々覆面、コメ
カミを指差す。
「選択肢なんてのは自ら作り出していくものさ。確かに免疫力は依然として備わらんが、そんなものちょっと考えるだけで存
外簡単に補える」
(だからそれは、どうやってだよ!? 何をどうやれば免疫力ゼロが病原菌の塊を──…)
 凌げるんだ。思考の深みに入りかけた震洋だが「あ」。型に嵌りさえすれば名だたる戦士ですら続々と無力化できる頭脳
ゆえ、気付く。
(そうか! だがなんて無茶だ! 致命傷を重傷に抑える程度じゃないか!)
「むろんそれは時間稼ぎ……。土星の真に厄介な点は真に攻略すべき箇所はあくまで武装錬金。民間軍事会社という『組織』
それ自体をどうにかしない限り、どれほど爆破しようが任官の類で新たなる土星が来る、遣わされる」
(ならそれは……ってのは聞くだけ無駄だな、性格的にも戦略的にも喋らないのがパピヨン……!)
 ただ、確信だけはあるのは見て取れた。
(フ)
 総角も、気付いた。
(恐らく……『ニ撃』だ。形状から考えるに、『ニ撃』で瓦解する性質があると見た。もっとも問題は、どうやればそれだと認識
させられるか……だな。パピヨンどのも見当はついていない。だから『時間稼ぎ』。土星が、なにを『あがない』とみなしている
か探るまでの、時間稼ぎ)

 緑がかってすら見える黄土色の煙を随所から上げて沈黙する巨人の前で、蝶は語る。更に語る。

「いずれにせよそのデカブツの強さは、坂口照星とかいう扱い方を熟知した男が操っていたればこそ……。並みの連中なら
それでも脅威だろうが生憎この俺パピヨンには前座ほどの価値もない」
(あはは大口。総角の介のバスターバロン無しじゃもっと苦労したろうにー)

(…………)
 本家のバスターバロンのコックピットの奥で、貴族風の長い前髪を持つ男……『土星』・リヴォルハイン=ピエムエスシーズ
は軽く俯く。表情はそれと髪の影に覆われ、見えない。

 会話の間にも総角の男爵に飛び掛る量産型が5~6体いたが、総て瞬殺され塵へと返った。

「恃みにした数も、いまやこの有り様。んー? 返事がないね? モニターでも故障したか? 見えてないのか? それとも──…」

「見たくないのか?」

 歯茎も剥き出しに听(わら)う翅(はね)ある化生であった。

(…………押し切れる、のか……!?!)
 震洋は祈るよう思った。
 敵メインターゲットはもう、歩行と航行が不能。当初覆滅が困難に思われた量産型バスターバロンの群れも、彼と殺陣師
のコンボならびに総角の複製した24体の青銅巨人によってだいぶその数を減らしている。
(あとはパピヨンを支援してけば、少なくても僕はもうすぐこの戦場を離れられる! 要は土星が殺されるか、この場からいな
くなれば、坂口照星の救出作戦はそこで終了。もちろん対マレフィックの戦闘は継続するだろうけど)
 震洋は、”切り換え”のドサクサに紛れて逃亡するつもりだ。L・X・Eでは細や太といった下級構成員にすら「ホムンクルスだから」
と怯えていた青年だ。そのL・X・Eが頂点とするヴィクターよりやや下か互角なのがレティクルエレメンツの幹部たち。誰がコトを
構えよう。
(けしかけられたら絶対死ぬ! 殺される! だからパピヨンを支援する! 火渡戦士長がいまどこに居るか分からないけど、いま
ここに居ないのは事実! だから支援だ! 来たり戻ったりしてくる前にパピヨンに加勢して土星どうにかして坂口照星どうにかして
……逃げる! 逃げるぞぉ!!)
 何しろ元信奉者だ。いや、桜花秋水のように戦士側の誰かに感銘を受け改心した訳ではないから、今でも信奉者かも知れない。
それが火渡に力尽くで連れてこられた”だけ”ならば、むしろ世のため戦団のため命捨てますといい始める方がおかしい。

『ク、クク』。膠着したかに見える戦場を激しく揺り動かし始めたのは些細な笑い声、だった。
『ハハハ!! ハハハ。ハーハッハッハ!!!』
 座り込む白銀の巨体から響くどよめくきに(声。相変わらず混じっている。土星と、坂口照星の……!)震洋はぬぐえぬ不
気味を感じる。
「随分と余裕じゃないか」。嘲るような突き刺すようなパピヨンの声音へのリヴォルハインの反応、早かった。
『余裕?』 一瞬ぴとりと卜書きの時系列に止まった笑み含みの声は『そう取られたのなら、失礼をした』。明るさを保ったまま
粛然と引き締まった。
『余裕ではなく賞賛だったのだがな、蝶の青年。質量と攻撃力で遥か劣る武装錬金で戦団最大の自動人形をここまで押し
留めた貴兄らの奮励、乃公(だいこう)まずは深く敬意を示そう』
 心からしてやられたとばかり言ってみせる土星にしかし震洋はいい知れぬ不安を感じ始めていた。
(負けたというなら降伏、なぜしない……?)
 ある疑惑、ある定型に対する恐怖を募らせていく間にも土星は喋る。
『『バスターバロンの強さは坂口照星の理性あってのコト』……確かにそうであろう。認めよう。いかに巨体とはいえ基本攻
撃はあくまで肉弾戦……火渡赤馬すら叩きのめしてみせる坂口照星の気魄あったればこそバスターバロンの恐ろしさは
とくと発揮されるのだろう。同時に、巨(おお)きすぎるが故のリスクマネジメント能力も、戦団という大組織を率いる大戦士
長でなければ持ちえぬと乃公いたく痛感した。身長57mゆえ生じる『物理的隙間』は、ニアデスハピネスのような細かい武
装錬金にしてみれば格好のエサもいいところ……なのであるが、乃公そこをすっかり失念していた。元が細菌型ゆえマク
ロな視覚を失陥していた。このままいけば敗北するのは……乃公であろう』
 でわ白旗! トカゲのような笑みを震洋が浮かべる中、土星は劣勢にあるまじきカラっとした声音を立てた。
『暖機では、な』
「「!!」」
 パピヨンと総角がその瞬間、なにを電撃的に感得したのか震洋には分からなかった。ただ彼はコックピットからブザーを
伴い流れてきた「相当揺れるぞ! 掴まってろ!」という、美丈夫らしからぬ、切羽詰ったいがらっぽい緊急通信に思わず
従うので精一杯だった。
 ひどい揺れと、溶ける景色。幾つかの爆発音のうちひとつだけが耳を覆いたくなるほど絶大だった。サブコックピットの配線
やら計器やらでゴテゴテした壁を横に這う3本の配管のうち下2つを、チェーンソーを慌しく取り落としたばかりの右腕と左腕
で必死に掴んだ震洋が、急に生じた謎の遠心力に吹き飛ばされそうになった拍子に首をねじ向けたモニターの中では、ぐ
ろんぐろんと、森や、地面らしき景観が、濡れ筆でなぞられた水彩画のように崩れつつ目まぐるしく、変わっていた。天地は
右に傾ぎ左に傾ぎ、そのたび先ほど床に強く叩きつけられたチェーンソーが、右下に左下につるつると滑っていくのを、震洋
はあるときは直視し、あるときは音で聞いた。視点を一点に保つコトさえ困難な揺れだった。それほどの機動を総角のバス
ターバロンは描いているようだった。そうこうしている間にも、金属音と風切り音の入り混じった凄まじい旋律が、震洋の足元
から激動を伴い絶え間なく送り込まれた。やがて165分割の根源がとうとう床から天井へと落ちたとき、揺れは立体的な旋
転をも孕み始めた。

 長く思えたが実時間では30秒に満たぬ天変。

 床のチェーンソーの水平で、乗り組む機体の安定を知った震洋が、大時化のあとの船乗りでもなければ染まらぬ甕覗き
色の面頬でへたり込みつつ、モニターという、なんでもない装置へと、おそるおそる視線を移し始めたのは、異変前ふたつ
ほど積もっていた不安ゆえだ。
 三択は悲観。『何か』だ。起きたか、起きている最中か、起き始めているのか。『起きてないんじゃないのー。あはは』。
あれだけの揺れを経てなお馬鹿げた感想と能天気な笑いを通信してくる左肩の殺陣師はアホだと思ったが、アホが正しい
現状ならアホになってもいいと祈るよう思いつつ、ようやくモニターへと視線、辿り着いたが……。

「な、なんだよ……アレは…………!?」

 息を呑んだ。まず目に飛び込んできたのは、完全大破を遂げている坂口照星のバスターバロンだった。何を持って大破
とするかは各国の各軍によってまちまちだが、巨大ロボットが、千切れた四肢をあちこちに撒き散らし、胴体部分の98%
を風穴にし、半分吹き飛んだ頭部の辛うじて無事な右目から、いかにも機械的なカメラを覗かせている状態は、誰がどう見
ても大破だろう。大破としかいえなかった。
 が、大破ではない。少なくても震洋に「なんだアレは」といわしめたのは、大破という現象それじたいでは、ない。

 浮かんでいたのだ。

 無貌の、中巨人が。

「潜水服……?」

 震洋の咄嗟の形容だが、あながち的外れではない。破壊男爵とは対照的な、白く丸くごわごわした全体像の中で、”そいつ”
は口元にチューブを接続していた。
 ただ潜水服と決定的に違う部分がひとつだけあり、それはサイズだ。顔面だけでも一般的な成人男性の身長とほぼ同等
な潜水服など、まずない。
 身長およそ10m前後。肩、肘、膝がこんもりと丸く盛り上がっているのが嫌でも目を引く宇宙的フォルム! 手首や足首の
裾はドーナツ状で特に前者は頑強そうなながら軽量化の筋彫りを施された腕輪とでもいうべき形状。背中にはミサイル型の
ボンベが2つ。チューブの行く手は腹部にある何やら四角いパーツ。そこから口元へのチューブへ。
 頭部は丸いヘルメットで、それは弧の仕切りによって左右へと分かれている。覗き窓、だろうか。左右ともに横2つ×縦4つ
の、バスケットボールを二回りほど大きくしたぐらいの、透明な樹脂が、それよりもやや大きめのリングのビス止めによって
嵌め込まれており、夕陽をきらきら、跳ねていた。
 腰の裾は蛇腹。これは肩も同様である。

『気に召して、頂けたかな?』
 リヴォルハインの声が”そいつ”から響いた瞬間、震洋は己が、L・X・Eの学園襲撃計画なぞ足元に及ばぬ地獄の渦中に
追いやられているのを改めて痛感した。
(間違いない。あれはバスターバロンの変貌したもの! 大破と見えた機体は恐らくただの、抜け殻…………!)
「不快だね。発動前に潰されれば良かったものを……」
 モニターに入ってきたパピヨンの姿がクローズアップされる。軽傷だが、右コメカミや左大腿部に焦げあとがある。(爆発音
はどうやらパピヨンの仕業か。『潜水服』を察知し破壊しようとしたが……反撃された)。
「ニアデスハピネスが捉え切れぬのも道理。……フ。あいつ、速いぞ、相当…………!」
 メインコックピットからのワイプがモニターに乗る。なんだか久しぶりに見たような気のする総角の顔は、明らかに軽くや
つれている。汗すら綺麗な顔に遠慮なくまぶしている。
「さっきの揺れ……あいつの攻撃による『何か』……か?」。問うと、「場合によってはチェーンソーごと右肩(そこ)より下を
パージするから、気をつけろ」。「……?」。よく分からぬというカオの震洋に、「フ。悪い、俺の都合だけだった、お前らの認
識が追いついていないのを加味しなかった」。総角はやや震えの混じった低い声を捧げてきた。
「8ヶ所だ。右肘周囲だけでも、把握できているだけでも8ヶ所、潜水服は一瞬で切り裂いた。この俺がチェーンソーとはいえ
剣腕で抵抗したのに、総て事もなげに避けた。で、こちらに負わせた。中破またはそれに準じる傷を…………8ヶ所」
「なっ……!」
 刀一本握る方が無数の武装錬金を使うより強いという総角の豪語は震洋もまたどこかで聞かされていたらしい。
「しかもヤツは”なでる程度”だ。パピヨンを相手取る片手間で……とりあえずといった、様子で……」
「でもあのカッコなんだろね」。新たなワイプは殺陣師盥。
「なにって……バスターバロンの何かこう、隠し手か何かじゃないのか?」
「フ。鐶ならいうかもな。『普段は格納されているが、イザというときは飛び出して戦うコアユニット的な何か』……と」
「いやいやないからゼッタイないから」。のっほんとした短髪少女は両目も線に片手を振る。
「バスターバロンにあんな機能ないよ~。ないから。ホントマジで」
「?? なんで断言できるんだ? 部下にも明かしてこなかった能力って推測だってできるんじゃないか?」
「エ!? あ、いや、えと、ホラ! 両肩の武装錬金複製特性が大概反則だし、ないんじゃないかっていう、はは、私見?
悪いね震洋の介、殺陣師サンは私見を強くいいすぎたのでしたー!!」
 あせあせと頬を染めて必死に弁明する殺陣師に「…………?」 総角は何かひっかかるものを考えたが……ぴりっと
した感覚が脳髄を通り過ぎた瞬間、何を気にしていたのかわからなくなった。……。その刺激とその忘却は犬飼を追撃中
のころのイオイソゴも体感したものだが、さしもの総角ですら知る由がない。知る由をゆるされては、いなかった。
『進化だ』
 発された言葉に一同は潜水服を見た。
『貴兄らは存じているか? 生殖器とはウィルスによって促された進化であるという説を。真偽はさだかならぬが、細菌型
といいつつその実ウィルスなる乃公は、我が武装錬金に感染させた『社員』の姿を必要に応じ自在に変貌させるコトが
できる』
「フ。そういえば居たっけな。栴檀ども追っかけてくれたゾンビ連中」
 あれはお前が、か。「正解だ」。しかして可能はあれのみにあらず。土星の声は弾んでいく。
「武装錬金もだ。わが民間軍事会社は社員の武装錬金をも進化させる!」
「つまり……」。震洋の声は震えた。「その『潜水服』はお前が独自に進化させたバスターバロン……!!」
『御名答!!』
 銀成学園生徒会書記がヒっと息を呑んだのは開眼を目撃したが故だ。潜水服の顔面にある8つの覗き窓の中でいっせい
に、見開いたのだ、おどろおどろしい生物の眼球が。純白の白眼。橙の瞳孔。スリットは昼間のネコまたは爬虫類。それま
で見えていなかったのは覗き窓の中で瞬膜にでも覆われていたせいか。霽(は)れた闇を、描画される外界を、しかし特に
喜ぶ様子もなく無機質にギョロギョロとめいめい勝手な方角に見渡していた8つの瞳は、一瞬ピクリと停止し……揃えた。
総角の青銅巨人へと視線を、揃えた。
『暖機は終えたぞ』
 笑みを含んだ声はカラリとしており悪意はない。むしろ聞くものを甘い霞に包む貴族的な響きさえある。なのに同時に極
めて獰猛な衝動をも孕んでおり震洋は震え上がった。髪先から爪先までの何もかもが縮み上がった。
『先の戦いは所詮暖機……。かの男爵の何が乃公の得手であり何が不得手か見極めるためのいわば試運転』
「フ。要するに情報集めか。己に適した『進化』を行うための」
『皮肉抜きに感謝を述べよう。貴兄らの迅速なる洗い出しに』
 語る潜水服の背後から音も無く忍び寄っていた無数の蝶が零距離で爆発した。
「不意打ち!? このタイミングで!」
「やるねパピヨンの介。まっ、確かに相手のおしゃべりなんて隙だよね」
「……だが」
 乾いた総角の声が響き切る前に、潜水服は、散る煙と落ちる滓(かす)の向こうで無傷を示す。
『坂口照星、には』
 異形の中巨人が背後から、畳みつつ小脇へと降ろしたのは……傘、であった。
『徒手空拳では及ばぬから、武器を持つ』
(盾、とはね……。広げた傘程度のものに捌かれるとはやれやれだ)
 ニアデスハピネスの奇襲を防がれたパピヨンは、しかしだいたい予期していたらしくさほど失意の色もないが。
 不意なる感応が額に走り、さっと驚く。
「……!?」
 迫り来る気配を察した彼だが総てを見るのは叶わなかった。三方から殺到していた人間サイズの謎の影はここからしば
らくパピヨンと男爵を分断する。

『坂口照星、には』
 退廃的な光輪をつま先で鼓(こ)した潜水服の姿はその場でかき消え……入れ替わりで、結んだ。青銅巨人の背後で像を。
『リスクマネジメントでは及ばぬから、小さくなる』
 振り返った総角のバスターバロンの振り下ろしたチェーンソーは、敵機の倍はある雄渾たる得物だった。なのに……ちっぽ
けな潜水服の、ちっぽけな傘と、まるで同サイズの日本刀かの如くガッキと組み合い……迫(せ)り始める。
(か、刀としても使えるのか……!)
 拡大映像で、ドレープが金属化している傘を見た震洋は言葉を失くす。同時に起こった蠢動は、青銅の巨人が、足摺で、
後退しゆくのを示していた。
「力負け!!? 550トンが!?」 殺陣師の喉は笛だった。
「…………フ」
 巨人のマントが跳ね上がる。背部ランドセルの噴射の証だ。ヒドラジンのヒドラの舐めつくす炎はとうとう地上にすら接触。
熱波を交えた濛々の砂塵が吹き荒れた。大型ロケット打ち上げ現場もかくやの黄土色の煙幕が、海岸に打ち上げられた
入道雲のベビーラッシュのように交じり合ってモクモク蠢く。
 それだけの推力を総角の巨人は得ていた。
 得ていたにも関わらず、押し切れない。
 子供どころかペットぐらいの小さな潜水服との鬩ぎ合いに、ミリ進んではメートルで退くという信じがたい光景を演じた。
 潜水服は背中から放っている。アナログ放送の砂嵐のような退廃的な粒しかない光輪を、1つ2つと次々に。推力だった。
(だが馬鹿め! 忘れたかライダーマンズライトハンド!)
 震洋の歓喜を代弁するように『接触したものを165分割する』特性(ひかり)が鎖の刃から傘へと伝わる。
(迂闊な斬り結びが運の尽きだ!! 死ねッ!!)
 甲高い、決定的な金属音が潜水服から響いたが、それだけだった。
「…………やはり、か」
 あからさまな落胆を孕んだ総角の声ながれるモニターに映る敵影はまったくの無傷。生じた変化といえば表面装甲総て
が濡れ光る銀色になった程度。たまぎる震洋。
(ば! 馬鹿な! 165分割が当たったのに一体どうして!!)
「真・無敵手甲……」
「え!?」
 ねっとりとした水飴のような銀色が潜水服の表面で波打つ。
「全身に施す金属塗料。施したが最後、打撃斬撃銃撃総て総て弾くアレだよ」。伝説上のものだとばかり思っていたけど……。
殺陣師盥は実にうめいた。「まさか使えるヤツが居たなんて」。
『しかもこちらは任意でのオンオフ可能……本家の弱点、時間経過硬直はないと思って頂こう……!!』

 元の色への兆候(グラデ)を垣間見せつつ解像度を下げる潜水服。同時に襲う。ひどい揺れが、サブコクピットごと震洋を
。機体のどこかに何かが衝突し、しかも突き抜けた類のものだった。

『武器はまだある』

 しばらくあちこちの虚空を切り換えの砂嵐コミでザッピングしていたモニターが、ようやく捉えた敵は背中をカメラに見せて
いた。相変わらず浮遊している照星のバスターバロンは、下向きにした両手を”こより”のようにねじ合わせている。しゃが
み込んでもいた。足場は、円錐だった。遥か下の地上に切先を向け浮遊する円錐だった。イボながらに鋭さを持つ異様の
起伏をまぶした、ドリルとしかいいようのない、円錐だった

「あれで突撃した……。ヒーローの飛び蹴りの、ように…………」

 殺陣師が唖然としたのもむべなるかな。

 青銅巨人は、みぞおちを、およそ直径6mに亘(わた)り、盛大に! 抉られていた。缶切りでもかけられたような、花弁状
にひしゃげた鉄板から覗く虚無の穴を青白い稲光が絶え間なく彩っている。

 損壊の状況はワイプによって震洋にも伝わった。グリーンバックに白い線で示された機体の簡略図の中、大打撃を示す
真紅の分布が予想より遥か悪く広がっているのを見た震洋はもはや機体(ここ)が先ほど信じたような安全圏で無くなって
いるコトを痛感し……戦慄した。分布に伸びる幾つもの引き出し線の先ではエラーメッセージのポップが、幾重にも重なりな
がらめいめい恐慌とも解釈しうる間隔で点滅を繰り返しているが……読む気には到底なれなかった。いよいよ夕方の食事
すらままならなくなった多重債務者とはもはや督促状ひとつ熟読できぬ。心境としてはそれだった。督促状は束だった。
(これが進化……! 土星の武装錬金のもたらした進化……! 幾らなんでも無体すぎる! しかもこれはあくまで……
鹵獲兵器への気まぐれに過ぎない!! バスターバロンを捕まえたからちょっと強化してみよう……程度の意味合い!!)
 土星が本気で、自分本来の専用兵器を強化したら? 先ほどの混線のさなか垣間見た、リバースや、ブレイクの、おぞま
しい武装錬金をも進化可能だったら……? 震洋は次から次に溢れてくる悪い想像に、まさしく『ひどい病を催した』ように
筋肉の内側の裡から震え上がり歯を鳴らした。
「……フ」
 総角もまた冷や汗をまぶしたが的確の判断力はいまだ健在。愛機に突き出させしはライオットシールド。反射を浴びせれ
ば敵は速度をそぎ落とされる。
(そ! そうだ停止を選ぶからだ! 素早いって長所を自ら潰すからだ!!)
 震洋が思うなか、盾から放たれた光は──…

 何もない空間を擦過した。

『武器は、まだある』

 この回避は超速ではない。やや特殊、強いて類型を求めるなら『棒高飛び』に近かった。青銅巨人の構えている盾の後ろ
の手首の部分に屶(なた)というべき野性味溢れる長大な刃物を刺すや、それを支点に足首で天空を蹴るよう垂直方向に
翻りつつ『スローの光』を避けたのだ。
 そして屶を握っていたのは潜水服の腕ではなく……補助機関。震洋が鳥渡(ちょっと)目を離した隙に出現していた蒸気機
関そのものなバックパックから右肩後方へ伸びる3本の機巧肢のうち1つこそ棒高跳びの主犯だった。
 逆さに浮かぶ潜水服の前方で激しい明滅が起こったのと、総角が無数の光輪をチェーンソーから飛ばしたのは同時。「ガト
リングガンぶっぱされたから165分割で迎撃」とは少しあと殺陣師から来た通信。発生当時の震洋は何が起きているかサッ
パリだった。
 相殺が確定する前にもう潜水服、800mは後方に翔(と)んでいる。(相変わらず……クソ速え……!!)。動態視力乏しき
と己を卑下する震洋には瞬間移動としか思えぬ速度。

『武器は……まだある』

 正面からの遠目でも尋常ならざる大筒と分かるのは、幕末三大兵器のひとつ、アームストロング砲。潜水服は砲身の側
面に左手を添えている。

(もっとも痛烈な火力……!!)

 ロックオンを示すアラートがけたたましく響く中、しかし動かぬ男爵を震洋はもう半分パニック状態でなじりたくなった。いや
現に総角には緊急通信でただ一言「よけろ!」と怒鳴りつけかけてはいた。
 遮った、行為は。
「フ。……満載しすぎだろ、たいがい」
 己を棚に上げる総角による、巨人の生首の、メインカメラの、ゆるやかなる回転。
「縛殺細鋼糸(ばくさつさいこうし)。撃ち抜く準備は万端、か…………!」
 震洋は見た。モニターで見た。夕映えを鋭く反射する無数の線分が、青銅巨人の周囲に張り巡っているのを。ただ包囲して
いるのではない。拘束だ。野太い手足のそちこちに絡みついた鋼線は総てその両端を”重し”に強く硬く結わえ付けている。
重しとは音もなくヌっと周囲に現れた機械巨人ども。握りこんだ拳の四指にグルグルと十重二十重に巻きついて長方形を
綾なす糸は凧のコントローラーと少し似ている。
 むろん無抵抗の総角ではない。振りほどこうという意思はそのまま四肢へと伝わりパワフルな駆動を描いているが、達し
てなお緩みも千切れもせぬ細鋼糸であった。握っている連中も悪い。550トンの文鎮が更に拳の手の内へと巻き込んでいる
のだ、犬がチャチな杭ごとリードを引っこ抜くのとは訳が違う。
(だ、脱出不可能……!? アームストロング砲に狙われてるって時に……!!)
『だが期しているぞ? 砲撃もろとも避ける貴兄らの見事を…………!』
 強制通信介入の土星に震洋が生唾を呑むなか、8つの目を淀んだ緑光で彩った潜水服の撃ち放った砲弾は。
 動けぬ男爵の頭部に直撃、これを大破。メインコックピットを炎と瓦礫で埋め尽くした。






「当時8歳ですよ?」 庇う声は若い女性のものだった。「この場合、避難誘導の義務はありません。キャンプ中、突然ホム
ンクルスに襲われた訳ですから、咄嗟に逃げ出したコトはあくまで自己防衛の範疇。そもそも今回のようなケースでは、
成人男性ですら適切な対処は難しく、現に被告人の伯父ですら妻と、長男、長女の安全確保はできていなかったと、遺体
の状況から断定されています」
 肺腑が、抉られる。罪の記憶がぎりぎりと心を締め付ける。鼓動が、跳ねた。荒々しい検察の荒々しい反問は、口火すら
既に恐ろしい。
「確かに長女への……姪への救護義務はない。キャンプ客の証言によって当時母親と共に、被告人からおよそ100m西の
炊爨スペースに居たというコトが明らかになっている。よって姪を助けられなかったのは過失ではないと断言できる」
 だが甥の方はどうだ。一番ふかく追求されたくない部分の登場に覚えたのは悪寒。惨劇後、溺愛の対象を失った祖父から
幾度となく邪推された事柄はどうしようもないトラウマだ。
「事件発生当時、被告人は、当時8ヶ月の甥を抱いていた。これは他ならぬ被告人の供述だ。米の様子を見に行った伯母
の手を空けるためにその次男、つまり甥の世話を自ら名乗り出て引き受けた……と」
 にも関わらず。事件現場の図が37インチの薄型テレビに映し出された。「襲撃地点」と「被告人」のマーカー2つはかなり
離れていた。それらを結ぶ直線の、半分からやや「襲撃地点」寄りの座標はバツ印付き、「甥」。
「被告人が保護された場所から実に800メートルも離れた沢で甥が死んでいたのは……逃げる被告人によって、わざと
落とされたからではないのか? 自分だけが助かるため、抱えていた甥を、被告人は投げ捨てたのではないのか。追って
くるホムンクルスの餌にするために。食わせている間、少しでも遠くへ逃れるために」
「意義あり。検察の意見は推測の域をでません」
「叩き付けて殺した可能性だってある。動機は自分の所在を隠すためだ。泣かれた場合、隠れていても離れていても、自
分の所在がホムンクルスに気取られるとそう咄嗟に気付いたから、始末したんじゃないのか」
「甥の死因は特定できなかった筈ですが?」 若い女性の反論。
「唯一のこされていた右足から、強打による頭部または内蔵の損傷を確認するコトは困難です」
 手足口病の発疹の治りが悪かったため唯一ホムンクルスの捕食活動を免れた部位。それはいつだって論争の火種。
 なぜ甥を取り落としたのか分からない。無我夢中で逃げている間、自然に取り落としたのか、それとも検察のいうとおり
助かるため犠牲にしたのか……自分でもハッキリとは思い出せない。後者ならば甥へのどうしようもない罪悪感が、記憶
を塗りつぶしているかも知れず、怖かった。
 後悔するたび、見たかった未来がよぎる。
 抱えている甥ともども逃げ切れたのなら。
 逃げて、救って、顔を見て……『なんくるないさ』。もう安心だよとたった一言、かけられたのなら。
 それが今からでも出来る世界があるのなら、並行でも夢幻でも、飛んでいきたいとずっとずっと、思っている。
 だが槌は、鳴った。
「判決、被告人・鳥目誕を──…」

「ハッ!!」

 立ち返った瞬間きた銀穂をからくも躱わす。甥の件で志願してからこっち5年の修練は常に自罰的だったがそれゆえ随意
に染みている。起きぬけで天王星の豪槍を避ける神事を成した鳥目。傷は、右脇腹に。皮一枚。衣服の先の果てで角質の
さらに最外郭、湯に漬ければ2分と経たずに白濁して意欲をそそる真の意味での『薄皮』に、ピっと切れ目が入った程度。
出血すらない。ハルバートそれじたいがもたらした出血に限っては、ない。

 にも関わらず。

(…………!!)

 鳥目は現状と末路を悟り……両方ともにここから現実へと成っていく。

 裁かれていたのは法廷だった。白い白い法廷だった。『本来の特性』。知っているから青ざめる。されているから悪化する。
何事もなければ薄皮一枚で終わる筈だった傷はしかしみるまに拡がった。ブシュリと飛んだ血がコップ一杯程度で済んだの
は腹腔に力を入れたからだ。でなくば腸が飛び出す。今ばかりは敬愛する津村斗貴子の決めゼリフがおぞましい。

 場所は15号棟北西。

 いつから混迷していたのか。鳥目誕は考える。思い出せる記憶は、最後の場面は? そうだ、月吠夜クロスのサクロスから
飛び降りた直後だ。鐶の超新星を正確に精確に天王星へと打ち返しだ所までは覚えている。

 なのに彼は居る。ハルバードを繰り出して。爆炎へとキッチリ叩き込んだのに。抜け出た気配はなかったのに。

 無傷ではない。ブレイク。病後の狼かというぐらい双眸くろく落ち窪ませ頬すら軽く”こけ”ている。

「……この形態では……使いたくなかったんですがね……」
(『この形態』……?)
 よもや。嫌な予感に三つ編みを跳ね上げる鐶を知ってか知らずか天王星、何をしたか独白する。
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