思えば悟りの旅路というものは、私には長かった。それは私が怠け者で、生活に埋没している時間ばかりが長かったということです。
それでも私には幸運があった。或る日、ふと「天国と地獄」というものが有るとすれば、それは何処に、どういうものとして有るのだろうか、などと、あれこれ考えていると、身体全体を揺り動かす衝撃的な霊感に包まれ、その霊体に導かれるままに身を任せていたら、天国へと生まれ変わった。暇潰しに哲学書を少し囓る程度だった私が、宗教に関心を持ったのは、それからです。
その後、聖書を読み、また仏教の経典を読み始めてから、ボチボチと悟りの道を歩き始めた次第であるが、それを話していると、きりが無いので、それはやめて、本日は「天国の楽園」で怠けに怠けていた日々のことを話すとしましょう。
天国と云えば永遠の命の国とも云われているように、第一に死の怖れから解放されているという楽があります。例えば「もし道路を歩いていて、車に撥ねられるなどして、身体がどうなろうとも、俺は死なないんだ」という具合でしたね。
そして普段の心境も、自分の立地点は現実界を超越していて、現実世界を足下の位置に見下ろすような感覚だから、世間の人々が、此の世の制約に閉じ込められた不自由な人々に見えて、ついつい心の中で「皆さん、世間の柵に縛られた縄を解いて、思いのままに、自分が望んでいる夢に向かって、自由に生きていってもよいのですよ」と呼びかけていた記憶も鮮明に残っています。
勿論自分自身の心も、天国に在って以来、そのように変わっていました。「以前は世間の柵のようなものに縛られて、思いのままには生きられなかったけれど、神霊の導きを得ている間に、世間知の中に真理は無いと悟って、此の世を捨てた縁で天国という真理の国に生まれることが出来、本気で願う夢があるならば、努力すれば何でも叶う、という信念を持って、此の世は生き抜くべきだ」という心境で、心が満たされていたのを思い出します。
私にとって、天国の楽園に在住していた期間は、毎日が、そのように充実していたのですが、私の場合、その充実は、芸術創作の道だったので、悟りの修行に関しては疎かにしていたため、「悟るぞ」という気概が生じるまでの数年間は、殆ど進展もありませんでした。
ということで、人生の夢を持ちながらも、世間体を思って躊躇している方が居られれば、この「天国の楽園」という精神世界のことも、参考にして頂けたらと思います。
それでも私には幸運があった。或る日、ふと「天国と地獄」というものが有るとすれば、それは何処に、どういうものとして有るのだろうか、などと、あれこれ考えていると、身体全体を揺り動かす衝撃的な霊感に包まれ、その霊体に導かれるままに身を任せていたら、天国へと生まれ変わった。暇潰しに哲学書を少し囓る程度だった私が、宗教に関心を持ったのは、それからです。
その後、聖書を読み、また仏教の経典を読み始めてから、ボチボチと悟りの道を歩き始めた次第であるが、それを話していると、きりが無いので、それはやめて、本日は「天国の楽園」で怠けに怠けていた日々のことを話すとしましょう。
天国と云えば永遠の命の国とも云われているように、第一に死の怖れから解放されているという楽があります。例えば「もし道路を歩いていて、車に撥ねられるなどして、身体がどうなろうとも、俺は死なないんだ」という具合でしたね。
そして普段の心境も、自分の立地点は現実界を超越していて、現実世界を足下の位置に見下ろすような感覚だから、世間の人々が、此の世の制約に閉じ込められた不自由な人々に見えて、ついつい心の中で「皆さん、世間の柵に縛られた縄を解いて、思いのままに、自分が望んでいる夢に向かって、自由に生きていってもよいのですよ」と呼びかけていた記憶も鮮明に残っています。
勿論自分自身の心も、天国に在って以来、そのように変わっていました。「以前は世間の柵のようなものに縛られて、思いのままには生きられなかったけれど、神霊の導きを得ている間に、世間知の中に真理は無いと悟って、此の世を捨てた縁で天国という真理の国に生まれることが出来、本気で願う夢があるならば、努力すれば何でも叶う、という信念を持って、此の世は生き抜くべきだ」という心境で、心が満たされていたのを思い出します。
私にとって、天国の楽園に在住していた期間は、毎日が、そのように充実していたのですが、私の場合、その充実は、芸術創作の道だったので、悟りの修行に関しては疎かにしていたため、「悟るぞ」という気概が生じるまでの数年間は、殆ど進展もありませんでした。
ということで、人生の夢を持ちながらも、世間体を思って躊躇している方が居られれば、この「天国の楽園」という精神世界のことも、参考にして頂けたらと思います。