西暦の1世紀から3世紀にかけて、魏志倭人伝より、邪馬台国があったことが示されています。
その邪馬台国はどこにあったかで、九州説と近畿説の2大論争が未だに続いております。
よって、この2大説のどちらとも誤りではないか、と考えても不思議ではない、と思われます。
そのような中、邪馬台国が沖縄(琉球)であるとする説があります。
古来より琉球にはアニミズム、祖霊崇拝、おなり神信仰を基礎とする固有の宗教があり、琉球国の首都首里には聞得大君御殿(きこえおおきみうどぅん)がありました。
この聞得大君(キコエオオキミ)とは、琉球王国の高級神女三十三君の頂点に君臨する最高神女で、その地位は国王の次に位置し、王の姉妹から選ばれ、統一琉球王国においても兄妹による政教二重主権がおこなわれていました。ヒメ・ヒコ制ともいい、神道の原理の一つです。
中国・西晋代の陳寿の撰による、三国時代について書かれた歴史書の『三国志』における「魏志倭人伝」(『三国志』魏書東夷伝倭人条)では、卑弥呼という女子を王に共立することによって、ようやく混乱が収まった。弟が彼女を補佐し国を治めていた、との記述とよく似ています。
まさに、ヒメ・ヒコ制です。
さらに、邪馬台国の気候として、”土地は温暖で、冬夏も生野菜を食べている。”としています。これも、近畿、九州より、冬でも暖かい、沖縄の気候に近いのではないでしょうか。
魏志倭人伝によると、”男子はみな顔や体に入墨を施している。人々は朱や丹を体に塗っている”から、
沖縄には「針突き ハジチ」 と呼ぶ、女性が結婚の前に手の甲に入れ墨をする習慣が残っていました。
魏志倭人伝「(倭は)会稽東冶の東にあり」より、会稽群は、秦から唐にかけて設置された群であり、中国浙江省紹興市付近である。
東冶は、漢代初めは閩越の王都冶城の所在地である。漢の武帝に征服されてから冶県といい,会稽郡に所属した。今の中国,福建省の省都である。
たしかに、地図を見ると、福建省、浙江省に東に沖縄があります。
魏志倭人伝に以下の文があります。
「女王国の東、海を渡ること千余里、また国があり、みな倭種である。
また侏儒国がその南にある。人のたけ三、四尺、女王を去ること四千余里
また裸国・黒歯国がその東南にある。船で一年がかりでつくことができる。」
これは、沖縄本島の東の方向約360㎞には東大東島があります。無人島と言われていますが、古代には、人が居住していたかもしれません。
1里を350㎞とすると、千余里となります。
沖縄本島南南西に約1400㎞いくとフィリピンに当たります。
フィリピンの先住民は、ネグリト人といい、身長は低く、諸民族の中でも最も小さな人々であり「大洋州ピグミー」とも呼ばれていたそうです。焼畑、狩猟民族です。
侏儒国の意味は、小さい人という意味です。
そして、沖縄本島より南東方向には、ニューギニア島があります。先住民族は、パプア人で、中等位の身長、暗褐色の皮膚、長頭、かぎ鼻、厚い唇でアボリジニに近い身体的特徴を持つ。伝統的には、ほぼ全裸に近く、樹皮など植物繊維の腰みのや帯、ヒョウタンや竹・貝などでできたペニスケースを使うことから、”裸国”に該当するのではないでしょうか。
オーストラリア先住民族アボリジニも、”裸”に近いことから、裸国と呼ばれていたのでしょうか?
ボルネオ島の先住民族は、ダヤク人といい、裸に近い格好をしていました。
よって、裸国は、現在の、ニューギニア、オーストラリア、インドネシア、マレーシア一帯の島々の先住民を総称して、表現した言葉と思われます。
黒歯国ですが、中国雲南省、ベトナム・ラオス・タイのインドシナ半島、台湾、日本に、歯を黒くする伝統があるそうです。よって、当時のインドシナ半島を指して、黒歯国として、総称したのかもしれません。
このように、魏志倭人伝の地理的説明と現状がよく一致するのが沖縄を邪馬台国としたときです。しかし、沖縄より、南西の先頭諸島と台湾の解説が魏
志倭人伝に対応しないのが、気がかりです。
さらに、琉球王国、尚金福王(在位1449年 - 1453年)の時、那覇・若狭町に天照大神のほこらを建立したようなので、天皇家とも近しい関係であることを王は知っていたと推測できます。
3世紀以降中国の歴史書から邪馬台国や倭国の記述がなくなりましたが、413年 - 478年に、倭の五王(わのごおう)とは、5世紀に、南朝の東晋や宋に朝貢して「倭国王」などに冊封された倭国の五人の王、すなわち讃、珍、済、興、武が、宋に朝貢することで、中国の歴史書の中に、再び登場しました。
「隋書」によると、古代沖縄のことを、大和王権は、夷邪久国(イヤクコク)と呼んでいたかもしれません。
ただし、沖縄の歴史は、13世紀に成立した琉球王国以前の歴史書がないことが問題となっています。
どうして、ないのでしょうか。琉球王国が、大和政権に遠慮して、古代沖縄のことを表に出さなかったかもしれません。
邪馬台国と大和政権には、王権として連続制があるのでしょうか。
これからの、解明が待たれます。
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