子供警察は朝一から大きなうねりを上げていた。コンビートを含めた数人の容疑者を
乗せた鑑別所への移送車が何者かに襲われた。走行中にいきなり前方から無人のトラッ
クが対向して突っ込んできて衝突し、全身黒ずくめの人物が容疑者たちを解放していっ
たらしい。移送に携わっていた職員3人のうち、運転席にいた1人は衝突によって体が
動かず、容疑者たちの監視役2人はその黒ずくめの人物に銃で撃たれた。3人ともやら
れたため、容疑者は全員が逃亡した。
事件の内容を聞いて特別刑事課はすぐにティアラによるものだろうと推測した。無人
のトラックを使った犯行はリーフのときのものに重なる。衝突を受けた職員も発砲を受
けた職員も命に別状はないことも住沢さんのときのものに重なる。警察に関わる人間に
は危害も加えるが命を奪うことはしない。おそらく、ティアラによる犯行に間違いない
だろうと踏んだ。
今回の事件にはこれまでの連続殺人事件と違う点がある。犯人がその姿を見せている
ということだ。これまでの事件では犯人は一切目撃をされてない。なのに、今回は正体
は隠しているものの姿をはっきりと見せている。これはどういうことだ。誰か共犯者が
いるのか。いや、このスムーズな犯行の進行はティアラ本人としていいだろう。それに、
共犯者だとしたら共犯者にだけ姿を現させることをするだろうか。仲間への絆を見せて
きたティアラがそんな計画を立てるだろうか。絶対ではないがその線は薄い気がする。
これまでに映ってきた印象からはその感覚はどうも受けつけられない。なら、ティアラ
はどうしてこれまで完璧にこちらに映させてこなかった姿を見せたんだろうか。あまり
に尻尾も捕まえられない警察にヒントでも出そうという余裕の行動なのか、何かそうす
べき理由のある変化なのか。
とにかく事件を突き詰めていく必要がある。被害を受けた職員の治療を待って詳しい
事件の状況を聞き、コンビートを含めた容疑者たちを捕まえなければならない。こちら
の仮説が正しいのなら、コンビートとティアラの関係は確実なものとなる。コンビート
を捕まえればそこからティアラへ繋がる道を開けるかもしれない。
対策会議が終わるとほぼ同時に特別刑事課の電話が鳴り、壷巳が対応する。特に気に
はとめずに捜査に入ろうとしていたがその応対の言葉に違和感が伴う。他のメンバーも
同じように壷巳の言葉に耳を向けていく。どこか緊張しているような探り探りの言葉を
選んでいる。いくつかのやりとりを終えると壷巳は「正代さん」と受話器を差し出して
口を開く。
「今朝の事件の犯人です」
その言葉に部屋全体が一瞬にして張りつめたものに覆われた。ただ、その言葉の真意
が掴めない。
「どういうことだ」
「分かりません。でも、そう言ってます」
正代さんは壷巳から受話器を受けとる。目が強いものになっている。もしかしたら、
そう思うと高揚する思いは素直に体にとどろいていく。それは部屋にいる誰もが同じだ
った。
「もしもし」
「・・・・・・正代さんですか」
相手の声は部屋中に響いていた。おそらく壷巳がうまいタイミングで全員に聞こえる
ようにスピーカーの設定にしてくれたのだろう。しかし、その相手の声は加工をされた
ものだった。細工の施された機械的な声になっており、相手の実態の芯の部分に探りこ
めない。
「そうだ」
「・・・・・・初めまして。お話しできてうれしいです」
「誰だ」
「・・・・・・さっき言ったはずですけど」
「今朝の事件の犯人、か」
「はい」
一つ一つに間がとられた余裕のある感じだ。
「それじゃあ信じられないな。何か証拠でもあるのか」
正代さんが揺さぶりをかける。
「・・・・・・証拠も何もないでしょう。事実なんだから」
落ち着いている。動揺の仕掛けに乗ってこない。それに、正代さんはどう対応するか
巡らせていく。
「なら、君が犯人ということにしよう。どうしてあんなことをしたんだ」
「・・・・・・仲間を守るため」
「仲間というのはコンビートのことか」
「・・・・・・そうですね」
いやにあっさりと認めた。ということはこの声の主が誰かということが鮮明になって
いく。こちらの思う通りならこれは今までに類がない接近になる。すぐそこにその声が
ある。
「お前は・・・・・・ティアラか」
今ここにいる全員の心の声を正代さんが言葉にした。体が引き締まり、神経が研ぎ澄
まされる。
「ノーベルマン」HP
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