聖ピオ十世会 Society of Saint Pius X

キリストは勝利し給う、キリストは統治し給う、キリストは命じ給う

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

2017-06-19 16:52:28 | 公開書簡
ルフェーブル大司教の公開書簡その5

「それは昔の話ですよ!」



カトリック信者は根本からの変化が行われていることを感じていても、すべての革命に共通するしつこい宣伝に抵抗するのは、難しいものです。彼らはこう言われるのです。

「あなたは変化を受け入れないのですか。でも変化というのは生きている証拠ですよ。あなたは固定観念にとらわれています。50年前に良かったことは、もう今の時代の考え方にもあっていませんし、私たちの今の生活にもあっていません。あなたは自分の過去にあまりにもビッタリとくっついて、自分の習慣を変えることもできなくなっているのです。」

 多くの人たちは、「あなた達は遅れている、過去にしがみついている、あなた達は現代に生きていない」などという論争に火をつけるような非難から、身を守るための議論のやり方がわからず、このような非難を受けるのをさけて、改革に身をゆだねてしまいました。

 オッタヴィアーニ枢機卿は、すでに司教様たちについてこう語ったことがあります。

「彼らは古ぼけて見えるのが怖いのだ」と。

 教会の生命力を証明している変化、適応を、どれもこれを拒否したわけでは決してありません。

 典礼に関して言えば、私と同じ年齢の人たちは、初めて典礼改革を経験したわけではありません。私は聖ピオ十世が、典礼の改良をもたらすために、特に、聖人暦の部よりも年間暦の部に重点を置き、子供たちの初聖体の年齢を繰り下げ、それまで陰っていた典礼聖歌を復興しようと苦心していたそのときに生まれました。ピオ十二世はそれに続いて、現代生活のために生じる断食の困難さのために、御聖体拝領前の断食の長さを縮小しました。同じ、現代生活に対応するという理由で、午後のミサを許可しました。また聖土曜日の夕方に復活の徹夜祭の聖務を置き、聖週間の典礼を再編成しました。ヨハネ二十三世も、公会議の前に聖ピオ五世の典礼に、少し手を加えました。

 しかし、以上の改革は、1969年に起こったこと、つまり、ミサに関する新しい観念を生み出したこととは、近くで見ても、遠くから見ても、全く似ても似つかないのです。

ミサを改悪して以来、カトリック教会の凋落は始まった

2017-06-18 20:07:06 | 公開書簡
 何故なら、私は本当のことを言い、私が間違っているという怖れなく次のことを断言しなければならないからです。すなわち、ピオ5世によって法文化されたミサは、(よく人はピオ5世によって作られたものだと誤解しているのですが)明らかに次の3つの現実を曖昧さもなく表明しています。それは、ミサが犠牲であることと、主の御聖体における現存と、司祭の司祭職です。このミサはトレント公会議が明確にしたように、人間が天主にかかわることを黙想するように心を挙げるためには何か外的な助けが必要であるという、人間の本性をよく知っています。これまでに確立された多くの習慣は偶然できたことではありませんでした。これらは、出し抜けに、何らの損害を受けずに、変更したり廃止したり出来ないものです。このミサの改革を取り入れて以来、どれ程多くの信者が、どれ程多くの若い司祭たちが、どれほどの司教達が、信仰を失ってしまったことでしょうか!自然と信仰とに真っ向から反対すればその仕打ちを受けるのは当然です。

 ところがまさに、人々は私たちにこう言うのです。現代の人は今から1世紀前の人とはもはや同じではない、現代人のどっぷりと浸かっている技術文明によって人間の本性は変化したのだ、と。何と愚かなことでしょうか!改革者たちは、プロテスタントへ寄り添いたいという自分の望みを、信者たちには隠そうとするのです。彼らは変化という、別の議論をします。ストラスブールの夕べの神学学派に、ある人はこう説明しました。

「私たちは今日、真実の「文化的変動」の時代に生きているということを認めなければならない。主の記念を祝うための、かつてのある一つのやり方は、或る宗教世界univers religieuxに結ばれていた。しかし、かつての宗教世界は、もはや私たちのものではない。」つまり、言い替えると、かつての世界は、いまではさっさと簡単に片づけられて、全ては消え失せてしまった、ゼロからスタートしなければならない、ということです。これが、私たちの信仰を変えさせようとして人々が使う詭弁です。では一体、彼らの言う「宗教世界」とは何なのでしょうか?もっと率直になってこう言ったら、もっと良かったでしょう。「しかし、かつての宗教は、もはや私たちのものではない」と。

トリエントミサがない時は、新しいミサに与ってもいいのか?

2017-06-18 20:03:34 | 公開書簡
トリエントミサがない時は、新しいミサに与ってもいいのか?

 しかし、司式者の意向はどうやって判断したらいいのでしょうか。司祭たちの信仰が弱まるにつれ、彼らが「教会が常にしていたことをする」という意向をもはや持たなくなるにつれ、(というのは、教会はその意向を変えることができませんから)ますます有効なミサが少なくなっているということは全く明らかなことです。いわゆる現在「神学生」と呼ばれている人たちの受けている養成では、有効なミサを捧げられるようにとは、彼らを準備していません。神学校では、ミサ聖祭の犠牲が司祭生活の基本的な事業であるなどと考えるようには彼らに教えていないからです。

 他方で、全く一つも誇張なしに、ほとんどの[新しい]ミサは、祭壇石もなく、低俗な祭具で、種入りのパンで、カノンの真っ最中でさえも世俗の話が導入されるなど、涜聖であり、そのようなミサは信仰を減少させ、信仰を失わせます。これらのミサの非神聖化のために、ミサの超自然的な性格、「信仰の神秘」を失っています。[新しいミサにおいて]もはや自然宗教の行為以外の何ものでもなくなっています。

 皆さんの「どうなってしまったか分からなくなった」ことは、次のような形を取るかも知れません。

 つまり「古いミサが無いときには、主日の義務を果たすために、私は、有効だけれども涜聖のミサに与ることができるのでしょうか?」という質問の形です。この答は簡単です。これらのミサは義務の対象にはなりません。更に私たちはこのミサに、信仰を危険にさせる行為、あるいは涜聖の危険のある行為に参与・参加することに関する、道徳神学と教会法の規則を適応させなければなりません。

 新しいミサは、たとえ敬虔深く典礼規則を遵守して捧げられたとしても、上記と同じミサに対する態度をとらねばなりません。何故なら新しいミサはプロテスタントの精神が染み込んでいるからです。新しいミサはそれ自体で信仰に対する非常に有害な毒を含んでいます。そのことを確認すると、今日ではフランスのカトリック信者は宣教地のと同じ宗教生活をする条件下にいると言わざるを得ません。宣教地の住民たちは、1年に3、4回しかミサに与ることができません。フランスの信者たちも、聖寵と聖化の本当の源である、昔の「永遠のミサ」にがまだ捧げ続けられているところに行って、そのミサに1月1回与るために努力をしなければならないことでしょう。

中には無効のミサもある

2017-06-17 23:08:07 | 公開書簡
 皆さんはもう気が付いたかも知れませんが、今日では司祭のほとんどは、「主はご受難の前夜、いとも聖なる御手にパンを取り・・・」で始まるカノンの最重要部を、一気に読んでいます。しかし、聖伝のローマ・ミサ典書の司式次第には「親指と人差し指でホスチアを両手に取り、ホスチアの上に、小さい声で、しかしはっきりと、注意深く、聖変化の言葉を発声すること」と記されており、聖伝のミサでは、一休みがあり、この言葉を聖変化させる意向で発声しなければなりません。何故なら、ここで祈りの調子が変わるのです。[聖変化の]祈りは、公式命令の(=intimatoire)形式を取るからです。"Hoc est enim Corpus meum"という5つの単語は、全実体変化の奇跡を起こすのです。それはぶどう酒の聖変化の言葉でも同様です。

 新しいミサ典書には、司式者に、あたかも彼が記念を執り行っているかのように、叙述の調子を保つようにと促しています。創造性が新しいミサの規則ですので、中にはミサ典書の文を読みながらその通りにホスチアを持ってまわりに見せ、あるいは更に、その叙述の通りに、ホスチアをはっきりと分かるように割って見せる司祭もいます。4回あった跪きの内2つは廃止されました。しかも残ったたった2つの跪きは、非常にしばしば省略されています。私たちは、司祭が仮に聖変化をさせようという意向がたとえあったとしても、本当にそのことを意識しているのだろうかと、自問してしまったとしても、本当に当然です。

 その時、皆さんは「教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者」から、教会がどうなってしまったのか不安を覚えるカトリック信者になるのです。つまり、皆さんが与ったミサは有効だったのか?皆さんが拝領したホスチアは本当に御聖体だったのか?と。

 これは重大な問題です。平信徒は、どうしたら判断することができるでしょうか。

 ミサの有効性のために基本的な条件があります。それは、質料と形相と意向と有効に叙階された司祭です。もしこれらの条件がそろっているなら、無効であるとどうして結論できるのか分かりません。奉献の祈り、カノンの祈り、司祭の聖体拝領の祈りなど犠牲の完全性と秘蹟の完全性のためには必要ですが、その有効性のために必要なのではありません。ミンゼンティー枢機卿は牢獄の中でパンとぶどう酒の上に聖変化の言葉を急いで見つからないように唱え、牢番に見つからないように我らの主の御体と御血で自らを養っていました。ミンゼンティー枢機卿は、いけにえと秘蹟を確かに行っていたことでしょう。

 私が既にお話しした或るアメリカの司教の蜂蜜入りのケーキでの「ミサ」は、はっきりと無効です。

それは、聖変化の言葉がひどく代わってしまったか、あるいは、省略されてなされたミサが、無効なのと同様です。私はこれを勝手に作り上げているのではありません。或る司式者が何か創造性あることをしようとそのことばかりに夢中になっていたために、聖変化の言葉をつい忘れてしまったと私に話してくれた人がいるからです。

新しいミサはルターのミサの再現

2017-06-17 23:06:11 | 公開書簡
 「供え物の祈り」の不十分さを正当化させようとする論拠をいくつか聞いてみると、それはルターのことを思い起こさせます。ルターはミサを変える移行期を上手く乗り越えることに大変努力しました。ルターは、できる限り昔の儀式をそのまま残し、しかも、その意味を変えることに精神を注ぎました。「ミサ」は大部分がその外見を残され、信者は、教会の中に入ってもほとんどそっくりそのままの装飾を見て安心し[教会に通い続け]ました。ルターは、信者の気に入るような手を加えて、ほとんど同じような典礼儀式を行いました。何故なら、今後は以前よりももっと、信者に訴えるようになったからです。ルターは礼拝儀式の中に何か重要なものがあることに気が付いていました。大きな声の歌や祈りによって、信者がもっと能動的に参加するようにしたのです。少しずつラテン語がドイツ語に席を譲っていきました。

 このルターのやり方を見て、皆さんは何かを思い出しませんか。

 実に、ルターは「教皇礼拝者どものへたくそな歌」を新しい歌に取り替えようと、歌を新たに作るのに骨を折るのです。改革とは常に文化革命の様態を取ります。

 新しいミサ司式では、使徒時代にまで遡るローマ・カノンという最も古い部分でさえ、ルター派の聖変化の形式と近づかせるために、言葉を付け加えたり、削除したりして手を加えています。さらに、フランス語訳は「pro multis(多くの人のために)」という言葉の意味を変えて訳され、ラテン語原文の変更の更に上を行っています。[どういうことかというと、pro multisの訳として]フランス語では、「・・・あなたたちと多くの人un grand nombreのために流される・・・私の血」の代わりに「あなたたちと大多数la multitudeのために流される・・・」となっています。これは同じことを意味していません。神学的にニュートラルな意味ではありません。[数千人、数万人の人々でも「多くの人」だと言えますが、「大多数」というと、数千億の全人類の少なくとも半分以上を指し、あるいは、少数の例外を除いた人類のほとんど全てをも意味しうるからです。]